そらのやま「旅行記」Yukito Shimizu

紺碧のエーゲ海クルーズと世界遺産の旅5

6.エーゲ海クルーズその3
クレタ島

 クレタ島はエーゲ海最大の島,ギリシアの南端に位置する。これより南に300km航海すればアフリカ大陸に達する。
 予定では7時到着となっていたが,朝暗いうちに着岸。私たちは甲板に出てみた。サンライズだ。東の水平線の靄の上にチラッと見えたと思うと,あっという間に昇った。今日もいい天気だ。

 今日は午前中クレタ島観光,午後サントリーニ島観光の予定だったが,いずれもオプションになっているので,私たちは,午前は島を散策してゆっくり過ごすことにした。クレタ島のクノッソス宮殿跡も魅力はあったが,観光続きで疲れ気味であった。
 
 Oさん夫妻も今回はパスしてイラクリオンの町に出かけることにした。マツダさんも今日は自由行動というので,考古学博物館への道を尋ねると,
「私も町に出かけるからいっしょに行きましょう。」
と,止まっているタクシーに声をかける。ところがタクシーの運転手は「近いところだから歩いて行け。」と言っているらしい。

「しようがないな。乗車拒否だよ。」とぼやきながら歩きかけると,別の運転手が声をかけてきた。さらに,後ろから声をかける人がある。振り向くと,ダイニングルームの私たちのテーブル担当のボーイさんだ。マツダさんに,町に行くならいっしょに行こうと言っている。結局合計6人で2台に分乗,博物館前で降りる。私たちは博物館へ,Oさんたち,マツダさんたちはそれぞれ通りの方へ,帰りの時間の約束をしてわかれた。

 ここの考古学博物館には,クレタ島のミノア文明の遺産のほとんどを収めているという。つまり,アテネで行く予定にしている考古学博物館には,クレタのものはないということらしい。
 わずか40分ほどしか見ることはできなかったが,たいへん充実した展示であり,このあたりの文明を年代を追って知ることができたような感じになった。

 博物館を出てエレフテリアス広場に寄ったり,通りの店をのぞいたりしながら待ち合わせのところに行く。少ししてマツダさんたちはやって来たがOさんたちは来ない。「時間に来なければ自分で帰る」という約束だったので,4人で帰る。後でOさんたちに聞くと,「歩いてもそんなに時間はかかりませんでした」とのことだった。

 船はサントリーニ島へむけて出港。だんだんギリシアの生活になれてきたのか午後の昼寝をしていると(ギリシアでは,昼食の後の午後1時から4時ごろまで,シエスタといって昼寝をとる習慣がある),マツダさんがノック。
「キョウコさんの計らいで操舵室を見学できるそうです。」
 昼寝をしていて出てこない人もあるようだが,とにかく見せてもらおう。これだけの船なのだが,ほとんどコンピュータによって操縦されているらしい。船は順調にサントリーニへ向かっており,このあたりには島影もない。

サントリーニ島
 大噴火によって一瞬にして姿を消した文明,あの幻のアトランティス大陸だったのではないかともうわさされている謎の島。白い家々が遠くから見ても近づきがたい絶壁の上にあった。

 船は少し沖合いに停泊して,ボートで島に移る。
「ケーブルカーで上がり降りするということだったけど,車が走っているよ。」
「新しい港ができて,そこからバスに乗って島の観光,イアの町に行きます。そこでしばらく散策。その後古い港の上のケーブルカーの乗り場まで行って降りてきます。行きの港と帰りの港は違います。」

 噴火や地震によって何度も破壊された町。フィラもイアも1956年の噴火で崩壊し,現在の町はそれ以後にできたものだという。1956年といえばついこの間じゃないの。そこにまた町を築こうとする人々のエネルギーはいったいどこにあるのだろうか。白い壁,青い屋根の魅力か,それともギリシアのワインにとりつかれたのか。

 ここはワインの産地でもある。私たちのグループのAさんは,今日は「ワインの試飲コース」に向かって行った。
 ギリシアのワインといえばもっと名前が知られているのかと思っていたが,銘柄品はあまりないのだそうだ。海外土産物のパンフレットにもほとんど出ていない。
 今日まで味わってきたワインは結構おいしいと思ったのになあ。まあワインのうまさは銘柄じゃなかろう。ビールだって日本酒だってそうなのだから。
 このあたりのワイン(葡萄)は地を這っている。風が強いので,そうしているのだそうだ。日本,西欧,エーゲ海の島々それぞれに気候・風土に合った育て方をしているのがおもしろい。

 イアの町は観光を目的に造られた町のようだった。すべての家が壁を白く統一している。夕日を一つの売り物にしているという。その時間までいると,ダイニングルームでの私たちの夕食には間に合いそうにないと思うのだが,そんなことはあまり考えてないらしい。
 今日はオリンピア・カウンテス最後の夕食なのに,あのボーイさんたちにはお礼を言いたかったのに,と思うがファーストシッティングにはどうも無理。心の中でお礼を言って観光を優先する。

 道の両脇には土産物屋。写真を撮るためか,あるいはサンセット展望のためか,ちょっとしたスペースが設けられたりしている。土産物屋の1軒に入って,妻がクリスタルのコーヒーカップを手に取っていると,店員が「手作り」で,口で吹いて作るのだというような仕草をしている。ちょっといいものだ。一つ買うことにする。

 横道からロバが観光客を乗せて上ってきた。坂道の多いこの島の観光には,ケーブルカーもなく,車もままならなかった昔,ロバを利用してきたらしい。
 猫が多い。そういえば島には猫が多い。日本でも港には猫が多いから共通したものがあるようだ。トルコのエフェソスの遺跡にも猫がたくさんいた。ガイドが「マイフレンド。」などと言ってかわいがっていた。我が家のまわりにいる野良猫と違って,ひとなつこく近寄ってくる。

 時間になったのでバスへ。フィラの町まで行ってケーブルカーで港に下りる。バスを下車してかなり時間があったが,とにかくケーブルカーの駅まで行ってみようと,途中の店にも立ち寄らずに歩く。
 駅に着くと,なんと長い行列。1回あたりのケーブルカーの定員が少ないため,観光客が集中する時間帯はなかなか運びきれないのだった。30分くらいも並んで歩く。
 Yさん夫妻は今日が結婚記念日で,夕食のときお祝いをしてもらうことになっているという。ダイニングルームでの食事はできるのだろうか。
「間に合いますか。」
「ちょっと難しいかも。」
 時間的には間に合わなかったらしいが,サントリーニ観光の人たち全員が遅れたため,Yさん夫妻は待ってもらい,お祝いしてもらったようだった。ブラジルカフェベランダでバイキングに向かっていた我々も,後でシャンペンをご馳走になった。

 さて,エーゲ海の観光はサントリーニ島を最後にして終わった。船はアテネ・ピレウス港へ向かって航海している。明日の朝には到着予定である。
 エーゲ海は穏やかに晴れて,私たちに多くの島々を見せてくれた。その島々は美しい中に,ギリシア・ローマに代表されるヨーロッパ,アジアの西端トルコ,そして,アフリカの影響をも受けながら刻んできた歴史を,私たちにのぞかせてくれた。
 そんな島々と720海里(1330km)の航海の記憶が紺碧のエーゲ海の色となって,今私たちの中に広がっている。

キャビンは角窓
 荷物をまとめて部屋の前に出して,ほぼこの部屋での生活は終わった。あとはもう一晩だけ眠るだけ。
 そうだ,クルーズが終わるようになって,部屋のことをあまり書いてないのに気がついた。簡単に書いて,クルーズの部を終わる。

 この船にはキャビン(船室)のあるデッキが4つある。下からポセイドン,ディオニソス,ビーナス,アポロである。私たちの部屋はビーナスデッキの進行方向に向かって右側。もちろん海の見える部屋だ。幅が約2.5m,奥行きが約4.5メートル。ドアを開けて入ると,右にシャワー・トイレ・洗面のコーナー,左にクローゼット,中に入るとベッドが2つと机がある。フロアがちょっと狭く,「トランクを2つ開けない」と言っている人たちもあったが,私たちは1つだったのでそんなに困ることはなかった。

 空調もきいていてまずまず快適と言える。角窓から毎日海を眺めて過ごした。

  (エーゲ海クルーズが終わって,次回は最終回,アテネ世界遺産の旅です)