はぁ

 

 重い空気がべったりと纏わりついている気がして、息を吐いて頭を振った。

 その程度で払えるものでもないそれは、息を吸うたびに胸の辺りに蟠る。

 黒い何かが喉を通り肺を満たす。蝕まれていく。

 気のせいだと分かっていても、どうしても振り払えない想像だった。

 ひどく気分が悪い。

 なるほど、アイツはこれに当てられたのか。

 

 そこまで思い至って、飛鳥は足を止めた。

 あてがわれた部屋には、不調の片割れが寝込んでいる。

 体調を崩した原因は、今飛鳥が不快に思っているこれだ。

 

 

 

 羽鳥は、穢れに対する抵抗力が弱い。

 果たして、つい先ほどまでそれに接していて、おそらく引き連れたままであろう自分が、ひとつの部屋に入っていいものだろうか。

 

 ……多分、いや確実に良くない。

 

 でも、帰りたい。

 

 ここは、飛鳥達の住む山ではない。

 飛鳥の部屋や枕や、馴染みのある空気にも遠いのなら。

 せめて、望むのは。

 帰る事のできるのは。

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 可能な限り、音を立てずに障子を閉めた。

 眠る気配が弱い。まだ、回復していないのが分かる。

 

 自分は、ひどく身勝手だと思う。

 それでも、おかえりと言って欲しかったのかもしれない。

 いや、いい。居てくれれば、それで。

 

 だけど、ゆらぐ気配。

 

「……おつかれさま」

「起こしたか」

「なんだか、寝てても気が張っててね」

 おいで。

 手招きされ、少し迷ったが結局従う事にした。

 

「……つらいか」

「そーでもない。僕より……」

 ゆっくりと伸ばされた白い手が、飛鳥の前髪をかき上げた。

「……ごめんね」

「何が」

「押し付けてる、から」

 おどけの入らない声音は澄んでいて、あぁ弱ってるなと思う。

 

 これは、羽鳥の上澄み。

 普段からそこにあるのに、余計なものが沈みきった時にしか見せない顔。

 

「別に、押し付けられてなんてない」

「でも……」

 

 隠すもののない顔。

 

「でも、つらいよね」

「………」

 そして、隠す事を許さぬ声。

 

 

 

「キレイなものだけ見せておきたいんだ。本当は」

 

 不意に紡がれる、それこそ綺麗事は、だけども心からのものだと知っている。

 それは、ふとした瞬間に感じ取れる事であり、だけども普段の羽鳥なら気取らせるものではない。

 守られるのは面白い事ではない。けれども今は、その生温さに甘えたいと思った。

 

 

「ごめんね」

「そうじゃ、ない。でも……」

「うん、そうだね」

「…………かった」

「うん、わかってる。知ってるよ、ちゃんと」

 つらかった。嫌だった。深く、暗くて、……怖かった。

 どれを言ったのか、自分でも分からないくらいの呟きだったのに、羽鳥は違えず知っていると言う。

 なら、それでいい。

 

 指先に、柔らかな感触。温めるように掌に包まれ口付けられて、初めて己が冷え切っていた事を知る。

 そうだ。外はとても、寒かったんだ。

 

 

 

 

☆彡 

 

 

 

 

 

何と言うか……雰囲気を味わってくださいといいますか、それしかないような・・・・・・

ってゆーか、やっぱ前振りかな?何のって、そりゃあ……ねぇ?

イメージ曲は新居昭乃さんの「小鳥の巣」です。やや「きれいな感情」もかな。