そらのやま「旅行記」Yukito Shimizu

旅行記6『輝きは驟雨(スコール)の後に』(マレー半島の旅)
8.マラッカ 1

 
マラッカは「マラッカの木」の名前をとったものだとガイドのタンさんは言う。なぜそうなのかは説明がないけれど、海峡を望む高台の手前でマラッカの木を見、そんな話を聞いた。
 ここもやはり多民族、多宗教の地。青雲亭寺院は中国らしい派手なお寺、マラッカキリスト教会も見る。古い町並を残す街で、道路も狭い。
 ババニョニャ博物館は、中国人とマレー人の間に生まれた子孫たちの文化を残している博物館。この地方の上流階級の人たちの生活あとなのだろう。
 ポルトガル要塞跡サンチャゴ砦の遺跡からマラッカ海峡を望む。
「あれはスマトラ島ですか。」
観光客の1人が聞く。
「いや、違います。そんなに近くはありません。」
とガイド。
 日はカッと照りつけて暑いが、丘に上ると風が涼しい。絵を描いている人が2・3人いる。観光地でよくある売り絵画家だ。1人はかなり年配の画家なのでちょっと近寄って絵を見、描いているところをカメラに収める。とたんに彼は私を振り向いて、着ていたシャツのボタンをとめて姿勢をを正した。写真を撮るならきちんとしたところを撮って、というポーズ。私も妻も笑う。すると、彼は自分の描いた絵の解説を始めた。
「これは、ありこ(蟻こ)、ありこ……わかる?」
「わかる、わかる」
と妻。この一言が彼にはうれしかったらしい。自分の絵と日本語を理解する人があったと。(というのは私の想像)
「プレゼント フォーユー。」
「サンキュー ベリー ハッピー」
その絵をさっと外して裏にサインをして妻に渡したのであった。
「えっ、もらっちゃっていいの。いくらかでもおかなくてもいいの。」
と妻はあわてる。
「いいじゃないの。プレゼントだって言うんだから。」
名もない観光画家で多分終わるのであろう。しかし、心の交流はそのときあったのではないか。
 ガイドが、
「絵を買ったんですか。」
と言う。
「いや、プレゼントして貰ったんです。」
「ほう。」
 こうして「蟻この絵」は我が家に残った。