曰く、輝かんばかりに美しい人らしい。 その輝きは、闇夜を照らす月の如く。 即ち、「輝夜」 曰く、その指先は黄金を導く。 その人が赴く先には、かの人にふさわしい金銀が迎えるという。 その噂に違わず、かの麗人を迎え入れようとする者達は各々目の眩むような宝を用意したという。 されども輝夜の君に相応しい宝に至らず、すげなく袖にされたらしい。 それでも最後に残った5人の公達は、かの君が所望したとびきりの秘宝を求め奔走しているという。 「以上、都で流行している噂話な」 「な、何でそんな事に・・・・・・」 先日、仕事で都へ行ってきた親友の話を聞いて、ガックリと卓に突っ伏した少年は、他で見た事もないような月色の髪をしています。 「笑い飛ばせばいいじゃないか、輝夜の君」 「その呼び方やめろ」 ガバリと起きて抗議するその眼は青くて、髪の色ばかり有名になってるけど、こっちも綺麗なのになぁ、などと思われているとはつゆ知らず、少年こと輝夜の君は嘆きます。本当に何だってこんな事態になっているのかと。 ではちょっと振り返ってみましょうか。 ある村に、竹取りの得意な・・・・・・というか、竹取りは勿論のこと、武芸から生活知恵袋まで何でもこなす、万能な翁がいました。 有能な上に人望も篤かったので、当然のように村長でした。血筋ではなく能力重視の村です。 何でもできる村長は、その日は竹を取りに竹林に行きました。 すると、一本の竹が光っています。 不思議に思い割ってみると、中には玉のような赤ん坊が収まっていました。金の髪に白い肌の、輝く赤子です。 村長は驚きましたが、赤ん坊が衰弱しているようなので、悩むのは後にして連れ帰りました。 とりあえず座布団に寝かせて、重湯を作って戻ると、赤ん坊は近くに置いてあった果物を勝手に食べていました。 その赤子とは思えぬ食べっぷりを見て、村長は思いました。これは育てるの楽そうだ、と。剛胆な人です。 普通なら不気味に思って捨てそうなものですが、村長の長年の勘はこの赤子が悪いものではないと告げていますし、村長は独り身です。嫗も子供も、もちろん孫もいませんから、この赤子を孫にしたところで誰にも迷惑はかかるまい、と思ったのです。 そういう訳で村長の孫となったこの赤子、見つけた時のような発光は控えましたが、実は大層な特技がありました。 指さしたり注視したり、とにかく彼が興味を示した竹を切ると、なんと大判小判が詰まっています。 村長は独り占めするような人ではないので、そんな事が続いた村はたちまち裕福になりました。 その噂はあっという間に近隣に広まり、時の有力者たちはこぞって竹山と赤子―――もう少年ですが―――を手に入れようと躍起になりました。 まだ救いだったのは、有力者達が同時に動き出した為、膠着状態となり容易に征服する事ができなくなった事です。 抜け駆けには粛正を、な雰囲気なので、上辺だけでも村の意志を尊重するような流れになり、連日村長の――ひいてはくだんの少年の――宅に貢ぎ物が届けられる毎日です。 都の噂はこの話に尾鰭がついたものでしょう。 友人が、緑の髪を揺らして小首を傾げます。 「・・・・・・性別が何となく間違われてるような気がする以外は正しくないか?」 「ねぇよ」 元が貧しい村育ちなので、噂の印象より口が悪いです。まぁ、普通の少年ですね。 「あのなぁ、麗人なんてどこにいるんだよ? オレの容姿は十人並みだろ?」 常人より白かった肌は、村の他の子供以上に日中駆けずり回って遊んだところ、よく日に焼けて、服の下はともかくパッと見では村の平均的肌色になっています。 そうなると、髪と眼の色以外は特別目を惹く事のない、普通の少年という域を出ない程度の造りである事に気づきます。 「んー・・・・・・十人並みよりは可愛いと思うけど」 「かわいい言うな」 これは後々わかる事ですが、彼はばっちり母親似です。なので、ほんのちょっぴり(←本人談)女顔なのは、全面的には否定しきれない(←再び本人申告婉曲表現)です。 といっても女の子に間違われる程じゃありませんけどね。 閑話休題、 「でもそうだな、リチアみたいに掛け値なしに、とはいかないかな。愛嬌があっていいと思うけど」 男に愛嬌あってどうする、と言うより前に、友人の口から出た少女の名前にドキリとします。 「ああ。かといって、彼女と並んだ時にお前が見劣りする訳じゃないから安心しろ」 「なっ!あ、安心って、どういう・・・!」 「そういや、今日も来てたぞ彼女」 「ええっ!?」 ドキリとした後、ちっとも平静に戻れません。 「何で引き留めといてくれないんだよー!」 「居られるギリギリまで待っていたようだけどな。お前の来客がちっとも帰らなかったから、残念そうに帰ったぞ」 「うぅ、あんなんよりリチアに会いたかった・・・・・・」 「だろうなぁ。せっかく来てくれたのに、一昨日もそれで機会逃したみたいだし」 「・・・・・・一昨日も来てたんだ」 まずそれを知らなかった時点で切ない。 彼女は不思議な娘で、もう10年ほどの付き合いだというのに、何処に住んでいるのかも誰も知りません。 非の打ち所のない造作と華やかな雰囲気の、こんな鄙びた村には似つかわしくない雅な娘で、おそらく都人の親に付いてどこかに行く途中立ち寄ったのだろうと思われましたが、何年経ってもそのような貴人が寄りついた気配もなければ、彼女が村を訪れる頻度も変わりません。 彼女いはく遊びに来ているとの事で、一緒に過ごして日が暮れる頃になると、護衛らしき、妙に線の細い重鎧の無口な人を伴って帰っていきます。 送ると言っても断られてしまうので、家がわからずこちらから会いに行く事ができません。 会える機会は逃したくないのに、来客が居座るせいで最近ちっとも会えません。 「お前ばっかり狡い・・・」 「そう言われてもな」 恨みがましい目を向けても、友人は軽くいなして笑うばかりです。 「何して過ごしたんだ?」 「んー・・・・・・秘密」 そう言って意味ありげに笑う親友に、わずかな焦燥感。 やっぱりコイツも、リチアの事好きなのかなぁ。 そんな事を思うと、少し胃の辺りが重くなります。 普段、彼の恋路を茶化すことなく応援してくれている友人は、けれども彼自身も彼女に惹かれているような気がするのです。彼は隠しているようですが、そんなふうに感じ取れてしまうのです。 ですが、もしそうならどうしたらいいのでしょう。 抜け駆けされるとか、そんな心配をしているのではありません。彼も彼女も深く信頼しています。 なのでそうではなくて、何だかこの友人に悪いことをしているような気がします。 少々妙な具合に早くなった鼓動を鎮める為、茶を飲もうとしましたが、湯呑みは既に空でした。 そんな彼の様子に友人は少しだけ眼を細め、何も言わずに湯呑みにおかわりを注ぎ足してくれました。 「・・・・・・はー、茶が美味い・・・・・・」 最近、家で使用人が分量や時間を完璧に計って淹れてくれる茶より、親友がその辺で摘んできた笹茶が落ち着く少年です。 「こんなのより、お前の家で出てくる茶の方が何倍も美味いだろうに」 「んー、まぁそーなんだろーけどさぁ・・・」 毎日のように大量に送られてくる貢ぎ物の中には、都人でも上流の人しか飲めないような高級茶葉もあります。 そういったお茶は、確かに値段に釣りあうだけの味をしているとは思います。ええ、美味しいのはわかるのですが、 「こっちのが落ち着く」 「早めに慣れろよ」 「人間、身の丈に合った生活が一番だと思うんだ」 「言ってろ」 台詞の割に、友人はくすくすと楽しげに笑います。 それを見ながら、やっぱり落ち着くと再確認しました。 |