一度全ては手中にありました。
 秋葉さまは人では無くなり、四季さまは殺されて。

 遠野の家は崩壊へ転じました。
 あれほど私が望んだように。

 秋葉さまはまだ生きていました。
 でも、わたしが真に望むのならば、この全てを終わりにする事は出来ました。

 なのに。
 わたしはそうしませんでした。
 倒れて意識を失った秋葉さまを見ても、胸に秘めた懐剣を取り出す事はなか
ったのです。
 
 目覚めた秋葉さまは、理性を取り戻しておられました。
 でも弱々しく、状況を理解できず、わたしが僅かに決断力を持てば容易く亡
き者とする事は可能でした。

 なのに。
 わたしは……。

 秋葉さまを殺める事への抵抗感。
 遠野家への恩義。
 人形であるわたしの僅かな良心。
 そんなものもきっと作用していたでしょう。
 
 でも、わたしを止めた一番の要因は、
 志貴さん。
 志貴さんでした。

 唯一のわたしの弱み。
 唯一の不確定要素。

 家族を失い、気まぐれに与えられた居場所も取り上げられ、過去をすら改竄
され消し去られてしまった少年。
 
 しょせんわたしは悪人たる意志にも力にも欠けていたのでしょう。
 秋葉さまをためらいなく無く殺せばよかった。
 志貴さんの想いなんて踏みにじればよかった。

 でも出来ませんでした。

 志貴さんが、ご自分の命と引き換えに救われた秋葉さまを、わたしは……。

 また、志貴さんは他人の為に犠牲になってしまわれた。
 
 
 そして今。
 秋葉さまと、志貴さんの姿を見ています。
 子供の頃から想い続けた志貴さんの胸に飛び込んだ秋葉さまを。
 秋葉さまの想いに応え、秋葉さまをお選びになった志貴さんを。

 不思議な喪失感。
 わたしは最初から何一つ持っていなかったのに。 

 ただ、わたしも欲しがればよかったのかもしれない。
 願えばよかったのかもしれない。

 言っても仕方ないこと。
 でも、少しだけ胸の中に平穏な気持ちがある。

 ならば、これでよかったのかもしれない。
 こうして、おとなしく人形のままでいるのも。
 もしかしたら悪くないのかもしれない。

 


 

 琥珀さん?
 何だ、これ。
 暗い闇の中で、揺さぶられていた。
 声でもなく、心に直接響く想い。
 
 琥珀さんは、こんな事を想っていたのか。
 あの、笑顔の下で。
 秋葉と俺と共にいて。

 でも、俺は秋葉を選んで、それはきっと何十回、何百回同じ事を繰り返して
も変わらずに……。

 なんだか強い否定の感情。
 違うと言っている。

 琥珀さんの想いに応えている、そんな選択もあるのだろうか?
 そうかもしれない。
 秋葉を選ばなかった世界、秋葉を助けられなかった世界、もしかしたら秋葉
に殺されてしまう世界なんてのも、あるのかもしれない。
 
 もしかしたら……。
 埒の無い事を考えているうちに、意識が暗闇に沈んでいった。


                         ……つづく
 


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