己を呼ぶ声に我に返り、指を離す。

 今日の職務はもう終わり。

 守人の仕事にも大分慣れたか、と気遣う同僚の声に、さて、ちゃんと受け答えできていただろうか。

 

 

 帰り道、月に照らされながら、つらつらと考える。

 

 リチアとエルディは、他の誰よりも互いを理解し、必要としている。

 レキウスが昔から感じてきた疎外感。

 二人の間に、自分の入る余地など、ない。

 それは少し、寂しい事だけど。

 あの二人が、それで寂しくなくなるのなら、それでいい。

 

 諦めよう。違う、とうに諦めていた。

 応援しよう。いや、随分前から応援していた。

 でも、ようやく……吹っ切れた。

 小さく軋むように胸が痛むけれど、元から知っていた事じゃないか。

 この恋を沈め、気付かれないように笑って、二人をずっと見守りたい。

 

 例えるなら、とレキウスは顔を上げる。

 この月の様に、と言ったらおこがましいだろうか。

 控えめに、優しく夜道を照らす金色の光。

 

 ああ、今日の月は綺麗だな。

 ほぼ満月に近く、明かりが強い。

 金色、というのは綺麗な色だと思う。

 月の色。稲穂の色。それに何より……

 

「……エルに会いたい、な」

 レキウスにとって金色とは、エルディの髪色だ。

 このイルージャのみならず、たまに来る行商人に聞いた限り、世界的にも珍しいらしい純正の金の髪を、レキウスは気に入っている。

 今日は、リチアには会えたがエルディに会っていない。昨日も、一昨日も。

 守人のレキウスと、決まった仕事を持たずに手伝いにかり出されるエルディ。

 仕事がかち合う事も少なくないので、毎日顔を合わせる事もあれば、今回のように何日も見事に擦れ違う事もある。

「今日は会うかと思ったんだけどな……」

 今日は収穫祭で、午前中は実りを齎す大樹への感謝の儀を行うリチアの補助をした。

 そのまま収穫の方に割り振られていたのならば、きっと会えたろうに。狩りを言い付けられたレキウスはすぐに村の外に出向く事になってしまった。

 だからといって、どうということは無かったのだけど、狩りの帰り際に小さなエルディの痕跡を見付けたら、何だかとても会いたくなってしまった。

「リチアは、会えたのかな」

 きっと会えただろう、会えているといいなと思う。

 リチアへの恋心も対処を決めた事だし、久々に何の負い目もしこりも無く、ただエルディの顔が見たい。

 

 守人になり、一人前と認められた証明であるとはいえ、一人きりの家に帰るのはやはり寂しい。

 どうにも人恋しくなってるなと、

「……あれ?」

 そんな事を考えていた所だったから、その仄かな灯りがとても暖かく映った。

 

 

 

 己の家の窓から漏れる、控えめな光。おそらく、ランプ花のもの。

 誰か、いる?

 期待し過ぎると外れた時に気落ちする、そう思っても少しくらいはしてしまうもの。

 母親だろうか? 差し入れを持って来てくれたのかもしれない。物だけ置いて帰ってしまっている可能性もそれなりだけど、どうせなら待っていてくれると嬉しい。

 あるいは、守人としてのレキウスに用がある人? 明日の仕事内容の変更とか。

 それとも、もしかして。もしかしたら……

 

 そっと開けたドアから中を窺うと、会いたかった色がある。

「エ……」

 眠っている、と気付いて上げ掛けた声を押し留める。

 腰掛けて卓に突っ伏している彼に、足音を立てぬよう近寄って、改めて周りを見渡した。

 卓上には籠があり、トマトが艶やかな赤さを主張している。

 収穫物を持って来てくれたのだと判断。

 そのまま帰らずに待っていてくれた事に、胸が温かくなるような心地がした。

「ありがと、な」

 眠りを妨げない程度の囁き。それからそっと手を伸ばし、月光色した髪に触れる。

 ランプ花と、窓から差し込む僅かな光に、控えめに輝き返す金糸。

 

 一人きりの家に帰ってきたら、お月様が迎えてくれた。

 そんな子供っぽい発想が浮かんで、くすりと自分で笑えてくる。

 と、声に出したつもりはなかったのだが、うつ伏せのエルディがピクリと身じろいだ。

 起こしてしまったかと手を引くが、それきり変化はない。

 ホッとして、むき出しの肩に何か掛けるべきだろうかと考える。

 

 ……でも、起こすべきだよな?

 エルディの持ち込んだと思しきランプ花はごく小さなもので、比例して光量も少ない。

 本格的に暗くなる時刻に歩くに頼りない光は、つまりもっと早くに引き上げる心積もりだったのだろう。

 だったら、早く起こして家に帰さないと村長が気を揉んでるかもしれない。

 

「……エル。エルディ、起きろ」

 少し名残惜しく思いながら、レキウスはエルディの肩をゆっくりと揺する。

「ん……」

 幾度かの呼びかけで、月色の頭が上がり、真昼の空の色をした瞳がレキウスを映した。

 それだけで、レキウスはなんだか嬉しくなった。

 ただ、それだけのことで。

 

 

 

 →2章

 

 

 

この辺は目一杯優しくて綺麗な文章にしたいなぁ。というか聖剣の文体は凄く澄んだものにしたい。あくまで希望ですが。