「ご飯もうすぐだよー」

 の声に呼ばれて階下へ。

 皿に盛り付けられている献立を見て、ホッとした。

 

 今夜はハンバーグだ。

 

 

 

 

 

 それにしても、なんだって食事のたびにこんなに不安がらなきゃなんねぇんだ。

 はぁ、と溜息ひとつ。そもそも母さんが居れてくれりゃあ。

 

 

 母親が町内会の何たらで旅行に出たのは一昨日だ。

 家族残して行楽なんて気が引けるのだけど、大人には付き合いというものがあってうんたらかんたら。さも仕方ない事と主張していたが、少し前に名所案内が転がっていたのを京太は知っている。

 知っていた所で、この家最強の人物に何が言えるでもないのだけど。

 

 朝はトーストでも事足りるとして、昼が購買になるのもよくある事。

 問題は夜だ。

 店屋物を取るかという話になっていたところ、天狗二人が自炊できると主張した。

 それは人の食えるものなのか、ものすごく不安だったのだけど、経済的理由によりそういう事に決まってしまった。

 一昨日は母の作り置き。昨夜が飛鳥で今夜が羽鳥の担当だ。

 コイツが一番不安だった。

 ………良かった。まともで本当良かった。

 

 

「京太くん、溜息吐いてないで運んでくんない?」

「あ、おう」

 飲み物を用意しようと、グラスを取り、冷蔵庫から麦茶のピッチャーを取り出した。

「……?」

 何か今、違和感があったような。

「どうかした?」

「あ、いや何でも……」

 何でも、無いことを祈る。

 

 

 

 あらかた配膳が終わって、席に着く。見た目も、立ち昇る香りも旨そうだ。

 メイン以外は和食。付け合せはいんげん。白米、味噌汁とお浸しは今運ばれている所だ。

 全部揃わない内に箸を伸ばしたら、飛鳥に凄い勢いで睨まれた。ちょーこの教育に悪影響だとか何とか。

 行儀が悪かったのは認めるけど、少しは中学生の胃袋事情も思いやれ。

 腹の虫を宥めつつ、口には出さずに愚痴っている内に、いつの間にか整ったらしく羽鳥も席に着いた。

 

「「「いただきます」」」

 別に今日に限った話じゃないが、律儀に手を合わせて目を瞑って声を揃えていただきます、というのは結構愉快な光景だ。微笑ましくも滑稽で、いっそシュールだ。

 ………ます、と言ったのか言わないのか程度に誤魔化して、まずは味噌汁を啜った。

 味噌汁は昨夜も出た。我が家より薄めなのは仕方ないか。

「こういうのって家庭ごとの味が出るもんらしいしな……」

 昨日今日と一緒くたな感想に、途端神経質そうに飛鳥の眉が上がった。

「口に合わなかったのか」

「まぁまぁ、飛鳥ちゃんも奥さんの料理は味が濃いって言ってたじゃん」

 独り言のつもりがこの地獄耳ども。

「家庭の味って言っても、ご飯や味噌汁みたいな基本的なのは飛鳥ちゃんのが上手だけど。

 安定した味が出せるのってスゴイよね」

 いや、だからオレには昨日の飛鳥のとの差がわかんねーんだって。

 京太が首を捻ると同時に、飛鳥の眉が寄る。ただし今度は羽鳥を向いて。

「お前の場合、慣れると適当になるからだろ」

「慣れっていうか、飽きるんだよねー」

「開き直るな」

 ちゃんと出汁殻を回収しろだの、味噌はちゃんと溶かせだの、なにやら日常が伺われる会話が繰り広げられた。

 

 放っておこう。とメインであるハンバーグに視線を移す。

 飛鳥の飯は、味は上等だったのだろうが、食べ盛りの男子中学生としては上品過ぎた。素材の味を生かすよりも飯の進む塩気が欲しかったし、油っ気が無くては朝まで腹が持たない。何より肉食わせろ。

 そんなわけで、今夜も覚悟していただけあって、嬉しい。

 昨日と同じか、もしくは余程けったいなもの食わされるんじゃないかと思っていただけに。

 やっぱり薄味なのはともかく、主要蛋白質が肉か豆かの違いは大きい。

 

「お前って、肉食わないのかと思ってた」

 ハンバーグに箸を伸ばしつつ、ふとそう言えばと疑問が浮かんだ。

 牛も豚も鶏も、食べているのを見た事が無い。

「おや、バレてた」

 少しバツの悪そうな顔。

「なんだ、戒律とかじゃなかったのかよ」

「別に信仰とか無いし。個人的に苦手なだけ」

 羽鳥の苦手、を初めて聞いた気がする。いや血が駄目なのは聞いたけど。

「ちょーこの教育上良くないんじゃねぇの、そういうのって」

 そんな事思っていないが、いつも一方的におちょくられてる気がしているので、弱味は責めたい。

 ハンバーグに刺さる筈だった箸をくるくる回しながら言い募ると、羽鳥は苦笑し飛鳥にはまた睨まれた。行儀作法がどうしたってんだ。

 

「一応理由はあるんだけど……」

「どんな」

「んー、いくつかあるけど、君の食欲無くしそうだからやめとくよ」

 どんな理由だ。畳み掛けたいような、もし言い逃れじゃなかったらと思うと聞きたくないような。

 ただの言い訳だろうと思うのに、何故か追求してはいけない予感がして、そこで言葉が止まってしまった。

 

 半端に失くしてしまった勢いが気持ち悪くて、止まった箸の動きを再開するのに躊躇いがある。

 視線を流せば、勢い良くかっこんでいるちょーこが眼に入った。

「昼は何食ったんだ?」

「オムレツ作ったよ」

「へぇ……」

 話題が変わった事で再び伸ばしかけた箸が、そこでまたも覚えた違和感に止まる。

 あれ。おかしいな、さっき冷蔵庫開けた時は卵全部あったような……?

 いざとなったら自力で何とかしようと、焼くだけでも一応何とかなりそうな肉や卵はチェックしておいたんだ。

 卵はそのまま1パック。なのに先程見たときにはパックは開いていなかった。

 そこで、さっきの違和感の正体に気付く。

 

「……今日、買出しとか行ったのか?」

「え?ううん行ってないけど」

 何より、気になるのは。

 

「羽鳥、これ何の肉だ………?」

 減ってない。卵も肉も絶対減ってない。

 (牛も豚も鶏も食べてるのを見た事がない) なら、これは、何だ。

 肉を、ではなく。『人の食べる』肉を、食べない。だったとしたら?

 オレの、食欲の落ちるような話って何?

 

「………何だと、思う?」

 にっこりと、とても良い笑顔。

 

 

「……………」

 どうしよう。

 伸ばした箸を、着地させる事ができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京太くん出演させると大部分持ってかれるんですよね。鳥っコのお題なのに。

30のお題の方で使用するつもりで考えた話なのですが、溢れたのでこっちで再利用。

京羽用だったので羽鳥がやたら乙女入ってました。京太くんが肉食いたそうな顔してるから頑張って工夫してた。あまりに可愛い性格過ぎて自分で気色悪かったです実は。

続きはただのネタばらし編なので会話文ばっかです。