「ふふ、いいザマだな」 その瞳。 決して実の妹を見るにはそぐわぬ光を湛えている瞳。 「その通りね」 その目。 同じく実の姉を見ているとは思えぬ憎悪を込めた目。 視線で人を害せるものであれば、互いにどれだけの命があっても足りない。 そんな負の感情を濃厚に溶かした見つめあい。 しかし、立場の優劣は明らかであり、ショートカットの女は、薄く笑みを浮 かべて、じっと動かないロングヘアーの女を見据える。 優越感に満ちた表情を浮かべるは、姉。 封印指定された魔術師、最高位の人形遣い、蒼崎橙子。 椅子に座し、見下ろされつつも睨み返すは、妹。 現存する数少ない魔法使いの一人、蒼崎青子。 「体を拘束した訳ではない、頭を空っぽにした訳でもない、結界内とは言えど お得意の魔法を封じてもいない。抵抗したらどうだ、マジックガンナー? 造作もあるまい、姉より優れたおまえならば?」 「……」 「不思議だな、私ほどではないが、おまえも私を憎んでいよう?」 「……」 「ふん……。 直死の魔眼の持ち主が今、私の管理する処にいる。 その子の名はしき。 そしてその子はおまえの稚拙な細工を施した魔眼封じを今有していない。 そんな事実が、何故におまえを縛る?」 答えない。 答える必要を持たない。 青子は黙ったまま、次を待った。 沈黙のまま、時が流れた。 煙草が一本、煙となって消え去るまでの僅かな時。 「まあ、警戒しないでもいいのよ、青子ちゃん」 普段彼女を知る者なら、驚愕しそうな甘い声。 妹はわずかに眉を顰めて姉を見上げる。 「久々に姉妹で仲良く遊ぼうと思っただけ」 「……」 「よく昔は遊んだでしょ」 「そうだな、可愛がっていた猫の体内に火薬を仕込んで、私の腕の中で爆発さ せたり」 「私は寝てる間に手足縛って古井戸の中に放り込まれたのを憶えているわ」 「無理やり泥で作った料理を喉の奥まで捻じ込まれたり」 「男の子みたいにちゃんばらをした事もあったわね、本物のナイフと包丁で。 懐かしいわね」 「ああ、何故かあの頃の殺意まで甦ってくる」 互いに怖い笑みを浮かべる。 確かに血の繋がりがあるのだと感じさせる、似た表情。 「今日はお医者さんごっこでもしようかと思ってね」 「?」 「魔法使いの身体的相違性の研究だ。 今では刃物も使い放題だから、完全にばらばらになるまで、かいぼーしてあ げられるわよ」 優しげな目で橙子は青子を見た。 むしろ彼女を知る者には、敵意を向けられるより寒気を誘う目。 「ちゃんと、その様子が見てられるように、生首は最後の最後まで残して。 知覚もちゃんと残して」 「ドゥエル博士の首か、陳腐な」 「ちゃんと四肢は元通り戻してあげるわよ。まあ、そのままじゃ面白くないか ら、アレンジしてね。何と混ぜて欲しい?」 「嫌だと言ったら?」 「それじゃ魔眼の構造にも興味あるら、そっちかしら」 無言で問い掛ける。 どちらかを選べと。 無言で答える。 好きにしろと。 「さてと」 無造作にメスを振るう。 青子の着ていたシャツが、ジーンズが紙のように切れ、落ちる。 飾り気のない実用本位の下着が露わになる。 現れた肌は白く、色気のない下着が逆に膨らんだ胸と腰周りの美しいライン を際立たせる。 橙子は容赦なく、それにも手を滑らせる。 千切れ、隠した部分が目に晒される。 「……ッ」 わずかに青子は息を呑む。 布一枚とはいえ、無防備になる事への人としての怖れの反応。 橙子は感情の入らぬ観察の目を妹に向ける。 「しかし、変わらぬな。律儀に年を取るのも止めているのか。それに……」 無造作に、妹の膣口に指をねじ入れる。 悲鳴を必死に押し殺す様になんら注意を向けず、指を回し、中を探る。 深くは入れず、無造作に見えながらぎりぎりで止める。 「まだ女にもならぬか」 面白そうに笑う。 邪悪な笑み。 青子の背筋がぞくりとする。 知っている。 この女の狂気は知っている。 ためらい無く小鳥の首をねじ切り、気に入らないというだけで破滅させる女。 「姉として教えてやらねばならんな。なーに、誰でも痛いんだ、最初は」 くっくっと笑う。 「相手は誰がいい? ケルベロスか、無数の触手、何ならペニスを模したヤツ にしてやってもいい。 それとも人嫌いらしく、無機物が良いか。凍れる炎でつくった剣などという のも後で思い返して詩的でよいかもしれんぞ。 それとも、おまえと縁のあった少年を望んでいるのかな」 無表情。 姉の言葉に何ら反応をしない。 しかし、橙子は青子の顔を見て、愉快そうに笑った。 「動揺したな、一瞬」 まったく青子の表情は変わらず、動きも無い。 しかし、天に警句を記す炎の指を見たかのように、橙子はそれを読み取った。 「そうか、そういう趣味があったか。 再会した少年と結ばれる……、ロマンチックだな。ああ、そんなもの今時の 中坊だって恥ずかしくて口に出せまい」 僅かな嘲り。しかしそれ以上に何か思いついたという嬉しげな成分が混ざる。 「なるほど、それも面白いかもしれん。 うむ、見てみたいな。可愛い妹が、愛する相手と迎える初体験」 うんうん、と頷く橙子。 それは青子に、言いようのない気味悪さを感じさせる。 「何人くらいいればいいかな。どうだろう、一人が三回ほど可能だとすると、 三十人、いや五十人もいれば足りると思うが、どうだ?」 「何を言っている」 「せっかくだから、思う存分楽しんで貰おうと思ってな。 口からも膣からも肛門からも注がれて、腹をぱんぱんにして体中が精液に溢 れるくらい抱いてもらえばいい。 わらわらと群がって、おまえの体が沈む様、心和むだろうな」 「変態が」 「お互い様だろう」 橙子の顔が変わる。 何を、青子の気が張り詰める。 そして、その緊張感の中……。 「おい、トウコ」 少女が部屋に入ってきた。 「事務所の方、鍵が掛かっていて……、って」 呆然とした表情で、ほぼ全裸の女と、それへ妖しい瞳を向けている橙子の顔 を見ている。 「なんで、式も今日は来ないって言っていたのに……」 驚いていたのは橙子も同じだった。 よほどの不意打ちだったのだろう。 反射的に、闖入者に言葉を返す。 そして……。 「し、き……?」 青子が低く呟く。 橙子は返事をしない。 しかしそれを気にする事無く、青子は少女に訊ねた。 「一つ訊ねたい、しきと言ったわね、あなたは魔眼持ち?」 「ああ、死の線が見える」 「直死の魔眼……。そうか。ありがとう。お礼にと言うにはあんまりだけど、 忠告してあげる。五分以内に此処から撤去して。貴重品があるのならそれも持 って。 下手すると微塵も無くなると思うから、此処」 「え? ああ、わかった」 質問も何もなく、式は青子を見ると未練なく外へと出た。 「さて、橙子お姉さま」 「な、なに……」 「久々に姉妹の絆を深めようと思うのだけど。姉さんのしたのとは別の方法で」 「何を……」 「隠れん坊なんて、どうかしら。私が鬼でいいわ」 「え……」 「姉さんを全て見つけ出してあげる。今、何人、何十人いるのか知らないけど、 全部見つけて一つ一つ……、殺してあげる。欠片一つ残さずに」 「ええと、少々悪趣味な冗談でだな」 「嫌ね、真面目な姉さんが冗談なんて言う訳ないわ。 さあ、遊びましょうか」 まるで映画でも見るように、その光景を眺めていた。 目の前の蒼崎青子=先生という事実がどうしても理解できない。 頭に霞みがかかっているように、何も考えられずただ見ているだけ。 先生に何かをしてあげないと、そう思っても動けない。 ガラス越しのような非現実。 ともあれ、無事収まって……、はいないか。 でも、どうしよう。 こうなっては――――― 1.惨劇は見たくないし、立ち去ろう 2.先生と離れるのは嫌だな
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