「いとあさましく、むくつけきことをも聞くわざかな。さる物のあるを見る見る、みな
立ちぬらむことぞあやしきや」とて、大殿(おとど)、太刀をひきさげてもて走りたり。
よく見たまへば、いみじうよく似せて作りたまへりければ、手にとり持ちて、「いみじ
う、物よくしける人かな」とて、「かしこがり、ほめたまふと聞きてしたるなめり。返
り事をして、はやくやりたまひてよ」とて、渡りたまひぬ。
人びと、作りたると聞きて、「けしからぬわざしける人かな」と言ひにくみ、「返り
事せずは、おぼつかなかりなむ」とて、いとこはく、すくよかなる紙に書きたまふ。仮
名はまだ書きたまはざりければ、片仮名に、
契りあらばよき極楽に行きあはむまつわれにくし虫のすがたは
福地の園に。
とある。
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