その店は、その知名度の割には目立たず、ひっそりしたと佇まいを見せていた。

 意外と地味だな、という印象はウインドウが見える位置まで行って、間違いだったと知る。

 ああ、これだけで客の目を惹くには充分だ。

 通りに見せ付けるように置かれた人形。

 とてもではないが機能性には優れていないと思われる、豪奢な衣装。

 ひと目で上質と知れる布地をふんだんに使用したドレスは、だけどもそれを身に付ける者に――物に?―――完全に圧倒され、霞んでしまっている。

 このレベルの衣装でも役者不足たりえるとは、なるほど、『彼女』の衣服だけで身を持ち崩す者が続出するという話もあながち噂だけではあるまい。

「周助?入るわよ」

 苦笑する僕に掛けられた姉の声に、軽く頷くと彼女に続いてドアをくぐった。

 

 

 

 

 

 

「本日はどのような品をお求めで?」

「特に希望はないけれど、そうね・・・・・・・・・」

 自らを『エサ係』と称する若い店主と、姉のやりとりをぼんやりと聞き流す。

 店主の柔和な笑みは、しかし眼鏡の奥の如才なさげな瞳と相まって、相当やり手の商売人なのだろうと思わせる。

 もっとも、我が姉も一筋縄でいく人柄ではないと知っているので、ふっかけられる心配などはしなくていいだろう。

 それよりも僕は、高級そうなカップに注がれたお茶が一体どこで売られているものなのかが知りたかった。

 初めて飲むタイプだが、とても美味しい。

 帰り際にでも、淹れ方も含めて聞いてみようと心に決めた。

 

「まずは、どんなものか見せてもらえるかしら」

「わかりました。こちらへどうぞ。お客様の美しさに見合うプランツが見つかるといいのですが」

「あらお上手。行くわよ周助」

 やっと本題に入ったらしい。

 もう少し味わっていたかったと、僕は少しだけ未練を残しつつカップを置いた。

 

 

 

 通された薄布の向こうには、何体もの人形が並んでいた。

 少女の形をしたそれらは、観用少女<プランツ・ドール>と呼ばれるものだ。

 衣服を土壌、ミルクを水、砂糖菓子を肥料として生きる植物。

 陽の光にあたる愛情を受けなければ枯れてしまうという、儚き生き人形。

 当然希少価値も高く、庶民からすれば『目の飛び出るような』値のするそれは、貴族のステータスとしての意味もある。・・・・・・・・・くだらないけど。

 

「こちらなどは大人しく手もかからず、初心者に向いていると言えるでしょう」

「なるほどね。あらこの子綺麗ね」

「お目が高い。これは『名人』の称号を持つ職人による、10年に一度の逸材でして・・・・・・」

 解説している店主と姉を横目に、僕は勝手に見させてもらおう。

 どうせ買うのは姉さんだ。

 僕が特徴など聞いても意味が無い。

 僕はただの付き添いだ。

 弟は人形など興味ないと付いて来なかった。

 僕もそれほどではないが、一度くらい目にしたいという好奇心からここにいる。

 ただ・・・・・・・・・こうして眺めている限り、あまり植物という実感が湧かない。

 では生き人形としてはというと、これもよくわからない。

 少女たちはどれも可愛いと、綺麗だとは思う。

 だけども皆、自らの主を見出すその日まで眠り続けている。

 目を閉じてぴくりとも動かない以上、とびきり綺麗な、それでもただの人形にしか見えないなと、少し残念な気がした。

 こんなに綺麗なのだから、きっとこの子とかあの子とか、宝石みたいに美しい瞳をしているだろうに、見れないなんて勿体無い。

 とはいえ、万が一起こしてしまったら後が大変だけど。

 

 そんな事を考えていると、ふと背後から視線を感じた。

 誰だろうと振り返ると、さっきまでは確かにいなかった男の子が僕を見ていた。

僕よりも2,3年下だろうか、一瞬ここの人形かと思わせるほどに整った容姿をしている。

 勿論すぐに思い直す。規格よりも背があるし、何より少年型のプランツなど聞いた事が無い。

「えっと、君はここの子かな?」

 そう思ったのは、彼にこの店や少女達と、どこか共通した雰囲気を感じたから。

 着ているものも、無論男物だけども生地自体は彼女達にも劣らぬ高級品と思われた。

「・・・・・・・・・・・・」

 答えは無い。ただこちらが居心地が悪くなるほど真直ぐな視線が返ってくるだけ。

 艶のある漆黒の髪に良く映える、生まれたての仔猫を彷彿とさせる程に澄んだ大きな瞳。

 先程の考えが頭に残っていたのだろうか、そのブラウンがかったゴールド・アイに見詰められて、僕は宝石よりもずっと綺麗だと思っていた。

 意思あるものにしか持つ事を許されない煌き。

 吸い込まれそうだと、思った。

 

 

 だから、だろうか。

 その瞳が近付いてきていたのにも気付かなかったし、

 ガタンッ

「え・・・・・・・・・?」

何かの倒れたような大きな音が、自分が起こしたものだと解らなかったのは。

 

 

「どうされまし・・・・・・・・・おや」

「周助・・・・・・・アナタなに押し倒されてるのよ」

 音を聞きつけて来たらしい二人にそう言われ、やっと現状を理解した。

「え?あれ・・・・・・・?」

 確かに、後ろにあった椅子の足にぶつけたらしい背中が痛かったし、尻餅をついたような体勢の僕に、例の少年が圧し掛かっている。

 というよりも、抱き着かれていると言った方が正解か。

「誰・・・・・・・・・ですか」

 この子は、と少年にというよりも店主に問いかけた。

 だけども店主がそれに答えるよりも、姉が口を開くほうが早かった。

「ねぇ、もしかしてあの子例の・・・・・・」

「はい。現在、世界で唯一の少年型プランツです」

 え?

 この子が・・・・・・・プランツ?

 これほど強い眼差しを持つ、彼が?

「噂では気位が高くて誰も選ばないって聞いたわよ?」

「ええ、選びません・・・・・・でした」

 昨日までは、と言う店主の含みは明白だ。

 プランツ・ドールが目覚めた時。

それはすなわち・・・・・・・・・

「え・・・・・・・・・・?」

 主人を選んだ時。

 

 

 

 

 

 

 

「どうなさいますか?」

「そうねえ・・・・・・・・・」

 先程と同じく、二人が話す横で出されたお茶を飲んでいる。

 やっぱりこのお茶美味しいな、などと考えながら。

 違うのは僕の隣でミルク飲んでる子が居る事。

 ・・・・・・なんだか不味そうに飲んでるなぁ。

 嫌いだとか?まさかね。

 プランツがミルク以外の何を飲むというのだ。

 もっとも、少年型があることも知らなかったのだから、断言はできないか。

 なんとはなしに眺めていたら、その間にも進んでいたらしい大人二人の商談が耳に入る。

「・・・・・・しかし、レアものでありますし、これ以上は・・・・・・」

「でも、いくらマニアが欲しがったところで本人が選ばなきゃ売れないんでしょう?

 次の適合者が現れるまでどれだけかかるのかしら?」

 ・・・・・・・・・あれ?

「待って姉さん・・・・・・・・・買うの?」

「え?」

 吃驚したような目で見られた。

「要らないの?」

「え?えっと・・・・・・どうだろう」

 首を傾げると、途端に刺すような視線を感じた。

 睨むような目付きで見詰めてくるのは勿論『彼』で、その強さにゾクリ粟立つ心地がする。

「周助、欲しいんじゃないの?そう思ったからさっきから交渉してるのよ私」

 要らないなら買わないわよ、と言う姉は、今まで弟の心情を読み違えたことは無い。

「・・・・・・・・・買わなかったら、どうなります?」

「そうですね。メンテナンスに出して忘れさせる事になりますね」

感情の読めない声で店主が答えた。

「忘れるって、僕を?」

「ええ」

 買って欲しいとも言えないくせに、それは何だか・・・・・・寂しい。

 

「お客様は、それでよろしいのですか?」

「・・・・・・・・・枯らしたらと思うと、怖いんです。育て方も良くわからないし、それくらいなら」

「何よ、周助サボテンとか育ててるじゃないの」

「一緒にしちゃいけないんじゃない?」

 サボテン達をないがしろにしているつもりは勿論無いが、どうしても人しか見えない『彼』の事はやはり同格には見れない。

 

「お客様なら、大丈夫だと思いますよ」

 この店主は、低くないのに響きの深い声だなと思った。

「それだけ気にかけてやってくださるなら、枯らすことは無いでしょう」

「そう・・・・・・でしょうか」

 

「私と致しましても、プランツが折角選んだ主人ですから、できればメンテに回したくはございません」

 ・・・・・・・・・選ばれた、そうだ、それからして実感が無い。

「僕は本当に選ばれたのですか?」

「と、申しますと?」

 目覚めたのだからそうなのだろうとは思うのだけど、と『彼』を見やる。

「・・・・・・・・・僕は、この子の笑顔を見てません」

 

 プランツの笑顔は天使の微笑み。

 その笑みはプランツの選んだ主人にのみ向けられる。

 

 だったら、僕は?

 

 

「そういえば、そうね」

「確かに。しかしこのプランツは様々な面において規格外でありますから・・・・・・」

「だからって笑ってくれないんじゃプランツの意味ないわよ」

 姉の言葉に、それは違うと首を振った。

「愛想が無いならそれでも構わない。でも、本当に僕でいいのか示してくれないと・・・・・・」

 

「君は、本当に僕でいいの?」

 強い眼差しを向ける『彼』に問いかける。

「満足な環境に置けないかもしれないよ。枯らすかもしれない」

 窺うようにその綺麗な顔を覗き込む。

「もう少し待てば、もっといい主人が現れるかもしれない」

 

「それでも僕で、いいの?」

 

 少しでも、笑ってくれれば。

 そうすれば全て引き受けようと、心に決めたのだけど。

 

 

 笑顔の替わりにスルリと頬に伸ばされた手と、

「え?」

 唇に何か柔らかいものが触れた気がしたけれど、不覚にも間近で見る瞳に引き込まれて・・・・・。

 

「あらあら」

「では、お買い上げよろしいですね」

 

 人形相手にファーストキスを奪われたと気付いたのは、購入後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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本当に書いてしまいました観用少女でダブルパロディ。しかも攻プランツ。

少年型プランツは原作では出てませんけど、4巻で社長令嬢が「この男の子プランツじゃないかと思う」と言っているので、存在自体はあるのかもしれません。需要が少なそうですけど。

 

しかも続きます!この時点では不二が主人としての自覚が無いので、お次はその辺を。

越前の名前も出てませんしね。

どう見ても不二先輩、越前に一目惚れしているようにしか思えませんが(いや双方か)、大ボケ甚だしいので自覚なし。

年齢設定ひとつづつ下げてお読みください。だから不二先輩は中二で13歳。越前は外見小学生(って元々か)

でもって夏です。