使っているのは青と水色。あとは画用紙の白さを生かして。 水色を基調に所々に白さを残し、青のグラデーションも好みに合った。
「これは、いくらだ?」 「悪いけど、それは売り物じゃない」 にわか画家は、色鉛筆を操る手を止めないまま、声だけで答えた。 今、彼の前にあるのは白詰草、菫、蒲公英に捩花………。 今飛鳥の手にある絵とはうって変わって、色とりどりな題材だ。
「それは?」 「これも」 書き終えたのか、色鉛筆の動きが止まる。 しばし矯めつ眇めつし、イマイチと呟いて興味を失ったように放った。 飛鳥は何となく、それが風に流される前に回収しておく。
「次は?」 「似顔絵描きなんだよ、今日は」 そう言って、やっと羽鳥はこちらを向いた。
んー、と伸びをする。 「まだ時間早いよね、用は終わったの?」 ああ。手荷物を掲げて肯定を示す。 「お前は小遣い稼ぎか?」 ん。羽鳥が小銭の入った缶を示す。そこそこ稼いだらしい。
「もう帰りたい?」 「いや、もとの時間でいい」 「まだどっか回る?」 「手持ちが尽きた」 言って、買ったばかりの本を取り出した。 「あ、じゃあそこ座って。サンプル作りたい」 そこ、と隣を示される。 「今更見るまでもないだろ」 「時は移ろいゆくものだよ飛鳥ちゃん。 良い物買えたみたいだって予想はつくけど、その数時間の君を僕は知らない」 10分、君の時間をちょうだい?まともに頼まれると弱い。 「売るなよ」 「売らないよ。サンプルだってば」
サラサラと、色鉛筆が紙を滑る音。 穏やかな時間は好きだと思う。 「これはサンプルで、さっきのは?」 「何でもないよ。ちょっと手が空いてて、空が綺麗だったから」 「ふぅん……」 ぼんやりと空を眺めるのは嫌いじゃない。 飛ばされないよう重石として軽く乗せておいた荷をどけ、手に取った。色の少ないほう。 見比べる。 頭上に雲は、ない。
「こだわるね」 カタリと、ペンを変える音。 「あ、悪い」 声を掛けられてハッとした。モデルが動いてどうする。
「いーよ、欲しいのはイメージだから。好きな事してて」 「そういうものか?」 羽鳥が写実性よりも印象を重視するのは知っているが。 「飛鳥ちゃんは特別。何せカタチは知り尽くしてるから」 だから、今何を思ってるかが知りたいな。そう言ってほわっと日向みたいに笑った。 一緒に揺れた明るい髪の色も、きっと日向の匂いがするのだろう。
「え……っと、何かな?」 「興味のあるものに手を伸ばしてる」 一日陽に晒されていた髪は、温かくていつもより少し柔らかい気がした。
「あー、なるほど。ちなみに、すぐに気が済みそう?」 「もう少し」 我ながら答えになってないなと思えば、ひとつ息を吐いて羽鳥のペンが止まった。 膝の上に投げ出されたスケッチブックを見るに、まだ途中だ。
「終わりか?」 「そう思う?」 「いや」 形を捉えてはいるのだが、これで飛鳥と察するのは難しい気が。 ………というか、地味な色調で描かれたそれは、正直やる気を疑うくらいの出来だったりする。 風景画の方が向いているのではないだろうか。
「……お前には、こう見えるのか?」 「や、まだまだ」 にっこりと笑って、綺麗にケースに並べた色鉛筆を掲げる。 「仕上げの色は、君が選んで?」 「は?」 「今の気分で、好きなのをどうぞ」
ぱちりと瞬く。 多分、詳しく聞いてもこれ以上の回答は無いだろう。
「じゃあ、これ」 適当に一本選ぶ。 特に意味は無かったけれど、陽を示すの色。
「オッケ、これが今日の君のテーマカラーね」 言いながら、受け取ったペンを走らせる。 「テーマカラーって、適当に選んだだけだぞ」 「それでいーの。とりあえず暇してはないみたいで良かったよ」 「どういう事だ?」 解せないでいると、ただの色のイメージだけど、と返ってくる。 「ちなみにラッキーカラーは木相火でブルーね。何か青系の物持ってる?」 「最近の似顔絵描きは占い師の真似事もするのか?」 「客が飽きないようにするテクニックとしてなら。小遣い稼ぎその3でもあるし」 「………その2は?」 「これ」 トン、とペンを返して画用紙を一度叩いた。 「占いは顔隠せるから歳誤魔化せるし、何より胡散臭さがお気に入り」 芸の多い奴だ。そう思っていたら、その1を聞きそびれた。いくつまであるのだろう。 「住職達に怒られないか、それ」 「ばれたらね。黙っててくれるっしょ?」 「当たるのか?」 的中率によるかと聞いてみて、いや結果が出るまで居座らないかと気付いた。 「占わないもん」 「あ?」 当たる当たらない以前の回答だった。 好奇心か、お悩み相談みたいなものだから、と続ける。 「言って欲しい言葉を探って言ってあげるのが基本。似顔絵で美化するのと同じ」 「美化……」 「しないと怒るんだ。どっちも、素のままの自分は見透かされたくないものだから」 僕流だけどね、とスケッチブックから顔を上げずに言いきる。 「わざわざ占い師や似顔絵描きの元に来て?」 わかんないかなぁ。羽鳥は小さく笑ったようだった。 「だから飛鳥ちゃんは占わないよ。この絵も売り物にならない」
そう言って渡された絵を、じっくり眺めた。
「さっき聞きそびれたんだが、結局幾らで売ってるんだ?」 「だいたい五百円見当ですって言って、あとは人による。いくらでもいーんだ」 「出来次第?」 「客の受け取り方次第。それより多くても少なくてもいいけど、大抵の人は色付けてくれる。 愉快だったのは、五百円プラス1曲歌いますってお姉さん」 「へぇ」 「ちなみに今までの最低金額は50円。意外とタダは居ないんだこれが」 「最高は?」 「んー………えへ」 誤魔化された。いくら置いていったんだ一体。
「今日はまぁまぁってとこ。口止め料に半額あげよう。時間までふらついてくれば?」 色鉛筆とスケッチブック代は先に抜いとくけど。と言って、缶から数枚の硬貨を取り出した。
掌に乗せられた硬貨は、羽鳥の言う基本料で3人分といったところか。 ……手持ちが尽きたというのは、勿論嘘ではないのだけど。 何事かに集中している羽鳥を眺めるのは、嫌いじゃなかった。 理由を潰され、正直持て余して天を仰ぐ。 いつの間にやら雲が出ていた。
「ラッキーカラーは青だったか」 「んー?うん」 サンプルはどこに飾ろうかと、上の空に答える羽鳥の手からその絵を奪った。 「………あれ?」 「口止めは了承した。モデル料がまだだな」 手の中から消失した紙を不思議そうに眺めた羽鳥に、言ってやった。
「………珍しくがめつい。欲しい物でもあんの?」 怒るよりも、まだ不思議そうにしている。 「代金を貰ってない以上、まだ客だろうと言ってるんだ」 「えーっと……?」 手にした絵と、先程眺めていた青空と雲の絵を重ねる。 「こっちも合わせて、これで買い取ろう」 渡された硬貨が全て缶に投げ込まれた。
言い忘れたが、赤の線を幾らか追加された似顔絵は、
……………腹が立つほど飛鳥にしか見えなかった。
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私の話は無駄に空が出てくるので、いざこの題材だとかえって戸惑いますね。つーわけで1行目からモロに空。
花の絵の方は気に入らなかったのかな。なんか見事にスルーされてますけど(と他人事のように言ってみる)
写実なら飛鳥ちゃんの方が上手いです。羽鳥は印象派。……絵についてなんて全然知らないやい!←開き直り
何やら18番の距離と似た雰囲気の話になりましたね。何というか、羽鳥のバイト話?
ところで続きの没ネタ見ますか?