そらのやま「旅行記」Yukito Shimizu

海外旅行二人連れ『アルプスの山々の語らい』

2.マッターホルン・ハイキング
 2日目はマッターホルン登山観光である。
 マッターホルン(4478m)のふもとの町ツェルマットまで,ジュネーブからはバスで約4時間。途中右にも左にも高い山々が連なり,「どれがマッターホルン?」と思ったりするがどれもマッターホルンではない。
 駅からホテルに向かう途中,ツェルマットの街の屋根の向こうにそのいただきを見たとき,みんなが思わず歓声を上げた。はっと驚くほどのところにそびえている。

 ツェルマットは標高1631mのところにある人口約5400人の小さな町である。18世紀までマッターホルンは「魔の山」として恐れられていたが,ヨーロッパに登山ブームが起こりアルプスの山々はその対象となった。1865年イギリスのウインパーがマッターホルンに初登頂し,ふもとのツェルマットはその拠点として一躍有名になり,賑わうことになった。

 私達は,ここから登山鉄道で標高3131mのゴルナーグラード展望台まで登る。ホテルに荷物を置いて少しのんびりしていたら,列車に間に合わないから急げという。私は前の方の車両に乗ったが,妻は後ろの車両に乗ったらしい。わりと空いていて,私はガイドブックおすすめの右側の席に座ることができた。

 写真を撮りながら展望台のある駅へ40分あまりで到着。展望台はその少し上にあった。
「3000m以上の高さですから,高山病になる人があります。走ったり,騒いだり,大声を出したりするのはよくありません。私もあまり大きな声で話すことはしませんので,すぐに指示に答えられるようにしてください。」
 吉村さんが高山病の注意を盛んに呼びかける。妻は以前に富士登山で経験しているものだから,ずいぶん心配しているようだ。
「大丈夫だよ,展望台までゆっくり登ろう。」

 寒いというほどでなく,実に気持ちのいい天気だ。展望台での眺めは素晴らしい。3000〜4000m級の山々が周りを取り囲んでいる。マッターホルン,モンテローザ,ブライトホルン,クラインマッターホルン,ゴルナー氷河も足下に見える。
 少し眺めて駅近くで休む。ここから駅一つ下りてそこからハイキングの予定だ。
「歩くの大丈夫かな。」
と,妻がまた心配する。
「下りだから,だんだん楽になる方だ。心配することはない。」

 ローテンボーデン駅で下車。全員がハイキングに参加することになった。ここからリッフェルベルクまで,下りの約6qを1時間30分で歩く。かなり遅めのスピードだ。道は特に歩きにくいところや危険なところもない。一般的なハイキングコースらしく,分かりやすいコースになっている。もちろん登りだと苦しいだろうが。

「今年の暑さのため,植物が育たないのです。」
 雨も少ないのだろうか,枯れたような表情をしている草が多い。キキョウ科のカンパニュラ・ショイヒゼリなど,確認できたものの種類は少ない。エーデルワイスは有名だが,自生しているものはほとんど見られないという。
 枯れたような草を羊がむしりとるように食べている。放し飼いにしてあるもので,首にかけたベルが「ガランガラン」と響く。まさに『アルプスの少女ハイジ』(Johanna Spyri)の世界だ。ヨハンナはチューリヒの近くの人だから『ハイジ』の舞台と位置的には少し違うが,私達日本人から見れば,スイスはスイス,同じようなものだ。

 前方にそびえる絶壁を指して吉村さんが説明する。
「この絶壁は,マッターホルンに登っていいかどうかのテストをするところです。この絶壁の登攀を試験官に見てもらって,合格した人だけしかマッターホルンに登ることはできません。」
 そう言われてよく見ると,ずっと高いところの岩場に取りついている人影が小さく見える。そうだな。マッターホルンが事故の名所になってもよくないだろうからな。また,そんなテストの場を設けることによって,登山技術の向上を図ることにもなるのだろう。

 ここで一つ,添乗員の吉村さんについて。
 スイスのことについてずいぶん詳しい。
「現地でガイドが付くのですか」と尋ねた人があったが,付かない,との返事。「大丈夫かいな」と思ったがなかなかどうして。いい加減なガイドよりも詳しく,もちろん日本人だから言葉はばっちり。一度や二度来ただけでは分からないだろうと思われる情報もちゃんと持っている。きちんとメモも準備されていて,十分な説明が聞ける。トンネルの中でも説明していたから,説明内容もしっかり身についているらしい。

 逆さマッターホルンを2ヵ所で見る。大きな山々に比べて小さな湖で,なんだかそこに入ってしまいたくなるようだ。ところどころ波紋ができるので,
「魚がいるのですか。」
と聞くと,
「いますよ。」
との答え。どんな魚がいるのだろう。凍ってしまうことはないのだろうか。
 少し風があり,湖面はふるえながら,それでもマッターホルンを逆さに映している。

 予定より少し早くリッフェルベルクに到着。ツェルマットまで帰りホテルへ。心地よい疲れ。明日の朝はマッターホルンの朝焼けを見よう。(続く)