「あら。ええと、志貴くんにかしら?」
「は、はい。遠野の友達です」
「そうなんだ」

 凄いな、こんな有彦珍しいぞ。
 直立不動まではいかないけど、背筋を伸ばして、アイツにしては真面目っぽ
い顔をしようとして、微妙に失敗している。
 さすがだな、と思う。
 あの有彦ですら、こういう態度にさせるとは。

 俺は朱鷺恵さんの顔を見て感心した。
 でも、何故に朱鷺恵さんが、遠野の家にいて玄関に現れているんだ?

「取り合えず、どうぞ」
「お邪魔致します」

 やや裏返った有彦の声にも朱鷺恵さんは気にした様子がない。
 そもそも、いきなり有彦みたいのと顔を合わせたら少しは動揺しそうなもの
なのに、朱鷺恵さんはあたりまえのようにしている。

「あの……」
「はい?」
「お姉さん、誰ですか?」

 お、有彦なかなかのファィトだ。
 朱鷺恵さんは、あらという顔をして、立ち止まり有彦の方をきちんと向く。

「わたしは志貴くんが掛かっている医者の娘なの。遠野家とはいろいろあるか
ら。名前は時南朱鷺恵、よろしくね」
「はい。僕は……」
「あ、ちょっと待って。ええと……」

 うーんと考え込む。
 なんだか可愛い表情だ。
 有彦も同感なのか、黙って答えを待っている。

「そうそう、有彦くん。違うかな?」
「当たりです。なんで、俺の名前知ってんです?」
「前に、志貴くんに聞いたことがあったから。何度か名前だけは聞いていて、
どんな子なのかなって思っていたし。うん、おるすばん引き受けて正解だった
ようね」

 再び、歩き始め居間へ。
 
「もうすぐ、帰って来ると思うから、一緒に待たない?」
「ええと……、いいんですか?」
「志貴くんのお話聴きたいな」
「ま、そーいう事なら」

 そして、朱鷺恵さんがお茶を持ってくると、二人の会話が始まった。
 いや、有彦の独演会が始まった。
 最初は朱鷺恵さんに気後れしていたらしい、あいつもすっかり自分のペース
を取り戻していた。
 おとなしめな話で朱鷺恵さんの反応を見つつ、だんだんとヤバイ話を織り交
ぜていく。
 朱鷺恵さんは、時折頷いたり多少質問をしたりしながら、楽しそうに有彦の
言葉に耳を傾けている。
 
 有彦の気分がノッてきているのがわかる。
 朱鷺恵さん、聞き上手だものな。
 あんなに嬉しそうにしてくれると、話している方も幾らでも話そうって気に
なってしまう。

 ……でも、有彦、いい加減勘弁してくれ。
 さっきから気分的には口を塞いだり、頭を殴ったりしているのだが、まった
く効力は無い。
 頬を真っ赤にして、耳を押さえながらのた打ち回りたくて仕方が無い。

 朱鷺恵さんも、少しは止めてくださいよ。
 ダメだ、ちょっと暴走気味の少年のお話にも余裕を持って動じない年上のお
姉さん振りを発揮している。

 なんだって、そんな互いに墓場まで持っていくような話を初めて会った人に
ぺらぺらと喋っているんだ、有彦。
 もしかして俺が知らないだけで、秋葉とか琥珀さんなんかも有彦から俺の旧
悪について聞かされていたりすねるんだろうか。
 ああ、それはぞっとする事態だ。

 少し自分の世界に入っていたからだろうか。
 気づくのに遅れた。
 有彦と朱鷺恵さんの雰囲気が変わっているのに気がつかなかった。

 ?
 どうしたのだろう。
 さっきまでの馬鹿話の空気が一変している。
 何より、有彦の口が止まっている。

 どこか重い空気。
 有彦が真面目な顔をしているからか。

「じゃあ、朱鷺恵さんもわかるんだ、あいつの事」
「そうかな」
「俺はそう見えます」
「凄いね、有彦くんは。志貴くんのお友達をやっていられるなんて。
 私はダメだったもの……」
「いや、俺は無神経だから」
「そんな事ないでしょ。
 凄く強いところと、凄く繊細なところがある……、そう見えるけど」

 何を話しているのだろう。
 俺の事だと思うのだけど。
 導入部を聞き逃しているので、今ひとつ内容がつかめない。

 ただ、二人ともどこか共感をしているような、顔色。
 有彦と朱鷺恵さんで何が共通項に?

「でも、今の志貴くんも好きだな、私」
「こっち戻ってから妙に和んだ面してるから」
「秋葉ちゃん達は知らなくていいと思うな。昔の志貴くんが、まあそのまま
大きくなったわけじゃないけど、そう思っていた方がいいもの」
「そうかもしれないな。
 前は、あいつといて平気な女なんて、うちの姉貴くらいかと思ってたけど、
なんだか今はやたらと女に囲まれて幸せそうだし」
「有彦くんのお姉さんって会ってみたいな。素敵な方なんでしょうね」
「へ? 一子が。
 全然、ダメ。朱鷺恵さんなんかとは比べ物になりませんよ」

 そんなに、俺って変わっただろうか。
 人畜無害な平凡な一少年だと思うのだけど。

 しかし……。
 朱鷺恵さんと、一子さん?
 なんだろう、嫌な汗が流れそうなこの感覚は。

 まさか、そんな事態は起きないだろうけど。

 そう思った時、何処かに『移る』感覚が起きた。
 まだ、取り留めない話を続ける二人を残して。


                         ……つづく
 


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