時重ね

作:秋月 修二

 




 素知らぬフリで私はカウントを続ける。
 誰も知らないことだ。何故なら、知る必要すらないことだから。
 自分勝手に作り上げた、私だけのルール。
 達することが目的でもない、幼過ぎる戯れ。

 一、二、三、四、五。

 飽きもせず、何度も繰り返し数を重ねる。連ねる。織り上げる。
 いつしかそれは高みへと。
 最後にすべき数は心得ている。
 だからそれまでに、何かしらの決着が欲しい。

 六、七、八、九、十。

 桁が変われど、私はカウントを続けた。
 月日が過ぎ去ることで、緩和されるものがあるかもしれない。
 ああ、ただの願いに過ぎないとしても。
 救いを欲することそのものに、誤りはないだろう。

 十一、十二、十三、十四、十五。

 考えてみれば、私が誰かを想うということは珍しい。
 しかし、身内が凍りついたように縛られたままというのは。
 何とも、耐えがたくはないか。
 放置するには、重荷が過ぎるというものだ。

 十六、十七、十八、十九、二十。

 童心には余程苛烈を極めたのだろう。
 声を上げて泣くことすらせずに、歯を食い縛る。
 そんな生意気なガキは、願い下げだった。
 濁った目をして、現を見ているのかすら定かではない。

 二十一、二十二、二十三、二十四、二十五。

 突き放す気は無かったにせよ、馬鹿は私の後を追う。
 つかず離れず、何か怖いことでもあるのか。
 私を頼るのは構わないが、男としての気概が足りないと思う。
 ……今の私に、何が出来るのだろう。

 二十六、二十七、二十八、二十九、三十。

 目的地に向かう為には避けられないとしても。
 崩れ落ちた旧宅の近辺を歩くのは、流石に気が進まない。
 後ろには馬鹿がいるのだから、尚更だ。
 弟は旧宅を見ないようにしつつ、歌を歌っている。

 三十一、三十二、三十三、三十四、三十五。

 空は夕暮れに差しかかったばかりで、まだ明るい。
 終わりを思い出せないのか、他を知らないのか。
 弟は同じ歌の同じ場所ばかり繰り返している。
 それくらい覚えろと、私は続きを口ずさむ。

 三十六、三十七、三十八、三十九、四十。

 ああ、もうすぐか、とらしくもない感慨に耽る。
 夕食を二人で食べながら、ぼんやりと考えてみる。
 慣れない料理などした所為か、疲れが溜まっているようだ。
 不味い食事がまた輪をかけて疲れさせてくれる。

 四十一、四十二、四十三、四十四、四十五。

 いい加減面倒くさいので、有彦に料理を作らせてみる。
 癪なことに、私よりもまともなものが出来上がる。
 レパートリーが少ないのが難点ではあるが、まあ良しとしよう。
 数をこなせば、有彦も慣れるだろう。

 四十六、四十七、四十八。

 我ながら拙い願いではあったにせよ、不思議と巧く行ったらしい。
 こうまで巧く行くと、逆に嫌な予感が浮かぶほど。
 或いは……祖母さん、アンタなりの計らいなのか?
 だとしたら、多少ありがたいと思っておけるんだが、な。





 そして最後のカウント。
 ――――――――――四十九日。

「有彦」
「何だ?」
 私は吸ったこともない煙草の封を切った。ろくに銘柄など見ずに、自販機に
五百円玉を叩き込んで、適当に買ったものだ。それの一本を咥え、一本を差し
出す。
「………何の冗談だ?」
「解らないか?」
 戸惑いを隠しもしない有彦の煙草に、火を点けてやった。私もそれに続く。
 慣れない匂いが鼻をつく。
 有彦は首を傾げて煙を撒き散らしている。煙の濃さからして、肺には入れて
いないようだ。煙の塊が解けて、空に流れて消えていく。
 やれやれ、お子様め。
 私は思い切り煙を口に含み、肺に入れた。すぐさま咳き込んでしまう。
「……無理すんなよ」
「煙草って、のは、こういうもんなんだよ」
 途切れ途切れに呟く。経験が無いのだ、こうなるのはむしろ当たり前。
 しかし言われた通り、無理があるのは否めない。
 でも、それでも、吸う。
「オマエも、そんなちびちびやってないで、もっと勢い良く行け」
「だから、何で」
 一向にこちらの意を解さないコイツは、まだまだ他人の機微には疎い。
 ……やれやれ、折角の洒落なのに、わざわざ口にしなければならないのか。

「折角の送り火だ。もっと明るい方がいいだろう」
 無言、停滞。
 ……進展。
「――――――ああ、成程」

 ようやく得心したのか、有彦は大きく紫煙を吸い込む。そして、みっともな
く咽せ返る。……途中までは良かったのに。
「ダサいなあ」
「姉貴だって同じだったろうが!」
「私は女でオマエは男だ。煙草くらいもっとスマートに吸え」
 自覚のある、無茶苦茶な注文だ。だがようやく立ち直ったんだから、もう少
し良い男になっていてもいいだろうに、コイツと来たら根っこがガキのまんま。
 まあ、今まで程手間がかからなくなったのは、幸いか。
 ぶつくさと文句を言う有彦を尻目に、私は今日でカウントも終わりだな、と
再認識した。最後に大きく一息し、肺に溜める。不味い煙草を揉み消した。

 祖母さん、アンタの孫はそれなりに元気らしいよ。
 でも、まだガキだ。悪いけど。

「さて……」
 私も成長する為に、この苦味は忘れないでおくとしよう。
 馬鹿は放っておいて、良い女を目指してもいい頃合だしな。
 思考に苦笑しつつ、肺に溜まった煙を盛大に撒き散らす。

 煙草ってのも、案外悪くない。
 ああ、まずはこれから慣れてみようかな―――――――。



                   (了)


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