そらのやま「旅行記」Yukito Shimizu

海外旅行二人連れ『アルプスの山々の語らい』

6.ロイス川にかかる橋(ルツェルン)
 ルツェルンはスイス中央部チューリヒ,ベルン,バーゼルなどに囲まれた交通の要衝地である。夕食までに少し時間があるので,明日午前中に予定している市内観光をしてしまうことになった。その分明日の朝はゆっくりできることになる。

 郊外に「ライオン記念碑」がある。槍に傷つき瀕死のライオンのレリーフである。
 スイス人は金儲けのために戦争に参加し続けてきた。金で雇われて戦争をする傭兵を伝統的に続けてきたのだ。アルプスの山岳地帯で育ったスイスの男たちは強かった。ルネッサンス期のイタリア半島は,都市間の戦争が絶えず,いくらでも雇い主はあった。
 フランス革命のとき,民衆が宮殿を襲撃した。このときスイスの傭兵たちは身を挺して宮殿を守り玉砕した。その勇敢さと忠誠心を称えて建てられたのがライオン記念碑である。そこには傭兵の勇敢さと忠誠心,戦いの悲惨さがこめられているという。
 現在は,金で男たちを売るような傭兵はほとんどない。わずかにバチカン宮殿を守っている衛兵に,その姿を見ることができるだけだ。

 旧市街のなかを流れるロイス川に出ると,まず赤い屋根つきの美しい橋が目を引く。カペル橋である。橋のまわりは赤いゼラニュームの花で飾られ,まさに花の橋である。
 1333年に完成したこの橋は,ルツェルンのシンボルともいえるものだ。1333年といえば日本では鎌倉幕府が滅びた年である。ヨーロッパにおいて最古の木造の橋だったが,1993年に大半を焼失した。その翌年に再建されたものが現在の橋である。なぜかこの橋は途中で45度くらいカーブしている。500mほど下流にかかるシュプロイヤー橋(1408完成)も同じような作りになっているので,なにかわけがあるに違いない。

 橋を渡った川沿いでは,多くの人たちがテーブルをはさんで座り,ビールやジュースを飲みながら話に花を咲かせていた。私たちはいくつかの広場を訪ね,石畳を歩いてホテルに帰った。
「木曜日の夜はかなり遅くまで賑やかいですよ。」
 スイスも「花木(はなもく)」なのだそうだ。夕食後なにか面白いものでもないかと歩くが,たいした収穫もなし。ホテルには売店も,部屋の冷蔵庫もないので,ビールでも買って帰ろうかと思ったが,そんな店も見つけられず,ホテルに引き返す。
 明日は10時出発なのでゆっくり眠ろう。

7.クマちゃーん(ベルン)
 ベルンはスイスの首都である。国際都市としてはジュネーブの方が知られているが,ベルンはアルプス観光の拠点,経済の中心地でもある。人口は約12万人,大きく蛇行するアーレ川に囲まれた都市である。
 ベルン(Bern)の名は熊に由来するという。12世紀の終わりこの町を造ったベルヒトルト5世が狩の獲物として最初にとったのが熊だったところからつけたのだそうだ。
 というわけで熊公園を見に行く。しかし,暑さ続きのせいか,熊はお休み。無理に追い出されて見えるところに出てきたが,もっとお休みしたくて観客の方へは向いてくれない。
 近くのバラ公園も花のないバラがいっぱいだった。ここには奈良県から贈られた桜が百本植えられている。

 旧市街は見るところが多い。まず道の両側に6kmも続くアーケード。もともとは職人たちが通りの横で店を出していたのだが,雨や雪をしのぐ屋根が造られ,さらに屋根の上に住まいが造られてきたものだという。写真はその一部だが,右側が石畳の通りになっていて,左に店舗が並び,,この歩道の下にも店があったり倉庫として使われたりしている。

 この通りには多くの噴水がある。噴水といっても上に向かって噴き出す単純なものではなく,細かい細工の施された像と噴水を組み合わせたものである。「子ども喰いの噴水」は子どもの頭にかぶりついている像である。昔,この近くで堀に子どもが落ちる事故があったということで,子どもが近づかないようにと教えているのだそうだ。
 また,大聖堂前には「モーゼの噴水」,市庁舎の前には「旗手の噴水」など,それぞれの場所にふさわしい噴水が立っている。

 時計塔もこの通りにある。時報の少し前になると観光客が集まってくる。塔の下の部分はベルン建国の1191年から1250年まで市の西門だったという。時計,人形,天文時計は1527年から1530年に作られた。素朴でかわいい仕掛け人形に人気がある。
 先ほど上げた大聖堂は高さ百メートル,スイスでもっとも高い尖塔を持つ。中に入るのは無料だが,尖塔の展望台は有料。3フランの金額よりも「254段の螺旋階段」と聞いて上がる気をなくしてしまった。

 いったんホテルに入って自由行動。今日の夕食は自由となっているので,たまにはみんなでくっついて歩かなくてもよかろう(10人ばかりは吉村さんがまとめて世話をしたようだが)。ちょっとスイス料理に飽きていた。スーツケースに入れたままの日本食を片付けてしまいたくもあった。
 ホテルから先ほどの旧市街は近いので,もう一度二人で歩く。カフェの外でコーヒーを飲もうか。エスプレッソを頼む。あの苦いやつだ。
 それからもう少し歩いて広場の市場で果物を買って夕食のデザートにする。今日のホテルには売店があったので,ビールも買って夕食の準備完了。二人で乾杯。明日が観光最後の日となる。(続く)