電話を受けて

作:しにを

            



「はい、遠坂……、なあんだ、士郎か。
 え…、冗談よ。この電話だとほとんど知っている人いないし、最初からもし
かしたらと思ってた。
 うん、そう。
 ええと……、そうね、1週間近く経ってるわね。
 ちょっと没頭してた。
 ごめんなさい、指導を怠って…、いい? そんな事ないわよ。
 約束だし、これはわたしの義務なんだから。
 その分、びしびしやらないといけないわね。
 なにを怯えているのかな、つけを回すなって、ふうん、そう思ってたんだ。
 あ、露骨に話題を変えようと…、そうじゃない。
 うん、何?
 食事?
 士郎、何を……、ああ、そう言うことか。うん、食べてるわよ。
 本当だって。
 わたし一人なら、アレだけど、ちゃんと監視役がいるから。
 そうそう。凛、お腹が空きましたってね。
 あれは無視できない。って、士郎の方が良く知ってるかな。
 あ、でも邪魔しないようには気遣ってくれてるみたい。
 それどころか、簡単なものなら用意してくれるわよ。
 本当。
 まあ、かなりねえ、うん、あれは不思議だわね。
 教えたら改善されるとは思うんだけど、しばらくは無理かな。
 食べに来ないか?
 そうねえ。
 うん、甘えようかな。セイバーも喜ぶし。
 鰤の照り焼き……、いいわね。美味しいお味噌汁飲みたいなあ。
 茶碗蒸に、炊き込み御飯。
 微妙にツボを突く所攻めて来るわね。
 食べたいなあ。
 あ、抑えてたのが、どっと噴出しそう。
 行く、行くわ。絶対に行く。
 リクエスト?
 そうねえ、士郎の作るものは、大抵満足行くから……、そうそう、何か精の
つくものを。
 それは……、任せる。楽しみにしてるね。
 ありがとう。
 ああ、いるわよ。
 セイバーもね、気にせず一人で士郎のご飯食べればと思うんだけど。
 ここしばらく、あの子の為の研究してるから。
 ちょっと気にしているのかもしれない。
 自分だけってね。
 そうよ、そう。
 思いつきだったんだけど、結局のめり込んで、士郎にも心配かけてるわね。
 成果は……、そうねえ、披露してもいいけど、うーん。
 準備とかはないの、出来たの見せるだけだし。
 わかったわ。
 約束する。
 ふふ、吃驚するわよ。賭けてもいい。ほう、強気ですこと。
 うん、どうしたの?
 ……。
 セイバーね。
 あらあら。
 そんな声出しちゃって、士郎、やっぱり気になるわよね。
 元のマスターだし、そんなのを抜きにしても、あなたとセイバーってどこか
別の繋がりが感じられるし。
 いいわよ、それは事実だから。
 ムキになって、遠坂の恋人だからとか言わなくても……嬉しいけど。
 うん、凄く、嬉しい。
 でもね、わたしへのとは別の意識としてね、セイバーは特別な存在なんだろ
うなって思う。
 傍で見ていると、多分、士郎の自覚とは少しズレがあるように思う。
 じゃあね、考えてみて。
 どうして士郎はセイバーを気にするの?
 自分に正直に……、ああ、それはあるわね、でも、それだけじゃない。
 いいわよ、無理に言語化しなくても。
 ただね、そっちについては、わたしも士郎と同じ。
 セイバーには幸せになって欲しいの。
 少なくとも、わたしの目の届く処にいる内は、無意味に重荷背負って溜息つ
く真似、させたくないの。
 いっぱい楽しい事して、女の子としても生きて欲しい。
 それはそうよ。
 今は……、違うもの。あの時とはね。
 え、それは違うわよ。
 誤解はしないで、そんな甘くは考えていない。
 聖杯戦争でなくてもいい、魔術師としての闘争があればね、躊躇いなくセイ
バーを使役するわ。
 マスターですもの。
 そうよ、何もペットとして飼っている訳ではないのよ。
 等価交換の契約だし、この点についてはセイバーも何の文句も無い筈。
 その為の魔力供与もしているし、現時点でわたし抜きでセイバーを現世に留
める方法も無いわ。
 だから、セイバーはわたしに従う義務がある。わたしを守るべき理由がある。
 マスターとしてみすみす死地に追いやりはしないけど、必要ならセイバーに
はどんな窮地にも飛び込んで貰うわ。
 平穏に暮らしたいと思っていても、他ならぬセイバーの存在自体が、否応無
しにわたし達の危機を呼ぶかもしれないし。
 ふふ。
 どんな顔してるか、わかっているわよ、衛宮くん?
 安心してとは言い切れないけど、これはあくまで覚悟の話だから。
 そうそう殺伐とした生活を送りたくもないわ、わたし。当分はね。
 ただ、魔術師である以上、どんな事が起こっても不思議ではないでしょ。そ
れは士郎も同じだもの。
 元に戻って……と。
 だからね、わたしはわたしの出来る範囲で、セイバーにも楽しい思いをして
欲しいの。
 笑っていて欲しいの。
 それだけの事を、セイバーはしてきたんだもの。
 その働きの分、報われてもいいと思う。
 ここにいる間だけでも、当たり前の生活を送って、少しでも残ってよかった
なーって思って欲しい。
 うん、そうね。
 士郎なら、そう言うと思った。
 わたしがこういうマスターで嬉しいの? そう。
 そうよね。もしも、セイバーが士郎のサーヴァントのままなら、やっぱり士
郎もやきもきしたと思う。
 ううん、もっとかな。
 わたしから見れば、二人って似ているところ多いんだけど、自分を差し置い
てお説教したり、セイバーの為に怒ったり。
 きっとしてる。
 わかるわ、あなたの事は。
 一番、わかるの。そうよ、わたしの士郎ですもの。そうなの。ふふ。
 それでね、気づいたの。
 どうすれば、セイバーが幸せになれるのか。
 いったい何が欠けていたのか。
 え、うん、ありがとう。でも、まだ足りないと思っていたわ、ずっとね。
 そうね、それはそうだけど、決定的な事があるのに、気がついたの。
 いや、違うわね。
 本当はずっと前に気づいてた。
 むしろ、前の方がきちんとわかってた。
 それに目を背けていた。他に原因付けできないかと無意識に思ってた。
 やっと、このままではどうにもならないんだって認めたのよね。
 わからない?
 じゃあいいわ、はっきり言う。
 衛宮くん、あなたの存在。
 うん……?
 意外って感じじゃないわね。
 声にしなくても、わかるわよ。どんな顔してるか。
 そうよね、いくら士郎でも気づくわよね。
 セイバーはあなたの事、好きだわ。
 自分でもはっきりと自覚していないか、わかっていてもその感情の正体に気
づいていないのか。
 それとも、気がついて、それでも認めていないのか。
 思えば、難しい立場よね。
 衛宮士郎のサーヴァントであるって状態、それはそれで難しそうね。
 でも、そちらは二人の関係を変えればいいだけ。
 士郎さえ、想いに応えられれば、後の事はさしたる障害足りえない。
 でも、今は、セイバーはわたしのサーヴァント。
 そして士郎は、マスターであるわたしの恋人。
 これはセイバーには動けない立場だと思う。
 開き直って、正面切って宣戦布告してくれるならいいんだけど。
 そんな事、絶対しないものね。
 え、何?
 聞こえてないから、もう一度言って。
 俺は遠坂の何……ん?
 遠坂だけが、何かな。
 あ、はっきり言うの聞いちゃった。
 ごめんね、凄く……、嬉しい。
 わたしも士郎の事、大好き。
 今度は面と向かって言ってよ。そしたらわたしも言うから。約束……ね?
 うん、約束。
 ええと、でね。衛宮士郎は遠坂凛に心奪われているわけだけど、セイバーに
ついても気にしている。
 そうでしょ、否定してもダメ。
 だって士郎だもの。
 いいのよ、事実は事実だし。
 セイバーに剣を捧げられているのはずっと続いているしね。
 だから、難しかったの。
 多分ね、この状態で何をしたとしても、なかなかセイバーの心を救えなかっ
たと思う。
 セイバーには誰が必要だった。
 あの子を普通の女の子にしてあげられる存在が必要だった。
 男性が。
 女であるわたしでは、友達にはなれても、ダメだった。
 でも、そんな都合のいい、セイバーを受け止められる男の人なんていないわ。
 0とは言わないけど、どれだけの条件をクリアすれば良いのか……。
 だったらね、手に入らないものを夢想するのではなく、手に入るものを使う
のが魔術師としての合理主義なんだけど。
 何の事か、わかる?
 ええ。
 そうよ、士郎、あなたよ。
 士郎を貸してあげるって方法もあったわね、セイバーに。
 何ら難しい事をする訳ではない。
 共有とまでは言わないけど、何日かは士郎をセイバーのものとする。
 かなり、これで問題は解決した筈よ。
 それでも足りなければ、これはあくまで架空のお話だけど。
 士郎にセイバーを抱いてもらっ…。
 きゃッ、ちょっと、怒鳴らないでよ。
 士郎…、うるさいって、本気で怒ってるわね。
 ちょっと、待ちなさいって。
 士郎、いいから話を……、もう。
 
 黙りなさいッッッ!!!

 ……。 
 そうよ、少し落ち着いて聞きなさい。
 息を静めて。
 話聞く事出来る? そう、じゃ話すわよ。
 あ、その前に。
 ええとね。
 ありがとう、士郎。
 本気で怒ってくれて。
 セイバーの為に。
 それに、わたしの為に。
 うん?
 そういう事でしょう、士郎が怒ったのって。
 うん、うん、わかるわよ。あんな言い方されたら。
 ちょっと、じんわりきちゃった。
 耳はツーンとして痛かったけどね。あーあ、まだ変な感じ。
 ただね……、とりあえずそのまま聞いてね。
 今のね、半分は冗談めかしたけど、本気でもあるのよ。
 実際、そう考えたもの。
 セイバーの問題の解決を第一義としてら、導き出される有力な答えだから。
 どうして?
 簡単な話よ、わたしがそうだったから。
 士郎に抱かれて変わったもの。
 本当。
 まあ、士郎にはわからないかもね。
 でも、変わったの。いろんなものが。
 自己が認識するものが変わったんだから、大袈裟でなく世界が変わった。
 え、あ……、そうじゃなくて。うん、なくはないのかな。
 そのね、気持ちいいとか、幸せだなというのもあるけど……、士郎があんな
顔するのも可愛いしね。
 そうじゃなくてね、やっぱり好きな人と結ばれたんだって気持ち。
 誰かとひとつになっているんだって感覚。
 これはかなり、来たわ。自分というものを変えられる、変わってしまう。
 そうよ、あんなに痛い思いして、それからだってしばらく痛みの方が強くて。
 単なる快楽ならば、躊躇うわよ、もっと。
 でも、士郎とするの、嬉しいし……幸せなんだから。
 今になってでなくて、最初から。
 人間って頭だけの生き物じゃないんだなって変な感動しちゃったくらい。
 体と、気持ちや感情。
 どうも魔術師って観念の方向に行きやすいけど、違うのよね。
 それだけじゃない。
 え、何よ、そっちに注意がいった訳、ふーん。
 そうね、今はどうか?
 それは士郎の方が詳しいんじゃないかなあ。
 普段抑えられてる分、逆転してくれるもの。本当にケダモノ。
 否定できる? 出来ないでしょ? え・み・や・く・ん?
 あんなに……、え? うん、嫌じゃないわよ。わたしだって、うん。
 でも、あんな要求は、その……、したら、いやらしいって思われそうだし。
 ……ばか。
 だから、なんで、そんな恥ずかしい事を……、うん。
 いいわよ、遠慮なんてしなくたって。本当。
 だいぶ、話が変な方へずれたわね。
 戻すわよ、ええと……、そうそう。
 つまりね、わたしでもそうなのよ。
 セイバーならもっと、効果があるわ。絶対に。
 女の子としての耐性、この世界では別な自分を持っていない点。
 わたしなら、まず魔術師であり、学校に通う普通の高校生であり、……何よ、
異論があるの?
 とにかく、その他諸々の役割とか、アイデンティティの拠り所があるの。
 セイバーにとっては、世界のよすがたる存在が、まずは士郎、そしてわたし。
 もちろん、藤村先生とか桜、他にも知り合いが出来たりしているけど、あの
子がどんな存在か知っているのはわたし達だけ。そこはわかるでしょう?
 士郎の存在って、多分、士郎自身が考えているよりずっと大きいわよ。
 だからね、わたしが神様みたいに寛容で、士郎をセイバーと分かち合えれば、
丸く収まるの。セイバーも笑えるの。
 でもね、それはダメ。
 そんなの認められない。
 心が狭いし、女の悋気だし、単なる独占欲だし。
 でも、セイバーに士郎だけは渡せない。 
 他に手段がなければ仕方ないけど、そんな事は出来ない。
 士郎が望んでも許さない。
 ……って気持ちがあるの。
 うん、でも、わたしにもこういう気持ちが生まれるんだって、これもね、不
思議だった。
 不思議じゃない? そうかな。変じゃないかな。
 そう……、あたりまえなんだ。そうなんだ。
 それでね、代案を考えたのよ。
 されで? 浮かんだわ。
 感心してるわね、わたしを誰だと思ってるの?
 ふふん、そうよ。
 とにかくね、自分でどうにかしようって考えたの。
 要は士郎の代わりになれればいい。
 セイバーを満たしてあげればいい。
 わたしが士郎から与えて貰った事を、セイバーにもわけてあげればいい。
 でも、何を、どうするのか?
 異性を。
 肉体的な絆を。
 そう考えた時の、決定的な違いは何か。
 衛宮士郎と遠坂凛の。
 え? ……違うわ、考え過ぎ。
 もっと単純な違い。
 士郎が男で、わたしが女でしょ?
 え、声が小さい。
 ……当たり。
 それよ。
 単純に肉体的な快感を与えればいいってものでもないと思うのよ。
 変な器具使ってなんて嫌だし。
 それで、いろいろあたって、入手したの。
 一時的な転換を可能とする魔術。
 調べるとけっこうあるのよ、うん。
 どうせなら、外観だけでなくて、わたしにも感覚があるようにって。
 だって、興味あるじゃない。
 士郎って呆れるほど熱心だし。離してくれないし。
 ん? 成功したわよ。当然でしょ。
 ええ。生えているわよ、ちゃんと。
 うん、士郎みたいになるし、うん、感じる。
 今もほとんど裸だから、下見るとあるわよ。ちょっと間抜けね、これ。
 ……。
 ……。
 ……。
 士郎? もしもし?
 嘘だろうって、わたしの実力を疑う…、そうじゃない?
 声が震えているわよ。
 え、なんで裸か。
 それは、着たままなんて変じゃない。
 士郎はそういうの好きかもしれないけど。
 まさか、って何度繰り返しているのよ。はっきり訊いたら?
 え、ああ、それはダメ。
 だって、もう、手遅れ。
 わたし、そっちの気は無い筈なんだけど、これの影響かしら。
 セイバー可愛いかったなあ。
 大丈夫よ、無理になんてしていないし、優しくしたし。
 あ、ちょっと待ってて。
 セイバー、待ってなさいって言ったじゃない。
 はいはい。続きね、わかってる。
 次は、どうしようかしらね。
 どうして欲しいのかしら、セイバーは。また後ろからがお好み?
 ところでね、セイバー。
 まだ電話中なの。
 それでね、相手は誰だと思う?
 まさかって顔してるわね。
 多分、当たりだと……。真っ赤になって逃げるセイバーか、新鮮。
 じゃあ、大人しくしてなさい。すぐに行くから。
 あ、もしもし、士郎、お待たせ。
 聞こえちゃったねたいね。
 そう云う事だから。
 もう、安心してくれていいわよ。
 セイバー、だいぶ明るくなったから。
 やっぱり体の触れ合いって、違うわね。
 もしもし、もしもし……。
 切れちゃった。
 まあ、いいわね。夕飯の時に会えるんだし。
 とすると、あと、二、三回は可愛がってあげる時間はあるわね。
 昨日の夜から延々と何回やっているんだろう。
 でも、全然足りないものね。
 さてと……」

 ……ガチャン。












―――あとがき

 最初は士郎との会話で構成しようと考えていましたが、上手くいかなそうな
ので、凛だけの電話形式にしようと。
 イッセー尾形の一人芝居をイメージしてですね。
 どうでしょう?
 ダメですか。
 そうですね。
 
 お読み頂き、ありがとうございました。
 途中迄のを読んで貰って、過分なお言葉を頂いたのちさんに、本作品を捧げ
たいと思います。
 

  by しにを(2003/4/2)



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