そらのやま「旅行記」Yukito Shimizu

海外旅行二人連れ『アルプスの山々の語らい』

5.雪原に立つ
 今回の旅行の最高地点に立つ日である。天気は2日目のマッターホルンからずっと上々。
「最初のローマで3日分くらいの雨が降ってしまったんだよ。」
と,こちらの気分も上々。
「今日の弁当とお茶です。」
と,吉村さんが配ってきた。昨日注文を取ったもので,一人17フラン(1スイスフラン=90円弱)。そういえば昨日私が散歩に出たとき,吉村さんがスーパーの辺りにいたのはこんなのを買い求めていたのかもしれない。休む暇なくがんばっているみたいだ。

 インターラーケンからグリンデルワルドまでバスで約30分。ここから登山鉄道でユングフラウヨッホまで登ることになる。ユングフラウヨッホ駅は標高3454mヨーロッパ最高地点の駅である。
 この鉄道,アイガーの山中をくりぬいてトンネルを掘り,16年の歳月をかけて1912年に開通したという。トンネルの途中には展望台が設けられ,アイガー北壁やアルプスの景色を見ることができる。アルプス観光で成り立っているともいえるスイスのドル箱(いや,フラン箱)なのかも知れない。それにしても今から90年前,よくやったものだ。

「ユングフラウヨッホでは,ぜひ見てほしいところが3つあります。まず,スフィンクス展望台です。ここは駅よりもさらに高く3573m,エレベーターで上がればそこが展望台です。しかし,そこにあまり長くいますと他のところに行けなくなります。エレベーターで降りたら,反対側のエレベーターでアイスパレス,ユングフラウ氷河のトンネルに行ってください。それを抜けるとプラトーテラスです。ここは雪原の展望テラスです。できればこの3ヵ所に行ってほしいと思います。」
 吉村さんから事前のガイドがあった。

「スフィンクス展望台まで,一人で登ってきていいよ。どこかで待っているから。」
妻は,まだ高山病を恐れているようだ。しかし,
「上がってみようか」
と声をかけて二人でエレベーターへ。あっという間にスフィンクス展望台に到着した。
 この展望台からはユングフラウ(4158m),メンヒ(4099m)を望むことができる。ただ,建物の柱や張り巡らされているワイヤーが写真に入ってしまうので,できあがった写真は今一つ,アルプスを撮った感じにならない。

 あまりゆっくりしていられないから,エレベーターで降りてアイスパレス側に向かう。
「高山病恐怖症が治っただろう。」
「あれ,なんでだろう。なんともない。」
「運動せずに登っているから,酸素交換の必要がそんなにない。少々空気が薄くても心配ないわけだ。」

 アイスパレスは,氷河をくりぬいたトンネルである。ローヌ氷河と同じような氷河観光の場所だが,氷がきれいに磨かれていて,路面も氷だからつるつる滑る(ローヌ氷河は板が敷いてあった)。宮殿やペンギン,シロクマなどの氷の彫刻が照明に輝いている。手をかけて丁寧に仕上げた氷の部屋である。

 アイスパレスを抜けるとプラトーテラスに出た。ここは雪原の展望テラス。ユングフラウ,メンヒ,アイガー,アレッチ氷河も一望できる。雪原というくらいだからかなり広く,建物施設も気にならないので写真もばっちりのところである。
 あちこち写真を撮っていたら時間を取ってしまった。駅に降りる。ここから記念はがきを出すか,ホットチョコレートを飲むかなど,あれこれ迷っているうちに集合時間が迫る。妻が帽子につけるバッジを一つ買っただけ。まあ,吉村さんお勧めの3ヶ所には確かに足跡を残したからそれだけで十分満足。

 下りはクライネシャイデックで下車,ここでラウターブルンネン方面に乗りかえるのであるが,その間の待ち時間を利用して昼食である。
 駅から少し高い丘(丘というよりも斜面の一部なのだが,アイガーを眺める絶好の位置)でのおにぎり弁当である。3個のおにぎりは,ずいぶん固く握り締めてあって量が多く,あまりおいしいとはいえない。

 私はマレーシアの列車で食べた弁当のことを思い出してしまった。あの時もおにぎり弁当だった。かさかさに乾いていて,とても食べられるものではなかった。今回のものはそれほどではないが,もう少しなんとかならないかなあ,と思う。
 しかし,眺めは最高,天気も空気もよい。少々まずい弁当も私は全部食べて(妻は「食べられない」といって残す)駅の広場に下りる。
 
 駅付近には食堂がある。列車の出発まで時間があるので何か飲もう。店の外にはテントが張ってあってテーブルがある。注文はどうすればいいのだろう。しばらく様子を見ていると,椅子に座っていれば注文を取りに来るらしい。ホットチョコレートを頼んでみよう。これはぜひ飲んでみたいと妻が言っていた。長谷川さん夫妻もやって来た。いっしょに注文する。ホットチョコレートは,ココアを温かいミルクでとかしたようなもの。1杯4フラン(約350円)は高いか,安いか。

 ラウターブルンネンからバスでブリエンツヘ。ガイドブックによると,「木彫りの里として有名なブリエンツ湖畔の町」とある。ブリエンツ湖が美しい。しかし,木彫りのものはかさばるし,結構な値段がする。ここでも近くのみやげ物店で生チョコの味見。バレンタインデーに,雅子様が浩宮殿下に贈ったというステットレーの生チョコである。
 少し雨模様。私たちのアルプス観光が終わったのを空も見ていたようだ。(続く)