天抜き 其の壱


壱 「幼い頃はあんなに……」  志貴 「この中で一番年取ってるのってアルクェイドだよな?」  アルク「気に入らない言い方だけど、そうかな」  シエル「そうかな、じゃなくて何百年生きてると思ってるんです、あなたは。      その次はわたしですね」  琥珀 「わたしと翡翠ちゃんは志貴さんより、ちょっと上くらいですよね」  翡翠 「正確にはわたし達も志貴さまも正規の出生記録が残っておりませんか      ら、本当のところは分かりませんが」  志貴 「なんか、琥珀さんは年上で翡翠は年下ってイメージがあるんだけど」  琥珀 「酷いですねえ、志貴さん。      それじゃ翡翠ちゃんよりわたしの方が老けてるって事ですか?」  志貴 「ええと、ええと、……すみません」  秋葉 「とにかく、私が一番若いという事は確かです。よろしいですね」  志貴 (何で一番年下なのに、一番偉そうなんだろう?)  アルク(何で一番年下なのに、一番偉そうなの?)  シエル(何で一番年下なのに、一番偉そうなんですかね?)  琥珀 (何で一番年下なのに、一番偉そうなんでしょうかねえ?)  翡翠 (……)     *結構前に書いたものだから今の公式見解と違うかも……、翡翠・琥珀の年齢 弐 「ずんずんブリッジ」  秋葉「16」  翡翠「5です」  志貴「32」  琥珀「で、わたしが2回上がりで、▲5と。それでは合計して……と。     最終結果で志貴さんがビリですね」  秋葉「ふーん。トップは琥珀か。じゃ、琥珀が兄さんの処置を決める訳ね」  志貴「で、罰ゲームって何するの?」  琥珀「ええと、ですね。志貴さんは私達のうち1人とデートしてもらいます」  翡翠「姉さん、それって罰なの?」  琥珀「そこは罰じゃないの。それで、誰とデートするかは志貴さんが選んで下さい」  志貴「……はい?」  秋葉「なるほどね。面白いわ。兄さん、遠慮なさらずに私でも、琥珀でも、翡翠でも」  琥珀「そう、お好きな方を選んで下さいな」  志貴「お好きな方って……」  秋葉「……」期待の目  琥珀「……」期待の目  翡翠「……」期待の目  志貴(……生き地獄だ)   参 「風邪薬」  志貴「風邪ひいたみたいだなあ…、体がだるいや」  翡翠「志貴さま、風邪薬を持ってまいりました」  志貴「ありがとう、翡翠。……あれ、でもこれって何錠飲むとかの表示が何も無いね」  翡翠「……書いてないですね」  志貴「まあ、とりあえず1錠飲んでみようかな」  琥珀「ダメっ、翡翠ちゃん、志貴さんを止めてっ」   今まさに口に投じようとした志貴の動きをとっさに止める翡翠。  琥珀「はあ、間に合った。よかったです。これって劇薬なんですよ」  翡翠「……姉さん。その劇薬になんで風邪薬のラベルを貼って薬箱に入れておくの?」 四 「一回一錠」  志貴「なんか頭痛いなあ。風邪じゃないと思うけど」  琥珀「志貴さん。よかったらこのお薬どうぞ」  志貴「ありがとう。 ……これって、頭痛薬?」  琥珀「いえ。万能薬です」  志貴「……万、能、薬?」  琥珀「ええ。万能薬です。何にでも効くんですよ」  志貴「……」  琥珀「飲まないんですか?」期待の目   五 「でも、シエル先輩が上司ってのもちょっと嫌」  志貴 「あっ、シエル先輩。どうしたの、こんな処でぼんやりとし……」     壮絶な殺気を漂わせているのに気が付いて、肩を叩こうとした手が止まる。  志貴 「あ……、 あ、の、 ……シエル先輩?」  シエル「……。えっ? わ、わ。遠野くん。どうしたんです?      いきなりでびっくりしましたよ」何事もなかったようにニコリと笑み)  志貴 「いや、その、声かけられる雰囲気じゃなくて……、何かあったの?」  シエル「? いえ、別に。 変な事言いますね。職場の事思い出してただけですよ?       わたしだってたまには感傷に耽ることだってあるんです」  志貴 「(どんな職場なんだ。どんな?)」 六 「毒りんごの方でもよかったかな」  志貴「翡翠、明日はどうしても早く学校行かなきゃならないんだ。     どうにか起こしてくれないかな」  翡翠「でもわたしには……」  志貴「手段は問わない、お願いだから」  翡翠「わかりました、何とかいたします」    翌日早朝。  秋葉「どうしたんです、兄さん。こんなに早く、まさか体の具合が……」  志貴「なんだ、それは。用事があって翡翠に無理言って起こしてもらったんだ。     それで目が覚めた途端、服を置いて飛び出しちゃったんだけど。知らないか、秋葉?」  秋葉「そう言えば見てないですね」  琥珀「翡翠ちゃんなら、恥ずかしがって自分の部屋にこもっちゃいました」  志貴「恥ずかしいって、何が?」  琥珀「志貴さんの起こし方を相談されたんで、半分冗談でアドバイスをしたんですよ。     お目覚めの効果はあったみたいですけど」  秋葉「いったい何を教えたの?」  琥珀「ええと、王子様がどうやって眠り姫を起こしたのかを……」   七 「百回で死ぬという都市伝説」  志貴「ひっく……、ひっく……」  琥珀「お水飲んでも止まりませんねえ」  秋葉「あら、どうしたの?」  志貴「しゃっくりが、ひっく、止まら、ひっく、ないんだ」  秋葉「それは無様、いえいえ大変ですね」  琥珀「そうだ秋葉さま、ごにょごにょごにょ」  秋葉「……。兄さんにこう言えばいいのね?」  志貴「……? ひっく」  秋葉「兄さん、この前の休日ですけど、乾さんとお出掛けとかおっしゃってましたけど、    本当は何をなさっていたんです?」  志貴「!!! いや、あれは、そうじゃなくて。ええと」  琥珀「あっ、止まりましたね」  志貴「ああ、良かった」  秋葉「で、兄さん、この前の休日ですけど、乾さんとお出掛けとかおっしゃってました     けど、本当は何をなさっていたんです?」 八 「味平」  シエル「もぐ、もぐ、もぐ………」     一心不乱にカレーを食べている  志貴 「あの、シエル先輩?」  シエル「もぐ、もぐ、もぐ………」  志貴 「あのう、シエル先輩?」(さっきより強く)  シエル「もぐ、もぐ、もぐ………」  志貴 「どうしちゃったんだろう?」  琥珀 「志貴さん、どうなさいました?」  志貴 「あ、琥珀さん。なんかシエル先輩が変なんだ」  琥珀 「志貴さん、知ってますか。カレーっていろいろなスパイスを掛け合わせて作り      ますよね。      単体では単なる調味料だったものがある組み合せで調合されると、場合によっ      ては酷い中毒を起こしたり、まるで麻薬のような働きをする場合があるんです。      怖いですねえ」  志貴 「それが、どうした……、ねえ、このカレーだれが作ったの?」  琥珀 「私ですけど、何か?」  シエル「もぐ、もぐ、もぐ………」 九 「朝の一刻値千金」  秋葉「兄さん、有間の家から来て後悔した事ってありますか……?」  志貴「それはあるさ……」  秋葉「そうですか……」(哀しそうな表情をして志貴から目を逸らす)    「私は、兄さんの人生を狂わせてしまいましたね……」  志貴「いや、そういう事じゃなくて。あそこにいた時はもっと眠ってられたからなあ」  秋葉「兄さんなんか死んじゃえ」  琥珀「どうでもいいけど、なんで翡翠ちゃんが反応して頬を赤らめているのかしら」 十 「テレビを観せて下さい」  志貴「琥珀さん、ビデオ借りてきたんですけど、今夜お邪魔していいかな?」  琥珀「いいですよ。お待ちしてますね」    夜、琥珀の部屋  志貴「お邪魔します」  琥珀「いらっしゃい。あ、これですか。     あれ、3本もありますけど、全部観るんですか?」  志貴「いや1本でいいけど、琥珀さんと一緒に観たいなあって。どれがいいかな」  琥珀「そうですね……」    渡されたビデオソフトを見る琥珀。いずれも本気で怖いホラー映画の類い。  琥珀「……。(これは、何か期待されているのかしら?)」   十一 「桜の花が咲く頃に」  志貴「琥珀さん、何やってるの?」  琥珀「あ、志貴さん。庭の手入れをしていたんです。花の種を蒔いたりとか」  志貴「ふーん、手伝ってもいいかな」  琥珀「あら、嬉しいですね。じゃあご一緒に。     そっちの方とか春になって芽吹いて花が咲いたら綺麗ですよね」  志貴「そうだね。……よし、と」  琥珀「あと、すみませんけどこちらの一角にも土をかけて固めてくれますか」  志貴「うん。こっちは花じゃないんだ。野菜か何かかな?」  琥珀「こっちは絶対に表に出たらいけないもの埋めているんです」  志貴「……」 十二 「何を話せばよいと?」  秋葉「翡翠、兄さんは?」  翡翠「まだお帰りではありません」  秋葉「そう……。琥珀もいないわね」  翡翠「姉さんは買い物に行っております」  秋葉「そうなんだ」  翡翠「……」  秋葉「……」  翡翠「…………」  秋葉「…………」  翡翠「………………」  秋葉「………………」  翡翠「……………………」  秋葉「……………………(なんだか、居心地悪いわね)」 十三 「おしおきTIME」  秋葉「もう、兄さんたらまったく。今日と言う今日は我慢の限界だわ。     今までは甘くしていたけど、兄さんにもそろそろ遠野家の一族としての自覚を     持って頂かないと。     再教育が必要ね。拒むのであれば座敷牢に軟禁してでも。     そうよ、当主として私には兄さんを立派に育てる義務があるんだわ。     どんなに兄さんに恨まれようと、それが私の務めであり、兄さんの為でもある     のだから。     泣き叫ぼうが何をしようが心を鬼にして涙を飲んで、それが私の……」    ノックの音  志貴「あの、秋葉……」  秋葉「に、兄さん。……何ですか?」  志貴「いや、開けなくていい。その……、ごめんな。せっかく秋葉が気を遣ってくれ     たのに、台無しにして恥をかかせて。     本当に、すまなかった。……駄目な兄貴だな、俺は」  秋葉「!! い、いえいえ、いいんですよ、あんな事は。私はちっとも気にしてませ     んから。ただ、もう少し自覚を持っていただければ、それたけで私は別に……」    琥珀「まあ、可愛いと言えば可愛いですねえ、秋葉さま」(物陰から) 十四 「慕情」  シエル「……。ふう」    憂いを湛えた表情のシエル。どこか哀しげにも見える。  志貴 「……。って、つい見とれちゃったよ。先輩?」  シエル「……。! あ、遠野くん。      やだ、ぼんやりしている間抜け顔なんか見ないで下さい」  志貴 「物思いに耽っていたみたいだけど、何か悩み事?」  シエル「ええ」  志貴 「そうか。よかったら話してくれないかな。」  シエル「……」  志貴 「俺なんかじゃ助けにならないだろうけど」  シエル「具がいっぱい詰まったカレーパンは作れないのかなって考えていたんです」  志貴 「……」 十五 「お手伝い」  秋葉「最近よく琥珀や翡翠の仕事を手伝ってるようですね」  志貴「うん。あ、使用人云々とか言うのは無しだぞ。     ごろごろしているよりはずっとマシだろ?」  秋葉「文句は無くはないですが、別に咎めている訳じゃありません。     ……だったら私の」(語尾がごにょごにょと消える)  志貴「秋葉か。駄目だな」  秋葉「なんで私だと駄目なんです」   志貴「だって遠野家の仕事の事は分からないし、関係の無い親族が口出しちゃまず     いんだろ?     勉強でも教えようと思っても、秋葉は優秀で教える事なんかないしなあ」  秋葉「えっ」  志貴「優秀な妹を持つと寂しいなあ」(と言いつつ逃げるように去る)  秋葉「……(何、この敗北感は?)」 十六 「黒猫のタンゴ」  秋葉「あら、兄さん、その猫はなんですか?」  志貴「ええと、世話しているというか飼っているというか」  秋葉「そうですか。どちらで見つけたんです?」  志貴「ああ、アルクェイドの……、ひいいっ」  秋葉「まさか、あの女のプレゼントだとでもおっしゃるのですか、兄さん?」   志貴「違う、違う、だんじて違う。     ええと、前の飼い主が死んでアルクェイドの部屋にいたんだけど、ろくに世話     もしないし餌も与えられてなくて飢死寸前だったから、見かねてつれて来ただけ     だよ。     世話は俺がするし、屋敷の中はうろうろさせないから、見逃してくれないか?」  秋葉「まあ、そういう事でしたら」  志貴「ありがとう(嘘はついてないよな)」 十七 「お勉強の時間」  志貴「あれ、二人して何しているの?」  翡翠「姉さんに勉強を教わっていたんです」  志貴「勉強?」   琥珀「私達、基本的な事は学んでますけど、正規の教育は受けていませんから。     それでもまだ、私は宗玄先生の処でいろいろ教えて頂いてますから、ときどき     こうやって翡翠ちゃんに知ってる事教えたりしてるんです」  志貴「そうか……。今は今で二人にこの広い屋敷を切り盛りして貰っているしなあ。     これが教材か。何を使って……」   ひょいと教科書を手に取る志貴。みるみるうちに顔が蒼褪める。  志貴「駄目。これを使っちゃ絶対に駄目」 十八 「お勉強の時間2」  志貴「今日は一人なんだ。よかったら手伝うよ」  翡翠「ありがとうございます、志貴さま。……嬉しいです」  志貴「最近は何をしているのかな。ノートあったら見せてよ」   翡翠「ノートですか……? ありませんが、何に使うんですか?」  志貴「何にって……。あのさ、教わった事とかはどうやって憶えているの?」  翡翠「ええと、姉さんに教えて貰って、その場で憶えているだけですけど。姉さんも     宗玄先生の処でそうしていたそうですし、忙しいのに時間を取って貰うのですか     ら、真剣に聞いていれば、そう難しい事ではないと思います。     志貴さまは違うのですか?」  志貴「……。すみません、出直してきます」 十九 「蝋燭が足りません」  アルク「ねぇねぇ、今日私の誕生日だよ、志貴」  志貴 「よりによってクリスマスに?」  シエル「真祖も悪趣味なことしますねえ」   志貴 「それに12月生まれって悲惨なんだよなあ」  シエル「ああ、そうですよね。プレゼントは一緒だし、ケーキも一つ」   志貴 「お誕生会なんてのも、一緒くたのうやむやになるし」  シエル「ましてや、クリスマス当日では」  志貴 「普通の奴なら絶対道を誤るよ」  シエル「悲惨この上ないですよねえ……」  アルク「私の誕生日……」(泣きそうな顔)  志貴 「ああ、ごめん、おめでとうアルクェィド」  シエル「一応言ってあげますか、おめでとう(投げやり)」   二十 「見上げると吸い込まれそうな」  琥珀「あ、志貴さん降ってきましたよ」  志貴「ああ。朝から寒かったしね」  琥珀「うふふ、ホワイトクリスマスですね」  志貴「綺麗だなあ。なんか幻想的だね」  琥珀「雪はいいですね。私、好きなんです」  志貴「そうなの?」  琥珀「ええ。雪って悪い事も悲しい事も全て優しく包み隠してくれるような、     そんな気がしますから……」  志貴「……」    笑みが消えた琥珀の横顔を見つめる志貴、それから二人で空を見上げる。                      (*十九&二十、クリスマスに掲載)   二十一 「氷塊になるまで握り締めて」  アルク「それっ」  シエル「ふふん、甘いですね。お・か・え・し・です」   アルク「当たらないわよ、そんなの。もう一つ」  シエル「やるじゃないですか。これなら、どうです。ていっ」  アルク「うわっ。ふふふ、私を本気にさせたわね、後悔するわよ」  シエル「それはこちらの台詞です」    絶え間なく雪弾が行き交い、時に巨大な雪玉や氷の雨が互いを襲う。  琥珀 「何と言うか、異次元の戦いですねえ。あくまで笑いあってのお遊びみたいですけど」  翡翠 「……」(コクリ)  秋葉 「何も他人の家の庭でやらなくても……」    飛んで来た雪玉に触れる事無く、何事もないように粉砕。     「そう言えば兄さんの姿が見えないけど?」  琥珀 「あれでしょうかね?」    アルクェイドとシエルの間にあるこんもりとした雪山を指差す。 二十二 「アルバムの中の微笑み」  秋葉「兄さん、少しは進みましたか? ああっ、思ったとおりサボっている。     掃除自体は琥珀と翡翠の仕事ですが、書庫の整理は兄さんに……     何をご覧になっているんです?」  志貴「ああ、こんなの見つけてさ」   秋葉「写真? 古いものですね。私と兄さんが……」  志貴「ちょっと憶えがないけど、四季辺りがカメラ持ち出して撮ったんじゃないかな。     かなりピンボケだったりしてるし、俺と秋葉と翡翠の子供の頃のやつだけだし」  秋葉「そうですね。ちゃんとしたものは大部分をお父様に始末されましたから。     兄さんもこの頃はやんちゃな感じで、結構イメージが違いますね」  志貴「秋葉もこの頃はいつも後くっついて来ておとなしくて可愛かったよな」  ? 「今はどうなんですか?」  志貴「今はあの頃の面影まるで無いよなあ。昔は儚げだったのに……」  秋葉「今は鬼みたいだとでもおっしゃりたいんですか、兄さん?」  志貴「誰もそんな事言ってないだろう。大体自覚してるなら、そんな鬼みたいな顔を……」     ちょっと待て。なあ、他に誰かいなかったか、今?」  秋葉「話を逸らそうとしても駄目です。やっぱり兄さんは私の事を……」  琥珀「うふふふふ」 二十三 「一富士二太郎三竦み」  志貴「うわあああ。     …………?     夢か、そうか夢か。よかった、本当によかった」   半泣き、寝汗でぐっしょりとし、ガタガタと震えている。  志貴「あれ、でも今日って。初夢じゃないか……」   レン「……」  志貴「レン?、来てたのか。     !!!     そうか、なあ、レン。あの夢ってきみが見せた夢だよな」(すがる様に)  レン「……」  志貴「ねえってば。まさか自然に見た夢で正夢になったりはしないよな」  レン「……」   無表情で否定も肯定もせず、ふっと消える。  志貴「答えてくれよう……」 二十四 「君の名は」  志貴「前から思ってたんですけどね」  一子「なんだ、有間?」  志貴「それですよ、なんで有間って呼ぶんです?」   一子「……。有間の家にいただろう」  志貴「うーん。まあ、それはいいとして、今では遠野の家に戻ってますよ。     名実共に遠野だけど、遠野じゃなくて有間のままじゃないですか」  一子「有間って顔をしている」(断言調)  志貴「……」  一子「嫌なら変えるが……」  志貴「有間でいいです」 二十五 「小匙いっぱいの」     二人して厨房に立っている。  琥珀「好きな人の為に作った料理は美味しいとか、愛情は最大のスパイスとか言いますよね」  志貴「そうだね」  琥珀「じゃあ逆に嫌いな人間の為に作ったらどうなんでしょうね。     まったく同じ手順で作った料理でも、それは美味しくないんでしょうかね?」  志貴「どうだろう」   琥珀「心の底から憎んでいる人間の為に、それでも仕事として料理を作らなくてはいけない。     そんな人間の作ったものはどんな味なんでしょうね」(冷たい声)  志貴「それは、想像もつかないな。     でも……、好きな人に美味しいものを食べさせたいと思って作った料理は、きっとず     っと美味しいと思うな」  琥珀「私も、そう思いますよ」(いつもの笑顔) 二十六 「貧者の一灯」     真っ暗な部屋にシエルが帰ってくる。ずたずたで返り血に塗れたカソック。  シエル「酷い。なんで、なんで私はこんな……」(慟哭の表情ながら涙は堪えている)     着替えもせず、ベッドにうつむけに倒れこむ  シエル「もうヤダ。もう嫌だよう……」   翌日の朝  シエル「……」     食卓に、皿に盛られたカレーライス。そしてそこに2本のニンジンが刺さっている。  シエル「慰めている、……つもりなんだろうなあ」  ななこ「ZZZZZ」 二十七 「ぬくもりの中で」  琥珀「秋葉さま、何処行っちゃったんだろう……。     え?      !!!     うーん、これは察するに、ソファーでうたた寝なされた志貴さんを見かけて『もう、     兄さんはこんな処でだらしないんだから』とか文句言いながらもしばらく寝顔を眺め     てらして、起こすに忍びなくて毛布を持って来てあげて、ふと邪魔者は誰もいないわ     ね、とか気づかれて『ちょっとだけ、ちょっとだけなんだから』とかぶつぶつ言いな     がら一緒に毛布に包まってるうちに秋葉さまも眠ってしまわれた…… って処でしょ     うかねえ。     こうしていると秋葉さま、天使みたいな寝顔だけど、起こしたら悪魔か鬼みたいな     顔に変わってしまわれるんだろうなあ」  秋葉「わかっているならさっさと消えなさい……」(目は瞑ったまま) 二十八 「あねおとうと」  翡翠「ねえ、姉さん」  琥珀「何かなあ、翡翠ちゃん」  翡翠「あの……、姉さんは『おとうと』って欲しい?」  琥珀「弟……?」(一瞬、目に光が閃くも、穏やかな笑みを保つ)    「そうね、いたらいいわね」  翡翠「そう?」(嬉しそう、というかほっとした表情)  琥珀「ええ。もう弟なんか出来たら、それはもう可愛がるでしょうね。一緒にお風呂     入ったりお布団で一緒に寝たり、喜ぶお菓子とかお料理作ってあげたり、ちょっ     と口では言えない事してあげたりして、溺愛の限りを尽くしてしまったりしてね……。     あれ、翡翠ちゃん、どこ行っちゃうのかなあ」 二十九 「あねいもうと」  翡翠「ねえ、姉さん」  琥珀「今度は何かなあ、翡翠ちゃん」  翡翠「あの……、姉さんは『いもうと』って欲しい?」  琥珀「妹……?」(一瞬、目に形容しがたい光が閃くも、穏やかな笑みを保つ)    「そうね、いらないわね」(断言調)  翡翠「えっ、そうなの……?」  琥珀「もちろんよ。翡翠ちゃん以外の妹なんて考えられないもの。     まあ、翡翠ちゃんみたいに良くなついてくれる素直な良い子なら、もう一人妹に     いてもいいかもしれないけど。  ……って、どうして翡翠ちゃん、この世の終わりみたいな絶望的な顔してるの?」 三十 「問い」  琥珀「秋葉さま」  秋葉「何?」  琥珀「志貴さんが秋葉さまの本当のお兄様だったらどうします」  秋葉「ええっ。…………。」  琥珀「(しばらくもちそうね)」 三十一 「答え」  秋葉「そうだわ、兄さんと血が繋がっていようがいまいが、関係ないわ。私は兄さんを」  志貴「俺がどうしたの?」  秋葉「!!! 兄さん、いつからいたんです」  志貴「今、来たところだけど、秋葉が何かぶつぶつ言っているから」  秋葉「兄さんにはまったく何にも関係ないことです」  志貴「……」(はなはだ不本意な表情)  琥珀「まあ、思った通りの結論ですけど、普通は逆の意味なんだけどなあ、血の繋がり云々て」 三十二 「岐路」    さつき「……」(暗がりで膝を抱えて座りながら)     「……」     「……」     「……でも、ある意味、私がアルクェイドとシエルのルート潰したんだよね」 三十三 「こねて寝かせて焼いて」    志貴 「先輩のお父さんってパン屋さんだったんだよね」  シエル「そうですよ。父さんのつくったパンは世界一美味しかったんです」  志貴 「そうか。シエル先輩もパン焼けるの?」  シエル「一応は」  志貴 「へえ。食べてみたいな」  シエル「うーん、駄目です」  志貴 「なんでさ」  シエル「私のは、旦那様になる人と私の子供のみに限定の世界一美味しいパンだからです。      いずれは、遠野くんに食べて貰えると嬉しいですけどね」 三十四 「意外と長いです」    志貴 「ほら、ラーメン出来たぞ」  アルク「わあ」  志貴 「あ、熱いから充分冷ませよ」  アルク「ずずーーっ」  志貴 「あれ、熱いの平気なのか?」  アルク「うん、平気だよ」  志貴 「ふーん?」首を捻る  アルク「何か変なの?」  志貴 「いや、猫舌だと思い込んでたんだ。なんでだろう……」 三十五 「身代わり地蔵」  蒼香「……、なあ」  羽居「うん、何? 蒼ちゃん」  蒼香「その馬鹿でかいぬいぐるみは何なんだ?」  羽居「あ、これ。ええとね、秋葉ちゃんいなくて寂しいじゃない」  蒼香「異議申し立てしたいところだが。あいつがいなくて何?」  羽居「だからね、代わり」  蒼香「代わり、って遠野のか?」  羽居「そうだよ。お店で飾られているの見て、これだと思ったの。 秋葉ちゃんそっくりでびっくりしちゃった。」  蒼香「……」  羽居「蒼ちゃん、気に入らなかった?」  蒼香「いや、いいよ置いといて」  羽居「うん」  蒼香「(しかし、これが遠野? 羽居の目にはそう映っている訳か……。いや、まあ……)」 三十六 「おかゆとおじやと雑炊と」  志貴「ごほん、ごほん。あー、ちっとも良くならないな」  翡翠「あの志貴さま、食欲はございますか?」  志貴「あ、何か持ってきてくれたんだ。そうだな、少しくらいなら食べられるよ」  翡翠「よろしければこれを。私が作ったのですが……」  志貴「……。そうか、頂くよ」(強張った笑み)  翡翠「どうぞ」(嬉しそう)  志貴「どれ。……あれ、美味しい。うん、梅が香り付け程度で良い感じ。     暖かいしこれなら喉通りやすいし、うん、お世辞抜きで美味しい」  翡翠「ありがとうございます」  志貴「ごちそうさま。美味しいお茶漬けだったよ。じゃ、また少し眠るよ」(もぞもぞ)  翡翠「……。お茶漬け?」(首をかしげながら退室) 三十七 「保護者」     秋葉「あら、兄さん、何をご覧になっているんです?」  志貴「ああ、学校の連絡書。三者面談があるんだ。とは言ってもなあ。     仕方ないからまた有間の家に頼んで……」   秋葉「そういう事でしたらご心配なく」  志貴「と言うと?」  秋葉「私が参ります」  志貴「え? ………………。」    頭の中でいろいろなものが渦巻いているらしく次第に表情が暗くなる。  秋葉「どうなさいました、兄さん?」  志貴「そんなに秋葉に嫌われているとは思ってもみなかった。ショックだ……」    泣きそうな顔で部屋に戻る。  秋葉「え、何、どうしたって言うの?」(呆然) 三十八 「その瞳が開く迄」     翡翠 「……」(うっとりとした陶酔の表情)  アルク「あれ、志貴まだ寝てるんだ」  翡翠 「!」(おろおろとしている)  アルク「せっかくメイドさんが起こしに来てるのに……、こいつめ」     志貴の頬をぷにぷにと突付く。  アルク「起きろー。え、何、どうしたの?」     翡翠がアルクェイドの腕をひしと掴んでぷるぷると首を振る。  アルク「……なんだかわからないけど、ごめん、止めるから」   三十九 「答え無しも、また答えなり」  志貴 「先輩、カレーと俺どちらか選ぶならどっちを取る?」  シエル「……」  志貴 「ねえってば」  シエル「私が好きな遠野くんはそんな質問をしません」 志貴 「いや、単なる仮定だからさ」 シエル「私が好きな遠野くんは絶対にそんな酷い質問をしません。 だから、そんな設問は成り立ちません」 志貴 「……、はい」 四十 「手の届く処に鍵が」  志貴 「もしもさ、一月くらいカレー絶ちしてから食べたらきっといつもの何十倍も美味し      いんじゃないかな」  シエル「……」  志貴 「一度試してみない? きっとこの世のものとは思えない美味しさだよ。 仮にもカレー好きを名乗るんならチャレンジして……」  シエル「うう、ひっく、ひど…い、そんなこと出来るわけないの……知ってて、うう」  志貴 「冗談だよ、泣かないでってば」   四十一 「プラスマイナス」  志貴「ときどき、秋葉に本気で嫌われているんじゃないかと思う事あるんだ」  琥珀「ふふふ、そんな事間違ってもありませんよー」  志貴「そうだよね」  琥珀「そうですよ。でも……」  志貴「でも……?」  琥珀「何か好かれる様な事なさった覚えはおありですか」  志貴「……」   四十二 「契約の証」  志貴「やあ、レン来たね」  レン「……」  志貴「って猫のままか……」  レン「……」  志貴「まあ、これはこれでいいか」  レン「……」 四十三 「持てる者の驕り」  志貴「可愛い妹。可愛い……、妹……」    うーむと首を捻る。 志貴「なんだろう、この違和感は?」 四十四 「二人の時」  志貴「いつか秋葉と結婚したとしよう」 秋葉「いつかだなんて……、いつでも、その……」  志貴「うん。そうするとさ」  秋葉「はい」 志貴「どう考えても俺って社会的には幸せになれないんだよなあ」 秋葉「…………」(否定しようとするも、だんだん顔が暗くなる) 志貴「秋葉がいればそれでいいんだけどさ」(取り繕う様に) 四十五 「こんな夢を見た」  志貴「うーん、うーん。 ……夢か。やっぱりな」    形容しがたい表情で上体を起こして溜息をつく。 志貴「レン……、いるんだろ?」  レン「……」  志貴「あのね、淫夢見せてくれるのは、まあ、嬉しいといえば嬉しいんだけど。 でも、どこまでが淫夢の範疇か限界に挑戦、みたいなのは勘弁してくれるかい」 四十六 「ねこ〜 ねこ〜」  翡翠「……猫」  志貴「うん、レンという名前なんだ」  翡翠「お飼いになるのですか?」  志貴「いろいろあってね。翡翠は猫好き?」  翡翠「……嫌いじゃないです。可愛いですね」  志貴「そうだね。世話はかけないから可愛がってやってよ」  翡翠「はい。餌は何を用意しますか?」  志貴「それは俺がやるから。ええと、やりたいならミルクでも出してやれば呑むかな」  翡翠「わかりました、ミルクですね」    琥珀の語調に志貴が何かに気づく。  志貴「手は加えないでね。ただのミルクでいいから」(念を押す様に)  翡翠「はい」(ちょっと残念そうな顔で) 四十七 「買ったものは何?」  秋葉「はい、兄さんのご希望の品用意致しました」(静かに怒気を漲らせながら)  志貴「ああ。本当に買って来るとは思わなかった」(受け取りながら動揺している)  秋葉「言ったでしょう。お小遣いはあげませんが、必要なものは揃えると」  志貴「そうだな」  秋葉「思う存分お使いください」  志貴「……ああ」(動揺気味に)  秋葉「そうそう、使用状況は随時確認させて頂きますから」  志貴「な……」  秋葉「では、そういう事で」  志貴「待て、秋葉。ごめん、謝るから……」 四十八 「お一人様1パックのみです」     志貴 「シエル先輩、土曜日は魚がかなり安いよ」  シエル「うーん、でもこっちのスーパー、産地直送フェアやってて鮮度が違うし」  志貴 「商店街も丹念に見て歩くとお買い得品が待ってるしね」  シエル「こっちの広告はと、お野菜か。うん、買いだめしとこうかなあ」  志貴 「あっ、先輩。このちらし見てよ。卵1パック10円だって」  シエル「どこですそれは、遠野くん。      隣町、いえいえ行きますとも。でも2回は並びづらいなあ」  志貴 「ふふふ、水臭いですね。まかせて下さい、お供しますよ」  シエル「ああ、遠野くんが輝いて見えます」  秋葉 「……何か、楽しそうでいいなあ」(雰囲気的に入り込めないでいる)  琥珀 「まあ、秋葉さまには生涯わからない世界でしょうねえ」 四十九 「新刊3冊と封筒セットとこちらで3,900円です」  晶 「遠野先輩、こっち終わりました」  秋葉「じゃあ、こっちも計算お願い」  晶 「はい。ええと……、82,400円。こっちの補助費が12,200円余りです」  秋葉「ご苦労。     ……前から不思議だったんだけど、瀬尾って計算とか苦手って言ってたでしょ」  晶 「そうですよ」  秋葉「それで何で百円とか千円単位だと、異常に早いの?」  晶 「え。……」  秋葉「どうして?」(あくまで不思議そうな顔で)  晶 「ええと。……」(どう言ったものか迷って汗をかいている) 五十 「卒業写真のあの人に」  志貴 「シエル先輩、卒業おめでとう」  シエル「ありがとう、遠野くん」 志貴 「でも寂しいな、もう先輩とお昼食べたり、一緒に帰ったりできないと思うと」 シエル「ああ、それなら大丈夫です。」 志貴 「なんで?」 シエル「まだ高校生しますから。だってもともと正規に入ったわけでも無し。 次は何年生になろうかな」 志貴 「ああ、書類偽造と記憶操作で潜り込んだんだっけ」 シエル「そうです。だから今度は新入生になって今までと逆にわたしが後輩なんてのも。 それで、遠野くんの事、遠野先輩とか呼んじゃって、きゃっ」(頬を染める) 志貴 「……」(さすがにそれは無理があるんじゃないかなあとか思っている)
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