「ごめんね、琥珀さん」
「え、何がですか?」
「やっぱり、誕生会の支度を自分でするって変よね」

 秋葉もちょっと申し訳無さそうな顔。
 琥珀さんは、俺と秋葉の顔を見て、ちょっと驚いた顔をした。
 そしてすぐに笑顔になって、いえいえと手を振った。

「翡翠ちゃんとわたしの為にそんな事してくれるなんて、それだけでも凄く嬉
しいです、本当に……」
「秋葉と二人で話してさ、何処か外に食べに行こうかな、とも思ったんだけど、
そういう祝い事が初めてなら、この家で開きたいなって思って」
「ええ。それで兄さんと誕生会の準備について相談したのだけど」

 秋葉が軽く溜息をつく。
 そうだ、堂々巡りで答えが出てこないんだ。

「でも、そうなると琥珀の手助けが必要で。なんだか本末転倒みたい……」
「いえ。気になさらないで下さい。多分、お二人でこっそりとなさろうとして
も、わたしは気づいちゃったでしょうから、最初からご相談して貰ってよかっ
たと思います」

 琥珀さんはいつもの表情と変わらない。
 でも、どこか嬉しそうなのが素直に伝わってきた。
 秋葉と二人でちらと視線を交わす。
 ほっとした顔。秋葉同様俺もそんな顔していると思う。

「うん。どうしても台所関係は琥珀さんの眼を逃れる事は出来ないものね」
「じゃあ、もう一回確認ね」
「よし。ケーキと会場の準備は俺たちでする。料理も持ち込み可能なものは、
俺たちがやるから」
「はい。残りと飲み物はわたしが。いいんですよ、翡翠ちゃんのお祝いはわた
しもむしろしたいんですから」
「、まあそんな大掛かりなパーティじゃないし、いいんじゃないかしら」

 大まかな段取りを決めて解散。



 明日は琥珀さんと翡翠の誕生日だ。
 誕生会を開こうと提案したら、子供っぽいと一蹴する事無く秋葉は喜んで賛
成してくれた。
 いろいろ二人で相談した結果、翡翠はともかく琥珀さんを完全に騙し通して
秘密裏にパーティの準備をするのは、不可能と判断した。
 さすがに二人を相手にするのは無理という秋葉の意見には、俺も強く頷かざ
るをえなかった。

 それで、今回はあくまで二人がメインではあるけど、片方に対してのびっく
りパーティという形にする事にした。
 他に、ほっといても乱入しそうなアルクェイドやシエル先輩にも協力を仰ぎ、
順調に準備は進んだ。
 アルクェイドはこの手の珍しいイベントは好きだし、シエル先輩も面白いで
すねと言ってくれた。
 翡翠と琥珀さんの為にといったら諸手をあげて賛成して協力すると言ってく
れたのは、なんだか嬉しかった。

 いろいろとやる事はあって、一日はあっと言う間に過ぎた。


 そして当日。
 夕刻を迎えた。

 作戦開始。

 食堂の部屋の電気は消してしまった。
 窓明かりのみで、暗く様子はよくわからない。

 こちらを呼ぶ声がした。
 返事はない。
 何しろ返事する相手は消えている。

「……?」

 戸惑っている。
 俺や秋葉を呼ぶ声が次第に変化していた。

 お、やって来る。
 カーテンの陰で声を殺して、今日の主役を待ち受ける。

「あ……」

 びっくりしている。
 食卓も何もすっかり消え去っている。
 電気をつけようとしている処に近づいた。 
 そっと音を立てずに、そして手を掴んだ。

「きゃあっ」

 悲鳴をあげかけた口をそっと手で塞ぎ顔を見せた。
 もごもごと俺の名を呼ぶ。

「ごめんね、驚かせて。ちょっと付き合ってくれるかな」

 手を取ってエスコートするように、外へと誘う。
 言いたいことはあるだろうが、まだ混乱しているのか言葉なく俺の歩みにし
たがって歩く。
 数人掛かりでないと動かす事もままならない大きな食卓や椅子が並べられて
いる。
 これは先輩とアルクェイドが苦もなく運んでくれた。
 琥珀さんが作った料理と並んで、俺と秋葉と先輩とで作った多少は見劣りす
る大皿も並べられている。

 俺に手を引かれたまま、びっくりして声もない。
 ぱっと外に設置された照明に明かりが点る。
 
「主役を連れて来たよ」
「ご苦労様、兄さん。では、いいですか……」

 がさごそと音がする。

「お誕生日おめでとう」
 
 何人もの声がはもった。
 ポンポーンとクラッカーの音も伴奏する。

「え、なんで」

 びっくりしている。
 驚いて、ぽかんと口を開けて硬直している。
 よし、計画通り。
 成功。

 俺も、正面を向いて言葉を掛けた。

「誕生日おめでとう、琥珀さん」

 琥珀さんは、呆然として、俺たちを、誕生会の様を見つめている。

「なんで、なんで……」
「まあ、説明は後で」

 ケーキが到着した。
 大きな、色とりどりの果物で飾られたケーキをお盆に載せて翡翠が現れた。

「とりあえずは、これから……」

 秋葉が手早くロウソクに火をつける。

「姉さん、さあ……」

 翡翠が琥珀さんの手を取る。
 
「翡翠ちゃん」
「一緒に消しましょう。1、2、のはい」

 頬を寄せてふうーっと翡翠と琥珀さんが火を吹き消した。
 周りからいっせいに拍手が起こる。

「秋葉さま、これって……」

 わけがわからないと言う顔の琥珀に、秋葉が満足げに微笑む。
 そして暖かい口調で説明を始めた。

「兄さんと相談したの。二人の誕生会をこっそり準備してあげたいって。でも、
どう考えても二人同時は無理だと思ったから……、ね、兄さん」
「それなら琥珀さんを驚かせてあげようって決めたんだ」

 呆然として琥珀さんが俺と秋葉を交互に見ている。

「でも、わたしには翡翠ちゃんに黙ってって……」
「完全に隠し通すのは無理だから、パーティをやるのはこちらから話をして、
最後だけ騙されて貰ったの」
「翡翠も、姉さんにはいつもびっくりされていますからって、仕掛ける側を喜
んでいたよ」
「はい。ちょっと心が咎めましたけど、意味ありげに姉さんがわたしを見て笑
みを浮かべているのに気づかない振りをするのが、少し楽しかったです……」
「うう……」

 実の妹に悪戯っぽい笑みを浮かべられて、呆然としている琥珀さん。
 珍しい光景。
 いやもう二度と見られないかも。

「とりあえず、ケーキを切り分けるね」
「ふふ、琥珀さん相手だから、腕のふるい甲斐がありましたよ。それに、翡翠
さんにもデコレーションとか手伝って貰ったんですよ。琥珀さんに食べさせて
あげたいっておっしゃって」

「琥珀……、どうしたの?」
「あの、どんな顔をしていいいのか……」

 ぽろぽろと涙を流す琥珀さん。
 翡翠が声を掛けてハンカチで目尻を拭う。

 少しして顔を上げた琥珀さんは、笑みを浮かべようとしている。
 でもぎこちなくて、笑ったことの無い人が無理に笑っているようにも見えた。
 なんだか、切なくなるような笑み。

 少し湿っぽくなった雰囲気を察したのか、シエル先輩がグラスを回す。
 アルクェイドがシャンパンを注ぐ。

「まずは、乾杯にしましょう。秋葉さん」
「そうですね」

 秋葉はこほんと咳払いしてすっと背筋を伸ばした。

「じゃあ、改めて……、
 お誕生日おめでとう、琥珀、翡翠」
「おめでとう」

 秋葉の声に、俺たちは唱和した。

 皆で二人を祝福する。
 杯を空けて、拍手し、声を掛ける。
 ケーキを切り分け、グラスを回して、賑やかに祝宴は始まった。

 ふう、いろいろ準備した甲斐があったな。
 そう思って一心地ついていると、何やら服の裾を引っ張る感触。
 うん?

 なんだレンじゃないか。
 じーっとお皿を眺めている。
 
「なんだ、ケーキ欲しいのか?」

 こくこく。

「ほら、クリームのいっぱいついている処だよ」

 嬉しそうに受け取って、小さな手にフォークを握るレン。
 むぐむぐと食べている。
 本当に美味しそうに、幸せそうに。

「志貴さん」
「琥珀さん、どうしたの」
「ありがとうございました。わたしに、こんな……。
 志貴さんだけでなくて、秋葉さまも翡翠ちゃんも、みんな……」

 感極まってしまう。
 
「みんな琥珀さんのこと好きだからだよ。
 喜んでもらえたら、俺たちも嬉しいんだから」
「はい……、あ、レンちゃんももっとケーキ食べてね、はい」

 もくもくとレンはクリームを舐めている。

「あらあら、口の周りにつけちゃって。……?」
「どうしたの」
「レンちゃんて猫でしたよね。なんでわたし……」
「え、だってさっき琥珀さんに……?」

 あれ。
 さっきって、夢から醒めたのか、夢の中で目覚めた夢を見ていたのか。
 いずれにせよ。

「それでも、幸せな夢でした」
「ああ、そうだね」


 夢だと気づいてしまった。
 俺も。
 琥珀さんも。

 レンはちょっと申し訳なさそうに、こちらを向いて。

 そして―――――


                         ……つづく



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