眼を覚ますと、犬になっていた。

 うん?
 何を馬鹿な。
 犬だったろう、昨日も今日も。

 誇りある犬でなかったとしたら、何だったと言うんだ?
 人間?
 そんな事はない。
 昨日もこうして見回りを済ませて、餌を食べて、暖かい日差しを受けてひな
たぼっこをしていたのを憶えている。
 いや、その前も。
 さらに前も。

 なんで自分が人間だなんて思ったのだろう?
 夢でも見たのか。
 そうだ。
 いや、それにしては随分と現実感のある夢だった。
 小さい頃に死にそうになった事も。
 魔眼とかいうものを持って苦しんだ事も。
 殺伐として日々を過ごした事も。
 きっと全て夢だったんだ。
 人間でいた事こそ夢だったんだ。
 そうだな、今までの遠野志貴は、犬たる身のまどろみの夢だったのか……。
 ・
 ・
 ・

 まて、納得しそうになった。
 違う、あれが夢であってたまるか。

 犬じゃない。
 遠野志貴は間違いなく人間だ。

 ……よし、落ち着いた。
 
 でも何で犬に。
 幸い、身を拘束する鎖はないから、転げまわりながら自分の体を確認する。
 黒い、大きな、犬。
 そうしていても、はぅはぅと独りでに息が洩れる。
 あれだな、琥珀さんの飼い犬。
 狼王の名を模したクールトー。

 なんで、俺がクールトーに?
 いや待て。
 犬なんて飼ってたっけ?
 クルートー、クルートー?
 確か、ネロ・カオスの賞品で、琥珀さんが獲得して、そうだよな。
 ……。

 待て、おかしい。
 なんでネロ・カオスなんて名前が。
 屋敷全体を使っての追いかけっこ?
 なんだ、記憶が……。
 曖昧で。
 なんだ、急に頭の中をかき混ぜられるみたいな、これは……。
 ……。

 ぼやける。
 霞みがかって。
 そして何かが消える。


 まあ、いいか。
 そもそも俺が犬になっている時点でおかしいんだ。
 なあ、レン?

「にゃあ」

 あ、レン、いつの間に。
 探していたんだ……、何の為に?
 ダメだ、どこかおかしい。
 何か考えようとすると、頭が働かなくなる。

 うん?
 しきりにレンが体を摺り寄せる。
 どこか酔ったような目。
 ごろごろと喉を鳴らして?
 これって?
 もしかして……、発情している?
 
 あれ、何だ。
 動かない。
 いや、動いている。

 自分の意志で動かない。
 レンが後ろを向いている。
 まさか……。

 息が荒くなっている。
 貪りたい。
 一つになりたい。
 この雌を……。

 強い衝動。
 狂うような渇望。
 このうえなく美味しい獲物が目の前に。

 さあ。


 待て。
 さあ、じゃなくて。
 相手が牝犬とかならいいけど。
 いや、よくない、それもなんだか……。
 ともかく、小さな猫だぞ。

 いや、牝犬とか猫とかの問題でなくて、相手はレンだ。
 レン。
 猫の姿のレン。
 それを、こんな姿で。
 
 あああ……。

 体が勝手に動いた。
 レンの小さい体にのしかかり、股間を擦り付ける。
 既に俺の体は臨戦体制になっている。
 いきり立って、先っぽは包皮の中から長いペニスが剥き出しになっている。
 まさか、このままレンを……?

 ああ、頭がやる事でいっぱいになる。
 まともに思考するのが困難に。
 はやく、レンを。
 だから、ダメだって言って、貪り、広げて突き入れるんだ。

 やめろ、やめろって。
 だいたいやろうったって……。

「いくら何でも……、物理的に、えっ?」

 入った。
 嘘?
 どう考えたって、そんなの無理だろう。
 でも、ペニスはぬめぬめとしたレンの中の感触を脳に伝えている。 

 さすがにレンよりは小さいけど、相当な長さがあったのに。
 それがあんなに抵抗なく。
 信じられない。

 でも、これは……。 
 レンが絡み付いてくる。
 どう考えてもレンが串刺しになったような状態のはずなのに。
 レンが愉悦に鳴いている。
 確かにレンは受け入れ、それどころかこちらをしきりに翻弄する。

 気持ちいい。
 これは遠野志貴の感覚なのか、犬のクールトーの感覚なのか。
 それはわからないけど。
 犬の体で猫の体を貪るのは、
 たまらなく、
 悦ばしい事だった。

 快感に体が震える。
 この肉の悦びに頭が支配される。
 甘美な、甘美な肉欲を満たされた愉悦。
 ケダモノ同士だし、これはこれでいいか、頭の片隅で理性がそんな言い訳を
考えて、ただこの快感に流されようとして、そして……。

 その俺の妥協を否定するかのように、突然、レンの姿が変わった。
 小さい黒猫の姿が変化する。
 少女の姿へと変化する。

 まるで手品のように。
 俺のペニスはレンを奥深く貫いていたと言うのに。
 そのまま、姿が変わった。
 それが単なる幻でない証拠に、猫のレンと今のレンではまったく膣内の感触
が異なっていた。

 そうか、レンはこっちの姿でされる方がよかったのか。
 ふうん。
 とっさに事態が理解できない。
 体は戸惑う事無く機械的に腰を振り、ペニスはレンの中を抉っている。

 ええと。
 ・
 ・ 
 ・

 うわあああああああ!!!!!

 慌てて身を離そうとする。
 レンを、レンを、レンを。
 こんな犬の姿で犯している。
 
 駄目だ、駄目だ、駄目だ。
 慌てて抜こうとしたが体が言う事を聞いてくれない。

 それどころか、よりいっそう体が猛って、
 開いた口から火のように熱い息を吐き、
 ぼとぼとと舌からよだれを垂らし、
 突き入れたまま、
 体は悦びを享受している。

 吐きそうなほどの罪悪感。
 ひどくいけない事をしている気持ちになった。
 凄く酷い事をしているような……。

 猫の姿でも、少女の姿でも、レンはレンであるのだけど。
 その姿で、犬の姿で貫くのは。
 あまりに、鬼畜な行為に思えた。

 レン、ごめん。
 そう言いたかったが、言葉は出ず、はっはっと荒い息が洩れるのみ。
 
 四つん這いになって俺に圧し掛かられているレン。
 レン……。
 苦しいだろう。

 俺はなんて、
 え?

 レンの体が捻り、顔がこちらを向いた。
 なんで?
 その表情。
 苦悶の表情ではなくて、嬉しそうな笑み。
 普段の無表情からは信じられないような、陶酔の笑み。

 なんだか、逆にショックが。

 その体勢は、俺がレンを攻めているようだけど、内実はその逆なのでは。
 そんな微かな疑問。
 体の自由が利かないのも、もしやレンが?
 むしろ、レンがクールトーを貪っているのか?
 
 きゅっと、締め付けられた。
 そしてレンの中に放った。
 絶望的な気分で。
 でも、体は快楽に震えていた。
 続く。
 その快感の、至福の時が続く。
 信じられないほど長く。

 犬の交わりは、射精は長々と続くと聞いたことがあるが。
 爆発的ではないが、蕩けそうな絶頂の快美感が果てなく続く。

 気が狂いそうな快感の果てに、抜いた。
 腫れ上がったレンの性器から白っぽい粘液が垂れ落ちる。
 無惨な光景。

 でも、レンは喜んでいた。
 愉悦の表情で、こちらを見ている。

 ―――満足したの
 
 そんな声にならぬ声が頭に響く。
 レンの顔が近づき、鼻先に口づけしてくれた。

 そして、やっと俺は解放された。 

 
                         ……つづく
 

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