戻ってきた。
 うん?
 物凄く長い間を過ごしたみたいだけど、陽も翳っていないし、そう時間は経
っていないのかな。

 ふと横を見ると、琥珀さんが横たわっている。
 かすかな寝息。
 そうか、さっきまではこうやって並んで寝ていた訳か。
 起こしていた上半身を倒すと、驚くほど近くに目をつぶった琥珀さんの顔が
ある。

 こうしていると普段の悪戯好きな琥珀さんの面影はない。
 邪気の無い笑顔。
 可愛いな。
 琥珀さんの薬のせいで変な目にあったのだけど、この無邪気な笑顔にはそん
な文句も消えてしまう。
 まあ、けっこう面白かったし。

 すーすー言う琥珀さんの寝顔を眺める。
 ここで「志貴さん……」とか呟いてくれると、出来すぎなんだけどそういう
お約束は無しだった。

 おっと、もう一人忘れていた。
 きょろきょろと辺りを見ると、灯台もと暗し、脚のほうで丸まっている。
 また猫の姿。
 さっき人間に戻ったのは、夢だったんだろうか。
 目覚めて、琥珀さんと話す夢。
 
「レン?」

 答えが無い。
 レンは深く眠っている。
 
 撫ぜてやろうかなともう一回上半身を起こしかけて気がついた。
 異変に。
 眠っていた間に起こっていた異変に。

 ぬちゃあ、とした粘質のべたべた感。
 これって。
 かちゃかちゃとズボンの前を開けて、パンツの中を覗き込む。
 まあ、その過程でわかってはいたのだけど目でも確認。

 あーあ。
 一回や二回じゃないのかな、この量は。
 パンツはぐちょぐちょで、何とも言いがたい青臭い匂いがこもっていた。
 夢精……。

 あれだけリアルな淫夢見てたらそれは、体も反応するだろう。
 琥珀さんもレンも眠っててくれてよかったよ。
 確認すると途端にその夢精の痕が耐えがたくなり、ばたばたとズボンを脚か
ら引き抜き、パンツを脱ぐ。

 ねちょり。

 うう……。
 こっそり洗っておかないと。
 しかしこんな下半身丸出しの格好、本当に見られなくてよかった。
 
 タオルか何かないかな。
 でもこれだと立つに立てないな。
 動くとこぼれ落ちそう。
 
「にゃー」

 うん?
 レンと目があった。
 目を覚ましたか。
 
 何か非難するような目。
 
「もしかして今、脚が当たって蹴飛ばしたりしたかな?」

 ふるふる。

 違うのか。じゃあ、なんだろう。
 とりあえず、中断した作業を続けようとして、
 えっ?
 レンは寄って来て脚をちろりと舐めた。
 子猫がミルクを舐めるように。
 濃厚な精液を。

「あ、もしかしてレンがいるのに、精を始末しようとしたのを怒っているの
か?」
「にゃー」

 同意らしい。
 顔をもたげている。
 
「そうか、じゃあ綺麗にしてくれるかい、レン?」

 レンは返事の代わりにちろちろと舌を動かした。
 こそばゆい。

「ずるいですね、レンちゃんにばかり」

 背後から声がして、びくんと体が跳ねた。
 驚いた。
 振り向くと、琥珀さんがにこりと笑っている。
 まったく、この人は……。
 しかしいつの間に起きたんだろう?

 聞く前に、俺の顔を見て琥珀さんは説明を始めた。
 レンは相変わらず、舌を動かしている。

「完全には目覚めていませんでしたけど、うつらうつらと半分起きかけていた
んです。そうしていたら、志貴さんがわたしの事じっと見つめていているのに
気づいたんでけど、起きるに起きれなくて。
 そうしたら、志貴さんがおもむろにズボンを下ろし始めたので、まだ薬の効
果で意識の無い私の体を、欲望のままに悪戯しようとしているのかと……」
「待って、待ってよ」

 話の風向きに慌てて口を挟む。
 いや、でも琥珀さん視点からすると、そうなのか。

「……早合点して、ドキドキしながら期待して、そのまま寝たふりして待って
いたんですけど」
「へ?」

 あれ。
 期待って、その、ええっ?
 軽く混乱した俺に構わず、すまし顔で琥珀さんは続ける。
 
「それが、レンちゃんにペロペロさせてあげる為だったなんて」
「ちょっと」
「使い魔とは言え、猫の姿のレンちゃんに負けたのは悲しいですね。人間とし
て。いえ、志貴さんが猫フェチだったなんて。およよ……」

 わざとらしい泣き真似。
 ん?
 レンが使い魔って……、そうか、あそこは少なくとも琥珀さんと意識を共有
していたんだな。現実か夢かは別にして。

 ちら、とこちらを見つつ泣き真似を止めない琥珀さんに、少し疲れを感じつ
つ、声をかける。

「あのー、琥珀さん」
「と言う事で、わたしも猫になりましょう」
「琥珀さん、えええッッッ!?」

 何処に隠し持っていたのだろう。
 カチューシャのような飾りを装着。
 琥珀さんの頭に猫耳出現。
 おおおおお。

「琥珀さん」
「にゃー」

 四つ足で猫ポーズ。
 はふう。
 可愛い。
 どうにかなってしまいそうなほど可愛い。
 まさに猫というしかない小悪魔めいた表情。
 この上目遣いの様子がまた、激しく心の中の琴線に触れる。
 
「にゃん?」

 手、いや前足の先でひょいと偽耳を突付いて首を傾げる。
 どうですか、という表情。

「ええと、凄く可愛いけど」
「んにゃああ」

 満面の笑み。
 そしてさすがに飛び乗りはしないが、がばっと圧し掛かられた。
 レンと並んで、剥き出しの俺の下半身に顔を寄せる。

 琥珀さんの舌が
 レンの舌が。
 這い回る。
 とてつもない快楽を与える動きでなく、あくまで汚れを舐め取る動作。
 だけど、それはあまりに気持ち良くて。
 ぴくぴくとペニスは動いている。

 それをレンと琥珀さんは光る目で見つめている。
 直接は舌も唇も触れないけれど。
 何かを期待している目で。
 とりあえず、先に夢の名残を始末している。

 その後は……、どうなるのかな?


 なんだか幸せな気分になった。

 まあ、いいかこんな午後も。
 
 いいのかな?

 いいのだろう。

 猫レンと猫琥珀さんを見てると、他の事なんかどうでも良くなる。
 



 まあ、全て世は事もなし。

 
 《おしまい》






          あとがきへ行きますか? 


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