話を止めて、織はじっと幹也を見た。 式ならば絶対に見せない表情で。 笑み。 そして僅かな誘い、媚びに似た色がかすかに瞳の中に揺らめく。 「織?」 幹也が戸惑いの声をあげるのと同時だった。 音も無く織が動いた。 僅かに上体を浮かせ、幹也の肩をとんと突く。 力など入っていないような、本当に触れるだけの動き。 しかし、幹也はそれだけでバランスを崩す。 傍で見ていたら不思議な光景だったろう。 体格的には幹也のほうが織に勝っている。 それなのに、無造作に織が押しただけで幹也が倒れる様は。 実際には織の細身の体に潜むバネの強さや速さは、外観から判断されるそれ をはるかに超えていたが、今はその能力をフルに活かした訳では無い。 ただ、幹也の呼吸のタイミング、僅かに体を動かした時の重心の移動を見て これだけは常人離れした見切りと反応速度で、手を動かしたにすぎない。 幹也にしてみれば、いきなり口を塞がれて呼吸困難になり、挙句に投げ技を かけられたに等しい。 痛みや衝撃ではなく、視点のめぐるましい動きと状況の掴めなさで軽いパニ ックを起こしていた。 織はそれに乗じてゆっくりとした動作で幹也に馬乗りになった。 両手で幹也の手首をそれぞれ掴んで体重をかける。 後は笑みを浮かべて幹也の落ち着くのを待つ。 「ええと、織?」 答えない。 じっと目を見つめたまま、織の唇が近づく。 「し、き……」 ふさがれた。 織の唇が、幹也の唇に重なっている。 長い時間、動かずにそのままでいる。 離れる。 僅かな距離を置いて互いに見詰め合う。 「嫌か?」 体を支配していながら、か細く不安に満ちた声。 「いいよ、織」 ふたたび、唇が合わさった。 より熱く。 より強く。 より激しく。 そして……。 ……という情景を眺めていた。 こういう他人様の秘め事を眺めるのは、悪趣味だけど視点が変えられない。 今の俺は何なのだろう。 どうも、二人の心の内までときどき洩れ聴こえる。 このまま、最後まで見るのか。 わあ。 ええと……。 ふうん。 これは……、憶えておこう。 しかし、何と言うか、この。 え? 急に変化が起こった。 目の前の二人にではなく、こちらに。 急に、そこから追いやられるというか、喩えるなら、首根っこを捉まれて持 ち上げられるのにも似た感触。 そして、放り出された。 ……つづく
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