というようなやりとりをしたな、と。 長門の改変した世界での出来事の話をくどくしつこくねちっこく聞きにくる古泉を前にして思い出した。つーか片時も忘れさせてくれない勢いなんだが、お前持ち前のスマートさをどこ置いてきた。半年分の宿題が終わって肩の荷と一緒にいろいろ下ろしすぎじゃないのか、また半年分出されたくせに。 「いえいえ、これも仕事の内ですから。詳細なお話をお聞きするまで落ち着きませんので」 仕事と個人的興味の割合を言ってみろ、絶対逆転してるから。
あの件に関して、例の山荘でアウトラインは語ってあるものの、詳しい話はしていない。細かい心情は言いたくないし、伝聞にしてはいけないような事もある。プライベートな問題もそれなりなわけだし。例えそれが長門の改変した世界の古泉・・・・・・長いな。長門の古泉・・・・・・いやこの略はいかん、腹が立つ。長門が穢れる。とにかくあの古泉の矜持だとしても。
ただ、いい加減鬱陶しくなってきて、これを言えば黙るだろうなと思ったらつい、 「あっちのお前は、ハルヒに惚れてた」 伏せておくべき俺的ランクTOP3に入りそうな事柄を口にしてしまった。 すまん、あっちの古泉。正直に言おう、これ言ってこの古泉がどんな反応すんのか実はかなり気になってた。許せ。 笑顔のまま流すか、冷静に否定するか、否定するにしても珍しく慌てるかもしれない。もしくは・・・・・・同意は、しないか。例え本心が何処にあるにせよ。
「・・・・・・・・・ああ」 しかし予想に反し、古泉は一瞬だけ遠くを見るような呆けた目をした後、当然とでも言うように頷いた。 「お前・・・・・・」 「あ、いえ、違いますよ。涼宮さんは大変魅力的な方ですが、そのようなおこがましい」 何故か、思ったよりも低い声が出たな、と自覚すると同時に古泉がはたはたと手を振って否定してきた。その様子からは気負った所は見受けられない。 が、古泉だから信用ならない。 「僕では役者不足です。あちらの僕も身に沁みていたのではないでしょうか。それでも抗えない、その理由はわからないと来たら、恋愛感情とこじつけても無理はないかなと思っただけですよ。少々短絡的ですがね」 こじつけ、って。 「ええ、誤解です。力を与えられた日から仕えてきた神が目の前に現れれば、運命の一つも感じるでしょう。そこにあるのが畏れや信仰だとしても」 「待て、あの世界のお前は超能力者なんかじゃなかったぞ。ただの男子校生だ」 閉鎖空間が、神人が怖いのだと、震えていた体操着姿が浮かんだが瞬間的に振り払う。この話は目の前の古泉には話していない。どっちの古泉の為にも伏せておかなければいけない気がして。 「ええ、その時点ではそうでしょう。記憶も無く、何より涼宮さんが何の力も持たねば平凡な一高校生に過ぎません」 そこで言葉を一度きり、古泉は平凡な一高校生にあるまじき優雅な動作で肩を竦めた。 「ですが、長門さんによる改変が及んだのは1年間なのでしょう?僕を含め能力者が涼宮さんに力を与えられたのはもう4年近く前の事です」 「・・・・・・・・・ああ」
気付いて、いなかったわけではない。だけど、詳しく詰めると動けなくなりそうで後回しにした。 一段落した後も、ただ、深く考える事を避けていた。 本当は、改変が一年だけと聞いた時、納得した。
あの古泉は、2年半は灰色世界でハルヒのストレスと強制的に戦わされていて、与えられた時と同様の唐突さでもってその力を、戦っていた記憶ごと引っこ抜かれて、でも記憶が無くなっていてもその期間がなくなる訳ではないから敬語キャラでハルヒの財布くんで、それは大層理不尽な事だけど、もっと理不尽な命の危機からは解放されていた事実はあの古泉にとってはもしかしたら良い事だったのかもしれなくて、 そして俺は、その平穏を許さなかった。
「ですから、僕の事は気にしないでください」
・・・・・・今のは、生声だよな?記憶の再現でなく。 そしてやはり何についての話なのかわからない。 「僕はあなたの恋のライバルには成り得ません。ご心配なく。 もっとも、例えそうだとしても歯牙にも掛けられないでしょうが」 ああ、その話か。 「って、何で恋のライバルとかって話しになんだよ」 古泉は、対子供の戯言仕様といった笑みで首を振った。ムカつく。 「あなたも大概ですよね」 苦笑しつつ、くしゃりと細い指が前髪を梳く。・・・・・・・あ。
「・・・っ」 その動作に、一瞬覗いた額に、無意識に伸ばした手は、反射的にだろう身を引いた古泉に触れる事なく空を切った。 「・・・くっ」 その掌を流れた空虚な感覚がまた、『あの』古泉を掴み損ねた記憶を連れて来て、思わずその手首をわし掴んでしまった。う、身長の割に簡単に手が回る太さだな、なんて知りたくも無かったぞ。 「・・・・・・・・・何でしょう」 うーむ、すぐに穏和スマイルを貼り付け直した古泉に、改変世界古泉の言った事を話すべきか否か。 まぁとりあえず、 「古泉、ちょっと前髪上げてみろ」 さっさと手を離してそれだけ告げると、微笑に少しだけ緊張が上乗せされた気がする。 それでもイエスマン古泉は、ゆるゆると掌を額に持って行き、しかし掻き揚げる前に、 「・・・・・・入浴の時ですか?」 意味分からん事をほざいた。 「普段はわからない筈なのですが、見えてしまいましたか」 何言ってんだこいつ、という顔を今俺は露骨にしていると思うのだが、目の上に辺りに乗せた掌が邪魔をするのか古泉は気付かず続ける。 「体温が上がると少々浮き出るらしいですね。目立ちましたか?」 そもそも何も見つけていない。だがまぁ、この流れから言うと、 「古傷か」 「お恥ずかしい限りです。お見苦しいものを失礼しました」 改変世界の古泉、大正解。
この古泉は怪我だという。あっちの古泉は、気になるが理由がわからないと言った。 とすれば、これは間違いなく、 「神人、だな」 「お察しの通りです。不慣れだった頃は勝手がわかりませんでね。 まぁ女性ではありませんし、世界を守った名誉の負傷と思えば誇りに思えもするというものです」 なら思え。どう見てもコンプレックスになってるじゃないか。 一向に動きを再開しようとしない古泉の指には見切りをつけて、俺は奴の前髪に手を伸ばす。 古泉の笑みは崩れない。だけど少しだけ、身を硬くした気配を感じる。 現れた額には、一見して特に目を引くものは無かった。近寄って目を眇めて初めて、ほんの少しだけ引き攣れたような跡を認めた。これか。 指先ですっとなぞると、古泉の肩が僅かに撥ねた。顔はいつものままだ。でも呼吸は細い。こいつから顔近づけてくる時は遠慮なく吐息掛け捲りのくせに。 「大したこと、ないな」 隠す程じゃない。むしろ、晒して陽に焼けてしまえば同化してしまうんじゃないだろうか。名誉の負傷なんだろ、そんなに嫌悪してやるな。 「そう言ったでしょう」 「どっか、他にもあるのか」 「さぁ、どうでしょう。そうですね、『機関』の医者は優秀ですよ、とだけ申しておきましょうか」 掻き揚げていた手を離すと、古泉がほっと息を吐いた。 見せるのがそんなに嫌なら、もっと嫌がればいいものを。なんだってこうも無抵抗なのか。 先日の雪山ではハルヒの乱入で水入りとなったが、あの時も古泉はされるがままだった。 「お前、山荘でのあの時、なんで避けようとしなかった。殴られたかったのか」 俺はあの時殴り殴り返されたかったが、古泉は俺を殴れまい。 「殴られてもいい、とは思いましたが。仕方ないとも」 何故。あれも随分理不尽な物言いだったはずだ。 「己の無力さに嫌悪するのはあなたばかりじゃありませんから」 完璧スマイルに、ほんの少しだけ痛みが過ぎった、気がする。
情けないんですと言って苦笑していたのはどっちの古泉だった? 痛そうな微笑と諦めた苦笑。前髪を弄る癖、額の上には古傷。神人。気にしないでくださいと・・・・・・
「え・・・・・・」 引き寄せていた。 白い額が近い。首に柔らかい髪が当たる、擽ったい。 古泉の方が背が高いのだから、俺の喉下に頭があっては体勢的に苦しいんじゃないだろうか、と頭の隅の方で微かに思う。 何をやっているんだろう俺は。これではまるで抱き竦めてでもいるようだ。
「あの・・・・・・」 何だよ。言っておくが大抵の事には答えられない自信があるぞ。なにせ俺が分かってない。 「いえ・・・・・・おそらく、分かります」 何でだよ。お前はハルヒの専門家で専属だろうが。まぁいい、言うだけ言ってみろ。 「・・・・・・罪悪感は、心的距離を誤認させます」 ふっ、と笑った。それがあまりにわざとらしく聞こえ、少しだけ腕を緩めて上を向かせると、古泉はにこりと笑ってお気をつけ下さいと言う。 「お優しいのは命取りになりますよ」 さっきの自己嫌悪発言は古泉的に失言だったのだろう。どう取り繕うか思案した挙句、偽悪的笑みの形に表情筋を動かした感じだ。 「あの山荘で、あなたは僕に理不尽な暴力を振るい掛けたと思っている。僕はそう理不尽とも思いませんがね。 でも、あなたはひどく・・・・・・まっとうな人ですから、たとえ対象が僕であっても申し訳なく感じているのでしょう」 お気をつけ下さい、そう繰り返した。 「涼宮さんへの足掛けとして、あなたを与しようと狙う存在は少なくありません。一々お心を砕かれていては身が持ちませんよ」 ここで笑みを暗く深く。くそ、お前趣味悪い。そんな誤魔化し方しかできないなら黙ってろ。 「しまったな、あの時まともに殴られておけば良かったですね。そうすればあなたを利用しやすくなっていたものを。ああ失礼、口が滑りました」 嘘を吐けどんな滑り方だそれは。お前は時代劇の悪役か。そしてその大仰なリアクションもその一環か。どこまでも演出ミスだ、わざとらしく首を振った際に見えたぞ、額。この距離だ、体温が上がると浮き上がると言った通りに僅かに赤らんだ傷跡を、見せ付けたかった訳じゃないだろう。
「・・・・・・くそっ」 再び、痩身を抱き込める。今度は意識的に。 「・・・・・・・・・どうして」 煩い、今はその顔を見たくないんだよ。 俺はあっちの古泉に、俺の古泉はお前よりも余程楽しそうに笑う、と言っちまったんだ。 嘘に、させるな。そんな偽悪的な笑みをするな。まともに笑え。 もうそれしか、ハルヒとお前が笑うしか、あの古泉に報いる事はできないのだから。
「お前の言った事が正しいな。多分、罪悪感だ」 「・・・・・・実際に殴られた訳じゃありません」 「違う」 その事じゃない。そして違う事を、おそらく古泉は分かっていて方向性を逸らしている。
普段は見えない、だけど完治したわけでない古傷。 記憶にはないのにあれだけ怯えていた世界に、俺はこの古泉を再び放り込んだ。 この古泉に負い目があるとすれば、それだ。
ああ、ほとんど迷いもせずにエンターキーを押した俺に、今更同情なんざされたくないだろうさ。あの時、お前の都合なんざ微塵も考えてやらなかったからな。
後悔もまるで無い。仮に何度あの瞬間にもどされようと、俺は同じ選択をし続ける。 ただ、失敗したと思うのはひとつだけ。 あの二人と、あんなに話すんじゃ無かった。 どうせすぐに物別れとわかっていたのだから、極力話を避けるべきだったのだ。 俺をジョンと呼ぶハルヒも、学ランの古泉も。 パラレルワールドの出来事じゃないんだ。 一年分の過去を、積み重ねを否定し、あるかもしれなかった奴らの未来を潰したのは俺だ。 世界がどうのというスケールの大きな話は俺にはわからない。知った事じゃない。俺はこの世界を取り戻した事に後悔はしない。責任なんて取らないが、けじめはつける。例え何かが復讐に来るなら世界ごと受けて立ってやるさ。 話した事の無い奴らの未来の可能性なんて知らない。だけど、俺をジョンと呼ぶハルヒと体操服で震えていた古泉は、通りすがりなんかじゃ、ない。
必要最低限以上に話すんじゃ、無かった。 好感を抱く程ではない、だけども何も心に残らない程に軽くは、ない。
ああ、あのまま改変世界を放置しなくて良かった。本当に良かった。 あれだけの会話で、俺が指一本で消してしまった奴らがこんなにも気になるなら。 長門はあいつが望んだ事だったにしろ、もう二度と会えなくなっていた俺の長門や朝比奈さんは勿論の事、ハルヒも。のみならず、認めたくは無いがもしかしたら、古泉も。 狂おしいほどに、愛しくなっていたかもしれないから。
「お前にじゃない。あの世界の古泉の方がまだマシだったと思ってんだ。喋るな」 「・・・・・・ああ。なるほど」 何を納得したのか、古泉が身じろぎを止める。 「どうぞ、存分にお浸りください」 どっちの世界であっても、物分りのいい奴だ。 畜生、胸が痛い。
胸が痛くて、目の奥も熱い。 だけど、俺が消してしまった古泉は、気にするなと言った。ハルヒを笑わせてくれればいいからと。こうなる事も可能性のひとつとして予測していたのだろう。 許されたくなんてなかった。それは優しさで、だけども拒絶とイコールで、今になって俺の行動を制限する。 ポニーテールのハルヒ、俺をジョンと呼ぶあいつは、もしかしたら人生と折り合いをつけて平凡な幸せくらいは掴み取れたかもしれない。俺に微笑みかけた長門も。書道部の朝比奈さんも。彼女ができなかった谷口や、国木田や、何なら俺が大人しくしていたら上手くやっていけそうな朝倉も。たんと俺を恨めばいい。もう恨む事もできないのだろうが、俺はそいつらを悼み一人泣いたっていいだろう。 だけど、あの古泉は、俺に安易に罪悪感に浸る事を許してくれなかった。
「『遺影』としては出過ぎた事かもしれませんが、一つ言わせていただくなら多分僕はあなたに、このような・・・・・」 この古泉だってそうだ。大人しく俺の腕に納まっていても、俺の同情を許さない。ここにいない。 「役割が分かってんなら喋るな」 そして笑え、人生を楽しめ。ハルヒに笑って欲しいなら、自信を持って薦められるように、まずお前が楽しんで笑っていろ。俺はそれを、もう会えない古泉への献花にする。
畜生。 今俺は、無性に古泉に・・・・・・会いたい。
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花写真でお題より アリウム
花言葉は「正しい主張」「無限の悲しみ」
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学名 アリウム・ギガンテウム(Allium
giganteum)
アリューム,アリアムとも言う