宴の前に


  作:しにを

 



「なんで、私が買い物に行かねばならなかったのです?」
「俺一人じゃ、幾らなんでも無理だし」
「それはわかりますが、何も考えずに私を指名したのは何故です」
「最近、ずうっと閉じこもりっぱなしだったろう?
 たまにはシオンも外に出た方がいいよ」
「それはそうかも知れませんが……」

 あっさりと答える志貴に、シオンはなおも問い質したそうな表情。
 不完全燃焼が表れている。
 志貴はそれに正面から相手にせず、顔を右横から左へと移した。
 少し下に視線が落ちる。

「レンだって、こうしてお手伝いしているのにね?」

 そちらには両手で紙袋を抱くようにして、とことこ歩いている少女の姿。
 手には少し大きめの手袋がはめられている。
 自分の名を呼ばれて、レンは顔を志貴へと向けた。
 なあに、と問うような表情。

「レンは買い物に文句なんて言わないよね?」
「……」

 荷物がちょっと邪魔しているが、レンはこくこくと頷く。
 そして、物問いたげにシオンの方を見る。
 責めている訳ではない。
 ただ、少し不思議そうな顔。
 レンと視線が絡み、錬金術師は少しうろたえた表情を浮かべる。

「う……」
「……」

 じいーっとレンはシオンを見つめている。
 志貴は我関せずと黙っていて、少し身を引いて遮断しないようにしていた。
 シオンは無垢な瞳からようやく眼を逸らし、志貴を軽く睨む。

「べ、別に、買い物や掃除など言われれば文句など言いません。
 ただでさえ好意で居候させて貰っている身ですし……。」
「それが、文句じゃないか」

 冷静な志貴の指摘に、珍しくシオンは言葉を詰まらせる。
 一秒に満たぬ、しかしシオンにとっては長すぎる程の時間、頭が回転した。
 やっと糸口を見つけ、新たな視点から主張を始める。

「だいたいクリスマスの買い物と言いますが、これはキリスト教の祭事です。
 そうであれば、私には無縁です。
 いえ、私だけでなく」

 語りながら拠るべき処を見つけた様子で、シオンは勢いづいて言葉を続けた。

「遠野家の住人でキリストの生誕を祝う必要のあるのある人間は、よくよく考
えれば皆無ではないですか。
 今日集まったメンバーにしても、該当者は代行者のみ。
 なのにクリスマスパーティーなど、おかしくはないですか」
「おかしくないさ。だって、ここ日本だもん」

 あっさりと志貴は答える。
 
「節操ないかもしれないけど、クリスマスを祝うのが日本の風習だよ。それが
終われば今度は年末になるだろ。大晦日にはお寺の除夜の鐘を聞いて年越し蕎
麦を食べるし、年明けには神社に初詣に出掛ける。
 下手すると、キリストの誕生日が違っていましたって正式に変わっても、そ
のままクリスマス自体は残るかもしれないね。サンタクロースの日とかにでも
なってさ。
 まあ、真摯に主の教えを信奉して、クリスマスには教会でミサに参加する人
だって少なくないだろうけど、一般的にはそんな感じだと思うよ」

 普段は俗世の事には拘束されませんといった顔をしているシオンが、志貴の
言葉にくらりとする。
 まだ途中だった言葉が止まり、文句が中断してしまう。
 しばし、無言のままてくてくと三人で歩く。
 シオンは何か言われっ放しは不本意とばかりに新たな議論の緒を見つけよう
としていたが、先に沈黙を破ったのは志貴だった。

「とは言っても、シオンの言う事も、もっともだな」
「え?」

 唐突な自分への肯定の言葉に、明らかにシオンは面食らっていた。
 どう言うつもりと顔を見てみると、意外にも志貴は真面目な顔をしている。

「宗教とか政治とか、プロ野球のひいき球団とか、どうでもいいって気にしな
い人間と凄くこだわる人間がいるものね。
 冗談事でなくて、本当に喧嘩になったり戦争が起こるくらいだもの。
 さっきも言ったけど日本人はその辺いい加減だけど、シオンにしてみれば堪
ったものじゃないよね。
 意に染まない宗教行事に有無を言わさず参加させられるのは、シオンの信条
に対する冒涜だし、凄く嫌かもしれないってのは、考えるべきだった。
 それを意志を無視して、無理に一緒に誘って、楽しくやろうなんてのは勝手
で傲慢な考え方かもしれないね。
 まして、その出たくもない忌むべきパーティの準備を手伝わせるなんて……。
 ごめん、シオン」
「あの、志貴、私は……」
「俺達は楽しくパーティして過ごしているから、その間シオンは薄暗い部屋で
一人で閉じこもっていていいよ。
 音が聞こえたら煩いだろうし……、離れか、地下室でも提供するから」
「あの、志貴……」

 シオンの狼狽した声も顔も志貴は気付いた様子を見せない。
 後悔の顔でなおも言い続ける。

「残念だな、琥珀さんも張り切って料理作るし、先輩もかなり力入れてドイツ
の何とか言うクリスマスケーキ焼いてくれるって言ってたんだけど。
 レンなんか凄く楽しみにしてたよね、うん。でもね、シオンは参加するのが
嫌なんだってさ。うん、そうだね」

 レンが志貴とシオンの顔を交互に見る。
 心配そうな顔。

「無理言っちゃいけないよ、レン。こっちでは善意のつもりでもシオンには余
計なお節介なんだから」
「……」

 レンがシオンのコートを掴み、軽く引っ張る。
 訴えかけるような瞳。
 シオンは困った表情で束の間見つめ合い、それから志貴の方に眼を向けた。
 溜息。
 
「志貴は意地悪です」
「そうかな」
「そうです」
「まあ、それでもいいけど、で、シオンはどうするの?」
「参加します。すれば良いの……、いえいえ、私は自由意志で参加します。
 たまには大いに酔って、秋葉と一緒に志貴に絡むのも楽しいかもしれません。
 普段の鬱憤を洗いざらいぶつけて」
「それは勘弁して欲しいなあ」

 止まっていた足取りがまた歩み始め、ある一角を回る。
 帰りの道とは少し違う遠回り。
 なんでこちらにといぶかしんむシオンに構わず、志貴の足取りは迷いがない。 

「それとね、二人を誘ったのは他にも理由があってね、ほら」
「あ、これは……」
「……」
「どう?」
「とても綺麗ですね」

 感嘆の声がシオンの口から洩れる。
 レンもぽかんと口を開けてそれに見入る。

 公園に普段はない高いモミの木。
 そしてそれを彩る無数の光。
 柔らかい黄色、鮮やかな青、赤。
 一定のリズムで流れるように明かりが点され、ふっと消え、また光を放つ。
 ある部分は鮮やかに点いたり消えたりを繰り返すラインになっている。

 まだ夜というより夕刻。
 カップルらしく寄り添う男女だけでなく、制服姿の少女が数名で固まってい
たり、家族らしい構成の一団も見える。
 いずれも、公園の一角を使ってのイルミネーション群に、心奪われた様子で
目を向けていた。

「結構いいだろう?
 二人はなかなか街中に行かないし、ぜひ見せたかったんだ」

 シオンは何か言おうとして、結局言葉を発しない。
 そして代わりに、しばし躊躇った末に、志貴の腕に自分の手を絡めた。
 体は触れ合わない程度の、軽い寄り添い。
 志貴は驚いた顔をしてシオンを見つめ、夕暮れの中でも真っ赤になっている
とわかるその横顔に笑みを浮かべ、正面に向き直った。
 もう一方の手には、レンの小さな手が触れる。
 志貴は包むようにしてその手を優しく握ってやった。
 そうして、三人は夜が近づくにつれてより夢幻的になる光の乱舞を飽く事無
く眺め続けた。

 





「どうですか、秋葉さま」
「いいわね」

 幾つかの大皿を眺めて秋葉は呟いた。
 どれも処狭しと料理が並べられている。
 乱雑さは欠片も無く、食べる為より目を楽しませる事に主眼が置かれている
のかと錯覚するほど多彩な色が配置されていた。
 色とりどりの飾り付けがされているかのようなそれらは、細工をした生ハム
やチーズ。皿の縁をぐるりと囲むのは、単体でなく生ハムメロンの群れ。
 一口大の小さなパイやカナッペ、生地に何か練りこんだのか何種類もの色の
ついたパンで作られたサンドイッチが幾何学的模様を形作っている。
 温野菜や揚げ物などもいろいろと取り揃えられ、彩りになっている。
 何かを食べようと手を伸ばしても、何処から手を付けたものか迷わずにいら
れない多種多様な料理の数々。
 
「サラダも二つ木の器に入れて出しますけど、レタスとトマトは直前に切って
新鮮なものを盛り付けます。
 後はメインディッシュのローストチキンですね」

 テーブルのスペースを指差して琥珀は説明を加える。
 秋葉は回りの椅子からの距離を検分して、頷く。
 
「料理については文句は無いわ。むしろ予想以上。
 アルコールは揃えたし、グラスなども怠りはなし、と」

 料理を盛り付けた大皿だけでなく、幾組もの空の皿やグラス、スプーンやフ
ォークといった食器類も出番を待って整列している。
 こちらもまた手にして整然たる状態を崩すのが惜しくなる仕事振り。

「秋葉さま、こちらでよろしかったでしょうか」
「ええ、いいわ。確か何処かにしまっていたと記憶してたのよ。さすが、翡翠
ね、よく把握しているわ」
「いえ、たまたま各お部屋の整理をしていましたので」

 誉め言葉への慌てての反応に、秋葉はふっと笑う。
 テーブルに並べられたシャンパングラスに銀のスプーンやその他諸々。
 いずれも名品であり、普段は出てくる事すら無い。
 言われてすぐに出てきたり、使える状態になる代物でないと秋葉はよく承知
していた。
 それが難なくぴかぴかの姿で勢揃いしているのは、翡翠の管理能力の高さ故
であろうとは秋葉は察していた。
 そもそも「見つけなさい」ではなく、「あったような憶えが」との言葉に対
してである。それをきちんと反映する辺りも秋葉は好感を覚えていた。

 やり残しはないかと、あれこれ指折りして秋葉は思いを巡らせ、特に洩れな
しと判断した。
 改めて二人の使用人に労いの言葉を掛ける。

「二人とも良く準備してくれたわね。
 これなら誰がやって来ても満足するでしょう。
 後は兄さん達が帰ってきて、あの二人をお客様として迎えて……」

 ちょっとだけ顔が曇る。
 忌々しげな表情が浮かびかけ、ふっと未然に消えうせた。

「意外ですね、秋葉さまがお客を招いてのパーティを了承なさるなんて」

 それを目敏く見て取ったのか、どうなのか。琥珀が後を受けるように言葉を
口にした。
 翡翠までが姉に同意する色を浮かべる、そう見えるのは気のせいだろうか。
 秋葉はどう言おうかちょっと考え、少し気の抜けた笑顔になる。

「まあ、兄さんなりに考えての提案だもの、聞かない訳にはいかないわ」

 文句ありげな言葉ではあったが、声の感じ自体は柔らかい。
 何か思い出している眼。
 志貴との先日の会話を思い出しているのだろうと琥珀は推測する。
 
 恐らくは志貴はまったく逆に思っているだろうが、志貴から秋葉に対して頼
みごとがあれば、よほど無茶でなければ全ての事は叶えられる。
 ただし、秋葉に通じる理をもって説明し納得をさせればとの条件がある。
 それとて、やってみれば困難な事ではない。
 現金での小遣いがもっと欲しいという志貴にとっての切実なる願いにも、秋
葉は必要なものであれば買ってあげますと答えている。それは一見拒絶されて
いるようであるが、かなりのズレが存在している。ならばそれに対しては、あ
くまで現金を持たねばならない理由を提示すれば良いのである。
 それをしない兄さんが悪いんだわと秋葉は思っている。
 志貴の正面からの反論や懐柔があれば、無碍にはしないつもりではいるのだ。

 しかし、数日前に志貴は遠野家でクリスマスパーティをやりたいという提案
を秋葉に真正面からぶつけた。
 アルクェイドやシエルという名前に、条件反射的に否定しかかった秋葉であ
ったが、その感情的な態度に対しては常になく志貴は冷静だった。
 遠野家で何もクリスマスに関しての事をしないならともかく、そうでないな
ら、どの道二人が闖入してくる事は確か。
 予定外に揉め事が起きるのなら、最初から想定してコントロールするつもり
で手を打つ方がが無難。
 二人にはちゃんと言い含めて、家の中ではおとなしくさせる。
 理路整然とそれだけを語り、頼むよとまで言って頭を下げようとする志貴を、
秋葉は慌てて止めた。
 兄さんがきちんと頼みごとをしてくれた、そんな喜びと驚きを胸に頷き秋葉
は「わかりました」と即座に返答したのだった。

 やるからにはきちんと遠野家として恥かしくないもてなしの姿を見せようと、
自ら陣頭指揮をして翡翠と琥珀に準備させている秋葉だった。
 それにしても兄さんに入れ知恵したのは琥珀か、それともシオンかしら。
 秋葉はそんな事を思い、まあどうでもいいわと思い直す。

「変に意固地になっても兄さんを困らせるだけだし、こじれると意に染まない
結果になりそうだもの。
 兄さんの顔に免じて素直になろうと思ったの」

 それならいつも素直にしていればいいのに、そんな表情を琥珀は浮かべ、翡
翠をちらりと見る。
 翡翠もまた、姉にのみわかる表情の変化でそれに同意した。

「じゃあ、後は仕上げね。
 厨房でも確認があるって言ってたわね。それなら早く済ませましょう」
「はい、お願い致します、秋葉さま。
 翡翠ちゃんもちょっと手伝ってね。志貴さんにお出しするものがまだ幾つも
残ってるの」
「いいの、姉さん? その、わたしが手伝ってしまって」
「もちろんよ」

 驚いて、でも躊躇う妹に琥珀はにこにこと答える。
 言われた通りにやってくれれば大丈夫だからと力強く言うと、嬉しそうに翡
翠は頷いた。
 そして、エプロンをつけた和服とメイド服の二人を従え、女主人が検分に台
所へ向かった。
 三人ともどこか和やかで、そしてどこか心弾む様子だった。








「どうです、アルクェイド?」
「こっちはいいよ。あ、待って。根っこ全部丸めとくから」
「わっ。何するんです」
「え、あ、ごめん。今のはわざとじゃないよ」
「……どうですかね。少なくとも全然わたしに泥が引っ掛かる事なんか気にし
ていなかったでしょう」
「でもシエル、全部避けたじゃない」

 木々が立ち並ぶ森の一隅。
 豪快に深く抉られた穴の横に、根っこから掘られたらしき木が倒れている。
 枝を張り、まっすぐに伸びたモミの木。
 そして穴を挟んで対峙する二人、アルクェイドとシエル。
 シエルの回りには土の固まりが散乱している。

 一分、二分。緊張が張り詰める。
 と、その時、ばさっという音がした。
 撓んでいた枝が圧力を押しのけ、元に戻る際に立てた音。
 それが合図のように、アルクェイドとシエルは殺気だった雰囲気をぱっと消
し去った。まるで最初から物騒な対峙など無かったかのように。
 もしも傍におろおろとしていた志貴がいたら、ほっと溜息をついて脱力しそ
うな変化だった。

「少し枝払った方がいいかな」
「そのままの方が良いですね。でも、持つのが邪魔そうだから、少しまとめま
しょう」
「ああ、それでネットとか持って来たんだ。
 それじゃ、下持つからちょっと巻いてよ」
「はい、離さないで下さいね」
「OK」

 さっきまでの触れれば斬るといった様子は微塵もない。
 けっこう息の合った動きで、二人はてきぱきと作業を行う。
 またたく間に、簡易梱包がされたモミの木が誕生した。

「しかし、こんな山まで持ってるんですね、秋葉さんの家は」
「そうだね。送って貰わなくちゃいけないかなあと思ってたから、丁度良かっ
たよね」
「送ってって……? ああ、あなたもお城とか持ってるお金持ちでしたね」
「何よ、その嫌味な言い方は」
「別に他意はありませんよ。遠野くんもわたしも日々のお小遣いにも頭悩ませ
ている身ですから、少しばかり妬みが出たかもしれませんね」
「ちょっと、何をさりげなく志貴をシエルの側に取り込んでいるのよ」

 アルクェイドの眉がぴくりと上がる。
 シエルは対照的に平然として、にこりと笑みさえ浮かべている。

「単なる事実ですよ。わたしと遠野くんの親密さは。
 昨日だって、二人で街をデートして帰りにはカレーを食べて来ましたから」
「そんなのたまたま買い物で出会って一緒だっただけじゃない」
「何も計画していなくても、運命のように出会ってしまう二人。素敵だとは思
いませんか?」
「うー。わたしだって志貴とこの間デートしたもの」
「あなたはさんざん付きまとって、仕方なく遠野くんに約束させたんでしょう。
 ああ、可哀想な遠野くん」
「言うじゃない、シエルの癖に」
「言いますとも、お邪魔虫のアルクェイドさん?」

 再び、険悪な空気が満ちて来る。
 鳥が鳴くのを止め、虫すら息を止めるような重く冷たい空気。

 アルクェイドがすっと動く。
 シエルが手を腰へ滑らせる。
 対峙、いや対決。

 が、どちらともなく離れ、それは未発のままで終わった。

「これがいけないのよね」
「そうですね、あなたに全面賛成します」
「へえ、珍しい」
「挑発には乗りません。とにかく今夜はおとなしくしていて下さいよ」
「それ、わたしの台詞じゃないかとおもうけど」
「ほほう、言いますね」

 憎まれ口の応酬ではあるが、表情はあくまで平静。
 先程までとはまるで違い、楽しげですらある。
 シエルも、アルクェイドも。
 
「とにかく志貴が頑張ってくれたんだから大人しくしないとね、なるべく」
「そうですね、今夜はわたし達は正式なお客様ですから、礼儀正しく振舞うべ
きです。ホストの顔を潰してはいけませんしね」
「早く戻ろうよ」
「確かに悠長にはしていられません」

 そそくさと、シエルとアルクェイドは掘られた穴を埋める。
 用意した道具も片付けて一まとめに。

「こんなものですね」
「そうね」

 二人で頷きあう。
 シエルが道具を収めた袋を手にし、アルクェイドがモミの木に屈む。

「あ、そうだ、シエル」
「何です、忘れ物ですか?」
「忘れ物みたいなもの、さっきの約束」
「何でしたっけ?」
「あ、酷いなあ。ちゃんと教えてよ」

 シエルの言葉に憤慨しつつもどこか低姿勢。
 珍しい事だとシエルは内心で呟き、とぼけるのは止めて肯定の意を表した。

「リースですか。わかってますよ。教えてあげます。
 もっとも、わたしが正当なの作ったんだから、もう充分なんですけどねえ」
「ずるいよ、シエルばっかり志貴に誉められて。
 わたしもあんな綺麗なの作りたい」
「はいはい。約束ですからちゃんと最後まで責任は持ちますよ。
 当日に慌てて作るのはどうかと思いますけどね、枝とか木の実も集めたし、
小さい可愛いのを作りましょう」
「うん」

 アルクェイドから満面の笑みを向けられ、シエルは少したじろぐ。
 殺意や冷たい表情は馴染みがある。
 笑いさざめく最近のアルクェイドの姿もどうにか慣れて来た。
 ただし、正面から見ると、幾分かの動揺を感じるのだった。

「じゃあ、行こう、シエル」
「ええ。本当に一人で平気なんですか?」
「うん。また庭に植える時は手伝って欲しいけど」
「まあ、わたしに合わせると却って遅くなってしまいそうですけどね」

 自分より背丈のあるモミの木を、ひょいとアルクェイドは肩に掛けて持ち
上げる。まるで藁束でも持ち上げたような無造作さ。
 そして、今度は足を動かした。

 タンッ。

 身を屈めるでもなく、力を入れるでもなく、軽くジャンプしただけ。
 それなのに、アルクェイドの体はまるで月世界ににでもいるように、ふわり
と飛翔する。
 一本の木の天辺へと、とんと降り立つ。
 そこに片足で立ち、またひょいとジャンプをする。
 今度は横方向に信じがたい跳躍をするのがシエルの眼に映る。

 アルクェイド一人だとしても目を疑う光景。
 ほぼ人間と変わらぬ質量の体が、何故に先端の細い枝に乗っていられるのか。
 体重自体を消し去っているのか。重力が異常な働きをしているのか。
 しかし、肩には大きな木を一本担いでいるのだ。
 あれは自分が電柱の上に立つのとは訳が違う。高い戦闘能力を見せられるよ
り、ある意味シエルは驚嘆させられていた。

「シエルーーー、置いていくよーーー」
「行きますよ」

 まあ、アルクェイドだし。
 万能の言葉で自分を納得させると、シエルもシャベルやロープなどが収まり
ずしりと重い袋を、片手で軽々と持ち上げた。
 そのまま道があるとも言えない木々の隙間を縫うように下へと向かう。
 疾走。平地のグラウンドだとしても目を疑う速さ。
 足場が悪く、視界が悪い、およそ歩く事すら注意深くしないと危ないであろ
う山地を。
 アルクェイドのみならずシエルとて、充分すぎるほどの常人離れであった。
 
 






 そして、さらに時間が経った後の遠野家。
 もう星空が広がる夜となっている。

 部屋にある飾り付け。
 料理の数々。
 庭に立つモミの木。
 各々が準備の時間を費やした結果。
 皆が揃っている。
 志貴とシオンとレンが。
 秋葉と琥珀と翡翠が。
 アルクェイドとシエルが。
 全員が待っている。
 始まりを。
 志貴の言葉を。

「では、みんなグラスは手にしたかな」

 頷き、返事をする面々。
 志貴がグラスを上げ、それに回りも倣う。

「それでは……、メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス!」

 乾杯の音頭。
 グラスがぶつかる音。
 拍手。
 歓声。

 宴の始まり。


  Fin










―――あとがき

 と言う事でクリスマスSSでした。
 昨年が、パーティの後を書いたので、今回はその前を。
 繋がっているようで、実はシオンとレンがいたりしますので、別のお話なの
でしょう。多分。
 
 とりあえず間に合っただけでほっとしています。

 お読み頂きありがとうございました。


  by しにを(2003/12/24)
 


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