「暑いー・・・・・・」 誰もいない虚空に向かって呟いても、息による湿気が高まったようにすら感じる。 虚しい。羽鳥はころりと寝返りを打った。
冬の間は裸足で歩くと痛いほどに冷える木目の床も、しかし今はひたすらぬるい。 陽の当たる箇所は熱いほどで、日差しから逃げるように更にころころと転がった。
「だるい・・・・・・」 我ながら、目一杯はしゃいだ午前中とは随分な違いだ。 朝からハイテンションな分、だれるのも早いという事か? あ、ちょっとそれは納得かも。一緒に住んでる中の黒髪二人を思い浮かべて唸った。
「踏むぞ、お前」 浮かべていた片方の、呆れたような声が振ってきた。 「あ、飛鳥ちゃん」 「通行の邪魔だ」 「あれ、いつの間にか廊下」 転がりすぎた。 「そのうち落ちるぞ」 「あー、経験あるなぁ」 「懲りろ」
心底呆れたといった様子はいつもの事。 構ってくれるわけでもなし、さっさと行ってしまった。 ま、僕から絡まなきゃこんなもんか。
それにしても、この茹だるような暑さはなんとかならないものだろうか。 はやく、夕方にならないかな。この時期は日が長すぎるよ全く。
午前中はまだマシだった。 本日の買い物当番だったので、必要な物以外にも色々季節商品など物色して、無駄遣いを怒られてもまだハイだった。 西瓜割りしようって言っても誰も付き合ってくれなかったのは、ちょっと切なかったけど。 ええ、しょうがないから普通に切りましたよ。 その他衝動買いの痕である一つ、キャラ物のミニアイスノンに手を伸ばすが、すっかりぐにゃぐにゃになって小さな水溜りを形成していて、もう使えない。 冷凍庫に入れればまた使えるのだろうけど、こんなもの一回限りのノリだろう。 そこまで行くのにも億劫なのだし。よく見ると女の子向けだったデザインもちょっと暑苦しい。 伸ばした手をパタリと降ろし、また目を瞑った。 熱帯夜で眠りにくい日が続いたから、いつでも眠い。 昼寝にはまるで快適じゃない条件なのに、どうにも意識がぼんやりする。 眠気というより気が遠くなってるんじゃないか? 疑問を覚えつつ、どっちにしろその方が楽かとそのまま意識が拡散していくのに委ねようとした時、
むぎゅ
「ふぎゃ!」 猫が轢かれたような声が出た。
「予告はしたぞ」 「時間差で来ないでよ!」 突然の圧迫感は、どうも飛鳥に背を踏みつけられているらしいとその物言いで知れた。 というか乗られてる。 「つか重い!単品ならともかくプラスαが重い!!」 じたばたもがいて何とか窺うと、なんと米袋なんて持っている。 「何でわざわざそんなもん・・・・・・」 「わざわざじゃない。米櫃にあまり無かったから貯蔵庫から持ってくる途中にお前が居るんだ」 「・・・・・・・・・じゃあもうどいて」 もう通行の邪魔はいないからと懇願すると、あっさり降りてくれた。いや、こういう時に面白がってどかないのは僕くらいなもんだけどさ。
「・・・・・・食事当番、だっけ?」 「ああ。昼寝とは良い身分だな、買出し当番?」 どっちかってゆーと気絶です、と申請するのも馬鹿らしい。 でも、なんか今日の飛鳥ちゃん嫌味だな。暑いからかな? 「今日ご飯もの?僕、そうめんとかがいいな」 「却下」 むぎゅ また踏まれた。 「ぴぎゃ!」 「奇怪な生き物のようだな」 「誰のせいだと!?」 むぎゅぎゅ 「か、勘弁してくださいお代官様」 息も絶え絶え。 「誰がだ」 「じゃあ女王様?」 「この態勢で良い度胸だ」 同感だ。なんでこう時々ノリに全てをかけたくなっちゃうのやら。
そんなわけで以下数分、詳しく思い返したくないので略。
「お前最近それしか作ってないだろ」 あ、そこに戻るのか。 何か、目一杯話がそれてたなぁ・・・・・・。 「だーって、こう暑くちゃ冷たいものしか欲しくないんだもん。 いーじゃん、僕ら必要摂取量少なくていいんだから」 「量はともかく偏ってる。最近そうめんとカキ氷しか食ってる姿見てないぞ」 「今日西瓜食べてたじゃん」 「問題外だ!」 「・・・・・・世話焼き対象にされても迷惑なんだけど」 ぽろっと言ってしまって、お互いギクっとした。 しまった、思い切り茶化すんじゃないなら僕的ルール違反。
飛鳥が無言で立ち上がって、歩き去ってしまった。 そろそろ準備しないとまずいってのもあるんだろうけど。 でも、やっぱマズったかなー。 ま、過ぎたことはしょうがない。この暑さが全て悪いのさ。 この異常気象だとか、光化学スモッグだとか政治とか。 ・・・・・・最後のは違うかな。スモッグもここまでは来ない。
いーやもう寝よう。眠れればだけど。
むぎゅ
「・・・・・・って思ってんのに何で放っといてくれないかな」 「通行の邪魔だと何度言ったらわかる」 「何往復もしないでよ。手際悪いなぁ。 ・・・・・・・・・嘘ですゴメンなさい背骨に硬いものが当たって痛いです。何コレ釜か何か?」 本当に懲りないな僕って。 「恨むなら台所と貯蔵庫・井戸の中間点に居る自分を恨め」 「恨んだ恨んだ。米研ぎに行くの?」 「ああ。ちゃんと食えよ」 「んー・・・・・・・・・善処します」 言うまでも無くまだ踏まれてます。 「ちなみに献立は?」 「いつもの如く」 ・・・・・・主菜は決まってないんだな。 でも。ご飯と味噌汁と付け合せとか、そういう正統派家庭料理は飛鳥に任せとけば間違いはない。 ミスるのは大抵、常に新しい事にチャレンジしている羽鳥だ。おかげでレパートリーは広いけど。 いや、殆どは成功するんだよ?成功してもここの住人の口に合わないことも多いけど。 ・・・・・・もっとも、最近はさっき指摘された通り、手抜きばっかだけどね僕は。
「ああそうだ、さっき話してて思い出したんだけどな。これどう思う?」 身動き取れない僕の顔の前に、白っぽいものが突き出される。 えっと、近すぎてピント合わないんですけど。 「へ?何、その言い方だと飛鳥ちゃんも新しい事に挑戦?」 「漬物だ」 「あそ」 食べろと言うならいい加減どいてくれないだろうか。 そう言おうと口を開いたら押し込まれた。 あ、でもこれ初めての味。 爽やかな香りが印象的。 「スイカ?・・・の、皮」 「ああ。表面を削って漬けてみた」 「いんじゃない?ちょっと面白くて」 「これは塩揉みだけど、何種類か試してみたから夕飯でも感想言えよ」 あ、嬉しそう。 こーゆーとこ可愛い。 「飛鳥ちゃん、さぁ・・・・・・・・・」 でも狙いが分かりやすくて、何だか気恥ずかしい。 「なんだ?」 「いいお嫁さんになれるね」 「いい加減にしろっ!!」
ほんと、何で懲りないんだろう我ながら。
「飛鳥ちゃん、そろそろ行かなくていいの?」 「あ」 馬鹿やってたらもう夕方だ。 後半は割合早く感じたな、と思って何だか笑いがこみ上げてきた。現金だなって。
「早くね〜 涼しくなったらお腹空いちゃった」 「お前な・・・・・・」 ふぅ、と一息。 「明日はお前も温かいもの作れよ」 「え。ヤダ」 「あのなぁ!」 「手抜きするなって意味なら了解」 は?という顔が妙におかしい。 「冷たいのにも色々あるよね。明日はビシソワーズとか挑戦してみようかな。じゃが芋余ってたよね?」 作ったら食べてくれる?と聞くと、 「生クリームは好きじゃないんだけどな」 とりあえず、否定はされなかったので良し。 「じゃあ牛乳だけで作ろ。他で一工夫してみるよ」 ちょっと、面白くなってきた。 うん、元気出てきたよ。
「じゃ、出来上がるまでもうひと眠り!」 「結局寝るのか!」 「大丈夫、心配しなくても夜も寝るから!」 「誰がそんな話をした!」 「してなかったの?」 「う・・・・・・」 小首かしげて訊ねると、もごもご言いながら逃げられてしまった。
じゃー休みますか、と引き寄せたアイスノンに張り付いてる米粒を見て、また笑った。
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西瓜を食べたら書きたくなりました。いや漬物にはしてませんが。季節ものの項に入れようかと思ったのですが気が変わって御題に。タイトルバーに名残が残ってますね。
光化学スモッグは・・・・・・書いてる最中に腹立ってたのが丸分かりですね。だって7月入ると毎日のように注意報発令されてるんですもの。
勝手設定で言ってますが、飛鳥ちゃんだけならけっこう軽いです。いや米より軽いと言ってるんじゃないですけど。軽くてもいいけど←どっちだ
今回の話、・・・・・・・・・・・えっと、ちょーこが弥栄家に入ったのは夏休み初旬ですよね。第一話は7月号だったのだし。
直後はっきり落ち込んでるのは飛鳥だろうけど、羽鳥も分かり難く不調気味になってると可愛いかなって思いまして。暑いからとか、何か精神面以外の理由を盾にした不調。
何が可愛いって、飛鳥ちゃんは自分が落ち込んでてもそんな時は世話焼きにくるかなーという辺りが。でも素直じゃない(笑)