「ひとつ、聞いていいかな?飛鳥ちゃん」

 目の前に置かれたモノに手をつける前に。

 

 

「・・・・・・・・・何だ」

 返る声がぶすくれているのはおそらく気のせいじゃない。

 吹き出して大笑いしたい衝動を必死で堪えて、羽鳥は苦笑に留めた。

 

「これは、味見?それとも毒見かな」

 言った途端に、ますます不機嫌な気配。

 実の所、嫌味や揶揄ではなく、この問いは割と切実だ。

 だから僕に怒るのは筋違いで、だけど理不尽だと憤るよりも微笑ましいと感じてしまうのだから、僕も大概重症だ。

 

「ひ・ど・り・ちゃ・ん?」

 一音づつ区切って促せば、苦々しくも口を開く。

「味見」

「本当に?」

「ああ。・・・・・・・・・大丈夫だった」

 

 大丈夫『だった』

 与えられた台詞を反芻して、首を傾げる。

 それはつまり、自分で試してみたという事で。

 

「なら、何で?」

 どうして最後まで一人でやらないのか。

 

「体に異常は無い。・・・・・・・・・が、舌が麻痺した」

 だから味がわからない、と。

 時間もない事だし。

「あ・・・・・・あーそぉ・・・・・・・・・」

 そーゆー事情ね、と納得。

 

 

 

 健気だよねぇ・・・・・・・・・

 呆れを通り越して、もはや感嘆に値する。

 

 ちょーこの洩らしたちょっとした一言、ただそれだけで。

 

 

「すごいなぁ・・・・・・・・・」

「何だ」

「え。あ、いや・・・・・・」

 

 我知らず、口に出ていたらしい呟きの真意を語るつもりはない。

 

 誤魔化すように泳がせた視界に飛び込んだもの。

 

 

「ケーキ、作ってたんだねぇ・・・・・・」

「何だと思っていたんだ」

「いやぁ、突然黒魔術にでも目覚めたのかと」

 

 眉を寄せて何か文句を言いかけた口が、しかし自覚はあるのか何も紡ぐことなく閉じた。

 

 それだけ台所の惨状は凶悪だ。

 おそらくは失敗作であろうソレらは、映像としてならモザイク処理が必須だろう。

 異臭もするし。

 

 

「何つーか、視覚の暴力?子供泣くよね」

「悪かったな!」

「いや悪かないけど・・・・・・・・・まともな食材とレシピがあって、どーやったらこうなるんだろーって不思議に思っただけで」

 別に料理下手ではない筈なのに。

 普段和食しか作らないから、勝手が違うのだろうとは思うけど・・・・・・・・・限度ってものがねぇ?

 ついついそんな思いが口に出て、直後しまったヤバイかもと思った。

 別にからかう気はなく、心底本音だったのだけど、肩を震わす飛鳥は本気で怒ったようで。

 

「・・・・・・・・・もういいっ、そんなに嫌なら出て行け!」

「わーごめんゴメンっ、嫌じゃないってやるよ味見るって!!」

 襟首掴んで閉め出されそうになって、慌てて叫ぶ。

 

 本当に、嫌ではないのだ。

 

 

 だって、ちゃんとケーキの形をしていた。

 

 

 そりゃあ、市販品と比べたら形はいびつだったし、クリームは溶けて流れていたし、つついた感じフワフワというよりもボソボソといったスポンジだったけど。

 

 それでもそれは、一見してケーキだったのだ。

 

 台所にあった、完全に炭化しているものやら、謎の不定形物体としか表現できないもの。

 そんなものを経て、ここまで辿り着くには相当の試行錯誤を重ねたことだろう。

 

 見かけよりも内容を重視する飛鳥だから、きっとその段階から口にしているに違いなく。

 だったら、あれはちゃんとケーキの味がする筈だ。

 だから、

 

「入れてよぉ・・・・・・・・・」

 ピシャリと閉ざされてしまった扉に向けて、途方にくれて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 アレが食べてみたい、と。

 転がっていた雑誌に載っていた一枚の写真を、ちょーこが示したその日は。

 折しも、彼女の誕生日三日前。

 

 当日に街に降りて買ってくればいいかと、気楽に思っていた僕の考えは、きっと間違ってない。

 今でも、そんな暇あったら飾りつけするなり何なり、もっと有意義に使えると思ってる。

 

 

 だから、

 プロに適う筈もなし、和食以外は範囲外だというのに自力で作ろうと試みている弟を見て、

 何を好き好んで時間と食材を無駄にしているのか、滑稽に映る。

 だけど、

 その努力は・・・・・・想いは。この上なく純粋で、尊い。

 

 

 

 一人でここまで扱ぎ付けて、

 舌が馬鹿になろうと、どれだけ時間がかかろうと、

 本当は最後まで自分だけで仕上げたかっただろうに。

 

「もう、明日だもんね・・・・・・・・・」

 バースデーケーキというなら、間に合わなければ意味が無く。

 仕方なく気位の高さを曲げて、協力を請うて来たというのに。

 

 

 馬鹿にするつもりなんて、これっぽっちも無いんだ。本当に。

 

 

「開けてよ、飛鳥ちゃん・・・・・・・・・」

 目の前の戸は、勿論その気になれば抉じ開ける事など容易だ。

 でも、それじゃあいけない。

 飛鳥に開けてもらえないなら、何の意味も無い。

 開けて欲しいのは、こんな薄い木造の戸などではなくて。

 

 

 

 

「僕も、祝いたいよ・・・・・・」

 

  簡単にすまそうとは思ってたけど。

 今でも間違ってるとは思ってないけど。

 

 決して、軽く見ていたわけじゃない。

 

 

 

 だから、

 どうか僕にも

 

「手伝わせて、よ・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 それは、我ながら情けない懇願で、

 だからこそ、

 ゆっくりと、遠慮がちに開かれた扉に、心底ホッとした

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで終わる予定が、何となく続きます。

何となくのくせに続きの方が長いのはもはやお約束ということで。