「じゃあ、逃げようか」 悩んで、殆ど捨てていた最後の手段をあっさり言われた。
「……は?」 「掻っ攫って、撒いて。……戸籍とか無いから完璧にってのは無理だけど、衣食住は確保する。 見かけせいぜい高校生くらいだからロクな仕事無いかもだけど、まぁ何とか都合つける自信はあるし」 「おい」 「学校とか行かせたいから、表歩けなくなるような非合法なのはちょっぴりにするし、 二人に不自由させないようにするよ。任せて!」 「ちょ、待て羽鳥」 「大丈夫、絶対守るから」 こちらに口を挟ませる隙を与えず、強い言葉である筈の『絶対』を言い切られた。
飛鳥は軽く混乱する。 「……待て、待てって、本当に、言う事は言わせてくれ」 言わせろ、と強く言えなかった辺り、既に押され気味だ。 でも止まった。ニッコリと笑って、大きく頷く。 「もちろんだよ、GOサインは出してもらわないとね」 今度はこちらの思考が止まった。
つまり、それは
「決定を、押し付けるんだな」 押し殺したような声が出た。 羽鳥は、思ってもないことを言われたような、きょとんとした表情で。 「責任取れって言ってるんじゃない。ただ僕は、迷いたくないだけ」 迷いたくないと言いながら、迷い無い口調で。 「君が……お前が決めれば、全力で道を整えて、突き進むまで」 歌うように流れる言葉で。 「後の事は気にしなくて良いよ、僕が何とかする」 逃げようもない宣言を。 「だから君は、本当にあの子の為にそうした方が良いと思うなら、この手を取ればいい」 この手を、という声と同時に掌を上向けた。 とても楽しそうに。
「きっと、どこまででも行ける」
何も言えなかった。 何を言えばいいか、わからなかった。
本当は、一番相応しいのは「先走りすぎだ」あたりなのだろう。 飛鳥は、ちょーこを抱いて散歩に来ただけだ。
ちょーこは、もうすぐ手放さなければいけないらしい。 だったら、この山の思い出はひとつでも多い方がいいかと、連れ回しているだけ。 羽鳥だって、何でも無いように言ったじゃないか。「月が綺麗だね」と。 そう、月を、見せたかったんだ、きっと、自分は。 ちょーこは、この腕の中、ぐっすり眠っているけれど。 ああ、でも。 それならどうして、突然現れた羽鳥に「連れ戻しに来たのか」などと言ったのだろう。 のみならず、微笑むだけで答えないのに焦れて「引き離すのか」とも。 今度は答えた。羽鳥は、「逃げようか」と言ったのだ。
伸ばされた手に、どうしたらいいのか分からない。 見つめたまま動けずにいると、その手が揺れた。
「なんでも、するのに。僕は、できるのに」 「……羽鳥?」 揺れているのは、掌だけじゃなかった。 「どうして、置いていくんだろう」 「あ………」 泣いているのかと思った。だけども羽鳥は変わらず笑みを浮かべている。 「どうして?」 とても楽しそうな笑みを。 「……違う」 ああ、追い詰めてしまった。 「なにが違うって?」 「置いていくとか、そんなんじゃ……」 「じゃあ、同行しても?」 嬉しそうに繰り返す。 「きっと、守るよ」
普段なら止めてくれる筈の羽鳥が、止めてくれないのは。 飛鳥が、裏切りかけたから。
多分、飛鳥は少しだけ甘えたかっただけだったのだけど。 それはもう、許してもらえないらしいから。
「できない」 伸ばされたままだった掌を、力ずくで下ろさせた。
連れ出したりなんてしない。 ちょーこは俺が幸せにするなんて、到底言えた義理じゃないから。
「………そうだと、思ってた」 羽鳥が肩を竦め、ひらひらと手を振った。 その手を眺めながら、本当は少し惜しい気がした。ので、 「ちょーこの事が全部片付いたら、行ってもいいかもな」 「え?」 思ったまま言ったら、大層不思議そうに首傾げて、瞬き二回。 「片付いたら、逃げる理由なくない?」 「……あ」 そうだった。 「逃げたいの?今の生活何かつらい?」 「いや、その……勢いだ」 追求するな、流せ。頼むから。
「あはは、兄貴と駆け落ちしてどーすんの」 「駆け落ち……」 阿呆らしいとか脱力するだとかを通り越して、もうそれでいいと言う気になった。 ああ、こっちが良くても、今笑い飛ばされた所だったか。
「まぁでも、いいかもね。それも」 「どれだ」 「逃げるんじゃなくってー、なーんにも気にしないで、思うまま歩くんだ。どこまでも」 「どこまでも?」 「どこまでも。……うん、いいなそれ。全部終わったら、一緒にどう?」 「全部って?」 「全部って言ったら全部だよ。そうしたら、さ」 ゆっくりと、再び伸ばされた掌を、今度は拒絶する理由が無い。
「世界の果てを探しに行こう?」
どういう意味だろう。 言葉通りの散歩の延長か、それとも。 (だってもう知っている。そんなもの何処にも無い) (だから、その誘い文句は)
「いいかもな」 頷けば、羽鳥はとても嬉しそうに笑った。
(羽鳥はきっと知ってて言ってる。俺が知らないとでも思っているのか) (ああ違う) (どっちでもいいんだ) (俺がどう返答し、その真意が何であろうと) (どこまででも、付き合うつもりなんだ)
(弟と心中してどうするつもりだ)
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世界の果てを探しに、だったか、見に、だったか忘れましたが、心中の誘い文句です。そーいや「月が綺麗」も愛の告白になるとか?文学はわからない。
30のお題の方では「花心」として使ったテーマをこちらでも。ちょーこを人の手に、と言われた時の二人の反応。あっちでは羽鳥が飛鳥を説得してましたが、こっちの羽鳥はそんな気なさそうですね。望んではいないようですが。 ちなみに羽鳥が拉致バージョンもそのうち書きます。これとはあまり関係ないですが。
飛鳥視点で書くか羽鳥視点で書くかで悩んだんですが、羽鳥視点だと怖くなったので飛鳥になりました。
そんな訳で羽鳥視点はこんな感じですが、相当壊れてんなぁ………