「今までどこ回ったんですか?」

 フリックの用が済んだら、その学校案内とやらに付き合わせてもらえるだろうか、とドキドキしながら話を振る。

「えっと、まずワッツ…先生の物作り部だろ、次にシームーン先生の生徒お悩み相談所、ボン三兄弟の購買に、ミリオネア食堂……くらいか」

「エルのきょうしつと たいいくかんと かがくじっけんしつは じゅぎょうでみたわ」

 男子更衣室は外で待っていてと皆に言われたから中は見ていない、と語るフィーはやや不思議そうに首を傾げ、そんな動作がまた人間らしくて、精霊といえど綺麗な女の子の姿をしているフィーを前に戸惑う彼のクラスメイトの顔が浮かぶ。

 

「フリックは生徒会室に何しに?」

「あ、ティスに頼まれ物を言い付かってるんです。部活で使う植物を採取してきて欲しいって」

「ああ、地学研究会。今日は活動してるのか」

 フリックの幼馴染であるティスが所属する地学研究会は、メンバーが二人しかいない上に二人とも同じ事情で多忙な身なので、活動日が少ない。その割に随分な成果を挙げるのだが、その分高レベルな学術知識が要求され、たまに訪れる見学者が頭痛を覚えて帰っていくので入部者がいない、やけに少数精鋭な部活だ。無論、もう一人の面子はフリックではない。

「フリックがみぎてにもってる そのはな?」

「そっか、それで花持ってたんだ。さっきぶつかった時に傷んだりしてないか?」

「大丈夫みたいです。フィーが受け止めてくれたおかげかな」

 そういえば、先程この人の背後に飛んでいたのはコレか。幻視じゃなかったか。

 

 とか言っている間に生徒会室に着いた。ノックする。

「はい、どうぞ」

 あれ、と思いながら戸を開ける。

 応えた声は馴染みの深いものではあるものの、予想とは少し違う。

「失礼しまーす……ナナだけ?」

「あら、フリック。それにエルディ先輩とフィーも」

「おじゃまします」

「構わないかな」

「大丈夫ですよ。今日は殆どする事がないんです」

 樹の民らしい豊かなブラウンの髪を揺らして微笑むのは、私立マナ学園生徒会会計役・ナナ。

 フリックとは家も近く、それなりに長い付き合いなので、二年生の中では幼馴染二人に次いで親しい女子だ。特にティスと仲がよい。

 

「ナナ、なんでフィーの事知ってんの?」

「今朝、門の所で会ったの。私ビックリして、ティスも巻き込んで遅刻する所だったわ」

「……ティスは今朝いつも通りに家出た筈なのに、なんで遅刻スレスレかな」

「悪かったわね、どうせ私の寝坊よ。いいじゃない、一度門閉まっちゃったけど、驚いても仕方ないって事で遅刻にはしないで貰えたし」

「何故かオレが怒られたけどな。減点はされなかったけど」

 とエルディ。口調の割に目は笑っているので、そう不満というわけではなさそうだ。

「風紀委員長、エルディ先輩に甘いけど厳しいですものね」

「ナナ、それ意味分かんない」

 対極じゃないか。

「いや……ちょっと分かる」

「わたしも わかる」

「……そういうもんですか」

 その内分かるだろうか? イマイチ釈然としないものの、そろそろ本題に入りたい。

 

「なぁナナ、ティスは? オレ頼まれ物されてんだけど」

「リチア先輩に拉致されて行ったわよ。……ああ、そう言えばティスはフリックを待たないとーみたいな事言ってたわね」

「……でも拉致されてったんだ」

「あーリチア、あれでいて押しが強いからなー」

「見かけによらず、って事ならティスもそうなんですけどね……」

「しょうがないわよ、会長だから」

「それで片付けるのもどうかと……」

 先程から名の挙がるリチアは、エルディと並んで校内の有名人である特進クラスの三年生だ。

 件の学園乗っ取り事件での『校内三英雄』の一人であり、一年の時から二年連続生徒会長であり、地学研究会の会長でもある。

 さらに言うならば、マナ学園始まって以来の才媛で当然学年主席で、容姿の方も三年連続ミスマナ学。今のマナ学園を牛耳っているのは彼女であると評判だ。

 それだけ揃っていれば敬遠されそうなものだが、お高くとまっているところなどなく、誰にでも分け隔てなく綺麗な微笑を向ける心優しい女性、という事で非常に人気がある。

 幼馴染のエルディと親密な空気を漂わせていて、本人達によると付き合ってはいないらしいが、周りからは時間の問題だろうと言われている。

 エルディの熱烈なファンであるフリックから見ても、彼の隣に居るのに相応しい、大変お似合いのカップルだと思う。

 

 ……かと言って、事情も鑑みずに連れて行かれるのは困る。

 ティスだって結構凄い。次期生徒会長確実の現副会長で、地学研究会副会長で、二年生主席のマナ学園誇る才媛で、来年のミスマナ学候補。もちろん気立てだって良い。来年の学園は彼女が動かして行くのだろうと評判だ。

 ……共通点が多い分、余計に逆らえないのかも。フリックはそう分析する。

「どこ行ったのか、分かる?」

 生花を長時間持ち歩いていたら痛んでしまう。使えなくなってしまったら摘まれた花にも、探すのを手伝ってくれたドリアードにも悪い。研究が出来なくてはティスも困るだろう。

「ええとね、リチア先輩が言うには研究会で使えそうなティスに見せたい花がたくさん咲いている場所だとかで……『木漏れ日差し込む秘密の場所』って言ってたかしら」

「さっぱり分かんない……」

「んん?」

 ガックリと項垂れるフリックだったが、エルディがちょっと引っ掛かった声を出す。

「エル しってるの?」

「多分な。ふーん、ティス連れて行くんだ……」

 何やら思う所のありそうな物言いだが、知っているなら好都合だ。

「すみませんエルディ先輩、心当たりがあるなら教えてもらえませんか?」

「うーん、どうしよ……」

「エル? おしえてあげられないの?」

「いや……あ、そうだ。 ナナ、今日はレック……レキウス来てないのか?」

「最初に少しだけ、書類を持って来てくれましたよ。後は普通に部活に出てると思います」

「今日はこき使われてないのな」

「さっきも言ったけれど、今日は生徒会の仕事忙しくないんです」

「リチアがティス連れてった時は?」

「居ましたよ」

「そっか。んじゃ、過半数って感じなのかな。なるほど」

 エルディが納得したように頷く。

「よし、フリック。まず弓道部行こう。ちょっと確認とりたい」

「あ、はい。わかりました」

 事情はわからないが、今名の挙がったエルディのもう一人の幼馴染に会いに行くのだろう。

 

 

「じゃ、行くか」

「すみません、その前にちょっと」

 本当はティスを介すところなのだけど、とナナに向き直る。

「ナナ。この花探すのにドリアードに手伝ってもらったんだ。お礼が言いたいんだけど頼めるかな?」

「わかったわ」

 ナナが指を組んで目を閉じる。するとフリックの隣で緑の光が明滅した。樹の精霊が具象化する。

「ドリアード、さっきは有難う。助かったよ」

『お役に立ててなによりです。もういいのですか?』

「うん。またティスから何か頼まれたら、その時はヨロシク」

 ドリアードにフリックの手伝いを頼んだのはティスだから、そうなる可能性は高い。

 ドリアードは微笑み、そして光に戻ってナナの傍に落ち着いた。

 ナナが祝詞らしき言葉を口にし、目を開く。同時に光も空気に溶けた。

「ナナも、ありがと」

 ナナやティスは、学園でも数人しかいない、精霊との繋がりが特別に深い体質だ。

「どう致しまして。貸し一つ、ティスの方につけておくわ」

 そう言ってナナは、行ってらっしゃいと手を振った。

 

 

 

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COMで四人だけの、立ち絵の無いキャラ・ナナ。ティス以外の樹の娘。公式ドジっ娘。割と好きですが、彼女がまともに出演してる小説書いてる人っているんだろうか……?立ち絵欲しかったなー。

ところでティスの能力は母親が樹の民だった為とわざわざ言及されているので、ナナは普通に樹の村出身者ってことでいいんですよね?髪の色も樹の民っぽいし。なんで樹の村に住んでないんだろ…本当に樹の村無事なのか?