「アルトルージュ」
「そんなに凄い相手なのか」
「まあね、わたしと戦って生き残れる相手ってそうはいないと思うわ」

 あっさりとしたアルクェイドの言葉が、逆に重く響く。
 死徒に関しての話などでアルクェイドが言う事は、たいてい冷徹な事実だ。
 アルクェイドと戦って無事な相手というのなら……、正直見当もつかない。
 それほどの実力を持っているのか。
 いや、間違いなく恐るべき相手なのだろう。

 しかし……。
 外見から判断する愚は良く承知して入るが、いるのだが。
 ……信じられない。
 またアルトルージュの姿を見て首を捻った。

 うーん、あの見るからに化けものといった奴とか、護衛の如く従っている二
人ならわかる。
 あれは、存在として『怖いもの』だ。
 相対すれば、と考えるだけでも怖気を振るうような強きモノ。

 そう言うとアルクェイドはあっさり答えた。

「そうね、ガイアの化け物、白い獣ブライミッツマーダー。
 魔剣ニアダークを持つ黒騎士リィゾ=バールシュトラウト。
 ストラトバリスの悪魔の異名を持つ白騎士フィナ=ヴラドスヴェルテン」

 ゆっくりとアルクェイドが指を折る。
 ちらとそちらへ目を向けて怖い顔をちょっとしている。

「確かに、この護衛陣も凶悪ね。私だって一体ならともかく全員一度に相手に
するのは御免こうむりたいわ」
「そうなの?」
「ま、勝てない相手じゃないけど、連携されたらてこずるのは確かよ。
 前なんかも、夜明け迄何時間戦ったっけ……。
 正直なところ、志貴がまっとうに相手にするのはかなり困難ね。
 うーん、相手の攻撃を全て殺せばいいんだけど、どうだろう」
「まあ、俺の場合、近寄って一撃加えないとダメだからな。
 あんなのとまともに向き合いたくないよ」

 あんな一撃で体が真っ二つになりそうな大剣だの、頭なんて腐ったトマトみ
たいにぐしゃぐしゃにしそうな腕だのとは、あまりお近づきになりたくない。

「それでね、その一騎当千な死徒の中でも有数の使い手がなんで、彼女に従っ
ていると思う?」
「そう言われると、確かに……。
 それだけの力を持っているという事になるな」
「吸血姫アルトルージュ。私の姉にあたりブリュンスタッドの名を持つ者。あ
の外観に騙されてはいけないわ」
「そんなに恐ろしい相手なのか」
「ええ」
「そうか……」

 アルクェイドは事細かに語らない。
 しかし、それ故にその一見してただの女の子にしか見えぬアルトルージュの
恐ろしさが垣間見えた気がした。

「あれよ。大人の姿のアルトルージュの魔力も侮れないわ。でもそれだけだっ
たら、それほど恐れない。あの子供の姿……」
「あの、アルクェイド?」
「恐ろしい……」

 わからない。

 さっきまでは確かに、女の子の外見とはちぐはぐな感じだった。
 あくまで外見上はだけど、屈強なお付きの死徒達にオーバーアクションで何
か演説をぶったり指示したり。
 まあ、お姫様とその配下といった感じ。

 それが、そっくり返って何か言いかけて、転んだ。
 頭を打ったらしく、手で押さえて。
 あろう事か、泣き始めた。
 わんわんと。
 本当に、年相応の子供みたいに。

 すると、皆、おろおろしながらアルトルージュを囲んで壊れ物を扱うように
起こしたり、宥めたり。

 あ、何か当り散らしている。
 ストラトバリスの悪魔とやらが、持っていた杖をぶつけられて、それでもな
んだか必死に話している。
 巨大な動物はぶちぶちと白い毛を毟り取られて哀しそうに鳴き声をあげた。
 バールなんたらは、嘘みたいに巨大な剣を置いてやおら走り出す。

「なんだ?」
「アイスクリーム食べたい、今すぐ、はやく、ぐずぐずしてないで早く行って
こないと泣いちゃうんだから……、って処かな」
「へ?」

 アルクェイドは舌足らずな口調で説明した。
 きっと今のは物真似なんだろう、あの女の子の。

「恐るべし、アルトルージュ」
「あの……」
「何よ、志貴、あのわがままな駄々ッ子振り、怖くないの?」
「おまえもたいして変わらないよ」
「いえ、この分野に関しては、わたしなんて遠く足元にも及ばない」

 真顔。
 というか怯えすら見える。
 ……アルクェイドが怯えている?
 呆然と俺はその顔を眺めていた。

「いつだったか、わたしの長い髪見て、欲しがって、3日間おねだりし続けて
わたしを根負けさせたんだから」
「髪を奪われたって、それか。また、伸ばせばいいだろ」
「ダメよ。譲渡契約が結ばれているから、アルトルージュが破棄しない限りは
わたしは死ぬまでこのままね、きっと」
「あの死徒達も、ある時にアルトルージュに従う事を誓ったの。
 無理やりではなく、あくまで自由意志で。
 彼女自身、他の死徒達を圧する力もカリスマ性もあるけど、一番凄いのは、
従わせる力よ。それ故にわたしは彼女を恐れるわ」
「志貴も、むやみにアルトルージュに言質を取られたり、従ったりしたらとん
でも無い目に合うわよ」
「ああ、まあ、そんな機会も無いだろうけど……」

 泣きやんで、クレープなど食べている。
 どこでどう手に入れたんだろう。

 
 関わっちゃいけないな。
 アルクェイドに促され、俺はその場を離れた。
 
 
                         ……つづく
 

二次創作頁へ