少し、遅れたな。

 飛鳥は視界に入った時刻を確認して、眉根を寄せた。これだから人込みは嫌いだ。

 性格的に、5分前には着いておきたい飛鳥のこと、遅刻するのは心苦しい。

 待ち合わせ場所まで直線距離では近いものの、ごった返す人の波を抜けてとなるとかなり苦しい。

 

 羽鳥は、あれでいて時間を守る。

 曰く、いかに早くもなく遅くもなく調度に着けるかを楽しんでいる、らしい。酔狂な奴だ。

 どんな時にも楽しむ心を忘れずに。それがモットーだと言い切る羽鳥なので、本人は待つのもそれはそれで楽しいと言っていたが、待たせるのは飛鳥の性に合わない。

 溜息ひとつ。覚悟を決めて人の群れに足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――笛の音が聞こえる。

 

 

 結局のところ、約10分の遅刻となった。

 着いてみたはいいが、他にも人待ち顔の連中は多く、探すのは手間そうだと飛鳥はますますうんざりした。

 だけども、遅れた側の自分が探すのが筋なのはわかる。

 思わず頭を押さえたその時、肌に馴染むその『音』が耳に飛び込んだ。

 

「・・・・・・・・・?」

 澄んだ笛の音。

 知らない曲。まったく覚えが無いわけでもないから、おそらく流行曲。

 ミュージシャン志望が街頭演奏するのにおかしい場所じゃない。楽器選択が渋いとはいえ、そういう方向の者もいておかしくない。ない、が・・・・・・

 幽かにしか聞こえないけれど、呼吸や癖や・・・・・・気配。

 飛鳥は無意識に懐に手を当てた。

 そこにある愛器の感触。多分羽鳥も携帯している、横笛の。

 

 

 

 

 

 

 

 音に導かれれば、遠目に奇怪な造形物(としか言い様が無い)の縁に腰掛ける羽鳥の姿を捉える事はできたのだけれども。

 

(近寄りがたい)

 

 別に、怒っている雰囲気だとかではない。

 待つのも好きだという自己申告通り、楽しそうだ。

 手にした横笛から奏でられるのは、飛鳥の知らない曲で。

 一人でも、なくて。

 

「誰だ・・・・・・?」

 バラつきはあるが、概ね年頃も同じか少し上程度の活発そうな少年少女達に囲まれている。

 曲の合間、次は誰々の新曲がいい、というリクエストに笑って了承する。

 楽しそうに。

 何の違和感も無く。

 

 遠い。

「馴染むな・・・・・・」

 

 飛鳥の入り込めないそんな場所に。

「馴染むんじゃ、ない」

 

 

 

 

 剣呑な視線に気付いたか、羽鳥が身じろいだ。

 飛鳥の周囲にも大勢人が流れているのに、一度で目を合わせてきた。

 パッと派手な笑顔を浮かべて、大きく手を振っている。

 

 こちらに来る気は無さそうだ、と判断して仕方なく足を進めた。

 ある程度まで近付いて「そっくり」「愛想ない」等の声がかかるまでくると、やっと間を抜って駆け寄ってきた。

「珍しーね、飛鳥ちゃんが遅れんの」

「悪い」

「んーん、暇はしてなかったし」

「そのようだな」

「ストリートバスケ誘われちゃった。やってかない?」

 なるほど、そういう集団だったのか。

 

「勝手にしろ」

「飛鳥ちゃんも、やろ?」

「俺はいい」

「ルールわかんない?細かいのなしで最低限のだけでいいらしいから、すぐ覚えられるって」

「やらない」

「初心者でも、僕ら運動神経良いから恥かかないと思うよ」

「しつこい」

 一方的に打ち切って、背を向けた。

 

「飛鳥ちゃん」

「先に帰る。二人には言っておくから、お前は好きにしろ」

「んー」

 肯定とも否定ともつかない声がして、気配が離れる。

 ・・・・・そっちか。

 自分で言っておいて、1人で帰るのかと思うと何か虚しくなるのはどうしたものか。

 背後で起こる騒がしさから去ろうと歩き出すと、数歩足を進めた所で、再びパタパタと慣れた足音が寄って来た。

 

 

「いいのか?」

「んー?」

 振り向くと、顔出してね とか 次は付き合えよ という声に、「まったねー」と手を振っていた。

 

 

「・・・・・・また、会うのか」

 隣を歩く羽鳥に、『会う気はあるのか』という意味合いを込めて問うと、羽鳥は他意の無さそうな笑みで言う。

「また『縁があったら』、だよ?」

「縁・・・・・・ありそうか」

「袖擦り合うも他生の縁。擦れ違うくらいはすんじゃない?お互いに気付くかどうかは別として」

 今別れた奴らの顔など、明日には忘れていそうな物言いだ。

「薄情」

「一期一会。・・・・・・・・・ところで」

 言って肩を竦めた後、歩きながらひょいと顔を覗き込まれる。

「気のせいかな、機嫌悪くなかった?」

「かもな」

「え。・・・・・・と」

 あっさり肯定した事が意外なのか、羽鳥が固まる。

 

「やっぱ人込み嫌い?何か嫌な事あった?それとも僕なんかした?」

 3つ目の問いに目を細めると、少し慌てたように瞬いた。

「・・・・・・僕が見つけられなかっただけで実は時間前に来てた、とか?」

「いや」

「だよね、謝ってたし。・・・・・・・・・ゴメンわかんない」

「・・・・・・・・・」

 羽鳥が謝る謂れは無い。

 先ほど羽鳥の持った印象は正確だった。飛鳥の機嫌は悪『かった』のであって、訊かれた時点ではもう直っていたのだから。

 つまりは子供じみた悋気だろう、と自分でも認める。

 

「えと、飛鳥ちゃん・・・・・・・・・?」

 しかし、認めはするが、言える事でもない。

 第一何と言う。俺以外の奴と親しくするなとでも?

 

「・・・・・・言ってたまるか」

「何つった?よく聞こえなかった」

 声に出ていたらしい。仕方ないので他の理由を引き出すか。

 ちら、と未だ羽鳥の手にしたままの横笛に視線を落とす。

 

「へ?・・・・・・あーコレかぁ」

 視線を追って、羽鳥が得心した声で言う。

「見つけやすいかと思ったんだけど、良くなかった?」

 あ、人だかりできてて声掛けづらかった?という問いに、それもあるがと頷いて。

 

「人前で吹くなと言われてる」

「飛鳥ちゃんはね。僕は禁じられてないもん」

 即座に返ってきた返事に瞠目した。

「何で」

「何でって・・・・・・・・・だって僕の腕前はあの通りだし」

「・・・・・・・・・・・」

 

 あの通りとはどの通りだ。

 初見で楽譜通りに吹ける。一度聴いただけの曲も難なく吹ける。

 街頭にて、見知らぬ奴らから拍手を貰う。リクエストを貰う。上向けた帽子から察するに小銭も貰ってる。

 

「確かに、な・・・・・・」

 対して、飛鳥は楽譜を与えられてもいつの間にかかけ離れたものになっている。

 知人の前でも、吹き終わってみると周り中が固まっている。

 

「でしょお・・・・・・・・・ってなんで暗くなってんの」

「恥かくのがオチか」

「いや多分考えてる事逆・・・・・・・・・あんだけ言ってんのに何でこんな無自覚かねこの人は」

 呆れたような溜息ひとつ、羽鳥はゆっくりした口調で違うよ、と告げる。

 

「飛鳥ちゃんに吹くなってーのは、軽々しく披露していいもんじゃないから」

「どう違う」

「大衆に聴かせるのは勿体無いつってんの」

 ぐっ、腕を引かれた。

 ひたと視線を合わせて、意味ありげに口端を上げる。

「お前の音は全部僕が拾う。一番近くで聴くのが僕の特権。僕の場所」

 飛鳥と同じ筈の声が、低く響く。

 

「僕だけのものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、私服ですよ?いつもの作務衣でなく。

15番の『居場所』とこっちとどっちに入れようか悩んだんですけど、あっちはネタ捻り出せそうだけどこっちは無理そうなのでこっちに。

お題的にはここまでかなと思うのでここで切ります。一応もーちょっと続きますけど。

・・・・・・うちの羽鳥が「お前」って言うの珍しいですよね、モノローグはともかく口では。

飛鳥ちゃんが暴走したなぁと思っていたら、羽鳥も結構なものでしたね。書きながら唖然としてました。

私がカプ無し!を主張するのは単に恋愛感情が皆無だから(入る余地が無い)であって、その他家族愛自己愛友愛親愛などは基本的に両思いですね。独占欲はあるらしい。