あれ、なんだかおかしい。
 だいぶ視点が低いし、それに勝手に体が動いて……。
 ああ、また誰かの中に入っているんだな。
 うん、でも感情とか思考は伝わってこない。
 
 どこか夢を見ているような、間接的にものを見ている感覚。
 それでも点も線も見えるのに、どこか頭がゆらゆらと。
 これなら気持ち悪いのは確かだけど、眼鏡なしで耐えられそうだな……。

「おやおや、こちらでしたか」

 男の声。
 振り向いて見ると。

 げ、久我峰さん。
 それも少々黒いバージョン。
 俺にはほとんど見せない顔。
 でも、まだ笑みを浮かべているからマシ……、いやもっと怖いかもしれない。

 なんで、いるんだ。
 ここ、遠野の家の中だよな。
 俺の困惑に構わず、久我峰さんは平然と手にしたものを見せる。
 鞄の中からビニールに包まれた……、なんだろう?

「ちょうどよかった。新しい服が出来たのですよ」
「はい……」

 そうか、服か。
 じゃあ、何着もあるんだ。
 っと、それよりこの声。 
 小さく返事した声。
 女の人だな。

「まずはこれに着替えてきて下さい」
「え……」

 戸惑いの声と呑み込んだ呼気。
 幾分弱々しい声で、おまけに少し俯き加減になっている。
 聞き覚えがある。これはきっと……。
 
「ああ、嫌ならいいですよ」

 息を呑む音。
 怯えと警戒。
 しかし構わず久我峰さんは言葉を続ける。

「あなたが断るなら妹さんに。まあ、どちらかと言うとわたしのお気に入りは
そちらですしね。
 彼女なら逆らわずに従ってくれますからね。泣きそうになりながら。いえ、
たとえ泣きながらでも」
「翡翠ちゃんには手を出さないで下さい」

 叫び声。
 ぱっと顔が上がる。
 やっぱり琥珀さんか。
 
「では?」
「着ます、わたしが着ます」

 琥珀さん……。
 久我峰さんはニヤリと笑う。
 しかし、その笑いをすぐにひっこめてしまう。

「無理にとは、言いませんよ」
「久我峰さま、わたしなどの為にご用意いただいてありがとうございます。ど
うか、着替えた処をご覧下さい」
「どうしましょうかね」
「見て欲しいのです。お願い致します」
「そうまで言うのなら。では、待っていますよ」

 満足そうな久我峰さんの声。
 一発ぶん殴りたくなったが、悲しいかな、何も出来ない。

 琥珀さんは渡された包みを手に、すぐ近くの部屋へ向う。
 まさか、ついて来るのではと思ったが、久我峰さんは廊下に控えている。
 さすがにそんな真似はしないようだ。
 でも邪気を湛えつつも、夢見る少年風の表情がさらに嫌な感じ。
 この人はもう……。

 琥珀さんは部屋に入りしっかり鍵を閉めた。
 渡された服を広げてみる。

 え、これ。
 うーむ、露出度の高いやらしい服か何かと思ったら、こういう路線か。
 ちょっぴりドキドキしつつも、憤りを覚える。
 着せ替え人形みたいに、琥珀さんにこんな事を強要するなんて。 

 琥珀さんははらりと着物を脱いでいく。
 姿見とかは無いので、残念ながら、もとい幸いにも琥珀さんの着替えている
姿をはっきりは見なくてすんだ。
 まあ、多少はちらちらと……、だって目を閉じることも逸らすことも、まっ
たく意のままにならないし、不可抗力。

 琥珀さんが着替え終えた。
 一応手鏡でちらちらと琥珀さんは確認をしている。
 大丈夫だよ、琥珀さん。
 似合っています、ばっちりと。
 ちょっと久我峰さんに感謝したくなるほど。



「お待たせ致しました」
「おお、おお、見事ですね」

 カシャ、カシャと高そうなカメラから機械音がひっきりなしに立ち起こる。
 普通のカメラ、デジカメ、それにビデオも回している。

「ああ、こういう看護婦さんになら、いくらでも入院して世話して貰いたいも
のですね、ほっほっほっ」
「……」

 純白のナース服。
 ちゃちな造りではなく、しっかりとしている。
 消毒液の匂いがかすかに残っているところなんかも実にリアル。
 というか、本物かな。
 きっと、そうなんだろうな。

 琥珀さんの頬が赤くなっているのがわかる。
 うう、これは外から全身を眺めたかった。
 可愛いだろうなあ。

 しばらく、久我峰さんは鑑賞を続けた。
 琥珀さんに手で触れたりはせず、ただ賛美の表情で浸っている。
 時折、こう言ってくださいと指定して、琥珀さんにナースとして話し掛けて
もらっている。

「駄目ですよ、おとなしくしていなくちゃ」
「痛いのはちょっとだけだから、我慢して下さいね」
「大丈夫よ、ついていてあげるから」
「眠るまでついていてあげる」

 その他いろいろ。
 いわゆるいやらしい言葉は無いのだけど、何と言うかその……。
 聞いていてふつふつと何かが込み上げてくるような。
 この場にいてよかったな、と思わせてくれた。


「次はこれです」
「は、はい」

 白衣の天使には満足したのか、久我峰さんは別の包みを取り出した。
 また琥珀さんは隣室へ。
 そして、ナース服から、それへ。

「これまた、良いですね」
「うう……」

 浅上の制服。
 まさか秋葉のじゃないよな、いくらなんでも。
 うん、胸もあるし、違うな。
 でも、楚々としたセーラー服姿の琥珀さんか。
 見たい。
 見たい。
 ああ、これを久我峰さんに独占させているなんて。
 なんだかさっきと違う点で怒りがわいてきそうだった。

 それで終りではなく、むしろ始まりに過ぎなかった。
 この着せ替えは続いた。
 翡翠のものとはまた違ったメイド服。

「旦那様にお仕えすることが、私にとって何よりの幸せでございます」

 ブラウスとタイトスカート、オプションで眼鏡。

「あらあら、こんな問題も出来ないなんて、小学校からやり直しね」
「ダメよ、あなたは私の生徒なんだから……、残念だけどね」

 どこのものかは知らないが、軍隊で女性士官が着るような制服。

「さあ、吐いて貰おうか。我が軍の拷問手段は貴様のような白豚には絶えられんぞ」

 どこかの学校のブレザーの制服。

「おじさま……」

 ひらひらのドレス。

「似合いますか、私がこんな服なんて……」
「王子様……」

 婦警さんのって、これはまずくないのだろうか。
 まだまだあった。
 ……なんと言うか良い趣味だな、久我峰さん。
 しかし、琥珀さんの中にいる俺には、見ることが出来ない。
 
 歯噛みしたくなるが、それもままならない。
 ただ、こうして久我峰さんの目の輝きでその素晴らしい姿を間接的に知る事
が出来るだけ。
 うう、悔しいなあ。

「そして、これです。どうです、素晴らしいでしょう」
「そんな……」

 今度はわざわざ取り出して見せる。
 確かに、琥珀さんが着たら似合いそうだけど。
 こんな太股が露わになるような恥ずかしい格好を。
 凄く似合いそうだけど。

 思わず、拳を握り締めて……。
 あれ?
 おや、動く。
 手が動く。
 なんだかぎこちない動きだけど、とりあえず動く。

 よし。
 欄干を軽く叩いた。
 線の方向を見定めて……、切った。

 ガラガラガシャーーーン。

 派手な凄い音がして、階段を木片となって転がり落ちる。

「何の音です」

 お、秋葉が現れた、いい処に。
 秋葉は目の前の残骸を見つめ、そしてゆっくりと視線を上に上げた。
 階段の破損と、少し怯えた琥珀さんと、高く女物のチャイナ服を掲げた久我
峰さんが秋葉の視界に入る。
 顔色が変わる。
 
「これは、秋葉さま。なんと言いますかな……」
「少し話をした方がよさそうですね、下に来て頂きましょう。琥珀、あなたは
ここの修理の手配を」
「はい、わかりました秋葉さま」
「違うのですよ、わたしはただですな」
「話は下で聴きます」

 秋葉と久我峰さんは下へ消えていった。
 俺は安堵した。
 もう、体の自由はきかなくなっていた。
 でも、いいタイミングだった。
 琥珀さんを助ける事が出来た。

 あんな服を無理やり着せるなんてセクハラもいい処だもんな。
 よかった。よかった
 琥珀さんも喜んでいるに違いない。
 
 その琥珀さんは不思議そうに自分の手を見ている。
 勝手に手が動いて訳のわからない事が起きたのだから当惑も当然だろう。
 
「なんだったのかしら」

 琥珀さんが小さく呟いた。
 ふふふ、俺が琥珀さんを護ったんですよ。
 そう、気分的に胸を張っていると、琥珀さんはさらに独り言を続ける。

 声が、少し感情を帯びている。
 凄く残念そうな声。

「あーあ、チャイナ服着てみたかったのになあ」

 えっ?
 あの……。

 琥珀さん?


                         ……つづく


 二次創作頁へ