アカシア

 

 

 

 

 チカリと陽を反射した輝きが俺の足を竦ませた。

 

 

 

 本日のSOS団不思議探索の組み分けは、俺・ハルヒ・古泉班と朝比奈さん・長門班となっている。朝比奈さんがひきつっていらしたが大丈夫だろうか。ああ、あっちの班に混ざりたい。

 ハルヒに振り回されるのも疲れるが、古泉を含む3人班というのがまた頂けない。美男美女+オマケ1という視線がビシバシ突き刺さるからな。古泉は大抵一歩引いた位置で後を着いて来るのだが、いかんせんSOS団は俺を除く全員が人目を引く容姿なのだがらどうしようもない。

 ああ忌々しい。女性陣が麗しいのは大変結構だが古泉が忌々しい。

「そうですねえ、折角のこの組み合わせですし、バイトが入った事にでもして僕は早々に退散を・・・」

「待てコラ、ハルヒの世話を押し付けるつもりか」

 鳴ってもいない携帯片手のニヤケハンサムを、首根っこ引っ掴んで阻止する。コイツの方が背が高いので首が絞まっているようだが気にしない。実際苦しい事を訴える声もするが、デフォルト笑顔も敬語も崩れないのだから大したことではないだろう、うん。

 

「ちょっとキョン!副団長を苛めるんじゃないわよヒラ団員の分際で!」

 ハルヒの声が響く。ヒラで悪かったな。

「コイツがどっか行きそうだったから捕獲しといたんだよ」

「古泉くんは迷子になんかなんないわよ。アンタと違って」

 俺がいつ逸れたというんだ、人聞きの悪い。

「何よ、悔しかったらもっとSOS団に貢献してみなさいよ」

 何でだよ。つーか別に悔しくないぞ。

「少しは悔しがりなさいよ!それだからアンタは・・・・・・」

 

 

 そんなくだらない言い争いをしている時だった。

 絹を裂くような、と表現するには少々太いが、女性の悲鳴。

 おれたち3人を含む辺り一帯の視線を集めた声の主は、走り出した男を指差し再び叫んだ。

「泥棒!誰か!!」

 状況説明としてならそれだけで充分だ。

 帽子を目深に被り、サングラス着用といういかにも犯罪者といった風体の男は、まさしく引ったくり犯に違いない。

 問題は、

 

「待ちなさい!」

 我らが団長が男の逃走妨害のできる位置にいた事・・・・・・というか、男がこっちに向かって突っ込んで来てるって事だ!

「ハルヒ!」

 仁王立ちで構えるハルヒに向かって一直線の男が腕を振り上げたのを見て、俺は咄嗟にハルヒの前に割り込んだ。いくらハルヒと言えど、女が殴られるのを黙って見ている位なら自分が痛い目みた方がマシだ。いやそんな事を考えるよりも先に体が動いた訳だが。

「キョン!?ちょっと、どきなさいっアンタじゃ・・・・・・キョン!!」

 二度目の呼びかけは声色が違った。理由は分かっている。素手と思っていた引ったくり犯の手に、ナイフが握られているのが見えたからだ。

 

 煌く刃物に体が動かなくなる。

 己に向かって突きつけられるナイフ、脇腹に潜り込んだ感触を脳が鮮明に再現してくれやがる。やめろ、今思い出させるな・・・・・・!

 迫る刃物、体は動かない。刺される自分を幻視する。もうどうしようも・・・・・・

 

「キョン!!」

 必死の声に硬直が解ける。

 ハルヒが動こうとしている。俺を庇おうと前に出る動きだと確信した。させてはいけない!

 迫りくる刃物に背を向ける事になるが、男から隠すように小さな体を全力で抱え込み、目を閉じた。

 

 

 今度は背中刺されることになるんだろうか、と覚悟していたのだが予想した衝撃はいつまでたっても訪れず、代わりにドサリと重い音が耳に届いた。

 

 

「大丈夫ですよ」

 響いてくる涼やかな声。

 

「・・・・・・古泉?」

「古泉くん・・・・・・」

 恐る恐る振り返り、先に目に入ったのは古泉一樹の安心させるような微笑み。

 次いで、その下で後ろ手に固められ地べたに押さえ付けられている犯人。

 ・・・・・・ええと、古泉が取り押さえたという認識でいいのだろうか。

「古泉くん、強いんだ・・・・・・」

「護身術程度ですが。涼宮さん達に何事も無く何よりです」

 やや呆けたような声のハルヒに、本当に何事も無かったかのような爽やかな笑みで古泉が言う。

 本当に大した事では無さそうだ。コイツは、ハルヒの監視員なだけでなく護衛も兼ねているのだろうか。

「すみません。警察と、あと何か縛るような物があれば」

「あ、そっか」

 ひとつ頷くとハルヒは上着を脱ぎ、古泉が纏めていた男の腕を縛り上げた。

「すみません、涼宮さん」

「何がよ?」

「服が傷んでしまいます」

「いいのよ、そんなの」

 呆れたようなハルヒの物言い。確かにそんな事、だ。服の心配してる状況じゃないだろうよ。

「寒くはないですか」

「大丈夫よ!」

 うん?

 重ねてハルヒの心配。これは分かるが、なんだろう今の古泉に何か違和感があったような・・・・・・?

 

「キョン、何ぼーっと突っ立ってんのよ、警察は呼んだの?」

 怒鳴られてハッとした。当然呼んでいない。

「まったく、何してんのよもう!いいわ、あたしが・・・・・・」

「あ、呼びました」

 手提げを漁りかけていたハルヒを、通行人の一人が遮った。

「すぐ来るそうです。それまで代わりましょう」

 通報者は体格の良い男だった。背は古泉と同じくらいだろうが、横幅は倍ほどりそうだ。脂肪でなく。

 確かに押さえ込むには適任ぽいが・・・・・・近くに、こんな奴いたか?

 声を掛けられた古泉も共犯を疑ってか笑顔の中にも警戒した面持ちだったが、男がハルヒに見えない角度で目配せをした途端、素直に頷いて交代した。

 ああ、『機関』の関係者か。

 

 

 男と交代した古泉に、ハルヒが覗き込む。

「古泉くん大丈夫?」

「は?・・・はい」

「怪我見せて」

 ハルヒの言葉に古泉が少し身じろいだ。

 怪我?してたのか?

「大した事ありませんよ」

「見せなさい」

 焦れたハルヒが古泉の顔をわし掴んで引き寄せた。

 顔が近いぞ、と思ったのは俺だけではなさそうだ。古泉の動揺が伝わってくる。人にやられると怯むのか、その相手がハルヒだからか?

 ・・・・・・なんだ古泉、俺にアイコンタクトを送ってきてもさっぱりわからんぞ。

 ハルヒは気にせず、古泉の長めの前髪を掻き揚げた。

 こめかみに、うっすらと血が滲んでいた。

「よくもあたしの団員に・・・・・・!」

 ハルヒがギラギラした目で引ったくり野郎を睨みつける。男はぶつぶつと何やら呟いている。いっちゃってる?

 何を言ったのか俺には聞こえなかったのだが、古泉は聞こえたのか顔色が僅かに失せた。

 

「涼宮さん、お気に掛けてくださるのは大変光栄ですが、本当にかすり傷ですので」

 たしかに、皮一枚切れただけっぽい。

「でも、せっかく綺麗な顔なのに・・・・・・『長門ユキの逆襲』の撮影だって控えてるのに・・・・・・!」

 そっちか。

「それは申し訳ありません。撮影までには跡形もなくなると思われますのでどうかご容赦願います」

「謝らないでよ!そんな事を言ってるんじゃないの!・・・・・・もうっ!」

 もどかしげなハルヒが古泉の頭を更に引き寄せ・・・・・・傷を舐めた。

「「!?」」

 古泉が尻餅をついた。珍しい。

「す、涼宮さ・・・!」

「何よ!あたしを庇った傷ならあたしのものでしょ!」

 どんな理屈だそれは。

 と突っ込みをいれられる程度に冷静に見えるかもしれないが、俺だってかなり驚いている。だからな古泉、そんな全力で申し訳ありませんと謝ってる顔を向けられても、どんな反応すりゃいいかわからん。からかうのは控えた方がいい位は分かるが。何だこの消化不良感。

 何となく居た堪れず、へたり込んだままの古泉から視線を逸らす。

 

 と、視界の隅に煌く何かが映りこんだ。

「ん?」

 何だ?

 目を凝らすと、どうやら先程俺を竦ませた光と同一のものらしい。

 つまり、ナイフだ。距離が開いているのは、古泉が蹴り飛ばしたのだろうか。

 

 引ったくり野郎からは離れているとはいえ、転がってたら危ないよな。

 拾おうと一歩足を踏み出し、その結果、目に映りこむ角度が変わる。

「・・・・・・・・・」

 警察が来るまでどこに置いておくべきか、という考えは吹き飛んでいた。

 

 先程、俺に向かってきた刃物は綺麗なものだった。

 古泉のこめかみの傷は、皮一枚切れただけのもの。

 だったら、ナイフに付いているこの赤い液体は何だ。

 

 先程と逆モーションで視線を戻す。その途中にあるもの。木。地面。起き上がりかけの古泉。何も無い。

 いや、一部地面に擦ったような跡。隠された?

 起き上がる動作で、不自然に固まっていたのは、

「・・・・・・古泉、腕見せろ」

「いえ、あの・・・」

 素直に頷け、イエスマンのくせに。

「見せなさい!」

 察したのかハルヒの声が硬い。

 おそらく負傷しているのだろう腕を引いた途端、袖口からボタボタと赤い水滴が零れた。

 濃い色のシャツだった為気付かなかったが箇所は肘の内側、そこから下がぐっしょりと濡れていた。

 袖口を握って塞き止めていたようだが、アホかお前、隠し通せると思ったのかよ。

「止血しなきゃ!」

「す、涼宮さんっいけません!もう止まりかけていますから!」

 既に縛る物として上着を提供済みだったハルヒがシャツに手を掛け、慌てた様子の古泉に止められている。

 ・・・・・・今、ブラ見えたよな?公衆の面前でストリップ始めるつもりか。

 ったく。

 先刻の違和感はこれか。

 古泉が犯人の腕を掴み上げていたから、ハルヒの上着で縛った。しかし古泉なら、その後ハルヒに寒くないか聞くよりも、自分の上着で縛り直しハルヒの上着を返しそうなものだ。

 血が付いていて、脱げなかったんだな。

 

 しかし、服なら他にもあるだろうにお前ら。

「古泉、腕そのまま上げてろ」

 上着はここにもある。巻き付けようとすると、幾分落ち着いたらしい古泉が首を振る。

「もう止血の必要はありません。服が汚れてしまいますよ」

 だから服の心配はいいって。お前優先順位がおかしいぞ。

「見てて嫌なんだよ。隠させろ」

「・・・・・・申し訳ありません」

 謝るなというに。お前は俺達を守ったんだから。

 

 

 

 

「終わったら連絡入れろ」

「団長のあたしが先よ!」

「はい。後はお願いします」

 警察が着き、古泉は病院に。ハルヒも付き添いたがったが、俺達二人は現場検証に付き合わされる事になった。少々強引と言うか不自然な流れだったので、行き先は病院でなく閉鎖空間なのかもしれない。

 なにしろハルヒの精神状態は安定とは程遠い。当然だ。暴漢に襲われ、親しい奴が自分を庇って怪我をして、平静でいられる奴は一般人じゃない。

 無論俺も例外でなく、朝倉の時程ではないが、閉鎖空間ご招待より動揺している。距離のせいか怪我人の有無かはわからん。

 とにかく、

「ハルヒ」

「・・・なによ」

 そんなわけで俺も平静とは言い難いが、何をすべきか位は理解しているつもりだ。

 古泉の言った後を頼むが何を指しているか。

 

 俺はハルヒの肩に手を乗せた。

「大丈夫だ」

「当然よ!」

 何についての大丈夫か言っていないが、ハルヒは勢い良く返してくる。

「後で、礼言わないとな」

 そういえば言っていない事に、古泉を乗せた車が出てからやっと思い至ったのだ。

「・・・・・・・・・当然よ」

 今度は少しの間があった。

 悔しいというか、もどかしがっている感じだ。

 

「でも、無茶した事は反省してもらうわ!

 もう誰も、あたしの前で怪我なんかさせないんだから!」

 ああ。SOS団団長の言葉は絶対だ。

 しかしまだ詰めが甘い。

「お前の前じゃなきゃいいのか?」

「そんな訳ないでしょ!SOS団員はあたしが守ってみせるわよ!」

 そう、その意気だ。

 

 多分、今日の閉鎖空間は広範囲に渡っているかもしれないが、もう暴れはしない筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花写真でお題より アカシア(別名ミモザ)
花言葉は・・・・・・『優雅』かな。残りは後編にて

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