口に含んだ瞬間、固まった。そりゃもう見事に。

 

 

 

 目の前に並ぶのは、殆ど懐石と言って障り無い料理の数々。

 季節をかんじさせる旬の物は逃さず、色のバランスや細工にまで拘ったそれらは、芸術の域にまで達している。

 見た目は。

 

 

 

 

 

 皆、部屋に入ってまず感嘆の声を洩らし、続けて本日の作り手である羽鳥を褒めた。

 今日は何かの記念日だったろうかという声も上がったが、天気屋のする事なのでそう疑問視はされなかった。

 

 飛鳥だって、口には出さなかったが素直に凄いと思ったのだ。

 人と大喧嘩中にこういった物を作る心理はわからないけれど、大方逃避の手段として力が入ったのか、あるいはもっと楽観的に解釈するのなら、この料理こそが羽鳥なりの謝罪のつもりなのかもしれないと思えた。

 

 今回の場合、喧嘩の非はどちらかというと飛鳥にあると自分で認めないでもなかったので、食べ終わったら謝るかな、と考えていた。

 この時までは。

 

 

 

 この殊勝な心積もりは、料理を口に運んだ瞬間いとも儚く霧散した。

 別の感情に取って代わったのではない。

 

 それどころではなかった。

 

 

 誇張ではなく、思考能力そのものを奪うだけの力がソレにはあった。

 その料理は、一口で飛鳥を別世界へと誘った。いや、そんな生易しいものではなく、拒否無効、問答無用で引き摺った。

 無論、そうして辿り着ける場所が楽園な筈が無い。もっとも、白くなった意識の果てにうっすらと幻視した河を渡り切れば、あるいは天国と言う名の楽園への御招待だったのかもしれないが。

 

 

 一言で言うのなら、不味かった。

 そんな簡単な言葉で表そうとするのはテロ級の犯罪だと思えるほど、とんでもなく凶悪な味がした。

 

 味で意識が遠くなるなんて事があるんだな・・・・・・・・・

 初めての体験に、色々思うこと通り越していっそ感動に至ってしまった飛鳥は、明らかに思考能力が戻っていまい。

 

 ・・・・・・・・・にしても、どうすればこんな物作れるんだ?

 低下したままの思考回路は、怒るよりも周囲の状況を見るよりも先に、疑問を打ち出した。

 

 元々、羽鳥の料理は味よりも見栄えを重視する傾向にある。

 羽鳥が調理担当の日に、見てくれの悪いものが食卓に上った事がない。

 だからと言って、味付けを疎かにしている訳ではない。

 基本的に料理と言う物は、見た目が良ければ作り手が味音痴でない限り、大概美味い。

 飛鳥は少しだけ羽鳥の事を「もしかして味音痴なのでは」と疑っている(でも成分は当てるで舌は優秀。多分好奇心が疼いただけだろうとは思う)が、今まで多少味の外れた料理が出された事は数回しかない。(全くではない辺りが・・・・・・)

 初めて作る料理でも、本を見ながらならば出来上がり写真と寸分違わず作り上げるのが羽鳥なのだ。

 勿論その際は、味もレシピ通りになる。

 こんな、見た目も香りも素晴らしいのに味は殺人的だなんて代物、まっとうに作るより難しいだろう。

 

 

 

 

 そういえば、他の皆はどうしたろう。とようやく頭が回り、周りを見た。

 もしかして死屍累々だったりしないかと危惧したが、どういうわけか和やかだ。

 時折かわされる会話を聞くところ、高評価だ。何故。

 

「火加減が絶妙ですね」

 どこがだ。

 ガリとかいったぞその芋。

 

 そう心中で突っ込みを入れ、はっとした。

 別物か?

 

 よくよく観察してみれば、飛鳥以外の膳ではそんな異様な音はしていない。

 色合いも、微妙に違うような気がする。

 

 

 

 悟った。

 喧嘩の延長か。

 手の込んだ嫌がらせしやがって。

 

 

 冗談じゃない、食べられるかこんな物。

 そう、立ち上がろうとしたのだが。

 

 

 

「ちょーこ、これすき!」

「最近ちょーこ好き嫌い減ったね。偉いえらい」

 

 ・・・・・・・・・タイミングが悪い。

 

 

 思わず羽鳥を睨み付けると、フイとあからさまに顔を逸らした。

 カチンときた。

 その喧嘩、買ってやろうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

没ネタなのであまり見直ししておりません。採用になったら詳しい料理内容考えようかと思ってまして。それが面倒だから没になったとも。

羽鳥って、見た目と味の一致してないものを意図的に作りそうな気がします。上のとは逆に美味しいけど見た目破壊的とか。

でも今回のはわざとじゃありません。詳しくはコチラを。没のくせに続きがあるって一体……