ドンっ!

 

「うわっ!」

「たっ!」

 曲がり角にて衝突、なんてなかなかの好シチュエーション。

 惜しむらくは登校途中ではなく放課後という事だけど、校内の廊下というのも悪くない。

 

「悪い! 大丈夫か?」

 慌てたように揺れる、相手の金の髪に湖水の色をした瞳。背後には花も飛ぶ。

 尻餅をついた顔の前に、そう言って差し出された手に運命を感じてもいいくらいではあるものの、

 

「は、はい! オレは大丈夫です!」

 この場合は男子同士なので当て嵌まらない。

 

 

 ただし、

「むしろラッキーなくらいです!」

 意味は違えど憧れの人には違いないので、ある意味運命を感じてもいいかもしれない。

「? よく分からないけど、怪我とかないんだな?」

「はい! 光栄です!」

「……えーっと。本当に、頭とか打ってないよな?」

「はい、エルディ先輩もなんとも無いですか?」

 差し出されていた手が引かれそうだったので慌てて掴み、吹っ飛んで尻餅ついていた方―――フリックは満面の笑みで立ち上がった。

 それを見て、若干困った顔をしていた憧れの先輩―――エルディも相好を崩して頷いた。

 

(うわぁ、やっぱりラッキー!)

 エルディは、フリックにとってヒーローだ。

 約一年前、当時中学生だったフリックは、柄の悪い集団に絡まれた所をエルディによって助けられ、それ以来この人のようになりたいとずっと思っている。

 あの時の華麗な立ち回り(人からは美化してると言われるが)を見てから、少しでも近付けるように毎日身体を鍛えて、もともと習っていた剣術にも磨きをかけて、と日々頑張っている。

 もともと進学予定だったこの高校に彼が通っていたのは僥倖だった。何しろこういうハプニングだって起こるのだから。

 

「エルディ先輩はどこに行く所ですか?」

 お近付きになれるチャンスを逃すものか。あわよくば付いて行こう。

 何しろ、エルディを英雄視しているのはフリックに限ったことじゃない。

 フリックの入学する前なのですべて人伝だが、かの人は一昨年から去年にかけてあったらしい『学園乗っ取り事件』にて一際活躍し、見事学園の平和を勝ち取った学園の英雄なのだ。

 フリックは入学してから彼と話した事がないではないものの、なにせ相手は校内で一二を争う人気者、こういう機会に売り込んでおかないと特別親しくなどなれるはずも無い。

 

「ああ、特に決まった所はないんだけど……ちょっと学校案内をね」

「え? 転入生、でも?」

 とうに新入生のいるような時期ではない。ならばと思うも、しかし周りを見渡しても誰も居ないようだ。

 これから会いに行くのだろうか、と首を捻るフリックの前で、不意に光が明滅した。

「ドリアード?」

「おとしもの」

 光を追って上を向くと、声と共に花が降ってきた。

「わっと!」

 持ち前の反射神経で見事キャッチ。しかし、どこから?

 

「エル しってるひと?」

 頭上からゆっくりと降りてきた光、そこから声がする。

「え、え? 精霊……かな?」

「うん。ちょっと待て、えーっと…………そうそう、フリック」

 だよな? と確認を取られて、その時点までで既に目を白黒させていたフリックは慌てて頷いた。

(名前覚えてて貰えた……!)

 思い出すまでにやや間があったが、とにかく嬉しい。

 

「フリックね わたしはフィーっていうの よろしくね」

 目の高さまで降りてきた光は、人間の女の子によく似た姿で微笑み、空中で優雅に一礼した。

「よ、よろしく」

 よろしくと言われたので反射的にこちらも返し、しかしこの子は何者だろう?

 サイズの小ささから詳しくは分からないが、大体フリックとそう変わらないくらいの年頃の、薄緑の髪で青い服を着た綺麗な女の子。

 ちゃんと姿が見える前は精霊かと口にしたが、フリックはこのような精霊を見たことが無い。

「えっと、フィー? は、何て種族?」

「さっき君が言った通り、精霊だよ。リチアがそう言ってた」

 本人に聞いたつもりが先輩から返事が来た。え、保護者?

「何の精霊ですか? オレ初めて見ました」

 精霊自体は珍しいものではない。今は引っ込んでいるが、フリックは今日ドリアードを連れているくらいだ。

 しかしフリックが知っている精霊といえば、火を司るサラマンダー、水を司るウンディーネ、地のノーム、風のジン、光のウィスプ、闇のシェイド、月のルナに、樹のドリアードの8種、それとここ近年爆発的に増えてまたいなくなった、それまで伝説級に珍しかった邪精霊タナトスを含めて9種だ。フィーのような精霊が居るなど聞いた事もない。

 ……いや、そういえば、去年この人が大活躍していた最中、珍しい精霊をつれていたとか言う噂はあったような? あの時の噂は真贋入り混じっていて、中には相当突拍子も無いものもあるので、その手かと思って聞き流していた。本当だったのか。他のもどの程度本当だったんだろう?

 

「うーん、何だろう? 強いて言えばマナか?」

「トレントとガイアには きぼうのこ っていわれるよ」

「ああ、そっか。タナトスが絶望なら、フィーは希望だよな。なるほど」

 フリックが考え込んでいる内に、そちらも結論が出たようだ。

 希望とは随分と曖昧な気もしたけれど、タナトスと相反するものと思えば納得できそうだ。

 

「希望かぁ……いいですね。生きていくのが楽しくなる」

「お、順応性高いなフリック。普通もう少し疑わしそうな顔するのに」

「エルディ先輩とリチア先輩のお墨付きなら、信じないわけないですよ」

 本心のままそう言うと、面白そうな顔をしていたその人が、柔らかく目を細めた。

「あー……みんなそう言うんだよな」

 優しい笑顔。よくわからないけど、自分はこの人の気に入る返答をしたらしいということは分かった。

 

 ふふ、と近くでも笑みの気配。フィーが微笑み、エルディの前でふわりと腕を広げる。

「エルとフリックは どういうしりあい?」

「ああ、リチアとレックが目をかけてる後輩がいるんだけど、その子達の友達だよ」

 名前はなかなか出てこなかった割に、存在自体ははっきり認識して貰えていたらしい。

 人を介してではあるが、素直に嬉しい。

「そのこ たち? ふたり?」

「うん、二人。今朝会ったティスもその一人だよ」

「ティスはリチアのおきにいりね?」

「そう。そのティスと、レックのお気に入りの子と、そこのフリックが幼馴染なんだってさ」

「さんにんなの? エルたちとおんなじね」

「うーん、男女比は違うけどな。あとフリックだけ一年生だし」

 ああ、この人も三人組で有名だしなぁ。ちょっとした共通点に喜んでいたら、

 

「じゃあ フリックは エルのおきにいり?」

(え)

「んー、そうかも。前から後輩の中で一番見込みあるとは思ってたしな」

(えええええっ!?)

 不意打ちに物凄く動揺した。

 

「なんのみこみ?」

「体育祭で見たところ運動神経かなり良いし、それにこの前、校内でのカツアゲ現行犯に啖呵切って成敗してたの見かけたからなー」

(み、見られてた…!?)

「へー すごいね!」

「なー?」

 まさか憧れの人からこんな好評価をいただけるとは露と思わず、フリックはもう飽和状態だ。

 

「あ、そうだ、フリック」

「は、はい?」

「話戻るけど、オレはフィーに学校案内してた所なんだ。実はフィー、長い事眠ってて昨日目覚めたばっかでさ、元通り平和になった学校見せてやりたくて」

 確かに、噂には聞いていたし、よくよく思い返せば一年前のあの日にフィーも見かけたような気すらするのに、入学してから今日までこの人の傍にフィーを見かけたことはない。

 長い事、というのがどのくらいなのか分からないけれど、この人がその目覚めをどれだけ心待ちにしていたのかは、今のこの表情を見れば想像がつくというものだ。

「そうなんですか…」

「でさ、フリックはどこ行く所だったんだ?」

「え、と……生徒会室です」

 正直、色々あったので忘れるところだった。

 あわよくば付いて行こうとか思っていたけれど、頼まれ物があるんだから駄目だろうオレ、しっかりしろ。

 

「生徒会室か……まだ行ってないな、付いてっていいか?」

「え?」

「駄目かな?」

「めいわく?」

「まさかっ!」

 二人に顔を覗き込まれて、慌てて首を振る。

 迷惑などである筈がない。

 

「光栄です!」

 

 

 

 

 

 思い返すと、やっぱりここが運命だったんじゃないかと後々フリックは語る。

 ここ『私立マナ学園』では、日々こんな運命が溢れています。

 

 

 

 NEXT

 

 

 

学園パロはじめまーす。ほぼフリック視点で進行していくと思われます。フリック視点だとエルディがキラキラしくて楽しいです。口調については、憧れの人相手なら畏まるだろうなぁという予想と趣味と小説媒体なので書き分けの都合とかで丁寧語です。学園モノにした以上は先輩相手にタメ口は違和感ですしね。同じく趣味と書き分けの都合などによってフィーの口調も成長前成長後ごちゃまぜで揺らぎまくりなのはご容赦ください。