食事介護の支援技術

1.はじめに

 「摂食行動」は、食物の認知から始まって口への取り込み、咀嚼、嚥下の一連の動作から成り立っている。しかし、「食べること」として、「摂食行動」をより広義に捉えると、目と手と口の協応、姿勢、呼吸、味覚や触覚などの感覚、食環境、食具、調理、心理など、さまざまな因子が関わっていることがわかる。健常者は、これらの因子に多少の問題を生じても「摂食行動」が困難になることはない。しかし、既得の摂食嚥下機能を突然失ったり(中途障害者)、高齢により摂食嚥下機能が低下したり(虚弱高齢者)、食に対する認知力の低下(痴呆)、さらに運動機能障害による摂食嚥下機能不全(脳性まひ)、学習障害(精神遅滞)などの場合は、「摂食行動」そのものが障害されるので問題解決のため第三者の介入が必要になってくる。「摂食行動」に限定するならば、対応は、単一職種でもある程度可能であるが、人間らしく「食べること」に範囲を広げるならば、多職種によるチームアプローチが不可欠である。しかし、これで、問題が解決するわけではない。現場を担当する家族や介護者に無理のない、食事介護プランや環境整備をおこなわなければ実行が困難になる。私たち歯科医師が対象とするのは、比較的症状の安定した在宅の要介護者や発達期の障害児である。最近では、特養や老健施設に入所中の方に対する相談を受けることも多くなった。今回は、摂食指導をおこなっていて必ず直面する問題「摂食姿勢」と関連する項目を中心に食事介護と支援について述べてみたい。

2.摂食嚥下に影響する諸因子

2.1 姿勢

 Siebens 1)は、@嚥下筋の動きを阻害しないA食塊の送り込みがしやすいB誤嚥しにくいC呼吸や咳を阻害しないD上肢の運動を妨げないE食具が使いやすい。を正しい姿勢と定義している。具体的には、@頸部前屈位A体幹の安定B股関節屈曲C膝関節屈曲D足底接地を行えばよいことになる。(図1)食事に際して私達が日常何気なく行っている良い姿勢をイメージすれば良いということになる。食事介護を必要とする要介護者も基本的にこの状況にできるだけ近づける必要がある。

このことを踏まえて、姿勢保持、上肢機能、食塊の口腔内での保持、移送、胃食道逆流などの障害の程度により調整していく。野本ら2)は、摂食姿勢が口腔筋の動きに与える影響について述べている。食べやすさ、飲み込みやすさを考える上で姿勢の調整は大変重要な因子であるということである。

2.2 食事と循環系への負担

食事は、要介護者にとっては、疲労を伴う作業である。特に嚥下困難者の食事中の呼吸循環系には注意を払う必要がある。斎藤ら3)は、食事開始から心拍数、収縮期圧ともに上昇し、終了後速やかに回復するが、加齢に伴い回復は遅れ、また、食事摂取時間が短いほど心拍数の増加と回復が遅延すると述べ、30分以上の食事時間と20分以上の休息をすすめている。田村ら4)は、食事中、動脈血酸素飽和度の低下が認められた要介護者に摂食指導を行い、軽減を認めたという。

2.3 食環境

食事を摂る場所は、静かで落ち着いて明るい環境作りが基本である。ベッドで完全寝たきり状態の場合以外は、ベッドから離れ、食事摂取にふさわしい場所でを摂ることが望ましい。

(1)テーブルと椅子

食事は、目、手、口を使った一連の作業である。その作業をしやすいように椅子やテーブルの高さを個人の状態に合わせて調整しなければならない。テーブルや椅子は姿勢のところで述べたように、基本姿勢がとれることが基本である。

新幹線や飛行機の椅子や簡易テーブルでは大変食事がしにくい。リラックスを目的とするのと食事などの作業をする椅子とでは、全く設計思想が異なるからだ。また、車椅子のまま食事を摂っているのを良く見かけるが、本来は、移動のための器具であり、正しい食事姿勢を保つには大変不便である。専用の食事椅子に移るのが望ましい。

(2)食具

介護用品として様々な自助食具が販売されている。しかし、それとて万能ではない。たとえば、握り部分を太くして握りやすく加工されたスプーンは、握力低下を補正するには有効だが、上肢や手首の複雑な動きには対応できない。メニューによってはかえって使いにくい場合も起きてくる。その場合、顔を食器に近づけて食べようとして、過前屈になるのでせっかく設定した基本姿勢がくずれてしまう。それを防止するには、食器の乗っているトレーの下に台を置き、食器と口までの距離を短縮すればよい。肘をテーブルに固定して前腕と手首の動作だけで食具が使え、食品を運ぶ距離が短縮されるため、安定した動作をとることができる。現場では、本や箱で代用しているが、高さの変えられる安定したトレーがあればと思うことはしばしばある。

上肢に片麻痺のある方の場合、片手は使えないため、食器の保持が困難になるので、すくいやすい形態の食器を選択したり、食器が移動しにくいように滑り止めの工夫が必要になる。しかし、これらはいずれも個人の摂食機能や能力を科学的に解析して作製したものではないので、帯に短したすきに長しの感がある。大久保ら5)は、幼児に適するスプーンを摂食機能との関係から、倉本ら6)は、捕食動作と関連させて、スプーンの形態を示している。たとえば、個人により適切な一口量は異なるが、スプーンのボール部の大きさと口の大きさ(口角間距離)とが著しく異なると適切量は得られなくなる可能性が出てくる。要介護者の摂食機能を考慮することなく、大きなボール部のカレースプーンで与えることは、たくさんの量を短時間で与えるための介助者の都合でしかないといえる。

(3)照明

食卓では十分な照明必要である。特に高齢者は白内障などで視力が衰えていることが多いため、特に明るくする必要がある。訪問先の家庭の照明環境の悪さは大変気になる。食事時、テーブルの上を明るくして食品や手元が良く見えるように設定したい。

3.食事介護の基本的な流れ

 食事の準備から終了までの流れを示した。(図2)食事介護は、このような過程の中で、要介護者の状態に応じて、工夫や援助をしていく。

4.現場での食事介助の現状と問題点

4.1 介助者の位置・目線

テーブルとの関係で介助者は要介護者の横か斜め前に位置することが多い。しかし、基本的には介助する側は、相手の正面で、同じ目線になるように座ることが望ましい。なぜならば、@要介護者の顔が正面を向くために、嚥下に関与する筋肉に緊張がなくなり嚥下しやすくなる。A相手の表情や摂食の状況が観察できる。Bコミュニケーションがとりやすい。C顔面に麻痺がある場合、非麻痺側への摂食介助がしやすい。などがあげられる。現実には正面介護がしやすいテーブルはほとんどない。介護者と要介護者を一つのユニットと考えた食事用のテーブルと椅子の出現が待たれる。ただし、ベッド上で寝たきりの方を食事介助する場合は、正面介護はベッドの上にでも乗らない限り不可能である。端座位の取りやすいようにベッドまわりの工夫が欲しい。

4.2 ペース

摂食嚥下障害者はもちろんのこと、虚弱高齢者は、摂食嚥下機能低下が少なからず見られる。介助のペースは、健常者に比べてかなり遅くしなければならないことを認識しておかなければならない。石原ら7)は、食事摂取速度が上がると、循環系の負担が増すことを示している。全介助の場合、一定のペースを守るために介助者との交互食べが推奨される。

4.3 一口量

一口量は、多すぎると誤嚥を起こしやすくなるし、少なすぎると時間がかかり、本人の疲労が増す。フードテスト8)により嚥下後の口腔内の食物の残留状態を観察することにより、処理能力をある程度判断することができる。もちろん残存歯数や義歯使用の有無なども大きく影響する。

4.4 モニタリング

2.2で述べたように血圧や脈拍、動脈血酸素飽和度は食事中の疲労度のバロメーターとなる。パルスオキシメーターでのモニタリングは、簡易で大変有用である。

4.5 姿勢保持

座位のとりにくい脳性まひ者()や中途障害者、筋力の低下した高齢者は、食事中の姿勢保持が難しい。側方傾斜や過前(後)屈、ずり落ちなどが問題になるが、目の前で起きているこれらの現象を介護者が気がつかないことがしばしばある。食事介助を担当する家族や介助者への教育も必要である。食事中これらの現象を防止するように作られた姿勢保持装置のほとんどがシートベルト方式で身体と椅子を固定する方法であるが、これでは胸部や腹部を圧迫して、円滑な摂食嚥下を阻害しかねない。窪田ら9)は、ギャッチアップ座位におけるずり落ちのメカニズムと解決法を述べているが、このように機能解剖に基づいた姿勢保持について更なる研究が進むことを期待する。また、現在のセンサー技術を持ってすれば、傾く方向の圧を感知して姿勢を正す装置の開発は、難しいことではない。(既に考えられているか、実用化されているかもしれないが)

5.食の心理

食事は誰でもおいしく楽しく食べたいと思うであろう。宮岡ら10)は、成人では、過去の食事にまつわる経験が嗜好や食欲に少なからず影響することを報告している。

寝たきりの要介護者が家族の食事の時間、一人さびしくベッド上で食事を摂るという光景は珍しいものではない。そばにポータブルトイレが置いてあり部屋に異臭が充満しているなんていうことも珍しいことではない。こんな状態で食欲が出るだろうか。

できるだけ食事は食卓で家族と共にさせてあげたいと思うのが自然である。

しかし、ベッドから起こし、食卓までの移動させることが大変な作業であり、移動したとしても食卓を含めた環境設定(姿勢保持やテーブルの位置高さ食具の選択など)ができていないのが現状であろう。

新しい介護住宅でも食事を考慮したハウスデザインまで考慮されたものは少ないのではないだろうか。

また、嚥下障害の方が、ベッド上で食事を摂る場合、本人は、天井を見て食べている光景は、珍しいことではない。この場合、本人はテーブル上の食品を直接見ることができない。食事は目で見て楽しむ要素も大きい。鏡を使って間接的にでも見ることができれば、食の楽しみも増すはずである。ちょっとした配慮が味気ないベット上での食事を楽しいものにする。

(6)食事支援ロボット

介護の現場では、介護者にとっては、介護負担の軽減という観点から、できるだけ介護を安全にかつ効率的におこないたいと考えるだろう。要介護者にとっては、自分がして欲しいときに必要なだけ介護を受けたいと考えるであろう。最近のテクノロジーの進歩により、介護の現場でも、ヒトの意思のまま、思うように操れるヒトのためになるロボット開発が進んでいるようである。最近発売された食事介護支援ロボット「マイスプーン」は、まだ幼稚な動きと形態であるが、介護の意思決定を要介護者側にシフトさせたという点では画期的なマシンである。筆者も実際に経験した。いきなり目の前に差し出されたスプーンに最初は恐怖(決して大げさな表現ではない)を感じた。実際に食事介護を受けたことのある方なら誰でも感じるという。しかし、スプーンは、口元のわずか手前で止まるようにできている。スプーンにのっている食べ物は、口元を自分から近づけて取り込むことになる。自分のペースで食べたいものを選びながら食べることの安心感は経験してみないとわからない。笑われるかもしれないが、マシンの前にそばにいて欲しいひとの写真(親でも好きな人でも良い)を貼っておくだけで、本当にそのヒトに食べさせてもらっているような幸せな気分になれそうだと感じた。ヒトがヒトを介護をする行為の間にマシンが介在することによって、双方が快適になるという現実は、鉄腕アトムの時代がすぐそこまで来ていることを予感させる。

(7)おわりに

 これまで述べてみたように摂食嚥下障害を持った要介護者に対する援助は、一つの職種、一人の人間のかかわりでは、十分な効果をあげない。職場や環境でキーパーソンは異なるのは仕方がないにしても

口腔機能の専門家である歯科医師に他職種からほとんどお声がかからないのは、大変残念である。逆に私たちが相談を持ちかけたくてもどこの誰に相談すればよいのか分からないのが現状である。それぞれの領域を越えたネットワーク作りが現在の課題といえよう。

 リハビリテーションの専門の先生方からすれば、拙文は、物足りなさを感じられたかもしれないが、歯科医師(まだ限られた数であるが)も少しは介護の現場に関わっているということが分かっていただければわたしの目的を達したことになる。

最後に、私のホームページを見てお声がけを下さった桂律也先生をはじめ、執筆の機会を与えてくださった日本リハビリテーション工学協会の諸先生方に誌上をお借りしてお礼申し上げたい。

文献

1)Siebens AA:Rehabilitation For Swallowing Impairment.In;krusen’s Handbook of Physical Medicine & Rehabilitation(kottke FJ et al,ed).4th ed.W.B.Sounders Co.,765-777,1990

2)野本たかと他:姿勢の変化が嚥下時の口腔関連筋に及ぼす影響、障歯誌23522-531,3002

3)斎藤やよい他:食事による心拍数の変動、臨床看護研究の進歩、1,12-191989

4)田村文誉ほか:食事の影響による動脈血酸素飽和度と脈拍数の変化について、摂食・嚥下リハ学会誌、2,49-54,1998 

5)大久保真衣ほか:摂食機能発達を考慮した自食スプーンの研究、小児保健研究、613503-5112002

6)倉本絵美ほか:スプーンの形態が幼児の捕食動作に及ぼす影響、小児保健研究、61182-902002

7)石原喜代美ほか:食事摂取速度の違いによるPRPの変化について、therapeutic Research11,5,155-1571990

8)金子芳洋、向井美惠編:摂食・嚥下障害の評価法と食事指導、95-107、医歯薬出版、2001

9)窪田静ほか:ギャッチアップ座位のメカニズム、訪問介護と看護、4,4,268-2751999

10)宮岡洋三ほか:食の心理−健常成人を対象にした調査、第6回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会講演抄録集、2000

 

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