期待なき処に失望なし

作:しにを



「あ、よかった、まだ帰ってなかったんですね、遠野くん」  放課後の教室、既に人もまばらだった。  そこにシエル先輩が駆け込むように入って来た。  俺を見てちょっと笑みを浮かべ近寄って来る。 「シエル先輩こそ、まだ残っていたんですか」  机につっぷす様にして、久々に空虚な時間をぼーっと無感動に味わっていた ところだった。  シエル先輩の登場に顔だけ上げる。  先輩、何を……。もしや。  いやいや、期待しちゃいけない。  今日は既に何度も先輩と会って、その度に失望しているのだから。  俺と目を合わせて、シエル先輩はちょっとだけひるんだ様な顔を見せる。 「遠野くん、死んだ魚みたいな目をしてますねー。何かあったんですか?」 「いえ、何も。いや何も無いからこんな顔をしているんですよ……」  そうだ、何も無い、無かったんだ。  ふふふふふ……。  虚ろな笑いがこみ上げてくる。 「……? よくわかりませんが、ええと、遠野くん、これ」  気を取り直すように、いつもの鞄以外に手にしていた手提げ袋をがさがさと させて、シエル先輩は俺の目の前にひょいと箱状の何かを置いた。  綺麗に包装され、リボンで結んである。  え、これ、えええっ?  干からびる寸前で水をかけられた河童の如く、たそがれていた俺の体に生気 が漲り、がばっと上半身を机から起き上がらせた。 「きゃっ」 「先輩、これ。……誰かに渡してくれってオチじゃないですよね」  駄目だ、まだ喜んじゃいけない。  すがる様な目でシエル先輩を見る。   「遠野くんにですよ。貰ってくれますか?」 「もちろんです」  即答。  先輩から守るが如く掌中に収める。 「返せと言っても返しませんよ」 「いえ、言いませんけど」  先輩は俺の勢いにたじろいでいた。 「それほど喜んで貰えるとは思いませんでした」 「だって今日はお昼とかも一緒だったし、何度も顔合わせているのに何のアク ションもないから、もうチョコ貰えないと思ってたんだ。先輩はバレンタイン デーなんて風習に縁が無いかなと思ってたし」 「郷に入りては郷に従えって言うでしょう。朝一番に渡そうとも考えたんです けど、じらして存在感を増そうかな、なんて狙ってみたんです。ずいぶんと効 果あったみたいだから、成功ですね」 「……先輩の意地悪」 「まあ、機嫌を直して下さいな」  ぜんぜん悪かったと思っていない、してやったりという表情をちょっぴり交 えた笑みを浮かべている。  はあ、すっかりシエル先輩の術中にいますか、俺。 「うん。あ、お礼まだだったね、ありがとうシエル先輩」 「いえいえ。それにしても意外ですね。普段は遠野くんてそんなのに興味なさ そうな顔しているのに、まるでキャラクター変わっちゃって」 「さすがに周りの奴が貰っているのに、こっちが皆無だとね」 「えっ、遠野君、チョコレート貰った数ゼロなんですか?」  意外そうな顔で俺の顔を覗き込むシエル先輩。  別にこんな情けない嘘なんかわざわざつきませんよ。 「いや、箱開けてバラで配ってみたいな義理チョコというかお情けチョコなら、 幾つか貰っているけどね。たださ、ついででもくれるんなら喜んで貰うけど、 罰ゲームみたいのもあって」 「罰ゲーム?」 「うん。なんか凄く緊張してチョコだけ置いて、さーっと逃げて教室の隅で集 まってひそひそ喋っててたりとかあって、そういうのはダメージ受けるなあ」 「それ、罰ゲームじゃありませんよ」 「そうなの?」 「ええ、多分。でも確かに普通の女の子が遠野くんに近づくのは、勇気がいる かもしれませんね」  どこかしみじみと先輩は呟く。  勇気ってなんで、と思ったが何か嫌な事を聞かされそうで、話の向きを少し 変える。 「だいたいさ、有彦とかが面白がってある事ない事言い触らしたりするから悪 いんだよな」 「乾くんがですか。どんな事言われているんです?」 「俺が家で可愛いメイド侍らせて、それはもう口で言えないような酒池肉林の 毎日を送っているとか、ああ見えて金髪の凄い美女と街で仲睦まじくしている とかさ。  話だけじゃなくて、どうしても必要な忘れ物を翡翠に持ってきて貰って、そ れをクラスの奴に見られたりとかもしたしね。もちろん、翡翠はいつもの格好 で。あれで信憑性が増したみたいだし」 「ああ、上級生の間でも、メイドさんがいたとか評判でしたよ。やっぱりあれ って遠野くんでしたか」  ふんふんと興味深そうに先輩は聞いている。  確かに学校でエプロンドレスのメイドさんてインパクトありすぎだよな。 「それと、秋葉が何回か学校に来た事があってさ。あれ以来すっかりシスコン 扱い。もう妹を溺愛してて他の女には目もくれない、みたいな噂もたっている んだ」  別に学校内だから、普通に話してただけなのに。  そりゃ、有彦が寄って来るの排除したりはしたけど、べたべたと恋人みたい に云々て言われるのは心外だよなあ。 「全部当たらずとも遠からじって感じもしますけど」 「うわ、先輩までそんな事言いますか」 「それにしても、遠野くんがそんな醜聞まみれだったとは」 「先輩だって」 「私が何ですか?」 「先輩だって、俺が他の女の子から相手にされ難くなる原因になっているんで すけど……」 「えっ、私何かしましたか」  シエル先輩は驚いた顔をして、教室を見回したりした。  まあ、先輩が悪い訳ではないです。  ただ、先輩みたいな女の子として戦闘能力が隔絶している人と、しょっちゅ う親しげに話したりお昼一緒に取ったり、こうして教室まで来てもらっている の見たら、それは他の女の子は俺なんか売約済みたいな見方で対象外にします よ、ええ。 「いや、何でもないです。とにかく悪いのは有彦で」 「おっと、人のいない処で陰口とは、見下げ果てた男だな」  やれやれだという感じのオーバーアクションでいつの間にか有彦が会話に参 加している。 「どこから現れたおまえ」 「シエル先輩、どういう事です」  聞いてやしない。  俺は無視して先輩に話し掛ける有彦。 「駄目ですよ、こんな女たらしの酷い奴にチョコレートなんか送っちゃ。  ああ、先輩までがこの色情魔の毒牙に……」  よよよ、と泣き真似までしやがる。 「ちょうどよかった。乾くんにも、はい。普段親しくして貰ってますから」  とりあえず微妙に話の腰を折りつつ先輩はまた紙包みを取り出す。  えっ。 「え、あ、くうう。見たか遠野、正義は勝つんだよ」 「おまえのどこが正義なんだよ」 「ありがたく思え。俺のついでにお前も貰えたんだから」  あのなあ。でも有彦の手にしたのとさっき貰ったの、大きさが同じでちょっ ぴりショックだったり。 「これはさっそくお礼に、帰りに一緒にお茶でも……」    言い掛けて有彦は何かを思い出したと言うように宙に目を走らせる。  ?  そして手にしたチョコと虚空の何かとシエル先輩の顔と俺を順々に見つめて、 体をくねらせながら苦悩の表情を浮かべる。  なんと言うか相変わらず訳のわからない奴。 見てる分には楽しいけれど。 「遠野、ここはお前を信じてシエル先輩をエスコートする権利を譲ってやる。  じゃっ」  結論が出たのだろう。  爽やかな(と本人は言う)笑みを浮かべて、脱兎の如く飛び出して行った。  一瞬後にがつんという何かに衝突した音がした。 「行っちゃいましたねえ、乾くん」 「ええ」 「きっと、他に約束重ねているんでしょうねえ」 「あれで結構こういう時にもてる奴ですから」 「なるほど」  二人して、突風の余韻に浸る。  そして急に先輩がにこにことしてこっちを向いた。 「乾くんと同じ包みでがっかりしました?」 「え。ええ……、ちょっぴり」 「ふふふ。その代わり中身は大分差があるんですけどね。腕によりをかけて作 った一品ですよ」 「それも先輩の精神戦の手法ですか。見てもいい?」 「はい」  その前に教室を見回すと、既に誰もいない。  まあ、見られて困る事をしている訳ではないけどね、誰かに注目されてたら 恥かしいし。  丁寧にリボンと包装を解く。  紙箱のフタを開けると、一口サイズの丸まった棒状のチョコが幾つも並んで いる。  かなり見栄えが良い。  先輩が期待の目で見ているので、さっそく手を伸ばす。  下にはビスケットかクッキーのようなものになっている。それを台座にして チョコを乗せている形か。  ひょいと口に入れる。  柔らかいチョコが溶け、軽く噛んでみるとトロリとした感触の何かが舌にこ ぼれ出る。  それとクッキーというよりパイのようなサクサクとした生地が、噛むそばか らホロホロと崩れ落ちる様に口の中に溶けながら消えていく。  束の間何ともいえない香りが口に広がり、すっと余韻を残して消える。  美味しい。  もう一つ口に入れる。  今と変わらない感激が口内に広がり消える。 「どうですか、遠野くん」 「美味しい。凄く美味しいよ、シエル先輩。本当にこれ、シエル先輩の手作り なの?」 「そうですよ」 「凄いなあ」  びっくりした表情で先輩を見つめる。  俺の視線を受けて先輩がちょっぴり誇らしげな顔をする。 「チョコレートがメインでパイ生地はあくまで脇役ですけど、これが重要なん です。存在感を抑えてすぐに消えて、同時にチョコの甘さに麻痺した舌を刺激 して感覚を戻す。中のクリームも一工夫した自信作ですよ、ってまあ、そんな 事はどうでもいいんです。食べて美味しいと思って貰えれば」 「うん、美味しい。そうかあシエル先輩ってお菓子とかも作れるんだ」 「カレーだけだと思ったでしょ」 「いや、その、あはは。でも先輩凄いね、びっくりした」 「喜んでもらえて嬉しいです」 「ねえ、シエル先輩、一緒に帰らない?」  有彦に言われたからじゃないけど、お茶くらい飲みたいな。  でも、先輩はちょっと残念そうな顔をする。 「うーん、残念ながら今日は用事があるので、ここでお別れなんです」 「あれ、用事?」 「ええ」  チョコを入れていた手提げを開けてみせる。  中には小さなラッピングした包みが幾つか入っていた。 「生徒会のお仕事ちょっと手伝うんです。その時に、より良き円滑な人間関係 を保つ為に」  ちょっぴり邪悪な笑みを見たような気がした。  ああ、こういう工作が生徒会やら何やらに対して隠然たる力を振るう糧にな るのか。  シエル先輩に義理だろうがチョコ貰って嬉しくない奴なんていないだろうし。 「ええと、じゃあ、ここで」 「はい、遠野君、お気をつけて」 「うん。本当にありがとう。凄く嬉しかった」  じゃあ、帰るか。  良かった。あと少し早く帰っていたら敗北者として、肩を落としてとぼとぼ 帰らなきゃならないところだった。               ◇   ◇   ◇ 「ただいま……、って誰もいないのかな」  まあ、この寒いのに外にいる事もないだろうけど琥珀さんはいないし、普段 出迎えてくれる翡翠の姿も見えない。  とりあえず、部屋に行って着替えるか。  階段に行きかけて、物音が耳に届いた。  何処だ?  また、何かぶつかる音の様な……、台所かな。  様子を見にそちらへ向かう。  あれ、戸が閉まっている。  珍しいな。普段は完全に開け放してあるのに。  ノブに手をやって開けようと……、開かない。  ガチャガチャと左右に捻るが、動いてくれない。鍵がかかっている。  おかしいな。  がちゃん。  中から、お皿か何かが割れる音がした。  そして「きゃっ」という小さな悲鳴。 「どうしたんだ、琥珀さん」  戸をドンドンと叩く。  しかし、返事が、反応が無い。 「どうしたんだろう」  不安な気持ちが胸に湧いてくる。  何か事故でも。  こうなったら多少乱暴だけど……。  眼鏡を外して、手に七つ夜の柄を握って、という辺りで中から琥珀さんの声 がした。 「大丈夫です、志貴さん」 「じゃあ、開けてよ」 「ええと、それは駄目です」  何故? どうして駄目なんだろう。  琥珀さんの声に不安の雲がまた厚くなってきた。  まさかとは思うが、誰かこの屋敷に忍び込んできて、台所で琥珀さんを捕ま えて引き込んでいるとか……。  たまたま俺が帰ってきてとか、いや、ありえないとは思うが。 でもこの家って金目の物には事欠かない処だし。  琥珀さんは侵入者に脅されて、助けを求められずに平静を装っているだけか もしれない。  心なしか、言葉に動揺した色を感じる。  ……。  仕方ないな。  後で秋葉にさんざんお小言貰うかもしれないけど、後になってあの時何とか していればと悔やむ事になるよりずっといい。 「開けられないのならいいです。琥珀さん、少し離れていてくださいね。危な いですから」 「志貴さん、何を。待って」  俺の声に琥珀さんが慌てた声を出す。  目を細めて木の戸を見つめる。  無数に走る線。  蝶番を壊せばいいんだ。  よし、ここだ。  裂帛の音も無く、気合も余分な力も無く、ただ無造作に手を振り下ろす。  軽く刃は空を走り、線を……、斬りかけてストップ。  また、がしゃんという音。 「姉さん、これ、どうすればいいの……」 「ああ、とりあえずそれは放っておいていいから。翡翠ちゃん、火、火が消え てる。早くガスの栓を切って」 「はい」 「あーあ。火傷はしていないわね」 「大丈夫、姉さん」  翡翠もいたのか。  ああ、何とはなくわかってきた。  さすがに普段ニブチン呼ばわりされて甘んじている俺にもわかりますよ。  ええ、2月14日に女の子が普段立ち寄らない台所で、何かに悪戦苦闘して いると言う事は……。 「翡翠も一緒なんだね」 「え、志貴さまですか。もうお帰りに、ああ、こんな時間。すみません、お出 迎えもせず」 「いや、いいよ、翡翠。琥珀さん、何やってるかわかりましたから」 「うーん。内緒の事ですから、志貴さんには見られたくないんですよ」 「じゃあ、部屋に戻ってるから」  戸の下の隙間から何か染み出している。  さっき翡翠が何かこぼしたやつかな。  何とはなくその水だかお湯だかに違和感を覚えて、しゃがみ込んで恐る恐る 指で触れてみる。  ねりょ。  それほどでは無いが、かすかに粘性がある。  まるで片栗粉でも溶いた様に。  多分、チョコ作りに片栗粉とかの出番って無いと思うのだけど。  指を引く。  にょーん。  糸がひいている。  うーん。  まあ、いいや。琥珀さんも一緒だし、そうおかしなものは……。  ……いやいや。頭に浮かんだものを必死に打ち消す。  部屋に戻ろう。 「志貴さん、ちょっとよろしいですか」  コンコンというノックの後、琥珀さんの声がした。  ベッドに寝転んで、さっきのシエル先輩の贈り物を惜しみつつも、幾つか味 わっていた時だ。 「ああ、開いているよ」 「失礼しますね」  琥珀さんが部屋に入り、翡翠も後に続いた。 「ああ、翡翠も一緒なんだ。どうしたの?」 「お勉強のお邪魔……とかはしていないみたいですね。よかった」  琥珀さんはにこにことしている。いつも以上に。後ろの翡翠は対照的にもじ もじと顔を合わせようとしない。  琥珀さんは何か言いかけ、ふと止まってしまった。  視線が俺でなくて、その横に向けられている。  ええと、シエル先輩のチョコ? 「あっ」  小さい声。見ると翡翠も琥珀さんと同じ物を見つめている。  どうしたんだろう。 「手作りのチョコレートですか。どなたからですか?」 「シエル先輩がくれたんだ」 「シエルさんですか……」  じいーっと姉妹そろって穴の開きそうな視線をチョコに向けている。  なにか非常に興味を引いているみたい。 「よかったら一つ食べてみる?」 「え、よろしいのですか?」 「うん。けっこう食べたし。凄く美味しいよ」  琥珀さんはそれを手にして、しげしげと眺めてから口に入れた。  翡翠はわりとあっさりと口にする。 「ああ、美味しいですね……」 「美味しいです」 「うーん、シエルさんにこんな隠し技がおありになったとは知りませんでした」  どこか感心したような残念そうな琥珀さんの声。  それを聞いて翡翠か小声で呟く。 「ごめんなさい、姉さん」 「なんで翡翠ちゃんが謝るの? 一緒に作ろうって言ったのは私のほうでしょ。  それに大丈夫、私達のも喜んで下さるから」 「うん……」  何か空気が重い……。  慌てて話を変える。 「あの、何か用だったんじゃ」 「はいはい、そうでした。この家ではそういうの行事には無縁でしたけど、今 回は是非とも志貴さんに受け取って欲しいなと思いまして」  そう言うと申し合わせた様に、琥珀さんと翡翠の手に四角い包みが現れる。 「あ、チョコレートくれるの?」  さっきので予想はしていたけど、実際にこうされるとどぎまぎとするなあ。  ほとんど期待していなかったし。  琥珀さんはともかく翡翠がこんな事してくれるなんて。 「はい、普段お世話になっている方や、……な方に贈る物だと聞いたので」  真っ赤になって翡翠が言う。  一部ぐにょぐにょと声が小さくて聞こえなかった。  こんなベッドの上で貰うのも失礼だから、降りて二人の前に立った。  そして受け取ろうと手を伸ばし……。  そこで止まった。  二人の目に気づいたから。  何かに期待している様な表情で目が独特の色を浮かべている。 「どうしました、志貴さん?」 「……」  考えろ、何か危険な処にいる様な気がする。  でも、チョコレート受け取るのに何が危険なんだか。  こうやって手を差し出して、琥珀さんと翡翠から、いや翡翠と琥珀さんから かな?  受け取って。  ・  ・  ・  おおっと。  そういう事か。  ええと、二つのチョコを同時には受け取れない訳で、と言う事はどちらかを 先に受け取る事になる訳で……。  困った。  何も考えずに受け取ってしまえば良かったけど、ここからと言うと恣意的に 先にどちらからチョコレートを貰いたいのか意思表示する事になる。  どちらから受け取れば良いのだろう。  俺の葛藤の内容を知っているのだろう。  苦悶する俺をくすくすと笑って、琥珀さんはすっと一歩後ろに引いた。  そうなれば俺の選択は一つ。  ありがとうと目で礼を言い、翡翠のチョコを受け取った。  ついで、琥珀さんからチョコを貰う。 「ありがとう、翡翠、琥珀さん。嬉しいよ。さっきはこれを作っていたんだね」 「はい。姉さんに教わっていたんです」 「だから、製造過程は見て欲しくなかったんですよ」 「そうだね。後のお楽しみにしておきたいものね。開けてみてもいいかな?」  二人が頷く。  そして二人が見守るなか、はやる気持ちを押さえて、包みを開封する。 10cm四方位の箱に四角いチョコレートがぴっしりと入っている。パウダー の色を変えたり、ホワイトチョコなどを混ぜたりして、けっこう見た目からし て黒一色ではなくて綺麗だった。 「へえ、綺麗だね。食べるのが惜しくなるよ」 「食べてください」 「味も見てほしいですね」    お世辞でなく、すぐ手を出すのはもったいないなあと思ったけれど、二人の 「食べて」という懇願に従う。 「うん。では早速」  手を伸ばしかけたら、琥珀さんがすかさず楊枝を差し出してくれた。 「生チョコですから、これをお使いになって下さいな」 「ありがとう」  うん、こうして見ると、同じものを作ってはいるけど、どちらがどっちのチ ョコを作ったのかは一目瞭然だな。  いざ食べるとなると、これは出来がむにゃむにゃな翡翠のを先にするべきだ ろうな。  ちょっと正方形と断定するには躊躇いを持たないでもない立方体に楊枝をつ ぷりと刺す。  そして口に入れる。 「うん……、美味しい。良く出来ている」  口の中でとろりと溶ける感触が心地よい。  翡翠がぱっと喜びを露わにする。  珍しい笑顔だ。 「琥珀さんの方は……、さすがにうまく出来ているね、美味しい」  やっぱり滑らかさが違うな。  琥珀さんもにこにことしている。    ひょいひょいと交互に口に入れる。  あ、何か中に入ってるのもあるんだ。 「口直しにどうぞ」  冷たいミルクのコップを受け取って半分ほど空ける。 「シエルさんのと比べると見劣りしちゃいますけど、二人で頑張って作ったん ですよ」 「何言ってるんだ。二人のも凄く美味しいよ。だいたいわざわざ俺の為に作っ てくれたと思っただけで感激してるんだから」 「そう言って貰えると作った甲斐がありました。  では、お夕食の支度がありますので私は戻りますね」 「ありがとう、琥珀さん」  一礼すると琥珀さんは階下に戻っていった。  もう一つチョコを口にしてもごもごしながら翡翠の方を見る。  聞きたい事が一つあった。 「あのさ、翡翠、一つ質問なんだけど」 「はい、何でしょうか」 「さっきさ、琥珀さんに謝っていたじゃない。あれ、何かあったの?」  翡翠は少し言いづらそうにして言葉を選びつつ答えた。 「姉さんは、もっと手の込んだチョコレートケーキとか、シエルさまのチョコ のようなものとかも作れます。きっと志貴さまの為に、そういうものを作ろう としていたのではないかと思います。  でも、私が志貴さまにチョコレートを贈りたいと相談したら、じゃあ同じ物 を作りましょうって言ってくれて……」  なるほど、琥珀さんらしいな。  翡翠の技量を考えると、いくら手助けすると言ってもそんなに凝ったものは 作れないから、比較的簡単なものにしたのか。  それに多分、翡翠と差をつけるのを嫌がったのじゃないかな。 「でも、翡翠のつくってくれたチョコも琥珀さんの作ってくれたのも、美味し いし、本当に嬉しくて舞い上がってるんだから、大成功だと思うよ」 「ありがとうございます。……頑張ってみてよかったです」  翡翠がもじもじとしている。  無意識の行動なのか、包み紙を機械的に折り畳んでは開くという行為を繰り 返している。 「あ、翡翠、それ残しておいて」 「こちらですか、何かにお使いになるのですか?」 「うん。記念に取って置こうかなって。チョコは食べるとなくなるからさ、せ めてね」  受け取って、机の引き出しにそっと入れる。 「それでは私も夕食前の片付けなどありますので失礼致します」 「うん、また後でね」                        
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