逃げ道は無いな。
 自分の部屋だからなあ。
 何とかしないと。
 しかし、なんだって朱鷺恵さんと一子さんが、こんな・・・・・・。
 ああ、もう、考えている暇はない。

 仕方ない、この場を収めるためだ。
 ちょっと強引だけど、ごめんね、朱鷺恵さん。
 そう頭の中で詫びつつ、朱鷺恵さんの肩をさっと押さえる。
 顔を近づけた。
 少し驚き顔になる朱鷺恵さん。
 でも、拒みはしない。
 顔が、唇が近づくのを素直に受け入れてくれようとしている。

 唇が触れる瞬間。
 僅かに息が当たる。
 唇を奪った。
 
 憶えている。
 この感触、この香り。 
 柔らかい感触、触れ合った処から溶けそうな唇。
 憶えている。
 頭が忘れていたとしても、この唇が忘れてはいない。
 朱鷺恵さんの唇。
 昔、あれほど俺を狂わせた唇。
 忘れられるわけがない。

 朱鷺恵さんの顔が驚きから、少し面白がるような謎めいた微笑に代わり、そ
れも消える。
 悩ましい顔になっていた。
 俺を求める顔。
 受身でありながら、俺を促す表情。
 
 芳しい息。
 朱鷺恵さんなら、この後……。
 ああ、これだ。
 ぬめるような舌の来襲。
 優しくも妖しい舌が俺の口腔に潜る。
 たっぷりと甘い唾液に濡れて。
 誘うように朱鷺恵さんの舌が俺の舌に擦りあわされる。

 それだけで頭が真っ白になる。
 ぎゅっと朱鷺恵さんの体を抱き締めた。
 朱鷺恵さんの体。
 朱鷺恵さんの柔らかい体。
 朱鷺恵さんのいい匂いのする体。
 でもその触れた処が蕩けそうな感触も、この唇の感触には敵わない。
 むしろその唇の感触に呑み込まれないように、朱鷺恵さんの体に縋りつく。

 こんな、こんなにおかしくなるような快感が、接触している僅かな部分から
押し寄せてくるなんて信じられない。
 でも、酔ってしまう。 
 とろとろと朱鷺恵さんの口から流れてくるうっとりするような蜂蜜酒。
 啜り込んだ。
 あの時のように。
 舌をしゃぶり、もっともっととせがむ。
 朱鷺恵さんは微笑んで俺の言う事をきいてくれる。

 じゅる、ちゅぅぅぅ、れろ、じゅちゅ、ちゅうう、ちゃぷ……。

 朱鷺恵さんの唾液を啜る音、唇と舌とが奏でる音が、体の内部からも響く。
 その淫靡な音にも、酔わされる。
 ずっと酔っていたい。
 舌を吸い、とろとろと分泌される唾液を啜り。
 それでも、ふっと何を合図にしたのか、俺たちは唇を離した。
 名残惜しげな唾液の糸でつながりながら。

 最後の瞬間、嬉しそうな顔をした朱鷺恵さんが、僅かに悪戯っぽく笑った。
 次はどうするの?
 そんな風に目で語りながら。
 見せてね。
 そんな無言の言葉に軽く頷く。

 くるっと体を反転させる。
 びっくりした顔の一子さん。
 説明も何もなく、いきなり顔を近づけた。
 理詰めで語る事もないし、そんなので一子さんに太刀打ちできない。
 兵は拙速を尊ぶ。

「イチゴさん」
「ちょっと、待て……、んん……」

 構わず一子さんの唇に、朱鷺恵さんとのキスの熱さを残した唇を押し付ける。
 ああ、一子さんの唇。
 朱鷺恵さんとは違った気持ちよさ。
 
 くちゅ、くちゅ、ちゅぅぅぅぅ、くちゅっ、くちゅくちゅ……。

 いきなり舌を差し入れて、滅茶苦茶に、舌を追い掛け回し、舐めまわす。
 一子さんの中も、いい。
 もっと煙草の香りが残っているのかなと思ったら、それほどではない。
 微かに紫煙の残り香も鼻を擽るが、それよりも一子さんの甘い体の匂いが至
近距離のため強くなり、口の中の甘い息が口から鼻へ流れる。

 ゆっくりと舌を唇を離す。

「もっと……」

 一子さんから唇を寄せてくれた。
 腕が首に巻きつき、ぎゅっと体が密着する。
 ああ……、一子さんめちゃくちゃ色っぽい。
 
 自分からせがみながらも、唇を近づけると恥ずかしそうにしてしまう。
 もう少しで触れるという処で、あえて止めた。
 一子さんが、「なんで?」と疑問符を浮かべる。
 軽く、唇を突き出してみせる。

 一子さんとも初めてではない。
 酔っ払って何度かお遊びのキスを奪われた事もある。
 ちょっと唇に触れるだけのキス。
 何度もちゅっと唇を離しては吸うキス。
 長く合わせて、舌も使うキス。

 それに昔の、何度かしてくれたキス。
 泣きそうになって、何もかも嫌になっていた俺を慰める為に抱き締めて、そ
っと唇で涙を受け止め、それから頬を掴んで唇を合わせてくれた。
 優しく、無言で。
 私の初めてだったんだけど、そう言って優しく責める目をしてくれたっけ。
 その後も、有間の家に馴染めなくて、ぽんこつな自分の体に絶望して、そん
な時に慰めるようにしてくれたキス、優しい唇の柔らかい感触。

 変わらない。
 あれから何年も経つけど、一子さんの唇で起こる慰めが甦る。
 ただ、されるがままだったあの頃と逆に、俺が一子さんをリードしている。
 不思議だ。
 一子さんも、まるで初めてだと言うように、おずおずと従っている。

 さあ、どうするの、と一子さんに問い掛ける。
 一子さんは、もっと恥らいつつ、最後の距離を自分からの動きで埋めた。
 僅かに震える唇。
 触れ合ったまま、しばらく軽い感触を味わい、そしてゆっくりと舌を入れた。

 おずおずと動く一子さんの舌。
 絡め取るように舌を巻きつけ、その柔らかい濡れた感触を味わった。
 ちょっと慣れずに幾分苦しげな一子さんの息を吸い、舌のぬるぬるとした粘
膜を擦りつけながら唾液を啜る。
 ちろちろと舌を動かし、一子さんの声を飲み込む。
 ぎゅっと一子さんが、俺の背に回した手に力を入れた。
 一子さんの胸が、俺の胸板でつぶれて形を変える感触。
 体温の交わりを感じつつ、舌を動かす。

 ちゅうう、れろぉ、ちゅッ、ちぅぅ、んんふッ、ちぅぅぅ……。

 言葉もなく喘いでいる一子さんからゆっくり離れる。
 ずっと唇を合わせていたいけど、物言いたげにしているもう一人の魅力的な
年上の女性が待っていたから。

「志貴くん、私にはあんなに熱心にしてくれないのに……」
「そんな事は無いと思いますけど、まあ、そう言うなら穴埋めしますよ」

 どちらがでなく、二人で唇を寄せ合った。
 こんな平然と朱鷺恵さんと唇が合わせられるなんて。
 もちろん、心臓はドキドキしているし、頭もくらくらとしているが、それで
も自分の意志でこうして、あの朱鷺恵さんにキスできている。

 唇の動きに朱鷺恵さんが応え、舌のノックに嬉しそうに隙間を開けてくれる。
 舌で口内を探る動きにうっとりとした顔をしてくれる。
 歯茎や小さな歯を舌先で舐めると小さく悲鳴をあげる。
 舌を引っ込めようとすると、もっともっとと目でせがむ。
 こちらが朱鷺恵さんをリードしている、少なくとも対等にキスしているとい
う事実は、キスの悦びを何倍にも大きくしていた。

 誘い込んだ舌を唇で挟んで、強く吸ってあげると目に見えて体が柔らかくな
った。
 一度口を離すと、息を荒げていた。
 口をもごもごさせて唾液を流すと、朱鷺恵さんは躊躇い無く啜りこんだ。
 舌を伸ばしたままでゆっくりと朱鷺恵さんの唇から離れる。
 朱鷺恵さんは抗わず離れさせてくれたが、それでも俺の離れるのを惜しむよ
うに、舌を唇で挟んできゅっと吸う。
 何ともいえない吸入と唇の摩擦。
 そのささやかな抵抗に抗う快感。

 ちゅぷっという音で、舌が朱鷺恵さんから離れた。
 
「ああ、志貴くん」
「ごめんね、今度は……」
「あたしの番だよね」

 朱鷺恵さんの唇の感触が残る舌を、一子さんがちろりと舐めた。
 ぴちゃぴちゃと舌だけを動かして互いに相手の先端を追い、絡めあう。
 
「うん……」
「有間……」

 どちらもなく舌戯を続けたまま、唇を寄せ合った。
 互いの口で舌を動かし、唇も左右に動かして擦り合わせる。
 さっきの一子さんも良かったけど、このきらきらとした目で嬉しげに俺の舌
を求めて動く一子さんもいい。
 
「ね、呑ませて」
「はい、一子さん」

 一子さんが少し顔を上げた。
 綺麗な喉の線が見える。
 上から唇をあわせて、迷う事無くとろとろと唾液を流した。
 一子さんは舌でにちゃにちゃと受け止めながら、啜りこんだ。
 呑んでいる。
 一子さんが俺の唾液を嬉しそうに呑んでいる。

 喉に触れると、嚥下の動きが感じられた。
 飽かず分泌させては唾液を落とした。

「美味しかった」
「一子さんのも、呑みたい……」
「いいよ、あげる」

 立場が変わる。
 一子さんが今度は俺の舌に甘い唾液を注ぐ。
 美味しい。
 舌が触れて、ねっとりとした唾液が絡んで、それだけで何もかもどうでも
良くなる。
 息苦しくなったのか、一子さんが俺の頭を撫ぜて唇を離した。
 すっかり俺も息が荒くなっていた。


「わー、わー、一子さん。凄いですぅ」

 驚いた。
 俺と一子さんと朱鷺恵さんしかいなかった部屋に、別の何者かの声。
 はっと横を見ると、小柄な女の子が突っ立っていた。
 こちらを見て、顔を紅潮させている。

 突然、どこから現れたんだろう。
 あの、どう見ても人間じゃないよな。
 あれ、見覚えあるような?
 どこでだっけ。
 一子さんを知っているという事は……?

「一子さん、知ってるの?」
「……ああ、前に有彦が。ななこだったっけ?」
「そうです。お久しぶりです、一子さん。ええと、志貴さんとは、ご挨拶はま
だでしたよね」
「なんで、俺の名前知ってるの?」
「もちろんです。あ、わたしは本当は第七聖典という名前がありますが、なな
こという名前も気に入ってますので、どちらでも……」
「だいななせいてん? じゃあ、マスターってもしかして先輩?」
「そうですよ。ああ、忘れてました。早く行かないとまた、ニンジン抜きの陰
険な罰を打ててしまいます。それでは……」
「待った。あのさ、何をしようとしているの?」
「だから、志貴さん達がいつの間にか消えているので、ちょっと探して来いっ
て。こんな雑用ばかり、酷いですよね。まあ、すぐに連れてきて……」

 まずい。
 こんな処、シエル先輩に見られるのはやばい。
 いや、シエル先輩だけでなくて、この館でシエル先輩に見つかると言う事は、
秋葉達にも……。

 気づいた時には体が動いていた。


「え、え、え、んんんんッッッ」

 うん、なんだか幽霊みたいなものかと思ったら、ちゃんとリアルな肉体があ
るんだ。
 ちゃんと唇も、そこから覗く舌も女の子だ。
 人間に見える部分の感触は、きちんと人のそれだ。
 それも極上の。
 触れた頬のなめらかさ。
 ちょっと蹄とかが、否応無しに人間で無いんだと気づかせてくれるが、まあ、
人外の存在には慣れているか。
 よく見るとちょっと苛めて光線を出してるところがアキラちゃんみたいで可
愛いし。
 
「んんん……」

 びっくりして大きく見開いていた目が少し細められた。
 うん、少しきゅっと唇が押された。

 ちぅぅぅ、ちゅっ、ちゅうう……。

「はあ、わたし男の人とこんなキスしたの初めてです……」
「嫌だった?」

 ぷるぷると首を振って否定する。

「出来れば、その……」
「もっと。いいよ。 うん?」

 後ろから服を引っ張られた。

「志貴くん、私たちの事は放りっぱなしなのかな?」
「順番からすれば、その次じゃないかな、有間」
「そうですね。じゃあ、その後でいいかな?」
「は、はい」

 ななこはとりあえずマスターへの報告など頭から消し去ってくれた。
 さて、今度は朱鷺恵さん。

「舌を出して、志貴くん」
「はい?」

 朱鷺恵さんに顔を近づけようとしたら、人差し指を口元に当てて止められた。
 そして笑みを浮かべての言葉
 疑問に思いつつも、言われたとおりにする。

 朱鷺恵さんが、左側から顔を寄せてきた。
 舌の側面を小さな舌で舐めて、唇を押し付ける。
 なんだか新鮮な感触。
 でも、なんで片側から……。
 ん、あっ。

 反対の右側から一子さんが同じように寄り添って、舐めた。
 朱鷺恵さんの舌に接触しながら、一子さんの舌が踊り、
 そして唇が舌に触れた。

「んん……、はぁぁ……」

 思わず息が止まった。
 二人は構わず、俺の舌に戯れ、唇を舌と唇の端に押し付けて軽く擦る。
 似て非なる感触。
 似て非なる動き。
 その信じられない刺激、興奮。

 目配せして、二人が同時に離れる。

「こういうのは嫌かな?」
「あたしは贅沢だと思うけど、有間が気に入らないなら……」
「して下さい。もっと、お願いします」

 否定される事など少しも考えていない顔で、じらすように言う朱鷺恵さんと
一子さん。
 もちろん、こちらが嫌なわけがない。
 反射的に懇願した。
 その顔が必死だったのか、情けなかったのか。
 くすくすと笑いながら、朱鷺恵さんと一子さんがまた二人揃って唇を寄せた。
 
 今度は、舌でなくて直接唇に。
 朱鷺恵さんに唇を奪われながら、一子さんの柔らかい唇にも触れている。
 一子さんの吐息に擽られながら、朱鷺恵さんの唇の感触にも酔っている。 
 なんていう快感。
 なんていう満足感。
 単純に二倍でなくて、何十倍にもなっている。

 一子さんも朱鷺恵さんも互いに頬を合わせるようにして、唇が触れ合ってい
るが嫌がっていない。
 二人とも仲良く俺にキスしてくれている。
 それもなんだか嬉しかった。

 二人同時の唇の感触。
 存分に味わったが、それで終わりではなかった。
 今度は、舌が踊った。
 一子さんのとろけるような舌が口に差し込まれる。
 朱鷺恵さんの柔らかい舌が唇を割って入ってくる。

 こちらも黙って受身ではいなかった。
 二人の舌を、
 舐める。
 ねぶる。
 しゃぶる。 
 三人の舌が複雑に蠢き、震え、絡みあった。
 自分の舌なのに、どこにあって誰と何をしているのかわからない。
 朱鷺恵さんの吐息なのか、一子さんの甘い唾液なのか。
 喘ぎ悲鳴をあげ笑い荒く息を吐き、これは誰だろう。
 
 融けた。
 舌と唇が一つになり、唾液と息が合わさり混ざり合う。
 ただ、ひたすら啜り貪った。
 
 ちぅぅぅ、ちうっ、ちゅぶ、ぢゅぅぅぅ、れろっ、ちゅうう、ぴちゃ……。

 途切れる事無く水音が部屋に響き渡った。
 どれだけそうしていただろう。
 これ以上続けたら気が狂ってしまう。
 そう思いつつも、舌を動かしつづけていたら、唐突に二人は離れた。
 ぐったりとして、でもとろんとした目で口元が笑みを浮かべている。

「大丈夫ですか、志貴さん?」
「ん? ななこちゃんか。今度はきみだったね」
「え、でも……」
「ああ、嫌なら無理にとは……」

 慌てて、それでもためらいつつななこが唇を近づける。
 新鮮な感触。
 今の脳髄まで蕩けさすキスではなく、初々しい唇を合わせるだけのキス。
 それでも、この少女はぽーっとなっていく。
 それが面白くて唇を擦り合わせ、上唇を唇で噛んでみたりする。
 ははは、真っ赤になってしまう。

 うん……、
 可愛いな。
 こういうキスもいい。
 
 今度は、朱鷺恵さん?
 それとも既に復活した一子さんかな。

 いいよ、いくらでも。
 続けよう、いくらでも。
 いくらしてもし足りない。
 終われない。
 ずっとこうしていたい。

 誰かの足音。
 秋葉か、翡翠、それとも?

 誰でも構わない。
 此処に加わってもらおう。
 ずっと、みんなでこうやって幸せになろう。


 唇と唾液と舌と吐息とで織り成す世界。
 気持ちいい世界。
 ここにいる。
 俺は、ここにいるよ。

 この閉じた幸せな世界に。


                            ……END



               最初から始めますか?
 

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