死を撒く男
Y そして、生き残った女
女が飛び出してきた。真っ直ぐに、ただがむしゃらに走ってくる。犯人を刺激しないよう身を隠し、息を潜めていた警官たちも、思わずざわめいた。
一般市民に対して無理な要求と言ってしまえばそれまでだが、射撃から身を守るためには最もしてはいけない行動だ。撃つ側にしてみれば的そのものの方向はほとんど変わらないから、狙いやすい。
まずやらなければならないのは、現に今警官たちがそうしているように物陰に身を潜め、射線をさえぎることだ。そのような障害物がない場合には、とにかく横方向に逃げて、狙いを外させるしかない。
「ええい、いくぞ!」
「はい!」
しかし今更、それを教えて間に合うはずもない。ややためらった末ではあったが、最も近くにいた二人が走り出た。もちろん勢い任せの無謀な行動ではなく、事態が動き出した以上最早犯人を刺激しないなどという消極策には意味がない、と判断した上でのことだ。
それに中村と違って全くの無防備ではなく、支給品の大盾を持っている。銃を持った相手に対して慌てて用意したものだが、どうにか間に合っていた。
ただ散弾銃を防ぎきれるかどうかは微妙で、かつての有名な事件に際しては二枚重ねて使っていたそうだ。要するに一枚だと、貫通のおそれがある。その時代とは材質が変わっているが、これは主に軽量化などの扱いやすさを向上させるための改良で、防御力そのものが特に強くなったとは聞いていない。逆に銃が改良され、破壊力が向上している可能性もある。
しかし今さら、重ねている時間的余裕などあるはずもない。それにもし既に重ねてくくりつけてある物が用意されていたとしても、それを持って走ったのでは動作が鈍重になり、間に合わない。この場では一枚でやってみるしかなかった。
この間その他の警察官達も、飛び出した二人と、そして中村を援護すべく位置についた。神林が姿を現したなら、場合によっては射殺も止むを得ない。後は命令を待つだけだ。その覚悟で銃を構える者もいる。
事態の沈静化を考えて遠巻きにしていたのが裏目に出て、彼女と二人が合流するまで、主観的には長い長い時間が必要だった。さらに、その三人がひとまず安全な場所に落ち着くまでは、永遠になるかと思えた。客観的には、ほんの十数秒といった所である。
ともかくもこれで、中村の生還は決まった。その喜びと安堵とともに、疑問が広がってゆく。神林は、そして倉田はどうなったのか。一人逃げても何の反応もないということは、今が突入のタイミングではないのか。
「…にげ、て…」
その中で中村は、たった一言つぶやいていた。
「いや、もう大丈夫。逃げる必要はないから」
息の切れた彼女を抱きかかえるようにして支えながら、警官が励ます。彼は彼女の言うことを聞き流しながら、待機していたベテランの婦人警官に引き渡した。厳しい現場では男がほとんどというのが止むを得ない成り行きなのだが、このような場合も想定した配置に抜かりはなかった。倉田の指示である。
「違う…」
「違う? 何が?」
こういう場合にどうすればよいのか、この婦人警官は心得ていた。まず、話を聞くことだ。彼女としても現場の中の様子を一刻も早く知りたいのだが、急かせばただでさえ萎縮している被害者をさらに圧迫することになり、ろくなことがない。安堵した勢いでそのまま食ってかかってくることもあれば、完全な恐慌状態に陥ることもある。
ただ、この時の中村は、経験豊かなその予想を裏切って、気丈だった。いままできちんと話せていなかったのは、単に呼吸の乱れが収まっていなかったためである。
「違うの、早く逃げて! 中で犯人が洗剤を大量に混ぜて毒ガスを作ってる! 犯人はもう死んでるし、こんな所にいたらみんな死んじゃう!」
興奮しているものの、論旨は明快だ。婦人警官だけでなく、辺りにいた全員が完全に内容を理解した。それならば彼女の言うとおり逃げたほうが良いのではないか、そんな意味を込めて目を合わせる者も少なくない。
「分かったわ。とりあえずあなたはできるだけ遠くへ、安全な所に行きましょう。ただ、私達としては、他に人質がいるなら逃げ出すわけにはいかないの。あのおじさん、倉田さんのことも心配だし…」
周りに聞こえるように言って、釘を刺す。中村は激しく首を振った。
「あの人はもう…胸の真ん中を撃たれていたから」
息を呑む。性別や階級は違うが、同じベテラン警官として、友人同士だった。かすかに震えながら、しかしそれでも、彼女は尋ねた。
「ほかには…中にはもう、生きている人はいないのね」
少し考えた末、中村はうなずいた。そこへ、眼鏡をかけた中年の男が割り込んでくる。婦人警官が軽くではあったが、居住まいを正していた。
「一つだけ、お聞かせ下さい。犯人はその前に換気扇を回したり、窓を開けたりはしていませんね」
口調は丁寧で、ツーピースのスーツを着込んだ身だしなみも整っている。先入観がなければ、警察官というよりもビジネスマンを思わせる風貌だ。ただ、眼鏡越しの眼光は鋭く、どこか有無を言わせない気配があった。倉田に代わる、あるいは彼よりもさらに上の立場の指揮官なのだろうと、中村は察した。
「はい」
それは間違いない。だから相手の強い気配を感じ取りつつも、威圧されはしなかった。
「ありがとうございます。お連れして」
眼鏡の男は素早く頭を下げてから、婦人警官に行くよう促した。既に救急車が待機している。それから矢継ぎ早に、指示を出し始めた。
「聞いたとおりだ。化学災害への対処を消防に要請、その他具体策を検討するよう本部に連絡だ。それから周辺住民の避難を急がせろ。範囲は当面今のままで構わんが、すぐに広げられる準備はしておけ。範囲外の人間の自主的な避難も、混乱が起きないよう注意しながら助けてやれ。片がついたら我々も風下側から順次退避する。風向きには注意しろよ!」
決断が速く、また指揮、命令することに慣れているようでためらいがない。やはり地位の高い人間だ。主だった部下がそれを受け、さらにそれぞれの部下へと指示を伝え始めた。
異論、とまでは行かないまでも、疑問をさしはさんだのは組織の外にいる中村だけである。自分だけが危険な現場から立ち去るのが、まるで逃げているような罪悪感を伴っていた。救急車に乗る直前、思わず振り返ってしまう。
「警察の人…逃げるのが最後で大丈夫ですか?」
「百パーセント安全って保障はできないけど、中に入らない限りはまず大丈夫よ。建物は始めに、犯人が自分で密閉してるから。あなたが出てきた扉もすぐに閉まってるし。多少の漏れはあるでしょうけど、その程度なら外へ出た瞬間に大量の普通の空気と交じり合って薄まって、人体に影響するほどにはならないわ。深刻な影響が出るよりも、消防が来てくれる方が早いでしょう」
恐らく中は死の世界だ。一般的な駆除薬では中々根絶できないねずみでもゴキブリでも、死滅しているに違いない。ただ、逆に言えばその程度だ。今後の扱いさえ間違えなければ、これ以上の犠牲は出ない。
婦人警官はそう認識していたが、口には出さなかった。死ぬとか殺すとか、そういう単語を被害者に聞かせるべきではない。
そこへ声をかけたのは、救急隊員だった。
「話は聞いています。こちらからも報告はしておきましたから、警察の本部から連絡が来る頃には少なくとも出動準備ができているでしょう。幸い近くに専門の隊がいるはずですし、出払っている様子もありませんから」
打撲箇所複数。しかし重傷には至っている様子はない。また、危惧されていた心理的なダメージについても、少なくとも現時点では深刻なものだとは見えない。よって緊急車両を使って搬送する必要性は、むしろ低い。
とっさにそう判断しながらも、彼はとりあえず病院に直行することを決め、運転手に行き先の病院を探すよう指示を出した。彼女の話を信用すれば、もう他に救急車が必要な人間はいない。被害者を放り出して、空のまま署に戻るなどという真似はできないのだ。逆に信用できないほどのパニック状態なら、それはそれで彼女を医者に診せる必要がある。
「助かります」
そう言いながら、婦人警官も一緒に乗り込んだ。付き添いである。軽くうなずいてから、救急隊員は中村に横になるよう促した。
「幸いそれほど深い傷でもないようですけれど、念のためですから。救急車に乗るなんて一生のうち二度も三度もあるものじゃないですし、この後の機会がないならそれに越したことはありませんからね」
患者が深刻に考えるのを防ぐためか、極力明るく言っている。少々わざとらしい気がしないでもない、と横で見ている婦人警官などは思ったのだが、中村自身は素直にそれに従った。少なくとも、疲れていることは間違いない。そうして体を落ち着けたところで、車が発進する。
滅多にない機会だからと言って、やれば良いというものではない。サイレンが鳴り始めるなり視線を泳がせ始めた中村の顔に、そう書いてあった。命に関わるような怪我ではないと自分でも分かっているので、大げさなことをされていると思うのだろう。
それに耐えかねたのか、あるいは別の理由か、彼女は程なく口を開いた。応急処置をする救急隊員ではなく、婦人警官に視線を向けている。
「あの…ひとつ、聞いていいですか」
「なに」
救急隊員の邪魔にならないようにしながら、婦人警官は顔を近づけた。サイレンがうるさいので、そうしないと聞こえない。救急隊としても必要なときしか鳴らさないようにしており、例えば渋滞や踏切などで停車せざるを得ない場合には止めてはいる。しかしその分緩急がつき、中に乗っている人間にとっては適応するのがかえって難しいのだ。
「あのお店…誰も、いなかったですよね」
それを直接知っているのは、最早彼女自身だけのはずだ。だからこそ、婦人警官は慎重に答えた。
「そうね。開店準備中のお店だから、当然お客さんは誰もいなかったはずだし。オーナーも用事があって別の所にいたって、本人から連絡があったわ。逆に工事はもう終わっていたから、業者さんは出入りしていないってこちらで確認を取ったもの」
中に何人いるのか、それが警察にとっては最大の関心事の一つだった。だからこそ、単身武器はおろか防弾具さえ身につけることなく乗り込んだ男がいたのだ。当然、その他の手段でも最大限の情報を得ようと努力している。近隣の商店や住民への聞き取りはもちろん、電話での情報提供にも注意を払っていた。伝聞に基づくいい加減な話やいたずら電話も少なくなかったが、経営者と施工業者を既に突き止めている。
「じゃあ…食べ物なんて、あるはずがない?」
起き上がろうとするのを救急隊員が制止する。不思議そうな顔をしないよう注意しながら、婦人警官は小さく首を振った。
「私がオーナーと直接話した訳じゃないから詳しくは分からないけれど、開店間近だったっていうから、生鮮食料品以外は一通り揃っていたと思うわよ。電気ガス水道全て使える状態にしてあって、冷蔵庫も準備万端だったそうだし。せっかくあれもこれも運び込んだのにって、ずいぶん嘆いてたみたい」
「そう、ですか」
そして唐突に、彼女は黙り込んだ。目も露骨にそらしている。残り二人は顔を見合わせた末、手の空いている婦人警官が仕方なく切り出す。
「どうしたの?」
彼女が答えたのは、窓の外を流れる景色をしばらく眺めてからだった。
「夢を、見ていたのかもしれません」
「そう」
聞いてよいものかどうか、とっさに判断がつかない。そもそも黙ったのならそのままにしておくべきだった、と思ってももう遅いのだ。そして彼女は、あふれ出すように話し始めた。
「あの店に入ってからあの人、急におかしくなって…いえ、あんなことをした時点でもう十分におかしいといえばおかしいんですけど。ただそれまでは、一応普通にものが見えて、聞こえているようでした。でも、その後は誰もいない所に話しかけたり、酷いときには銃を撃ったりするようになったんです」
少し考えてから、救急隊員が口を開いた。
「まあ…アルコール中毒か何かだったらしいから、そういうことがあっても不思議ではないですよ」
「それは、分かっています。でも、時間がたっていくうちに、だんだんそんな人がいるような気がしてきて…」
「こういう事件の被害者の心理としては、珍しくないそうよ」
人質が犯人に対して同情あるいは共感し、時に自発的に協力するようになることがある。ストックホルム症候群と呼ばれる現象である。そうすることで、恐怖感あるいは殺されるという事態そのものから逃れていると言われる。
その中に、幻覚を共有することが含まれているとは聞いたことがない。しかし今は、そう言っておくのが良いように思えた。
中村は答えず、顎から口にかけ手をぬぐった。こびりついていた茶色いものが、その手に移し取られる。
血や唾液ではないが、吐物だろうか。そう思いながら救急隊員は、それをふき取った。他の部分の処置を優先させていたため後回しにしていたとは言え、衛生上放置して構わないものではない。患者がそれを気にしているとならば、なおさらだ。無闇に触った結果、病原を他の部位に移すおそれがある。
甘ったるい匂いが、ふと漂った。救急車には場違いで、かすかなはずのものがひどく鼻につく。バニラエッセンス、それも安物のそれだ。間違いない。それが分かってしまえば、その汚れの色が茶色であるのも、チョコレートが混ざっているせいだと察しがつく。一方で胃から戻したものなら当然あるはずの、酸の臭気はしなかった。口に入れた直後に吹いたかこぼしたものだと判断できる。つまり、あの店の中での出来事である可能性が非常に高い。
チョコレートパフェでも食べていたのだろうか。それも人質にとられながら。いくら場所が喫茶店だったとは言え、だとしたらこうして救急車に乗っている必要などあるはずもない、とんでもない大物だ。あるいは被害者を装っているだけの、実は共犯者なのだろうか。救急隊員は一瞬そんなことまで考えてしまった。
ただ、犯罪捜査が仕事ではないと承知はしているので、詮索はしないことにする。そもそもその専門家が目の前にいるのだから、彼女に任せれば済むことだ。
婦人警官も、その臭いに気がついてはいた。ただ、そもそも犯罪捜査そのものが、少なくとも今の彼女に対して優先的に行うべきものではないと考えているので、遠慮している。必要ならば改めて後から事情を聞けばよいことだし、恐らくその必要もないというのが今の彼女の観測だった。
結局、中村自身もこの時はそれについて何も語らなかった。少し息をついて、先程の自分自身の話の筋を思い出してから、続ける。
「最後には、はっきり聞こえたんです。逃げろ、それから警察の人間も中に入れるな…って。だからタイミングよく逃げられて、ちゃんと言わなきゃいけないことも言えて」
言っていることが矛盾している。先程確かに、中には生きている人間は一人もいないと、彼女自身の口から聞いたのだ。まずい兆候だと判断して、救急隊員は小さく首を振った。
「あなた自身も追い詰められていたから、自分自身の考えがそういう風に感じられたんでしょう。今も疲れてるでしょうし、とりあえず少し休んだらどうですか。必要なら後から、ゆっくり思い出せばいいと思いますよ」
「忘れちゃってもいいかもしれないわね。どうせこれからの捜査と言っても、後片付けのようなものにしかならないだろうし」
被疑者死亡のまま書類送検。落ちはもう決まっている。書類を送る側の警察も、受け取る側の検察も、形式を整える以上の捜査などしはしない。このような凶悪事件こそ事件の背景を綿密に調査して類似事件の再発を防ぐべきだ、などと紋切り型のコメントが異口同音に繰り返されるのことまで目に見えている。しかし検挙率の悪化が深刻な現在、警察は生きている人間を捕まえるのに手一杯で、死んだ人間に構っている余裕など全くない。
それに掘り下げて調べてみた所で、空しくなるだけだろう。警官ならばこそ粗暴な人間は数多く知っているが、ここまで残忍な者はやはりごく稀、常軌を逸しているとしか言いようがない。つまり常識では理解不可能なのだ。精神や脳の研究者にとっては興味深い素材かもしれないが、少なくともその分野では普通の人間である警察官にとっては、知れば知るほど溝の深さを確認させられるに違いない。
「そうですか」
やや素っ気無く、中村は答えた。話し疲れたのなら、そのままにしておくのが良いだろう。下手に話し続けると、自分で自分を興奮させてしまうこともある。そう考えて、救急隊員も婦人警官も口を開こうとはしなかった。
でも、きっと。自分は一生、死ぬその時まで覚えているのだろう。いないはずの男の、あの声を。
そう思いながら彼女は眼を閉じて、つかの間の眠りに落ちていった。
現場検証が行われたのは、毒ガスの除去に相当の時間を要し、さらに念のため翌日を待ってからだった。そこで化学反応を起こした洗剤によって無残に焼けただれた犯人の遺体と、撃たれて激しく傷ついた殉職警官の遺体が収容されている。
店内には他に四発分の弾痕が残されており、散弾銃の弾倉は完全に空になっていた。結果論といえばそれまでではあるが、倉田が撃たれたことによって弾丸がなくなり、中村の脱出が容易になったといえる。
警察上層部には内々にではあったが、現場指揮官が単身乗り込んだのは軽率だったとの見方を示す者もいた。しかし結局表立った反論はなく、倉田の階級は後に二つ引き上げられた。
その他店内の様子としては、ジュース、酒、チョコレート、そしてアイスクリームなどの飲食物が散乱していたことが特徴的だった。マスコミによってはこれを「犯行時間中に堂々と飲食をする、凶悪極まりない人格があらわれた行為」などとどぎつく報じたものもあったが、追い詰められたあげく過剰に喉が渇き、やけ食いをし、そして好きな酒に走っただけの矮小な行動に過ぎないとする意見が現場では大勢を占めていた。
また、その全てを神林が飲み食いしたのではなく、一部は中村の口に入ったのだと状況から薄々察していた人間も何人かはいた。しかし、わざわざそれを検証結果として報告したり、あるいは情報漏洩するなどという物好きは一人もいなかった。
現場から病院に直行した中村は、その病床で事情を聞かれることとなった。もちろん、ある程度なら本人の療養に支障はないとの医師の許可が得られるようになった後でのことである。しかし怖かったので良く覚えていない、などと言って簡単に済ませた。
幻覚については聞かれれば隠さず答えるつもりだったが、誰も特に触れないので簡単に済ませた。事件について聞きに着た警察官だけでなく、治療のための問診を行った医師も同様である。直接話を聞いた二人とも、誰かに報告する必要を感じていなかったのだ。
肉体的な傷については幸い打撲で済んだので、数日静養してから退院した。以後時折、急に事件のことを思い出す、関連した悪夢を見るなどという心的外傷後ストレス障害の症状は見られた。しかし現実と記憶、あるいは夢の区別がつかなくなるほどの重篤なものではなく、またあらかじめ適切な治療が可能な病院を紹介されていたこともあり、これも程なく快方に向かった。幻覚症状に陥るなどということはもちろんなかったので、これについては担当医に相談もしなかった。
殺人犯を心から省みる人間は、このとき既に、もう誰もいなかった。
「いや…本当は、これで良かったんだ。俺はこうやって罰せられなきゃいけなかったんだ。そうだろう?」
「どうしてもそうやって、そのことに君自身としての意味を持たせたいというなら、止めはしないけれどね」
「何だよ、それ。どういう意味だよ」
「別に意味なんてない。ただそれだけのこと。君が命がけで何もできはしなかったというのと、本質的には同じことさ」
「ち、ちょっと待ってくれ! じゃあ俺は一体どうなるんだ。俺は悪い見本になって、そしてこれからの人間に同じことをさせないためのものになるんじゃないのか!」
「だから言ったろう? 死は何も解決しない…って」
「何だよ、それ。じゃあ俺は、単に、悪いことをしただけだっていう…おい、ちょっと待ってくれ! 頼むから! あ、本当に、もう、苦し、い…」
「そんなはずないよ。苦しくない。だってもう、君に苦痛を感じるような能力はないんだから」
「あ、本当に…本当に! じゃあ本当に何もなくなる! なあ、待ってくれ。ああ…いや、お願いですから、待って下さい。うあ、や……め……て……け……さ……な……い……だぶくしゅぐぶるわ…あ…はぁ…あぁ……………………………あぁ…」
「私は君を、忘れないけれど…ね」
死を撒く男 了