慕姉弟記宇受売章

作:権兵衛党

            




 シャンシャンとリズムをつけて音が鳴る。
 それに合わせてクルクルと回るように舞い、軽快な足捌きでステップを踏む。
 踊る手足が鮮烈に空気を割いて、室内の澱んだ空気をかき混ぜていく。
 アルコールに火照るこの身体には、肌に当る冷たい空気の流れが心地よかっ
た。
 踊り続けながらそっと眼を閉じて、自らの感覚のみに浸ってみる。
 ヒヤリとした空気が心地よい。
 身体が火照る感触も心地よい。 
 そして、見つめる視線を感じる事がとても心地よかった。
 見られている事を意識すると、アルコールによる物だけではない熱が感じら
れてくる。
 それは、あたしの身体がその視線を受け止めた証し。
 ごく自然に唇の端がクスリと、笑みの形に吊り上がった。
 軽やかに舞い続けながらそっと胸元に手をやり、シャツのボタンを一つはず
す。
 襟元から覗く肌の白さが、面積を増す。
 思ったとおりに視線が胸元に集中するのが分かる。

 ―― ああ、とても、心地よい。ゾクゾクするほどに。

 ゆるやかに、しなやかに有間の目の前で踊り続ける。
 その眼があたしを捕らえて離さない。

 ―― そう。その眼に焼き付けて。

 あたしは益々見せ付ける様に身体を揺すり、熱を帯びていく。
 少しずつ、少しずつ。アルコールの熱に交えて身体の奥から熱くなってくる。
 その昂りに突き動かされるように、指先でもう一つボタンを弾いた。





 きっかけはなんだったろうか。
 ウチの馬鹿弟が有間を家に連れてきたのはいつもの事と言えばいつもの事だ
った。
 幼い頃からこの似通った所のない二人の子供は常に親友 兼 悪友としてあり、
あたしにとっても長い付き合いの友人 兼 同居人であった。
 有間は家との折り合いが悪く、長い休みのたびにウチで生活していたから半
同居人といってもよかったろう。
 あたしから見ても善良と思える有間家の面々と、年下の半同居人との間にど
ういうわだかまりがあったのかはあたしは知らない。詮索する気もない。
 血の繋がりがない程度の事ならウチだってまるきりないのだしとは思ったが、
居たいなら居ればいいという態度に終始一貫している。あるいはそれが居心地
良かったのかも知れないが。
 話を戻そう。
 とにかく有間はウチにやってきた。
 そこから酒絡みの宴会に突入するのも必定といえば必定。
 未成年だから云々などと言う気は毛頭ない。そもそもあたしからして飲み始
めたのは何歳だったやら。
 かなりの量の酒瓶が転がったのも、まあ例がないことではなかった。
 ただ、普段と違う事といえば。
 ウチの馬鹿が馬鹿なだけあって記憶違いをやらかした事くらいだろうか。
 かなり時間が過ぎてから、量にして一升近く飲み干してからあたふたと外せ
ないバイトとやらに向かったのだ。あの馬鹿弟は。
 あれでは満足に仕事もできまいがまあ、とやかく言うつもりは無い。首にな
ったらなったで自業自得、と好きにさせる。
 好き勝手やるのが乾家の方針だが、自由というのは自分で責任をとる事だと
いうのもウチの家訓である。
 あたし自身はといえば、もう少し飲みたい気分だったので、帰ろうとする有
間を引き止めて飲み続けた訳だ。

「イチゴさん、飲みすぎですよ」

 有間がそう切り出したのは何時くらいだったか。
 確かに結構な量を飲み干していたので、普段ならまあそうかなくらいに思っ
て切り上げたかもしれない。
 けれど、この日のあたしは内心ものすごく浮かれていた。
 もっと飲むと、タダをこねた。
 それはどういう気まぐれだったのか。
 ひょっとしたら、有間と二人だという事がそうさせたのかもしれない。
 だって、宴が終われば有間が帰ってしまうと思ったから。

 ―― ああ、酔ってるな。

 それは自分でも判った。
 いつものあたしなら、良き……ではないけれど、姉として振舞えたはずなの
だ。
 こいつはガキの頃から知っている有間で、あたしは乾一子なんだから。
 両親と祖母を亡くしていたあたしと有彦にとって有間は家族も同然。否、有
彦とあたしにとっては本当に家族と言って良かった。
 面と向かって言えるはずも無いが、手のかかる有彦とコイツが家族でいてく
れたからあたしは生きていられた。そんな時期が確かにあった。
 あの頃のあたしは確かに有彦だけじゃなくて有間の姉であり、有間はあたし
の可愛い弟だった。
 ずっとそう思っていた。
 はず、なのだけれど。

 ―― いつからだったろう? 有間を、弟として以外の眼で見るあたしが産
まれたのは。

 普段は抑え付けているそんな思いが、酔いを理由に頭をもたげる。
 小さかった有間も大きく育ち、今ではあたしよりも背が高い。頻繁に貧血を
起こすけれど、身体付きも悪くない。
 それでも、あたしは有間の姉のつもりだったのに。
 けれどそれとは別の眼で有間をみているあたしがいた。

「ほら、もう止しましょうよイチゴさん」
「まだ酔ってないって」

 嘘だ。
 あたしは酔ってしまっている。
 それは清酒に酔ったのか、それともこの状況に酔ったのか。
 弟であったはずの有間に窘められている事も、自分が置いていかれたようで
淋しく感じる。
 だから、ムキになる。

「充分酩酊してますよ。立って歩けるかも怪しいくらいに」
「そんな事無いさ。このまま踊り明かす事だって出来るくらいだ」

 そう言ってコップを傾けようとすると、コップは有間に取り上げられてしま
った。
 ちょっと不機嫌に有間を睨む。
 ……分かっている。有間はあたしを心配しているだけだ。
 でも今の不安定なあたしには、それは有間が帰りたがっているようにしか思
えなかった。
 それが淋しくて、アルコールに浸かった頭で考える。

「ダメです。それに無理ですよ」
「……じゃあ、やってみせたらコップを返せよ」

 そう言って立ち上がった。
 かなり飲んだけれど、不思議と足にはきていない。もっとも、動けばそれだ
け廻るというのも確か。
 有間はちょっと眉根を寄せて、手を上げかけたが結局下ろす。
 きっと飲ませ続けるよりは、やらせておいた方がマシと思ったのだろう。傍
らに座り込んでこっちを伺っている。
 その目は少し呆れているものの、姉を心配する弟の目だった。
 それはあたしと有間の絆が失われていない事を示すものであり、また同時に
あたしを姉という意識で見ている事を示している。
 安堵とやる瀬なさの双方が同時に沸き起こり、あたしは色の定まらない溜め
息を吐く。

「やっぱり、気分が悪いんじゃないですか?」
「いや、そんな事は無いさ……」

 その溜め息をどう解釈したのか、見当はずれな事を尋ねる有間。
 こっちは自分が分からなくてうろたえているというのに、何の迷いも持って
いないかのように思える。
 なんだか、気に触る。
 たとえそれがあたしをただ純粋に心配しているのだとしても。
 有間がうろたえるトコロが見てみたい。
 動揺しているところを目にしないと治まらない気分だった。どうしてくれよ
うか?

 ―― ああ、そうだ。

 それは最初はいつもの軽い悪戯程度の考えだった。
 なのに、その上に新たな思いつきが重ねられてしまう。
 止め処もなく、どこまでも。
 その思いつきは、シラフでは絶対に出てこないものだったろう。
 確かにあたしは酔っている。
 どうかしてしまっている。
 だって、あたしは有間の姉なんだから。
 姉弟でいられなくなる事を恐れているんだから。
 酒でも入っていなくては、やれる事じゃない。
 でも……
 今なら理由はつけられる。
 全てをお酒のせいにしてしまえる。
 そんな、ズルイ女の考えに染まってしまう。

「本当にやる気ですか?」
「ああ」

 有間に向けて、有彦がどこからかくすねてきたタンバリンを放る。
 それを鳴らせという事か、と理解した有間は変な表情でそれを手に取った。
 右手が振られると、シャンと鈴にも似た音が響く。
 有間の表情は、そんな事をやろうとする事自体が酔っている証しだと無言で
言っている。
 正直に。あたしを疑わずに。

 ―― そうだ。あたしは酔っている。

 あたしらしく無いのは分かっている。
 有間の、あたしへの信頼を裏切るようなマネだという事も分かっている。
 それにつけ込む様なズルイ事だという事も。
 でも、もう止まれない。
 幾分緊張気味になりながら、有間を促す。
 やがてシャンシャンと有間の手の中のタンバリンが鳴り始め、あたしはその
リズムに身体を躍らせた。
 ただ見ている、有間の目の前で。





 何事も無かったかの様に肢体を躍らせる。
 二つ目のボタンを外してしまうと、みぞおちあたりまで開いてしまう。
 有間から見ると、どう見えてるんだろうか?
 熱がっていると思われている事は間違いないのだけれど。
 きっと赤いシャツに覆われた胸の膨らみのその谷間が完全に露わになってい
るだろう。
 そして、その丸いふくらみを覆い隠す下着もチラチラと見えてしまっている
のだろう。
 有間の手が紡ぎ出すシャンシャンという音にあわせ、あたしの身体は跳ねる
ように踊る。
 赤いシャツに覆われた二つの膨らみと、陽に当らない白い胸の谷間、それか
ら下着の薄い青。揺れるそれらが有間の目を釘付けにしている。

 ―― 胸が、ドキドキする。

 体内を巡るアルコールに急かされる様に踊り続けるあたし。
 けれど、本当にあたしを突き動かしているのは有間の食い入るような眼差し。
 その視線が面映くて、頬を染めるお酒の赤に羞恥の朱が混じり、けれど決し
て止められない。
 もっともっとと望むあたしが、いる。
 有間の視線があたしを狂わせる。
 舞うように、否、身体の欲求に従って踊りそして舞いながら、視線に押され
るように一気に残りのボタンを毟り取った。
 ボタンが跳ね飛んだシャツはクルクルと舞う身体の動きに合わせて翻り、腰
の括れからおヘソ、それから胸を覆う下着が視線に晒され、一瞬後にはまたシ
ャツに覆われる。
 冷やりとした外気が当たる事よりも、有間の目の前でシャツをはだける事の
方が刺激的ではあった。

「イチゴさん……」

 困惑気味の有間の声。
 さすがに度を越したと思ったのだろう。
 姉を気遣う優しい弟の声。
 ズキリと、胸が痛む。
 分かっている。
 冗談だ、とか。サービスはここまでだぞ有間、とか。ん? 何か期待したのか?
とニヤリと笑うとか。
 有間が望んでいるのはそんな台詞だ。
 そう言えばいつも通りで、うろたえる弟と悪ふざけをする姉で済んでしまう。
 けれど、あたしは今更止められるわけが無くなっていた。
 僅かな逡巡の末。

「続けて……お願い…………」

 懇願の声を有間に向ける。
 向けて、しまった。
 戸惑いながらも乱れたリズムを修正して、有間は音色を紡ぎ出す。
 それはたぶん、あたしを信頼してくれているから。
 でも、あたしは……ゴメン、有間……
 内心では後ろめたく思いつつも、身体はリズムに乗って舞を舞う。
 動きにつれてシャツが翻るたび、あたしの胸を覆う下着が有間の目を掠めて
行った。
 こんな事になるなら、もっと艶っぽい下着にしておけば、などと考えて可笑
しく思う。

 ―― それは、やはり『姉』の考える事じゃない。

 そう、いまのあたしは有間の姉としてではなく、オンナとしての思考をして
いる。
 有間を弟としてで無く、オトコとして見てしまっている。
 気を惹こうとする、オトコに媚びる、オンナの考え。
 有間は、あたしを姉として見てくれているのに。
 おぼろげに、考える。
 姉として見られている事は嬉しくもあり、弟と見られない情けなくもあり、
そして、ここまでしているのにとちょっとだけ腹立たしくもあった。
 弧を描くように足を捌き、それに続けて胸を張るようにして大きく手を広げ、
身体を回す。
 それに伴ってシャツが翻り、白い肌と肢体を形作る曲線をさらけ出した。
 有間に流し目をくれるようにして、様子を伺う。
 戸惑っている。
 けれど、眼差しは離せないかの様にこっちをみている。
 あたしと目が合うと、その視線を慌てて反らした。
 音が止まり、あたしも脚を止める。

「……すみません」

 それはたぶん、本来有間の中で見てはいけないと考えていたモノを見てしま
った事に対する謝罪。
 でも、有間に罪はない。

「何を、謝っている。あたしが、見せているんだ」

 平然と言ったつもりだった。
 けれど出てきた声は上擦り、少し掠れていた。
 自分でも緊張し、かつ昂っている事がわかる。
 姉としてしてはいけない事をしているという自覚はあった。
 それでも、見て欲しくて。
 もっと見続けて欲しくて。
 俯いている有間に。

「だから……しっかり見て、くれ」

 そう、言った。
 言ってしまった。
 あたしが有間に見られたいのだと、そう言ってしまった。
 見られたい。
 だから、やりたいようにするために背中に手を回してゴソゴソと蠢く。
 シャツの中でモゾモゾと作業をする。
 俯いている有間はそれに気付かない。
 しばしの沈黙を挟んで、やがてそれに耐えられなくなったかのようにポツリ
と。

「でも……」

 と呟いた。
 葛藤が滲む。
 かつて、ただ純粋に、姉として慕ってくれていた。
 そうできなくなってしまったあたしと違い、今でもそう思ってくれていたの
かもしれない。
 ズキリと胸が痛む。
 何となく分かる。あたしは今、有間の聖域を土足で踏みにじろうとしている。
 有間にとって、いやあたしにとっても、家族というのは縁の遠いものだった。
 だからこそ憧れ、神聖視する。姉を、そんな眼で見たくないと訴える。
 けれど、あたしはそのままでは居られなかった。

「……見たく無い、か? あたしは、見たくない、か?」

 知っている。
 有間はそう言えば、逆らえない。
 あたしを大切に思っているから。
 知っていて、あたしは尋ねる。

 ―― あたしは、なんて、ズルイ。

 そう思うのだけれど。
 でも、あたしは自分を抑えられない。狂おしいまでに、有間に見て欲しい。
 姉としてではなく、生身のあたしを。
 案の定、有間はブンブンと首を振った。
 俯いたまま、ボソボソと。

「そんな事はないです、けど……でも……」
「なら、顔を上げろ。そして最後までしっかり見てくれ」

 姉としての声で、命じる。
 そして、か細い声で。

「お願い、だから……」

 オンナとしての声で、哀願した。
 有間は恐る恐るという感じに、でも少しだけ手に届かない何かを求める目を
して顔を上げる。
 その顔に向かって、手にしたものを放り投げる。
 ファサと顔に落ちたものを有間は訝しげに摘み上げ、そして目を見開いて驚
愕した。

「これ……」
「ああ、あたしのブラだ」

 その顔を見て、あたしは悪戯に微笑んだ。
 元々赤かった有間の顔が、見る見る真っ赤になっていく。
 けれど、あたしの顔だって真っ赤になってしまっているはずだ。
 たった今脱いだ、まだ体温だって体臭だって感じられるだろうあたしのソレ
が有間の手の中にあるんだから。
 何となくシャツの上から胸を押さえてしまう。このシャツの下には何も無い。
 その事にますますかきたてられ、羞恥を煽られ。

「有間、そいつを鳴らせ」
「え、ああ……」

 有間にシャンシャンと鳴らさせる。
 それに合わせて、再びあたしは踊り始めた。
 リズムに合わせてステップを踏む。
 やはり飲みすぎている所為か、かなり回ってきているようだ。
 触ってみるとあたしの身体はかなり熱い。
 身体に風を当てるように大きく回る。
 ブラジャーから開放された胸のふくらみが、動くたびに弾むのが自分でも判
る。
 有間からだってそれは見えているのだろう。
 引っ掛けているだけのシャツの動きに、その下で揺れるモノに、時折覗くソ
レに有間の視線が釘付けになっている。
 歳相応の興味と憧憬の幻想の狭間で苦悩しつつも、視線を反らさない。
 だって、あたしが命じたから。
 その苦悩を見て取って、あたしの中でも葛藤がある。

 ―― ごめん。悪い姉だな、あたしは。

 でも。
 有間があたしを見てくれている。生身の女として。
 その思いにあたしのオンナが喜びの声を上げる。
 
 ―― そう、見たいんだな有間。

 そんな思いに流される。
 クスリと妖しく微笑んで動きを見計らい、自らの手でシャツを跳ね上げる。
 目の前の有間が息を飲む気配が感じられた。
 あたしの肢体を覆う布地が身体から離れて翻り、やがて重力に引かれて再び
まとわりつく。
 微妙な括れを描く腰からおヘソ、その上の間に谷間を形作る膨らみ、その頂
点の酒精にほんのり艶づく先端まで。
 せっかく見せてやったんだ。有間の目には、ちゃんと焼きついただろうか?
 ……きっと焼きついただろうな、あたしの浅ましいオンナの姿が。姉として
の姿を消し飛ばすほどに。
 身体が動くままに踊りながら、虚ろに考える。
 あたしは、有彦とはまた少し異なる有間との姉弟関係を大切に思っていたは
ずなのに。
 なのに。

 ―― 今は何故、姉と慕われる事が、こんなに、辛いんだろう。

 答えの出ない物思いにふけりかけて、振り払う。
 いいさ。今、あたしは酔っている。それにまかせればいい。
 今はただ、求めればいい。
 見られる快感に酔えばいい。
 ひたすらに求めればいい。
 あたしはただ、有間が欲しいだけなんだから。
 狂おしいほどに。
 恋焦がれるかのように。
 例え、有間にどう思われても。
 小刻みにステップを踏みながら、誘うように手を伸ばす。
 酔ってる所為で頬が赤くなっている。有間を見る眼が少し潤みかけているの
も感じられた。
 有間はといえば、ややたじろぎつつも眼を離さない。その喉が小さく唾を飲
み込むのがわかる。ドギマギしている事すら見て取れる。
 それはごくかすかではあるけれど、オンナに欲情するオトコの眼。
 あたしは喜びに打ち震えた。
 喜びを表現するが如くに魅せる為の舞はより激しく、より妖しく、より大胆
になっていく。
 シャツからこぼれる乳房が弾み、たわみ、柔らかく形を変えていく。
 有間の食い入るような視線を感じる。
 艶やかな流し目を送り、有間をたじろがせた。

 ―― フフ、有間、もっと見たいか?

 その様子にゾクゾクした喜悦を感じながら、更なる高揚を求めてシュルリと
ズボンからベルトを引き抜いた。




 ホックを外し、ジッパーを引き下げる。
 その次にする事は、誰にだってわかる。
 有間の目に動揺と苦悩と期待が入り混じる。
 けれど、その口はわずかに開いて結局閉じられた。
 普段とは違う異質な空気に魅入られた様に、有間は戸惑いつつも動けない。
 けれど、何かに憑かれたかのようにシャンシャンと音だけは鳴り続ける。
 その音に後押しされるように、一気にジーパンをずり下げた。
 一瞬、息を飲む気配が伝わってくる。
 有間の瞳にはあたしの脚と、ブラと同色のショーツが映っているのだろう。
 胸のふくらみの下、おヘソと腰の括れから下へ辿るとあたしのオンナの部分
を覆う下着があり、その先に白いスラリとした素足がその存在を示している。
それはおそらく扇情的な光景ではないかと思う。

「どうだ、有間?」
「どう、って……その……」

 否、有間の反応を見る限り、とても刺激的な光景らしい。
 その反応に満足しつつ、艶然と微笑みかけた。
 そしてその脚をつと浮かせ、しなやかに回転する。
 続けて、両手で右の脚を持って猫科の動物の様な柔らかさで高く掲げ、猫の
ような悪戯な顔で有間にその脚を見せ付けた。

 ―― ああ、その視線はとても気持ちいいよ。

 ドギマギしてアルコール以外の理由で赤くなった顔に満足し、あたしはまた、
気分のままに踊り始める。
 自らの身体を覆うものが赤いシャツと薄青のショーツのみである事を充分に
意識した動作。
 さきほどまでよりもより大きく、白い肌を見せ付けるように足を裁き、舞い、
踊る。
 肌を、その下の柔らかい肉を、シャツから覗く弾む胸を、露わにした脚を。
 爪先から足の指、ふくらはぎ、膝、凝脂の乗るような太腿からおヘソ、胸の
ふくらみから鎖骨のラインやうなじまで。
 存分に有間の視線に晒し、あたしは昂り続ける。舞い続ける。
 有間は声も出ないかのように眼を見開き、食い入るようにあたしの肢体を見
詰めていた。
 それがあたしを恍惚とさせ、より激しい感情を沸き起こし、あたしの身体を
突き動かす。
 そして部屋の空気すら変えて行く。
 元々けっこうなペースで酒の宴を繰り広げていた部屋であり、おまけに先ほ
ど酒瓶を蹴り飛ばしたらしく、床の一隅が清酒で濡れている。弱いやつなら居
るだけで酔いそうな室内だ。
 そんな中で停滞した空気をかき混ぜ、狂おしく踊り続ける。
 荒い息を吐きながら、踊り狂う。
 その激しさにあたしの身体からは汗が流れ、そして揮発して行く。
 やけに生温い部屋の中は清酒の芳香と、あたしの汗とオンナの体臭に満たさ
れていくのだ。
 無論それに気付くと羞恥心が首をもたげたけれど、でもそれはもう弱々しい
抵抗でしかない。
 有間の目には、あたししか映らなくていい。
 有間の嗅覚はあたしの匂いしかしらなくていい。
 有間の全てを、あたしで、独占してしまいたい。
 そんな幼稚なわがままな思いさえ浮かんでくる。
 有間も、そしてあたしもその爛れたような甘い空気を吸い込み、頭を痺れさ
せる。
 その痺れがあたしから理性とか良識とか、姉の立場などというものを奪い去
る。
 あたしを唯のオンナに、有間を見る眼をオトコを求める眼に変えて行く。
 座ったままあたしを眼で追い続ける有間をこちらも見詰める。
 その眼は、すでに姉を見る眼ではない。
 その事に大きな喜悦と、ほんの少しの複雑さを覚えるのだけれど。
 でも、有間を弟と思う背徳感すら今のあたしには身体を熱くさせる材料でし
かない。
 今あたしの心を占めるのは、オトコとしての有間だけ。
 あたしを見ているか?
 あたしを感じているか?
 この、目の前のオンナを。

 ―― あたしが、欲しいか?

 そう心の中で呟いて、その響きにウットリと微笑んだ。
 踊り続けていた足が止まる。
 そして、熱い息を吐きながら、フラフラと有間へと歩を進めた。
 すごく身体が熱く感じる。
 吐く息が、ものすごく熱い。
 ただ、熱い。鎮められない。
 オンナを見る眼を、オトコを見る眼で見詰め返す。
 ハラリと上半身を覆っていたシャツが床に落ちた。

「イチゴさん……」

 感に耐えないかのように、あたしの名を呼ぶ有間。
 その目の前に立ったあたしは有間の手を両手で取る。
 そしてその手をあたしの胸の膨らみへと導く。
 潤んでいた有間の目が、急に見開かれた。
 その変化を眺めながらつややかに微笑み、静かに尋ねる。

「有間、あたしの胸はどんな感じだ?」
「柔らかい、です……」

 有間の声が僅かに震えている。
 あたしの声も、押さえ切れない歓喜に震えていた。
 この、あたしに触れているオトコの手が有間だと思うと、心臓は激しく鼓動
を打つ。
 その鼓動を伝えるかのように、有間の掌をギュッとふくらみに押し付けた。
 あたしは乾いた唇を舌で湿らせてから、それじゃあと呟き、片脚を上げる。
 その脚を目の前に座る有間の肩を越えて、絡みつけるように背中に回す。

「あたしのこの脚は、どうだ?」

 あたしの伸ばした脚が有馬の顔の横を通る。
 うなじの辺りにふくらはぎが、その頬に太腿の内側の肉が触れていた。
 こうしているだけで、ゾクゾクしたものが体内を駆け巡ってたまらない。

「綺麗です。スラリとして……すべすべで……」

 熱に浮かされたように、呟く有間。
 その視線が泳いでいる。
 どっちを向いたらいいのかとうろたえるかのように。
 いや、実際に動揺しているのだろう。何しろ、あたしの脚に頭を抱え込まれ
ているんだから。
 その様子を見ていると、意識せず蟲惑的な笑みが口の端に昇る。
 ちょっといぢめてやりたくなった。
 
「有間、どこを見ている?」
「どこって……その……」

 口ごもる有間にクスリと笑い、腰を突き出すようにして顔に押し付ける。

「イ、イチゴさんっ……!」
「言っただろう? しっかり見てくれって……」

 思わず引こうとする有間を、その頭に回した脚で離さない。
 ショーツに有間の顔が直接に辺り、布越しにその吐息が感じられる。
 その感触に身を任せると、それだけではっきりと快感と呼べるモノがこみ上
げてくる。
 頭を押さえつけて酔いしれていたいところだが、それでは有間が窒息する。
 少しだけ残念に思いながら、脚を緩めて窒息するのを防いでやった。

「どうだ? しっかり見たか?」
「………………はい……」

 熱く潤んだ眼で有間を見据え、その目を覗き込む。
 有間も陶然とした顔でこちらを見返した。

「有間、あたしのソコはどうだった?」

 やたらと唇が乾く。
 それを湿しながら悪戯っぽく笑って尋ねる。

「イチゴさんの、いい匂いがしました」
「ッ……それは見た事じゃないだろう」

 正直、うろたえた。
 確かにオンナのイヤラシイ匂いでむせ返るようになっているだろうとは思う
が、口にされてしまうと動揺が走る。
 いぢめてやろうと思ったのに、わずかながらこっちがうろたえさせられてし
まった。
 これだから有間は油断ならない。
 改めて、答えを促した。
 有間は少し躊躇った上で観念したように口を開く。

「……すごく、濡れてました」
「そうなったのは、有間の所為だぞ?」

 悪戯っぽく囁いて、巻き付けていた脚を解いてやった。
 少し名残惜しく思いながらも、これからの事を思うと、胸がドキドキする。
 一歩離れて、それから艶やかに微笑みかけてやる。
 有間が蕩けたような顔であたしを見ているのを確認して、それから手を自ら
に残った最後の下着にかけた。
 有間の顔に押し付けた、熱く濡れて用を足さなくなったショーツ。
 その内側からは今も滾々とあたしのオンナとしての昂りを示す、はしたない
液体が滲み出している。
 恥ずかしい、ハズなのだけれど。
 でも、今のあたしはその痴態を有間に曝け出したくて、メスそのものになり
たくて、有間が欲しくて仕方がなかった。

「……脱ぐん、ですか?」

 衝動に駆られていた。
 だから、酔ったような眼をした有間が尋ねた時、あたしは躊躇いもなく「あ
あ」と応えた。

「言っただろう? 最後までしっかり見てくれ、って」
 
 そう応えたあたしは淫靡な顔をしていただろう。
 自分でも判るくらいに、蕩けきっていて、有間とのこと以外なにも考えられ
ない。
 その布切れを除く事に、戸惑いはなかった。
 至近で見ている有間の眼を意識しながら、ショーツの両脇に差し入れた手を、
ずりさげて行く。
 ゴクリと、唾を飲み込んだのはあたしか有間か。
 見ている有間を焦らすように、ショーツがゆっくりとずらされる。
 少しずつ少しずつ薄青い布切れが裏返されていく。
 それにつれて、その下に隠れていた部分が露わになっていった。
 他人に見せる事ない淡い叢が覗き、その面積を広げて行く。
 それでも、その動きは止まる事はない。

 ―― もうすぐ、有間に全部見られるんだ……

 有間からはどう見えているのだろう。きっとすごく淫らな光景なんだろうな。
 そんな取り止めのない事を考えると、ショーツのクロッチ部分からつぅと一
筋液体がしたたる。
 フフと僅かに微笑んで更にショーツを下ろし、有間の視線に全てを晒してい
った。
 そして。

「……糸、引いてますね」
「……馬鹿モノ、他に言う事はないのか」

 膝近くまでショーツをずり下げた形で、有間に覗き込まれている。
 オンナとして見られる快感に打ち震えながら、ポコリと有間の頭を叩いた。

 ―― 見られているんだ、姉弟同然だった有間に。

 淡い翳りからその下の熱く濡れたクレヴァスまで。脚を伝ういやらしい粘液
まで。
 姉弟であれば、決して見せてはいけないオンナの媚態を晒している。
 そんな実感があたしを燃え上がらせ、ますます背徳的な昂りに襲われる。
 見せつける様に更に脚を開く。

「すみません、イチゴさんすごく綺麗です」
「そう、それを、先に言わないと、将来もてないぞ」

 口だけは冷静を装いながら、手はそろそろと自らの胸へとやる。
 ギュッと胸のふくらみを握ると、痺れるような快楽が走り抜けた。
 あたしの身体は、もうとっくに蕩けきってしまっている。オトコを迎え入れ
ようとトロトロになっていた。
 もう、待てない。
 あたしは中途に引っかかっていたショーツを脱ぎ捨てて、有間の手を取る。
 その隣に崩れるように腰を下ろし、そして、有間の指先を自らの濡れたオン
ナの部分へと導いた。

「あ……熱い……」
「うふぅ……ッ……」

 有間の指が触れただけで、あたしの身体はひどく悦んでしまう。
 本当に、長い間秘めてきた思いは、凄まじい歓喜をともなっていた。
 それに酔いしれつつ、間近な有間の身体を探る。
 片手は有間の手に自らのオンナを弄ばさせながらもう一方の手を有間のオト
コへと伸ばした。

「…………ああぁ……」

 有間はもう抵抗しない。
 感嘆の声を上げたのは、あたし。
 その股間ははちきれそうな程にイキリ勃ち、布越しでも分かるほどに、熱い。
 それは、あたしを貫こうとしているのだ。
 有間があたしを求めてくれている。
 そんな思いが駆け巡る。
 もう、待てない。
 もう一度そう感じて、あたしは有間へと懇願を含んだ目を向けた。
 でも、姉としてあった意識の矜持が、最後の名残が、あたしに最後の歯止め
をかける。
 有間の意に沿わない事ならしてはいけないという、良心の呵責。
 あるいは、この期に及んで未だこの状況をお酒と有間の意思の所為にしよう
という、あたしのズルさ。
 けれど、押さえ切れないこの身の切なさ。
 それらがない交ぜとなって、あたしの口から放たれる。
 先ほどの質問と同じ形をとって。

「有間ぁ……あたしの、ソコは、オンナは、どうだ?」
「熱くて、柔らかくて、凄く……すごく魅力的です、イチゴさん」

 その答えを、淫らに身体をくねらせつつ、耳にする。
 有間の指先は、何か壊れやすい物を探るようにあたしを蕩かし、狂わせて行
く。
 頭がぼぅっとして、難しい事が考えられない。
 なんと言えばいいかなんて判らない。

「有間ぁ……」
「はい、イチゴさん……」

 だから。
 思いつく限り、直截な言葉で。
 息も絶え絶えになりながら。
 

「有間……おまえは、あたしが、欲しいか?」


 ただ、それだけを尋ねた。
 その哀願を交えた問いかけを、有間はしっかりと受け止め。

「はい」

 そして、はっきりと頷いた。
 あたしはただ嬉しくて。
 でも、もどかしくて。
 そして、一刻も早くひとつになりたくて。

「じゃあ、来て……」

 大きく脚を開いて有間を誘った。
 ドロドロになったオンナを露わにして、有間のオトコを誘った。
 そんなあたしに有間が覆いかぶさって。
 あたしはその身体を歓喜とともにギュッと抱きしめて。
 そして、突き立てられて。
 あたしはめくるめく、止め処もない悦びに包まれていった。



 ―――― それが、あたしと有間との契りだった。


                             < 了 >











  後記

 祝 西奏亭100万ヒット。しにをさん、おめでとうございます。
 これからもますますご活躍される事と思いますが、どうぞこれからもよろし
くお願いいたします。
 実は、今回のミッション:『しにをさんを悶絶させる』
 ……という指令だったのですが、悶絶されましたでしょうか?
 笑って納めて頂けましたら幸いです。
 ちなみにタイトルは……「慕うオトコとオンナの記 ウズメの章」とでも読
むんでしょうか、ねぇ……。わりと謎(汗

 それでは、ますますのご発展をお祈りいたします。



二次創作頁へ TOPへ