「ああ、変です」
「ちょっと、これは、気持ち悪い……」

 翡翠と琥珀さん。
 ただ、いつもとその姿が違う。

 琥珀さんは翡翠のメイド服を着ている。
 翡翠は琥珀さんの着物を着ている。
 ……。
 いや、違うな。
 琥珀さんは着物で、翡翠はメイド服、いつもの格好とも言える。
 少なくとも、肉体上は。
 でも、その中身は……、違う。


 原因はわからない。
 ただ、言えるのは突然、琥珀さんの意識が翡翠の中に、翡翠の意識が琥珀さ
んの中へ入った、要は体と精神が入れ替わったという事。
 一見、着る物を交換しただけのようにも見える。
 でも瞳の色は別にしても、一目瞭然だな。
 琥珀さんは琥珀さんだし、翡翠は翡翠だ。
 前に翡翠に化けた琥珀さんを見たことがあるけど、素でいる時は琥珀さんだ
と見てわかる。
 仕草や雰囲気が、それぞれ肉体でなく中のキャラクターを表している。

 傍から見るとそんなに極端な違いは見出せないのだけど、当然ながら二人は
大パニックだ。
 自分の体でないという強烈な違和感があるらしい。

 動揺した様子で青くなっている翡翠。
 頼りなげな風情で笑みも消えてしまっている琥珀さん。
 互いに、相手を見つめて縋ろうとして、そして躊躇ってやめている。
 まるで触れたらどうにかなってしまうとでも言うように。

「あれ、でも二人は双子だし……」
「だからかもしれません」
「だから?」
「いっそ別人なら違和感が前面にきて逆の意味で馴染むのかもしれませんが、
普段と変わりないのに、薄皮一枚違うというか……、ああっ」
「翡翠も?」
「はい。なんだか微妙に動きにズレがあるような、立っているだけでもどうに
も頼りなくて」

 そんなものなのかな。

「少し休んでいなよ、二人とも」
「はい」
「そうさせて貰いますね、志貴さん」


 さて、二人はとりあえずいいな。
 今度はこっちか。
 まずは……、シエル先輩

「ううう……」

 先輩は蹲っている。
 小刻みに震えながら。

「どうしたの、先輩。気分でも悪いの?」
「最悪です」

 死にそうな声。
 俺の声にのろのろと体を起こす。
 蒼褪め弱々しくなっていると思われる雰囲気は伝わった。
 外観上はそう見えないのだけど。

「なんで、なんでわたしが、こんな不浄な体に……」

 哀切さの伝わる声。
 しかし、それに水を差すように別の声が掛かる。

「何よ、人の体を、失礼ね」

 アルクェイドである。
 アルクェイドが、シエル先輩を睨んでいる。
 ……。
 目に映ったものだけで言い直すと、秋葉がアルクェイドを睨んでいる。

 つまり、そういう事だ。
 琥珀さんと翡翠の体が入れ替わったように、先輩とアルクェイドは、そして
秋葉は、さらに複雑に精神と体がばらばらになっているのだ。

 アルクェイドは秋葉の体に。
 秋葉はシエル先輩の体に。
 シエル先輩はよりによって真祖アルクェイドの体に。

 シエル先輩にとっては身の毛のよだつ事態。
 動揺しているのも無理はない。
 
「なんで神に仕える者が、こんな化け物の、それもアルクェイドの体にならな
ければならないんです」
「嫌ならさっさと返してよ」
「出来るならとうの昔に返しています」

 あ、テンション上がると見違えて元気になった。
 もしかして多分にポーズだったのか?

「こんな体……」

 ふと、シエル先輩が言葉を止めた。
 奇妙な目でアルクェイドを見つめる。

「アルクェイド……、あなたいつもこんな状態でいたんですか」
「こんな状態って何よ?」
「力が、漲るというより噴き出しているみたい。こんな、こんな……。
 信じられない、怖くて動くのすらためらってしまう」
「先輩?」

 じっと先輩は自分の手を見つめている。

「これは、次元が違う。
 まるで、自分の中に太陽があって絶えず燃やされているみたい
 それに……」

 ふっとシエル先輩の体が消えた。
 いや、アルクェイドの体と言うべきか。

 うーん。
 なんだかわかりにくいな。
 よし。以後、例えばシエル先輩の事はシエル先輩asアルクェイドとしよう。
 秋葉asシエル先輩、翡翠as琥珀さんとすれば少しはわかりやすくなる。

 ふっとシエル先輩asアルクェイドの体が消えた。
 と、数メートル先に現れる。
 なんだ、まるで瞬間移動したみたい。
 
 え?
 装飾用の剣を手にして、ぶんと振った。
 それはいいけど、まったく手の動きが見えない。

「凄い。何、これ……。このポテンシャル」

 何やらアルクェイドの体の運動技能に夢中になっているようだ。

「ええと、お、アルクェイド?」

 傍らにいたアルクェイドas秋葉がいない。
 おや、と左右を見ると……、何をやっているんだ、あいつ?

「うわあ、面白い」
「何やってるんだ」

 満面の笑み。
 秋葉は絶対しないような無邪気な笑い顔。
 手足をぶんぶんと振り回して走り回ったり飛び跳ねたりとじっとしていない。
 子供みたいだな、まるで。
 食器棚を持ち上げようとして……、あんなの動かせるものか。

「凄いよ、志貴、力が全然無い」
「そりゃ、アルクェイドからみればなあ。楽しいのか、それって」
「うん、普通の女の子ってこんな風なんだね」
「普通ね……」

 どうも無条件で同意するにはためらいを感じる。
 秋葉だからなあ。
 しかし、先輩と逆に貧弱になったのが楽しいのか、変な奴。

「あ、そうだ」
「なんだ?」

 何か思いついたと言うように笑み崩れる。
 たっと俺目掛けて走りよって……。

「おにいちゃん」
「わっ」

 いきなりアルクェイドas秋葉が抱きついた。
 とっさに手を広げて受け止め、耐える。
 なんとか倒れずに抱きとめられた。
 ほっそりとした、それでも柔らかい体が密着している……。

「な、な、何をする」
「うーん、志貴の妹になったから、甘えてるの。ええと……お兄ちゃん」
「待て、なんだかいろんな意味で間違っているぞ」
「お兄ちゃん、うるさいわよ」

 むう、とちょっと睨まれる。
 いつものアルクェイドの表情に近いけど、秋葉の顔でやられると、これはこ
れでなんだか可愛い。
 それにこうしているのは、決して不快ではなくて、それどころか……。

「な、何をしてるんですか、あなたは」

 ちい、邪魔が入った。
 あ、シエル先輩。
 ……、いや、秋葉asシエル先輩だった。
 今まで、壁際で何やら自分の中の折り合いをつけていたようだったけど、今
は凄い形相で詰め寄ってきている。
 自分の姿をしているアルクェイドas秋葉をきっと睨んでいる。
 そして秋葉asシエル先輩がいつもの秋葉ポーズで指を突きつける。

「なんで、兄さんに抱きついているんです」
「だっていつも、妹、兄さんに甘えていいのは私だけです、とか言ってるじゃ
ない。じゃあ、文句ないでしょ」
「何がです」
「今は私は妹の中なんだから、これって志貴の妹って事でしょ」
「外観はそうかもしれませんが、中身は違うでしょう。だいたい……」

 秋葉asシエル先輩の言葉が止まる。
 うん?
 いつもの腕組み&そっくり返りポーズのまま、黙り込んでいる。

 やれやれ、またいつもの騒動か、と止めに入ろうとした俺も中途半端に手を
あげたまま間抜けに中断。
 秋葉asシエル先輩は、すっかり自分の中に入ってしまった。 
 急に俺やアルクェイドのことなんてどうでもよくなったというように。

「おい、秋葉……?」
「……胸」
「へ?」
「腕に胸が当たる。胸を反ると服で圧迫される
 胸がきつくて、少し苦しいくらい」
「あの、秋葉さん?」

 あ、目が見ていない。
 なんだか自分の世界を作っている。
 満面の笑み。
 本来の先輩の笑みのように見えて、なにかが違う。
 もっとなんだか近寄ったらまずいオーラが見える。

 アルクェイドas秋葉がしがみ付く。
 甘えるとかじゃなくて、すがるように。

「怖いよ、志貴」
「あ、ああ」

 俺も寒気がした。
 
「うふふふふふふふふ」

 ついに笑い出した。
 嬉しそうに。
 少し正気でない笑いを含んだ笑い。
 怖い。
 なんだか、本当に怖い。

 突然、秋葉asシエル先輩は走り出した。
 たーっと階段を上がってしまう。

「秋葉、何処に……、消えちゃった」

 待つことしばし。
 意気揚揚と秋葉asシエル先輩が飛ぶように駆け下りてくる。
 何をやっているんだ、秋葉は?

「うわ、お……、ええと」

 呆然と見つめた。
 秋葉を、と言うよりシエル先輩の姿を。
 目を奪うに足るものだった。

「秋葉さん、私の体で、なんて格好をするんです」

 真っ赤になってシエル先輩asアルクェイドが叫ぶ。
 
 俺達の前に現れた秋葉asシエル先輩は着替えていた。
 およそ、今この場に相応しからざる格好。
 秋葉は、
 いや、シエル先輩の姿の秋葉は、
 何故か体操服姿だった。
 当然、下はブルマーで、上着は中に入れない方式採用。
 着ているのは秋葉の体操服だから、なんというかその……。
 
「こうして見るとシエルの体って太ってるんだ」
「……な、な、な、何を言っているんです、腐れ吸血鬼!!!」

 うわ、これほど激怒しているシエル先輩、初めてじゃないか。
 あくまで、シエル先輩asアルクェイドだけど。

「いや、アルクェイド、秋葉の体操服なんだから、小さくて当然だって」
「そうです」

 そうなのだ。
 むりやり、着ているから腰とか、むっちりとした太股とか、胸とかが……。
 ええと……、ブルマーの神様ありがとう、とでも言うか。
 グッドジョブと秋葉asシエル先輩に親指を立てて賞賛と言うか。
 そんなえらい状態だった。

 胸?
 ちょっと待て。
 これって、いや、間違いない。

「あなたが着たらもっとですね、遠野くん?」
「……」
「何をそう凝視して……、な、な、な、なんでブラジャーしていないんです!!
 秋葉さん、聞いているんですか、秋葉さん!!」

 一回り小さそうな体操着で、豊満なシエル先輩の胸で、その……。
 あえて一言で表現するなら、絶品。

「スポーツブラがどれも小さすぎて入らなかったので」

 清々しいまでの秋葉の笑顔。
 一言一言を噛み締めるように声にしていた。

「ブラジャーがきつくて。もっと大きいのを買わないとダメですね」

 一度言ってみたかったんだろうなあ。
 言いながら、自らの言葉に酔っている。
 よく考えると自分の手で自分をぐさぐさ刺している気もするけど、こんなに
喜んでいる秋葉に水を掛けるなんて酷い真似、人の心を持つ者として、とても
出来ない。

「さてと……」

 おもむろに、秋葉が走り回る。
 うわ、凄い。
 ぶるんぶるんと。

「見てください、兄さん」
「ん、うん」
「胸が揺れます。こんなに、走り難いくらい……」
「止めて下さい、秋葉さん。はしたない。ああ、遠野くんも見ないで下さい」

 先輩asアルクェイドが、秋葉asシエル先輩を追いかける。
 いつもの光景に思えて、なんだか雰囲気が異質。
 秋葉も信じられないスピード。

「秋葉さま、あんなに楽しそうに」
「嬉しそうですね、志貴さま」
「何が嬉しいのか、わからないなあ」

 呆然と残された四人で見送る。
 
「お食事の用意でもしましょうかね」
「そうだね、もうお昼だね」

 琥珀さんas翡翠の言葉に頷く。
 そんなにお腹もすいていないけど、なんだか『日常』にすがりたかった。
 



 なんだか、凄く違和感。
 あるいはほんのり冷や汗を覚える光景。
 翡翠が台所に立っているように見える。

 正体は琥珀さんas翡翠な訳だけど。
 その手馴れた包丁さばきや、調味料をおたまに乗せた僅かな重さで判断して
加えていく熟練の技、漂う美味しそうな匂いなどからすれば、何の心配もない
筈なんだけど……。
 メイド服姿で料理しているのはどうにも心を乱す。

「そう言えば、なんで服を着替えないの?」

 手伝いそうにしながら、じっと姉を見ている翡翠as琥珀さんに尋ねる。
 
「何とはなく馴染んでしまって。
 似合いませんか?」
「いや、外観は琥珀さんと変わらないし。
 そうやってちょっとはにかんでいる翡翠も、いいと思うよ」
「そうだね、二人ともちょっと新鮮」

 アルクェイドも交互に翡翠と琥珀さんを見つつ言う。
 うん、確かに新鮮な感じだ。

「出来ましたよー」
「あ、運ぶ。シエル先輩も秋葉も何処まで行ったんだろう?」
「いいよ、あんなのは」

 強引に翡翠as琥珀さんと琥珀さんas翡翠も椅子に座らせる。
 アルクェイドas秋葉を加えると、一見いつもの遠野家の食卓。

 いただきます。

「あれ」

 琥珀さんas翡翠が、変な顔をしている。
 サラダを口に含んだまま。

「ドレッシングの調合間違えたかな」

 コンソメスープを口に運んで、顔を顰める。

「え、なんで?」

 絶句している。

「あ、すみません、志貴さん、アルクェイドさん、味付けが全然ダメです。な
んでこんなのっぺりした味に……」
「えっ、美味しいよね、志貴?」
「うん、スープなんか深みのある味が絶品だよ。
 サラダも、ポークソテーも、野菜のチーズ煮込みも凄く美味しいよ」

 そう二人で声を掛けるが、琥珀さんas翡翠は聞いているのかいないのか、あ
れこれ口にしては、絶望的な顔になってしまう。
 どうしたんだろう?

「志貴さま」
「なんだ、翡翠?」

 翡翠as琥珀さんも、パンを片手にしげしげと眺めている。
 少しちぎったところを見ると、一口二口食べたらしい。

「これは、パンですよね?」
「……そうだと思うよ。うん、そっちはバターだね。どうしたの?」
「おかしいんです」
「何が?」
「普段のパンの味とは全然違います」

 ふむ?

「少し貰うね」

 端をむしってバターをつけて口に放り込んだ。
 ゆっくりと咀嚼する。
 呑み込んで、こっちをじっと見ていた翡翠に答える。

「うん、朝焼いたばかりのパンに新鮮なバター。 これだけで美味しいんだか
ら凄いよな、琥珀さんは。
 別に普段と違うところはないけど?」
「これがパンなら、いつも食べていたのはなんだったんだろう」

 翡翠as琥珀さんは、あれこれ自分の皿から料理を口に運ぶ。

「美味しい。姉さんの料理はいつも美味しいけど、全然違う」
「いつもと変わりないけどなあ。いや、いつも通り美味しいと思うけど」

 だいたい翡翠の舌は……。
 あ、ああっ!
 もしかして……?
 そうだ、琥珀さんと翡翠の体が入れ替わったんだから。

「あ、もしかしてわたし翡翠ちゃんの……」

 琥珀さんas翡翠も思い当たったみたいだな。
 さらに絶望的な顔になって絶句している。

 そう、つまり今、琥珀さんas翡翠はいつもの翡翠の舌でモノを味わっている。
 同様に翡翠as琥珀さんは琥珀さんの舌で。
 なんともご愁傷様と言いたくなる事態。

 意気消沈した琥珀さんas翡翠と、何やら常ならぬ食欲で夢中で食事を続けて
いる翡翠as琥珀さんが好対照だった。

 
 それから、まだいろいろとどたばたやって、夜を迎え、皆、早々と眠りにつ
いた。
 それでリセットがかかる事を期待して。






 しかし、それは終わりではなく、始まりであった。

 翌日。
 秋葉as琥珀さん、シエル先輩as秋葉、琥珀さんasシエル先輩。アルクェイド
と翡翠は無事、といった組合せ。

 3日目。
 琥珀さんasアルクェイド、アルクェイドas琥珀さん。秋葉、翡翠、シエル先
輩は無事、といった組合せ。

 4日目。
 翡翠asシエル先輩、秋葉asアルクェイド、シエル先輩as翡翠、アルクェイド
as秋葉。琥珀さん無事、といった組合せ。

 5日目。
 ・
 ・
 ・

 といった具合にかれこれ二週間経過。
 日が変わると、誰かしらが入れ替わり。
 法則性は無く、目を覚ましていても、何かの拍子に変わる。

 不思議なのは俺だけ除外されている事だけど。

 この不測の事態に平凡にして暖かな日常は脆くも崩壊し、阿鼻叫喚にして支
離滅裂なる日々が代わりに始まり……、はしなかった。

 みんな順応力高すぎ。

 最初は戸惑ったものの、一週間で皆、慣れてしまった。
 今では明日は誰かしらとわくわくして寝たりしている。
 何やら紳士協定(でいいのか?)が結ばれたらしく、誰の中にあっても自由
に振舞えるが危害は加えないという決まりも出来ているし。

 俺自身も、まあ、こんなのもたまにはいいかな、と慣れてしまっていた。
 いつかは、終わるかなあ。
 もっともそう呑気でいたのは、他人事であったからかもしれない。






「これって……、翡翠? いや、琥珀さんか」

 うう、確かに体が馴染まないというか凄い違和感。
 麻酔で感覚がない状態。
 夢の中で自分が自分でない状態。
 そんな事を言っていたっけ、みんなは。

 そうだな。
 それと、全然違うのだけど、点と線を見ている状態に近いかもしれない。
 世界がその姿を一変させる時の感覚。
 自分の足元が……。

 お、そう言えば眼鏡が無いのに、普通に見える。
 それにしても。
 ふーん、最近は琥珀さん、こういうパジャマ着てるんだ。

 ……ダメだ。
 幾ら自分の体とは言え、そんなよこしまな真似。
 でも、ちょっとくらい……。
 傷つけたりしない限りは、自分の体として扱っていいってルールが出来てい
た筈だし。
 俺はその協定内に入ってなかったけど。

 そう言えば、俺の体はどうなったんだろう。
 琥珀さんか、それとも他の誰かのものに?

 ふと嫌な予感がした。
 走る。
 どうももどかしいな。


「みんな……」

 凍りつく。
 それに全ての神経が向けられる。
 全てが眼になった。

 中身は誰だか知らない。
 単純に琥珀さんと入れ替わっただけかもしれない。

 俺の体を皆が注視してた。
 一糸纏わぬ姿の俺の体を。
 
 それどころか、とんでもないポーズで。

 皆が熱っぽい目で、翡翠までが見つめている。
 俺の裸を。
 俺のそこを。
 俺の手が、とんでもない事を自分の体にしているのを。
 
「やめてくれ」

 そう叫んだ瞬間に。

 俺の体は果てた。
 びくびくと震えながら。

「きゃっ」
「あはー」
「うふふ」
「はぁ……」

 齧り付くように前で見ていた面々に、盛大に撒き散らされている。

「何をやって……」

 あまりに感情が高ぶったからか、くらくらとした。
 懐かしい。
 これは倒れるほどの眩暈のようだ。
 いや、そうじゃなくて。

 ああ、もう……。

 闇夜の黒猫。
 そんなものがブラックアウトする視界に見えた気がした。

 

 幸か不幸か、それで意識が途絶え……。



                         ……つづく



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