はしがき
 
作者・年代
 この物語は、十の短編と一つの断章を納めた「堤中納言物語」の中にあります。作者
は全く分かりませんし、書かれた時期もはっきりとは分かっていません。
 物語の中で、「
南無阿弥陀仏」と唱える場面が出てくることから、法然上人が念仏を
唱える教えの浄土宗を広めた
1175年よりはのちの時代に書かれたもののようです。また、
「はべり」(「ありの丁寧語が使われていますが、平安時代(794-1192の末期からは、
「さぶらふ」が一般に使われたようなので、それ以前に書かれた作品と言えなくもない
のですが、ただその時代設定で書かれただけかもしれないので参考にはなりません。
 
「堤中納言物語」については、今井似閑1657-1723が上賀茂神社に献納した写本には
藤原為氏
1221-1286の自筆写本から書写したとあるので、それを信用するとすれば、各
作品の書かれた時期ははそれをさかのぼることになります。
 いずれにしても、
700年も800年も前の大昔に書かれた作品ではあることには違いな
いようです。
 
原文について
 古文にはありがちな事だとは思いますが、なにせ800年近くも前の作品なので、原稿
や初版本が存在するはずもなく、現在残っている本はすべて後の人が書写したものです。
草書体で書かれているので、やはり読み違いもありますし、書写が繰り返されるうちに、
誤写があったり書写した者の解釈が加わったりで、現存する写本はそれぞれ様々な点で
食い違いがあります。中には、原文が分からなくなって解釈まで変わってしまうものが
あったり、文字が読めなかったのか書き写さずに空白に成った部分もあります。もとも
とどうだったのか、今となってはその前後の文章から推測するしかありません。
 そんなわけで古典文学としては、読みこなそうと思うと少々難易度の高い物語である
ようです。
 しかし、古典文学はあまり知らなくとも、この題名だけは聞いたことがあることと思
います。それくらい有名な作品ですから、そこかしこに解説書や訳文が見られますが、
読む機会の無かった方は一度読んでみてください。できれば注釈を見ながら本文を読ん
でみることをお勧めします。素人が書いた注釈なので、市販の解説書よりは内容が親切
だと思います。