午後の恋人たち 新章
エピローグ 手を取り合って
結局、一番うまく行ったのは自分の思惑なのだ。北条坂を下りながら、岸宣はそう思った。
「ねえ、本当に良かったの?」
生徒会役員の一人が、自分たちの歩みに連れてゆっくりと遠ざかる校舎を振り返りながらつぶやくように言う。その迷いとは対照的に、岸宣は確信に満ちた笑みを見せた。
「何を今更。それとも、これからわざわざあそこまで戻りますか」
それは勘弁して欲しい、と、他多くの人間が表情で示す。それには、疑問を呈した生徒会役員も逆らえなかった。
文化祭を遂行するに当たっての第何回目かの会議、その帰りだった。少なくとも文化祭の実行に関して、生徒会の常任委員と文化祭に専任する執行委員との間に権限の上での上下関係はない。所詮は同じ高校の仲間である。後は個人的な力関係で決まる。その中で、岸宣は一定の地位を確保していた。
「生徒会長殿と副会長殿が、わざわざ自ら居残るとおっしゃっているのです。それで良いではありませんか」
岸宣は念を押す。居残ってすべき作業もまだあったのだが、それは頭数がそろえば良いという類のものではなかった。そこで、最高責任者である会長と、その補佐に当たるべき副会長にその仕事を任せて、残りの人間は帰路についたのである。ちなみに残っているのは庶務担当の一年生副会長だ。出納担当の二年生副会長は、資材の調達など別の仕事で学校外に出た後、直帰しているはずである。
実にうまく、役割分担が成立している。問題はない。ただ一点、どう頑張ってもどうしようもない一つのことを除いては。それを承知しているから、岸宣はさりげなく始めに疑問を呈した生徒会の常任委員に近づいた。
「大森さん」
「え、何? 宍戸君」
二年生の生徒会常任委員の一人、大森聡子は少し驚いた。文化祭の実行に当たる役員として以前に、宍戸岸宣という人間はそれなりに知っているつもりでいた。同学年であるし、その中では何かと騒ぎを起こしたりと、比較的目立つタイプだ。生徒会長である涼馬の友人である、とも知っている。
しかし文化祭に関する場面以外で、このように話しかけてくる人間であるとは考えていなかった。ふざけたところのある人物であるとは分かっていたつもりだが、それだけに興味のないことに関しては冷淡なはずだ。
他の人間、生徒会の常任委員も文化祭の執行委員も、来るべき文化祭についての話に熱中していて岸宣と聡子には注意が完全に外れいてる。岸宣は、それを見取っていた。
「もう、諦めた方がいいですよ」
その口調はごく、淡々としている。事実を伝える、あくまでそれだけのものだ。だから聡子は、ある程度は冷静さを保っていた。
「そう言ってくれ。って、彼に頼まれたの?」
「そう思いたければ、それでもいいですよ」
そうではない。他人に嫌なことを押しつけるなどしない、まっすぐな人だから、好きになったのだ。聡子はそう思う。
「つまりそれはあくまで、第三者である宍戸君の、親切心による忠告って訳ね」
「『親切心による』を、除けば、その通りです」
「そう」
そしてもう、言葉が続かない。岸宣は淡々と語った。
「もしお望みでしたら、辞任と後任選任の手続き、私が代わりにしてもいいですよ。この時期にごたごたされると、執行委員としては迷惑ですからね」
「余計なお世話だわ」
むしろ突き放すような彼に、聡子は静かにしかし激しく応じた。
「少なくとも任期が終わるまで、あたしはちゃんと自分の仕事はするわよ。宍戸君にとやかく言われるまでもないわ」
「そうですか。それでは少なくとも私の文化祭執行委員としての仕事が終わるまで、改めてになりますがよろしくお願いします」
歩きながら、その範囲で精一杯、岸宣は頭を下げる。聡子はそれを、ただ見ていることしかできなかった。
二人きりにされたからといって、突然雰囲気が変わったりはしない。とりあえずはせっせと、やるべき仕事を片付ける。それは二人のまじめという美点の現れであるとともに、欠点なのかもしれない。結局今日のノルマが片づき、さらに書類や用具を生徒会室の所定の場所に片付けるまで、二人の会話は事務的なものに終始していた。
話はそれからようやく、である。
「駅まで送るよ」
さりげなく、を装ってはいたものの、涼馬の声はうわずっている。しかし優に、それを笑う資格は全くなかった。似たりよったりの有様の声にならないために、一呼吸置く必要があったのである。特に彼女の場合元々音域が高いために、一つ間違うと耳に痛い。
「帰りますか」
「え? あ、うん。もう遅い時間だし」
言い終えないうちに、涼馬は態度を翻すことに決めた。
「でもまあ、今更もうちょっと遅くなっても変わらないね。親にもちゃんと連絡をしてあるし」
ちなみに涼馬の場合、電話に出たのは休暇と称して家でごろごろしている静馬である。ごゆっくり、などといらぬ台詞をついでに吐かれてしまった。もう一度「じっくりと話し合う」必要がありそうだ。
「少しだけなら、ゆっくりできます」
一方優は、親から全面的に信頼されている。わざわざ電話をしなくても大丈夫よ、などと母親に言われたほどだ。それだけに少し、今は心に引っ掛からないではなかった。もっともすぐに、この場では忘れてしまうのだが。
そして、会話が続かない。せっかくようやく、仕事抜きで二人きりなったのに、である。やや苦し紛れの感がないではなかったが、それを何とか打開したのは涼馬だった。
「あのね、藤野さん。昭博が言っていたのだけれど、僕と藤野さんは根の所で似ているんだそうだ」
優は二度ほど、瞬きをした。そしてじっと、彼を見据える。
「それは、つまり気が合う、ということでしょうか」
「そう、かも知れない」
涼馬もじっと見返す。やがて優が、意を決したように視線をやや力強いものにした。
「もしかしたら、今考えていることも、同じだったりしませんか」
「そうだね。試して、みる?」
自分から言い出したことながら、小柄な少女の体が一瞬だけ震える。しかし涼馬はそれを責めようとも、一方で引き下がろうともしなかった。
「嫌だったら、正直に言うんだよ」
「はい」
その意味を確かめるように、優は二度うなずいた。そして顔を上げ、そっと目を閉じる。涼馬の長い指が、ブレザーに包まれた小さな肩にかかる。それを感じ取っていながら、ただじっとしていた。
長い一瞬、そして温かく柔らかいものが彼女の唇に触れる。やがて何か温かく大きいものに、彼女の全身が包まれたようだった。
軽い、しかしそれは長い長い、キスだった。まるで今までの時間を埋め合わせるように。
そっと離れた後、優が確かめるように恐る恐る自分の唇に触れる。可憐な桜色が、少し濡れて光っていた。
「嫌だった?」
こちらはこちらで恐る恐る、そんな様子で涼馬が尋ねる。何も考えられないまま、優はふるふるとかぶりを振った。
「あの、ごめん。なんだかムードがなくて」
「あ、いえ、そんな。わたしだってムードがあるって、慣れていませんから。このくらいが、ちょうどいいです」
そこまで言い終えてからようやく、優は頬を染めた。するとそれは瞬時に広がってゆき、耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。
「や、やっぱり似ているかも、知れませんね」
「うん」
優の見上げるその顔も、赤くなっている。当たり前なのだが、相変わらず背の高い人だと思った。しかしながら身長に差がありすぎるのは、何も涼馬ばかりのせいではない。何しろ優と来たら、どこぞの小柄ぞろいアイドルグループの身長制限さえクリアしているのである。
「でも、あの、体格はすごく違いますよね。さっきのキスだって、ずいぶん屈み込んでいたんでしょう」
以前から会話をするだけでも多少不便を感じていた二人だ。特に今のように密着した状態だと、涼馬はかなり顎を引いているし、優はこれ以上上を向くと首が痛くなる。
「あ、うん、まあ。でも大丈夫。屈まずにする方法もあるよ」
文字通り小さな事を気にしている。しかし彼女にとっては重大問題なのだろう。だから涼馬は、不安など全く見せずに笑いかけた。
「踏み台を使うとか」
以前何かのテレビで見た事がある。身長差のあるカップルはそうしてキスをするものらしい。しかしそれはそれで情けないと、コンプレックスの強い優は思わずにいられなかった。
「ううん。何も使わないよ。やってみようか?」
「はい」
ためらいがちにうなずいてみる。押し切られたようなものだ。
「大人しくしていてね」
涼馬は優の脇に手を差し入れた。
「あっ」
少しくすぐったくて、声を上げてしまう。しかもそこは、彼女が身長以上に気にしているその胸にごく近い。というよりも、もっとボリュームのある女性なら、そうした時点で膨らんでいる部分に指が触れたはずである。しかし逆らわずにいるうちに、そのまま優は持ち上げられてしまった。
「あっ、あの!」
足が浮いてしまってはもう何もできない。されるがままの優に、涼馬は遠慮なく口付けた。
「あう、ん」
そうされるとすっかり力が抜けてしまう。涼馬が下ろしてくれた後も、優はふらついてしまった。彼に支えられてようやく立っている。
「ね、できるでしょ」
誇らしげに笑う彼に、優は熱く潤んだ眼差しを向けた。
「先輩」
「ん?」
「今の、空を飛んでいるみたいです。あの、もう一回」
濡れた唇が妖しく動く。もしはたで聞いている人間がいたら物凄い内容だと感じたに違いないが、それだけに涼馬の理性はそれですっかりやられてしまった。まるで操られるかのように、涼馬は彼女を抱え上げた。
「う、ん、むぅ」
唇を押し当てるだけのキス。それがやがて、次第に濃厚なものになってゆく。どちらがリードしたのかは分からない。しかし多分、二人が同時に望んだ結果としてそうなったのだろう。両足が完全に中に浮いたままだったが、しかしそれが全く不安ではなかった。何しろ彼女自身がしっかりと、彼にしがみついているのだから。
そんなことを二人は、涼馬の腕が限界を迎えるまで続けていた。そして体重の軽い優を持ち上げていることは、腕力のある涼馬にとって相当長い時間でも可能なのであった。
「はぁ、わたし、なんだか、もう」
長いキスによってすっかり骨抜きにされ、支えていても立っている事が難しくなった彼女を、涼馬は椅子に座らせた。それでも危ういので隣に座って自分の肩に寄りかからせ、更に肩を抱く。あでやかに頬を染めるいとおしい少女の横顔を目にして、涼馬の胸の高まりは一向に収まりそうになかった。
「あ。わたし、忘れてました」
顔を赤らめたまま、優がふっと顔を上げる。涼馬としてはいきなりそんなことを言われて気が気でなかった。
「な、何を?」
「さっきの、一回目。あれが私の…ファーストキスです」
上目づかいに恥かしそうに、しかしどこか嬉しそうに告白する。今しがた初めての口付けをした、その唇で。涼馬はどこまでもぎこちなくうなずいた。
「そ、そう、なんだ」
彼女が中学の時、あるいはそれ以前にキスくらい経験していても不思議ではない。涼馬はそう思っていた。何しろこれだけ魅力的なのだから。
もちろんそんなことは気になっていない。しかしそう言われてみると、えもいわれぬ幸福感が湧き上ってくる。今さっき至福を感じたとばかり思っていたが、そんなことはなかった。一向に限界が見えてこない。
「先輩はいつごろだったんですか? 嫉妬なんてしませんから、教えて下さい」
きっと滅茶苦茶早いに違いない。何しろ涼馬なのだから。優はそう考えている。聞いてみたのは好きな人をできるだけ知っておきたい、ただ純粋にその気持ちからだと自分では思っている。もっとも、世間的にはそれも嫉妬というのだが。
「いつって、今だよ」
もてる自覚は十分にある涼馬だったが、しかしプレイボーイでいるつもりはなかった。遊びでそんなことはすまいと考えていて、そして今本気になれる女性と初めてのキスをした。そういうことだ。付き合っては別れ手を繰り返している兄が、反面教師になった部分もあると自覚している。
「うそ…」
呆然と、優は涼馬の唇を見返す。結構「うまい」ものだったのではないかと先ほど思ったのだが、それは彼女自身が良し悪しを知らなかった結果に過ぎない。
「本当だよ。君だって今、僕を喜ばせるために嘘をついた訳じゃないだろう」
慌てた涼馬がそう付け加える。確かに彼の誠実さは、優が誰よりも知っているつもりだ。
「じゃ、じゃあ、わたし、先輩のファーストキスを、もらっちゃって、きゃあ」
これ以上ないかと思われた優の顔色が更に朱に染まる。ほとんど顔の造作が分からないほどだ。その顔を両手で覆ったが、しかしその指さえもほの赤い。
「うん。それで良かったと、僕は思ってるよ。嫌かなあ。藤野さんは。何にも知らない僕じゃあ」
「と、とんでもない。わたし、感動してます」
「僕だって、感動だよ」
手に少しだけ力を込めて、涼馬は優を引き寄せる。彼女はもちろん、抵抗などしなかった。こうなるともう、涼馬としてはできる所まで調子に乗るしかない。
「ねえ藤野さん、一つお願いがあるんだけど、いいかな」
「何でもどうぞ」
優は優で感覚が完全に平常から遊離している。心はすっかり涼馬のもの、今から体を求められても、そのまま行ってしまいそうな勢いだ。実際涼馬にその種の欲望がないとは絶対に言えないのだが、しかし今彼が望んだのはもっとささやかなものだった。
「名前で呼んでいい?」
優が一瞬、その大きな目を更に見開く。そしてすぐに細めた。涼馬が初めて目にするその表情は、普段の彼女から信じられないほど大人びて、妖艶だった。
「そんなこと。先輩がお望みでしたら、いつでもそうしていただいて良かったのに」
非難しているような言葉の意味に、しかし優はありったけの好意を込める。そもそも涼馬は先輩なのだから、何の断りもなしに呼び捨てにした所でそう非礼にはあたらない。それでも恐る恐る問いかけて来る辺りが彼らしく、そしていとおしい。そうして自分から広い胸に顔を預けた。自分で招いた結果にどぎまぎとしながら、涼馬は早速試してみることにした。まず昭博が玲奈に対してそうしているように、名前の呼び捨てをする。
「じゃあ、優…」
「はい」
こちらの方が「さん」づけよりも断然恋人らしくていい。優はそう感じてしおらしく返事をしたが、しかしすぐに涼馬の方が首を傾げてしまった。
「少し乱暴かな」
「私はそうは思いませんけれど、先輩がそうおっしゃるのでしたらお好きなように」
全てを預けるような承諾が繰り返される。涼馬は少し、その重みにためらってから問いかけた。
「優ちゃん、じゃ駄目?」
ちょっと子供っぽいかもしれないと涼馬自身思ってしまう。芯の所で自尊心の強い彼女には、多分受け入れがたいものだろう。しかしそれでも、駄目で元々で、涼馬としては言わずにいられなかった。優は瞬きをする。
「そう言えば今、私のことをそう呼ぶ人はいませんね」
元々呼びやすい名前なので、家族や友人など親しい人間なら大概「優」と呼び捨てになる。幼い頃の記憶をわざわざ呼び起こそうとしなければ、それは新鮮な響きを帯びていた。
「やっぱり駄目だよね」
自分自身に苦笑して、涼馬が撤回しようとする。やはりこの人は優し過ぎる、そう思った優は、引き止めることにためらいを感じなかった。この前まで子供扱いにあれほど反発を感じていた部分は、完全にどこかへ行ってしまったようだ。
「と言う訳ですので、その呼び方は先輩だけのものですよ」
「あ、うん。あの、その、ええと」
「ほら、呼んで下さい」
「優ちゃん」
「はい」
たったそれだけの事で涼馬は顔を赤らめる。優は精一杯手を伸ばして、彼を抱きしめた。
「んっ。あ、藤野さん、じゃなくて、優ちゃん。僕の事も名前で呼んでいいからね。別に丁寧に話さなくてもいいし」
優が自分に対して崩れた言葉で話しかけるのを、涼馬は聞いたことがない。それは彼女の数多くある美点の一つだと思うが、しかしそれで彼女に気を使って欲しくなかった。一瞬素直にうなずきかけてから、優は少し困った顔をする。
「あの。先輩は、その、『先輩』って呼ばれたり、丁寧に話しかけられると嫌ですか?」
「いや、そんなことはないけれど」
この世で「先輩」という単語を最も可愛らしく発音できるのも、「です」「ます」を最も美しく響かせるのも、藤野優という少女だと涼馬は確信している。
「それなら、このままでいさせて下さい。先輩」
これまでずっと、優にとって「先輩」といえば涼馬のことだった。それは確かに玲奈も岸宣も先輩だが、「先輩」の単語を聞いたとしても彼等の顔が思い浮かぶことはない。言ってみれば、彼女の中ではそれが涼馬を表す固有名詞と化していたのだ。つまり「先輩」の単語を聞いただけでそれは涼馬のイメージと直結し、優をときめかせる。だからそれを、大事にしたいのだ。
それに丁寧に話しているのも、優として無理をしているつもりはない。涼馬に対する彼女の感情は思慕、つまり尊敬交じりのものだ。だからその自分の想いに忠実であろうとしている、それだけである。
「うん。優ちゃんがそう言うのなら」
嬉しそうにうなずいて、優は改めて肩を寄せた。
「あ、先輩。一つ気になるのですけれど」
「なに?」
「宍戸先輩とか、また覗いたり、していませんよね」
この発言、今日彼が二人の知らないうちにしてくれたことを考えれば、ひどい。しかしながら日頃の彼の言動を総合的に考えれば、自業自得というものである。
「あいつはネタにならない他人のプライバシーには無関心だし、そもそも同じ手を二度も、連続して使ったりはしないと思うけれど」
しかしそう言いながらも、涼馬は小さく扉を開けて廊下の様子をうかがった。何をするか分からない所があるし、それに涼馬に恋人ができたというのは初めてなので、付き合いの長い彼にも予測がつかないのだ。幸い、彼が目にしたのは、怪談の背景にはぴったりの暗く無人の空間だ。
「あと気をつけるとしたら、盗聴器かな?」
「では、当面の課題はこの部屋の大掃除ということで」
自分たちがここで今後も聞かれたくない会話をするという前提で話をしている、という自覚を全く欠く二人だった。それにもしそれこそ今岸宣が盗聴でもしているとしたら、毒づいただろう。「誰が好き好んで、他人のいちゃいちゃしている場面なんて胸の悪くなるものに聞き耳を立てるものですか」と。
「でもあまり、掃除ばかりもしていられないけれどね。文化祭、頑張らなくちゃ」
「ええ。楽しい文化祭にしましょうね。それが今のわたし達の、最大の課題ですもの」
その「わたし達」が、全校生徒でも文化祭の委員でもなく、ただこの場にいる二人を指す言葉であると、涼馬は気がついた。
「いいお祭りにしよう。十年、いやもっとずっと後になってからでも、二人で一緒に笑って思い出せるような、そんなものにね」
もしかしたらこれはプロポーズ、と考えるのはさすがに気が早過ぎるかな、などと優は思った。しかしとにかく、うなずいておく。
「はい」
そして二人は帰路に着いた。仲良く手をつないで。
その時点で既に、実の所文化祭の平穏無事な開催に関して大きな障害ができあがっていたということを、二人はまだ知らない。
何しろ涼馬は、学校一女子から人気のある男子生徒である。彼女を作った、それも生徒会役員の中からとあっては、優に対して良くない感情を持つ人間が出るのは必至だった。その嫉妬、やっかみが、二人の属する生徒会、そして文化祭の運営に対する消極的あるいは積極的な妨害につながってゆく。
とりあえず秘密にしておけば良かったのかも知れない。しかし詰まる所お互いしか見えていない二人には、そういう配慮が欠けていた。手をつないだまま商店街を歩き、書店などによりみちをした結果、早くもカラオケ帰りの女子生徒の一団に現場を押さえられることになる。
例えそれが事実と異なっていたとしても、男女交際に関する噂は一瞬で広まる。大概の共学校はそんなものだが、特にこの北条坂高校は学校側がそれについてうるさく言わない自由な校風であるだけにその傾向が強い。さらに最近は携帯電話、メールという便利な代物も普及している。よって翌日の昼休みまでには、ほぼ全校生徒がその事実について知るという事態にまでなってしまった。
しかしそれに二人は、ひるまず立ち向かって行くのだった。手を取り合って。
午後の恋人達 新章 了
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