夜想曲

 作:しにを


 暖かい陽射しを浴びながら秋葉は田舎道をゆっくりと歩き、自然の草花が色鮮やかに広が る様にうっとりとした溜息をもらす。  何という事もない光景ではあるが、普段の喧騒を忘れ心が癒されるような気がする。  名も知らぬ白い花を摘もうと手を伸ばし、躊躇して止める。  ここにいくらでも咲き誇っているものを、わざわざ摘み取る事もないだろう。  しゃがんで小さな花が風に揺れるのを、穏やかな笑みを浮かべて眺める。  こうしていると世界に自分一人のような錯覚すら覚える。背後から音を立てないように近 寄って来る足音に、気がつかないふりをすれば。 「だーれだ」  後ろから目隠し。 「えーと、誰かしら」  お互いに真面目ぶった調子のやり取りだが、語尾に笑いが混じっている。 「兄さん……かしら?」 「あたり」  振り向くと志貴の微笑み。  今、この地には自分達二人しかいないのを承知の上でのゲーム。 「兄さん、あたったんだから、ご褒美を下さい」 「そうだな」  志貴がしゃがんだ秋葉に顔を寄せ、秋葉も顎を少しもたげるようにして、それに答える。  二人の唇が合わさり、しばし時が止まる。 「こんなもので、どうかな?」 「……充分です」  秋葉はにこりと微笑む。 「ご飯出来たよ」 「兄さんはそんな事なさらなくていいのに」 「交替でやろうって約束しただろ。秋葉に休んでもらいたくて、こんな処に来てるんだか ら、本当は朝昼晩、俺がやったって構わないんだぞ」 「あら、私は兄さんのお世話するほうがずっと嬉しいですけど。それとも私の作った料理 じゃご不満なんですか?」 「そんな訳ないだろう。さあ、冷めない内に戻ろう。ちょっと自信作だぞ」  秋葉が立ち上がるのに手を貸して、もう一度軽く唇を触れさせる。  昨夜の濃厚なそれとはまた全然違った感触に、秋葉は陶酔となる。  腕を絡めてコテージに戻る二人。少し高くなった陽が二人を暖かく照らす。  ・  ・  ・  視界がぼやけ、秋葉の目が覚める。  幸福そうな二人の恋人の夢。かつて存在した事はなく、未来においても訪れないであろう、 目覚めれば消えるただの夢。  夢の中でさえ、それがつかの間の幻だと気づいている自分が存在する、泡沫の夢。  最近、こんな夢を秋葉は良く見る。  志貴との結婚式を迎えた自分、二人で一緒に登校している光景、湖畔で二人佇んでいる休 暇、雨の街を一つの傘に入って歩く二人の姿、それがどんなに精緻な姿であっても、その幸 福そうに微笑む自分の姿を見ている時点で、夢だと悟ってしまう。  時折見る悪夢、兄の死体にすがって泣き叫ぶ夢、互いに血みどろになりながら殺し合う夢、 喜びを覚えながら兄の心臓を止める夢、そんな夢に対しては、汗をかいて跳び起きるまで、 まったく夢という意識は生じないのに。  夢の中でさえ、兄との幸せを我が事と感じる事も出来ないのか。  眠りから覚めたばかりの無防備さ故に、こらえようもなく涙が浮かんでこぼれた。  言葉にならぬ声で「兄さん……」と呟く。  ふと、人の気配を感じて、横に目をやる。  七夜……。  いつからいたのか、七夜が立っている。  素早く、目尻を手でぬぐう。 「七夜、いつ入って来たの?」 「あ、秋葉さま、おはようございます。まだお眠りかと思ったので……」  そう言って七夜は頭を下げる。 「着替えはこちらに」  秋葉はベッドを降りかけ、七夜の視線に首を傾げる。 「どうかしたかしら」 「いえ、何でもありません」  何でもない顔ではない。  曇った、何か言いたい事を呑み込んでいる表情、どこかで見たような……。 「なら、いいけど」   一礼して七夜は下がった。  いつから部屋にいたのだろう、七夜は?  夢の残滓は既に秋葉の中から消えていた。                §    §    §  長い入浴を終えて部屋に戻り、秋葉は窓を開けた。  夜風が肌を撫ぜて行く。  もう秋というより冬に近かったが、穏やかな陽気を受けた今日の空気は、風呂上がりの火 照った体には心地よかった。  髪はすっかり乾いているから、夜風に少しくらい当っていても湯冷めする心配もない。  アルコールが欲しいな、とふと思った。  少し辛みのある白あたりで喉を潤したかった。  琥珀の血を飲まなくなってからしばらく経つ。正確には飲まなくても体が支障無くなって からしばらく経つ。  それは、兄のシキが死に、志貴と秋葉との生命力の共有・連鎖の関係が無くなったからで あり、そして……。  ……そして、翡翠の力で志貴が癒されているからだった。  窓から、覗けば兄の部屋の明かりがまだ灯っているのが分かるだろう。  いや、そんな事をしなくても、翡翠の様子を見れば何が行われているのか見当がつく。  兄が翡翠を抱く日、翡翠は秋葉を見る目に、怯えとも罪悪感ともつかぬ色を浮かべる。  普段の様子と本当に微かな違いでしかないが、秋葉には間違えようが無くそれが見て取れ る。  その事に関して翡翠を問い詰めた事は無いし、翡翠が秋葉に何を告げる事も無い。  ただ、朝に兄を起こしに行った時、夕方出迎えに向った時、何かの折に志貴と会話をした 後に、目にみえて翡翠は変る。  その時に逢瀬の約束が交わされたのであろう。  翌日の朝にはさらにそれは露わになる。さり気なく目を合わせぬようにする翡翠の仕草。  秋葉は何も気づかぬ振りをするし、翡翠もいつもと変らぬ体を装う。  今日は、朝から約束をしていたらしい。  くっ、と唇を噛んで窓を閉める。そのままパタリと寝台に倒れ込む。  今、兄さんは翡翠と抱き合っているんだ。  じっと動かない秋葉の体の中から澱が立ち上る。  知らず手が動き始める。  指が清めたばかりの自分の体の敏感な部分に潜り込む。  兄が他の女を抱いている姿を想像して、情欲を覚えているのだ。  最低……。  正確には、性衝動を覚えている訳ではない。そうと知っていながら、何も出来ずに此処に いる自分の惨めさに浸っているだけ。慰めているのではなく、さらに底に堕ちようという 行為。  つかのまの陶酔すら他人事の様に感じ、果てても満足感などなく落ち込みを感じるだけの、 一人遊び。  むしろ、体は傷つかない自殺行為の代替に近い。心をずたずたに切り刻み、流れる血と痛 みに酔う行為。  そうと知りつつも、指は止まらない。  下着の上からなぞるように上下に行き来し、つかの間の肉の悦楽を生み出していく。  左手は起伏に乏しい胸を弄る。  単純なその動きだが、体は次第に反応し高まっていく。  下着が湿り、かすかに感触が変るのが分かる。  頭の中は愛しい兄の姿。  優しい表情で愛を語る志貴。  その手で髪を撫ぜ、胸を太股を愛撫する志貴。  体中を隈なくくちづけで埋め尽くす志貴。  果てに、力いっぱい抱きしめ、とろとろに溶けた体を貫く志貴。  ただし志貴に愛されている相手は秋葉でなく……、翡翠。  見た事など無いその光景に同調するように、秋葉の体に快美感が稲妻のように走る。  荒々しく胸に触れ、硬くなった乳首を摘まんでいるのは志貴の指。  下着の中に潜り込み、もっとも恥ずかしい部分を遠慮なく弄んでいるのも志貴の指。  銀色の糸を引く指を淫らに見せつけ、奇麗にするよう命じて秋葉にしゃぶらせているのも、 志貴の指。  高まり、もう引き返せぬ処に行き着く寸前、その志貴の指は動きを、止めた。  体は軽い痙攣の如くピクピクと動き、昇天寸前で途切れた刺激に不満を示す。  不完全燃焼なモヤモヤの中、別種の喜びが秋葉の心に湧いていた。  想像の中で悦びの声を上げていた翡翠の陶酔をも、絶頂に至る前に自分の手で無理矢理止 めたのだという、倒錯した昏い喜びが……。  病んでいる……。  翡翠の顔を脳裏に浮かべる。  そして放心状態のなかで、唐突に気がつく。  朝、目に留まった七夜の表情、それは翡翠が時折見せる表情に酷似したものだったと。                §    §    §  何をしているのだろう、自分は。  夜の庭に出る事自体は、夜間外出禁止の規則に目をつぶれば、そうおかしい行為ではない。 だが外から兄の部屋を伺う為となれば、明らかな変質的な行為だ。  どこか、おかしくなっているのかな。  真顔で秋葉はそんな事を呟いてみる。  昔の自分であれば、そんな行為を決して自分には認めなかった。ただの強がりだったかも しれないが、自分を律する強さと誇りがあった筈だ。  今も理性はそんな惨めな恥ずべき行為をやめるよう命じている。  でも心は、その行為を唆している。  迷いも無く秋葉は、心に従った。  外に出ると、さすがに寒さが身に這い寄って来る。  しかし秋葉は何ら気にする事無く、風に髪をそよがせながら、歩いていた。  月光の下にいると、自分の行為が何故か自然に思えてくる。  すっと視線を上げると、兄の部屋の窓をを見つめる。  灯かりがついていた。  普通に部屋に戻った事を考えれば、普段であればとうに眠りに就いている時間だ。  だらしの無いところがある兄の事、本でも読みながら眠ってしまったとしても、翡翠か七 夜が見回った時にでも明りを落としている筈。  と言う事は、こんな遅くまで起きているんだ。  部屋を出るまでに承知していた事実であるが、現実のものとなると秋葉の心に重いものが 落ちる。中には恐らく兄と一緒に翡翠がいる。  ギリ、と唇を噛む。  何がしたくて、わざわざこんな事をしているのか……、自嘲するしかない。  !!!!!  今、目に入ったもの。  薄いカーテンは引かれていたが、兄の部屋の様子は人影くらいは見て取れる。  今の、誰かは分からないが。  兄と翡翠は分かる、でも……。  もう一つの人影は、何だったのか。  はっきりとは分からない。でも絶対に見間違いではない。  気づいた時には走って、屋敷に戻っていた。                §    §    § 「お休みなさい、志貴さま」 「お休みなさい、志貴さん」 「うん、翡翠、七夜さん。お休み。遅くまで、その」 「志貴さまに喜んで頂けたなら、私は嬉しいです」 「あんな事までなさるとは思いませんでしたから、私も翡翠ちゃんも吃驚しましたけど、 怒ってはいませんよ。でも、いきなりでしたから」 「えーと……、ごめんなさい」 「それでは、ゆっくりとお休み下さい。明日は普段通りでよろしいのですね?」 「うん。取り敢えず起きるよう努力するよ」  夜分を意識しての、ひそひそとした口調。  志貴は音を立てぬ様に部屋に引っ込み、翡翠と七夜は、口を閉じて部屋に戻って行く。  物陰から兄の部屋の扉をじっと覗っていた秋葉は、今、見たものの衝撃で身動き一つ取れ なかった。  目で見て、耳で聞いたものを秋葉の理性と心とが必死で否定している。  体は悪感でもあるようにがたがたと震え、血の気が完全に引いている。  壁に体を預けているが、ズルズルと崩れ落ちそうになる。  今のは何……?  しばらく、その場から身を起こす事すら秋葉には出来なかった。  兄の部屋の扉を叩けば答は得られたのだろうか、そんな事は考えられなかった。                §    §    §  まだ薄暗い早朝。  七夜は、扉をノックするやいなや「入りなさい」と掛けられた主人の声に、少し首を傾げ ながら部屋に入った。 「おはようございます、秋葉さま」  丁重に頭を下げ、視線を上げ……、息を呑む。  目の前には幽鬼の如き気を纏った秋葉が立っていた。  半ば睨む様に、半ば畏れる様に、目が鈍い光を放っている。 「……秋葉さま?」  何とか主人の名を口にするが、秋葉の蒼褪めた顔は反応しない。  沈黙がしばらく場を凍りつかせる。  心の葛藤を全て打ち払うように、絞るように秋葉は言葉を口にした。 「昨日の夜、七夜と翡翠は何をしていたの?」  七夜は息を呑む。秋葉と同じようにみるみるうちに血の気が引いていく。 「答えなさい。兄さんの部屋で何をしていたの」  蒼褪めた七夜を目の前にして、逆に秋葉の中に剛が満ちてくる。  目に強い光が宿る。  怯えた様子で、七夜は口を開きかけ、しかし何も言う事が出来ない。  業を煮やして秋葉が叫ぶ。 「兄さんに抱かれたのね。そうでしょう」  七夜は、追いつめられたまま、ただ肯定を示し首を微かに縦に振る。   秋葉の顔が驚愕と絶望に彩られる。 「……本当なの。なんで、なんで翡翠だけじゃなくて、琥珀まで。本当に兄さんに抱かれ ていると言うの。嘘よ、そんなの嘘よ」  最後は悲鳴だった。琥珀という名を呼んだ事にも気がついていない。  七夜は、何も出来ず立ち竦んでいる。  なんて事だろう。  朝の訪れをずたずたになった心でじっと待っていた時は、答え次第によっては激昂のあま り七夜を殺してしまうのではないかとすら思っていた。  しかし、七夜が肯定を示した時、秋葉の内に怒りはまったく起きなかった。  これほどの裏切りを受けたというのに。  あまりに衝撃が深すぎたから。  ただ、秋葉を形作る全てがバラバラになっただけ。  凍りついたままの体から、すーっと、涙が頬を伝う。  それが最初で、ポロポロと涙が溢れて来た。  泣いているという意識は無い。  感情は無く、ただ虚無が広がっている。  ただ、雫がとめど無く、頬から滴っている。 「私は、秋葉さまを悲しませてしまったのですね」  七夜が悲痛な声でポツリと言う。  自分が痛みを感じている表情。  かつての琥珀とは違う表情。 「出て行きなさい」  それだけを言うと、背を向けた。  七夜は黙って扉を閉め立ち去った。                §    §    §  夜も更け、暗い帳のなか、  七夜は今日何度めになるのか、閉ざされた秋葉の部屋の扉を叩く。  肯定も否定も無くただ、沈黙が支配する。  それまでは暫く佇んで後、肩を落とし立ち去っていた七夜であるが、今は違う行動に出た。 「秋葉さま、入ります」  明りも点けず淀んだ空気の中、七夜は主人の許へ歩を進める。  開けた扉から僅かに差し込む光で、何とか寝台に倒れたように伏す秋葉の姿が見て取れる。  秋葉を前にして、腰を屈め七夜は話し掛けた。 「秋葉さま。一緒に来ていただけますか……?」  無反応。 「志貴さんが、お待ちです」  何も見ていなかった目に、僅かに光が宿る。  覗き込むようにしていた七夜の目と視線が合わさる。 「兄さん……?」 「はい。志貴さんが、秋葉さまを、お待ちになっています」  一語一語を噛み砕くように言って聞かせる七夜の声に、ゆらりと秋葉は立ち上がる。  故知らず七夜は身を震わせた。  秋葉は、戸惑う子供のような目で七夜を見る。 「おいでください、秋葉さま」  そっと七夜は手を差し出し、秋葉がその手を取るのを待つ。  秋葉がその手を握ると、七夜は先導して部屋を出た。  秋葉は何処へ行くのか問わなかったし、七夜も語らなかった。  ロビーを通り、扉を開け外へと出る。  離れに行くんだ。  秋葉はそう思ったが口には出さない。  果たして七夜の足はそこへ向かう。  明かりが灯っていた。                §    §    §  離れでは、志貴と翡翠が待っていた。 「秋葉」  優しい声。  暖かい笑み。  それを受け、秋葉はポロポロと涙をこぼした。  つと、志貴が立ち上がり、ためらう事無く秋葉を抱きしめる。  驚いたように秋葉は身を強ばらせ、それから逆に弛緩したように兄に身を預ける。  しばし、そうしている。  兄の手が背をなだめるようにポンポンと叩き、また梳くように髪を撫ぜるのを感じて満ち 足りた気分になる。  そっと、抱擁が解かれ、秋葉に座るように促す。  閨の支度がされ、辺りには布団が引きつめられている。  秋葉がそっと腰を下ろすと、志貴もまた胡座をかく。 「ええと、秋葉……」  志貴は言いかけて、悩む顔をして、言葉を途切れさせてしまう。  先を促す事無く秋葉は兄を見つめる。  涙はもう止まっていた。 「秋葉の事、だいぶ悲しませてたのかな、俺。」  ぽつりと志貴は言って秋葉を見る。  はい、と秋葉は返事をする。 「七夜さんに言われた。秋葉が壊れそうだって。気丈に振る舞ってはいるけれど、何処か 壊れつつあるって」  秋葉は返事をしない。  そうだろうか。おかしくなりつつあるのだろうか。よくわからない。  でも自分でおかしいと思わない事実が、それを証明しているのだろうか。 「俺と翡翠のせいだって。俺も多分そうだと思う」  志貴は言葉を続けようとしていたが、気がついたら秋葉はそれを遮り、昨日から自分を苛 んで止まぬ問いを口にしていた。 「七夜を何故抱いたんです。翡翠は分かります。何故?」  急所を衝かれたような表情で志貴は言葉を探す。  どう説明したら良いのだろう。 「翡翠を抱いている処を見られた」これでは答にならないだろう。  しばらく前の光景が脳裏に浮かぶ。  あれは、場所も同じ此処での出来事。  ・  ・  ・ 「姉さん」 「琥珀さん」  離れでの行為を終えた二人は始めて、障子の陰に立つ七夜の姿に気がついた。 「これは、あの」  志貴は慌てて言い訳を口にしようとするが、この状態では何の申し開きもできない。  翡翠も思わぬ展開に志貴の体に隠れるようにして寝具を胸に引き寄せるのが精一杯だった。 「こは、じゃない七夜さん、これはつまりね」 「……? 姉さん?」  七夜の様子がおかしい。  翡翠は立ち上がると、七夜に駆け寄った。 「姉さん、どうしたの、姉さん?」 「翡翠ちゃん……」  呼びかけに反応したものの、七夜の目は何か他のものを映しているようだった。 「志貴さん、今私の事琥珀って呼びましたよね……」 「う、うん」  とっさの呼びかけには、七夜ではなく、琥珀という名前が出てしまう。 「私、志貴さんと翡翠ちゃんが、そういう関係だとは承知していますが、でも……、なん だろう、今目にして凄く悲しかった。心が空っぽになったみたいな。  琥珀は……」  その名を口にして、少し顔を歪める。 「琥珀は……、志貴さんの事が好きでした」  平坦な事実のようにぽそぽそと抑揚無い物言いだったが、しかし目に強い感情の発露が見 える。 「……失礼致します」  七夜は一礼し、そこから立ち去ろうとした。  志貴と翡翠はその姿に、何か危ういものを見て取った。  ここで七夜が去れば、まるでもう二度と会えなくなるような、危機感にも似た感じを。 「待って、姉さん」  翡翠の声。  儚げな表情で、何? と首をかしげる七夜。 七夜を呼び止めておいて、翡翠は志貴の方に向き直る。 「志貴さま、お願いがあります」 「は、はい、なんでしょう」  志貴は、翡翠のいつにない気迫に押されていた。 「……非道なお願いがございます」  ・  ・  ・  そして、翡翠の言葉を受けて七夜の体を抱きしめた。それが始まり。  あの時は、こうするしか無かったが、それを秋葉にどう言えば良いのだろう。  そしてまた、秋葉を呼んだ理由をどう語ればいいだろうか。  志貴は迷っていた。 「志貴さまと翡翠ちゃんが、私を救ってくれたんです。だから今度は同じ方法で、秋葉さ まをお救いしたいのです」  志貴に代わって七夜があっさりと答える。  七夜の言葉より、その目が語る何かに秋葉は分ったと言うように頷いた。 「志貴さん、秋葉さまをお願いいたします」  秋葉の事を話し、自分と同じように秋葉との間の絆を強くして欲しい、そう懇願し志貴 を説き伏せた七夜が、自分のすべき事はしましたよ、という顔を志貴に向け、すっと身を 後ろに引く。 後は志貴がすべき事だった。 「許されない事かも知れないけど、これでお前を救えるのなら……」  言い訳がましい言葉に、志貴は言い方を変えた。 「秋葉、お前を抱きたい。嫌か……?」  秋葉は信じられない言葉を聞いた、という顔をしたが、志貴の言葉に頭を振る。 「嫌じゃありません。私、ずっと……」  志貴は秋葉の言葉を受け、秋葉をまた腕の中に強く抱きしめる。 「秋葉……」  その一言だけで秋葉はふわりと体が浮揚する思いを抱いた。  そんな優しい慈しむような、表情と声とで兄から自分の名を呼ばれたのは始めてだった。 「兄さん」  軽い触れるか触れないかの口づけ。  一度、離れて、今度は長く激しいキスを繰り返す。  少し躊躇いがちに入れられた兄の舌を秋葉は喜んで受入れ、自分のそれを絡めさせる。  信じがたい快美感。  吐息とトロリとした唾液が混ざり合い、舌を通して一つになる。  息苦しさから、それをコクリと飲み込み、媚薬であるかのように、秋葉はポーッとなる。  これだけで、果ててしまいそう。  頭が靄にかかったように幸福感で満たされている。  気がつくと、傍に控えていた七夜の手で着ているものが剥がされている。無意識の内に手 を伸ばし、体を曲げ協力していたが、まったく自覚はなかった。  胸を覆うブラジャーを外される段になって始めて躊躇する。 「あ、」  その声に七夜の手が止まる。 「あの、兄さん」  自分も素早く着ている物をを脱ぎ捨てながら、秋葉の肢体が露わになるのをうっとりと眺 めていた志貴が、我に返ったような顔をする。 「どうした、秋葉」 「ええと、兄さん、あの」  もじもじとする姿が志貴の目に可愛く映る。 「笑わないで下さいね」 「何が……?」  志貴には何のことか分からない。  普段であれば「何で、兄さんはそんなに鈍感なんです」とでも文句をつける処であるが、 今の秋葉は不安と危惧でいっぱいだった。 「私、翡翠や、七夜と比べると、その、小さいから……」   胸に手をやる仕草で、志貴にもようやく理解出来た。 「ええと、その、気にする事ないぞ。小さくたって秋葉の体凄く奇麗だし、全部見せて欲 しいな」  その言葉に脇を閉じていた力が緩む。  七夜はすかさず秋葉の上半身を一糸纏わぬ姿にしてしまう。 「……あの、兄さん?」  黙ってしまった兄の姿に、小さく唇を噛む。  やっぱり、呆れられちゃったのかな。こんな子供みたいな体じゃ。 「凄く奇麗だよ、秋葉。確かに小さいけど、これはこれで可愛い」  そこだけ見れば確かに小さいが、細身すぎる程の秋葉の体で滑らかな曲線でささやかに作 られた胸は、なまめかしさを感じさせた。  まだ縮こまっている薄いピンクの乳首が可憐に見える。  何より胸を兄の目に晒して、羞恥に震える秋葉の姿が凶悪に可愛い。  息を呑むと、志貴は秋葉のささやかに膨らんだ乳房に手を伸ばした。  決して量感は無いが、それなりの柔らかさ、それなりの弾力は触れている志貴に喜びを与 える。 「うわ、すべすべで吸い付くような肌だな、秋葉のは」  手触りを楽しむように志貴は手を滑らせる。  その間、秋葉は身を硬くしてじっとしていたが、志貴が、乳首の辺りを重点的に弄り始め ると吐息をもらす。 「ほら、秋葉。こんなに勃ってきた。ツンて」  指で乳首を挟み込むように力を加え、強弱の刺激で秋葉の声が変るのを楽しみ、さらに刺 激を加えるべく、もう片方の胸にくちづけする。  最初は舌先で突つかれると圧迫に沈んでいた乳首が、硬くなってくると唇で挟み込み引っ 張るように刺激を加える。  兄が乳首を吸う様に、秋葉は抑える事ができず嬌声をあげる。 「今度は、こちらが見たいな。秋葉、少し足を開いて」  期待に満ちた兄の声に、恥ずかしさで顔を背けながらも秋葉は素直に従う。  志貴の目の前で、秋葉の秘められた処があからさまになる。  唇はまだはっきりと開いていないが、ぐしょぐしょに濡れ光り、今の動きで、太股を伝っ て銀線がトロリと糸を引いて落ちる。  ピンクというより薄紅色と言った方が良い花びらに、志貴は魅せられた。 「凄く奇麗だ、秋葉。それに胸を弄られただけで、もうこんなにしちゃって」  合わせ目に指を這わせ、力は入れずになぞるように動かす。  柔らかく濡れた感触。  そのまま、奥へと差し入れたいが、先端に留める。  少し泣きそうな表情の秋葉に、ぞくぞくした喜びを志貴は覚えた。  もっともっと時間をかけてやりたかったし、自分も秋葉を堪能したかったが、志貴は自分 が高ぶりすぎているのを感じていた。  このまま続けると、事を進める前に自分だけ暴発してしまいそうだった。  最初は秋葉の中でとの想いは強かった。 「ごめん、秋葉。もう我慢が出来ない」  いつの間にか全て脱ぎ捨てている兄の姿を陶然とした表情で秋葉は見つめた。  胸に残る傷痕。  兄との一番大切な想い出の痕。  そして下に目をやり、驚いた顔をする。  こんなのが、私の中に……?  秋葉の表情の意味を悟り、志貴は赤面しつつ言う。 「大丈夫だよ。翡翠も平気だったし」  その言葉に複雑な表情で頷く秋葉。  志貴は、横になるように促し、秋葉は言われるままに身を横たえた。  そこへ身を寄せながら、ふと志貴と秋葉に注がれる二つの視線に気づく。 「気になさらないで下さい。今だけは秋葉さまの事だけを見てください」 「そうです。本当は2人きりの方がいいのかもしれないですけど」  翡翠と七夜の存在に僅かに引くものを感じる志貴。自分がと言うより秋葉はどうだろう?  しかし秋葉は気にする事無く、兄の背に手を伸ばす。 「いいわ。見ていて。翡翠、七夜。私が、兄さんのものになるところ……」
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