収支決算

作:しにを

 




 失ったもの。

 これまでの私、これまでの過去。
 今につながる過去との断絶。
 それは喪失したのとは違うけれど、自分のものと感じられない。
 ガラス越しに眺めるように。
 紛い物を弄んでいるように。
 知識としての記憶と、思い出との隔たり。
 あたりまえに周りにある諸々への違和感。
 断片。
 有機的な繋がりの欠如。
 つまりは自分が自分であるということへの不確かさ。



 得たもの。

 目覚めてからの日々。
 皆に置いていかれた二年間の空白を埋める日々。
 新たに生まれてからの日々。
 いつか、目覚めるまでの日々を追い越すのだろうか。
 同じだけの年月を経れば凌駕するのだろうか。
 それとも、ひとつひとつ思い出し、取り戻す記憶、
 それがいつの日か違和感の全てを消し去るのだろうか。
 


 失ったもの。

 織。
 魂の半分。
 誰よりも近かった存在。
 オンナの体のオトコノヒト。
 抑圧された感情。
 私の対。
 生粋の殺人鬼。
 もうひとりの両儀式。

 

 得たもの。

 織が担っていたもの。
 殺人衝動。
 人を斬った感触。
 私の手により人が命を失う感覚。
 人を殺す重さ。



 失ったもの。

 かつて両の眼で見ていた世界。
 確かな世界。
 あたりまえの堅牢なる世界
 壊れやすい、陥穽に満ちた姿を垣間見せる事のない世界。
 線も点も見えない世界。
 私以外の誰も知らない世界。



 得たもの。

 万物の綻びを見出しす双眸。
 神すら殺すことができる瞳。
 直死の魔眼。
 自分で眼を潰した時のぐちゃりという感触。
 死に満ちた世界の姿を見た時の、恐怖と絶望。
 触れるだけで世界はボロボロと崩れるのだと言う私だけの真実。



 失ったもの。

 左腕。
 藤乃によって折られ、捻られ、壊された腕。
 戦いのの中での痛みによって悲鳴と愉悦を与えてくれた腕。
 完全に機能を喪失した腕。



 得たもの。

 トウコの作った片腕。
 恩着せがましく差し出された、しかし細心の注意を注がれ造られた腕。
 稀代の人形師の傑作の一つ。
 まるで変わらぬ人形の腕はあるが、それでも時に憮然と見つめる。
 


 失ったもの。

 人を殺す前の両儀式。
 道を外れる前の私。
 でも……。
 違いはあるのだろうか、今と?



 得たもの。
 
 人を殺した両儀式。
 でも、同じ事が百回繰り返さたとしても、百回迷わず同じ事をする。
 あの時の、あの絶望を胸に刻めば、躊躇いなく手を動かす。



 失ったもの。

 両儀家での生活。
 家族との生活。
 あたりまえだった筈の生活。
 無くしてしまった事が、よくはわからないもの。



 得たもの。

 新しい私。
 新しい環境。
 知人、友人。
 忌々しいもの。
 捨て去りたいもの。
 そして大切なもの。


 
 失ったものの数々。
 得たものの数々。
 どれだけ失ったのだろう。
 どれだけ得たのだろう。
 得がたいものを失って、大切なものを得て。
 つまらないものを投げ捨て、いらないものを押し付けられ。

 差引きすれば、どうなのだろう。
 失ったものを嘆けば良いのか。
 得たものに満面の笑みを浮かべればいいのか。

 私にはわからない。
 どうでも良いような気もする。

 けれど、ひとつだけはわかる。
 いちばん大切なもの。
 それだけは今、この手の中に残っている。 

 この差し伸べられた手。
 誰よりも愛しい人の手。
 暖かい手。
 これだけでいい。
 これがあれば、今まで何を失ってきたとしても構わない。
 これが残るのなら、これから何を失うのだとしても構わない。

 これだけは離さない。
 どんな事があっても離さない。
 絶対に。
 たとえ嫌だと言っても離さない。

 絶対に。
 手に握り、腕に抱き締め、離さない。 

 ただの一度くらい、私が我がままを言ってもいいだろう?
 ねえ、幹也?


  了







―――あとがき

 式ですね。
 もうちょっと女の子喋りの方が良いかなあ。
 これは、本家の第四回人気投票の支援SSとして書いた物の改訂版です。
 まあ、あまり変わりませんれど。
 ラスト弱いといろんな方に言われたので、そこを心持ち直しました。

 なんでこんな話を書いたのだろう。
 とりあえず、お読み頂きありがとうございます。

  by しにを(2003/8/23)


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