朝顔

 

 

 

 

 

 

「邪魔しないでよ馬鹿キョン!派手にしないとUFOにアピールできないじゃない!」

「だからって長門がこの先マンションに住みづらくなるような事はさせん!」

 すっかり陽の落ちた屋上で、夜空を背景に言い争うお二人。

 今日も元気だなぁ。

 

「いやぁ、平和ですねえ」

「・・・・・・・・・」

「と、止めた方がいいんじゃないですかぁ?」

 少し離れた所に敷いたビニールシートで、僕たち残りのSOS団員は彼らの事を眺めている。

 

「良ろしいんじゃないでしょうか。実に楽しそうですよ」

 僕の目には本当に楽しそうに見えるのだけど、朝比奈さんは違うのだろうか、どうも僕が傍観してるだけに見えるらしい。少し恨めしげだ。

「・・・・・・楽しそうですね」

「ええ、本当に」

 見えるだけでなく、僕が感じ取れる範囲でも申し分ない。良いじゃれ合いと言えるだろう。

「違います。古泉くんが、ですぅ」

「そうですか?」

「そうですよぉ。ね、長門さん?」

「・・・・・・・・・」

「あぅ・・・・・・」

 涙目になっている朝比奈さんには申し訳ないけれど、それすら今の僕には楽しい。

 ええ、楽しいですとも。

 今日のSOS団活動は、夏休み以来の天体観測になったのだから。

 

 多分、この時の会話が元になったのだろうなと思いつつ、僕はそっと自分の足首に手を伸ばす。

 この細い鎖が着けられてから、今日で丁度一週間になる。

 

 

 

 

 

 こう見えて、SOS団副団長というのも合宿企画の他に全く何もしていないわけではない。

 こうして団長の思いつきに相槌を打ちつつ、それが望ましくないものならば違う方向に誘導したり、形にならずに煩っているならば具体案を出したり、その際の雑務を密かにやっていたりする。彼に言わせれば『加担』の一言で済みそうだけど。

 あの日は「不思議探索」の日だったのだけど、長門さんには悪いが、折角団長と副団長が揃った事だしと次のイベントの打ち合わせをして、その準備のため買出しに来ていた。無論僕の主な役目は荷物持ちだ。

 最終的に大した量にはならず、そのまま店屋を適当に冷やかしている最中。

 

 涼宮さんが玩具のようなアクセサリーコーナーで逡巡したのを僕は見逃さなかった。

 

 

「見て行かれないのですか?」

 凄く気になるけど無理に視線を引き剥がしたような様子に、可愛いと思ったけれど子供っぽいアクセサリーでもあったのかなと、僕はその一角を覗き込み。

 

 

 ああ、失敗した。そう思った。

 彼女が目を留めていた一角には、ちゃちな指輪。

 

 例えば、100円の『勉強する意欲が湧く』ネックレスの隣に500円の『学業成就』のネックレス。

 100円の『アガリ症が治る』のブローチの隣に500円の『人気者になる』ブローチ

 100円の『痩身のツボを押せる』石の隣に500円の『痩せる』天然石なんてのも。

 どれも、安物と比較して高い方を売ろうとしているのが丸分かりだ。安い方の効力の方が地に足が着いていて信憑性がありそうな気もするけれど。

 

 閑話休題、彼女の目線の先にあったものは指輪のコーナーで、500円の『恋愛成就』の指輪。そして隣にあるのは、100円の・・・・・・

「違うわよ!?」

「・・・・・・はい?」

 僕の視線を遮るかのように間に入って来られて、至近距離に驚いた。表情は多分崩れてないはずだけど。

 ああ、よく彼に顔が近いと窘められるけど、気色悪いとか以前に動じないのが凄いな。

「こんな、他力本願な考えあたしには理解できない!」

 恥ずかしかったのが3割、本心7割といった所だろうか。

 誤解されてはかなわないとばかりに涼宮さんが叫ぶ。

 気持ちは分からなくもないけれど、店先で思い切り否定するのは如何なものでしょう。

 

「お祭りみたいなものですよ。気分を盛り上げるのにいいでしょう」

 店主に睨まれているので、これ以上空気を悪くしないべく、当たり障りのなさそうな事を言っておく。

 

「そう?そういうものかしら・・・・・・」

 瞬き二回。あっさりと退いた涼宮さんは、

「わかったわ、ちょっと研究してみましょう!」

 先程と逆のベクトルで動き出した。

 

「うーん、どれにしようかしら・・・・・・。いっそ一通り?」

 効能と現物を見比べている様子は、傍から見れば夢見る少女のそれと変わりなく、大変可愛らしかった。

 どれか一つ、というのなら、もう決まっているでしょうに。

 

「よろしければ、僕から贈らせていただけませんか?偉大なる団長様へ」

「え・・・そう?いいの?」

「ええ。ぜひとも。この辺でよろしいでしょうか?」

 だから僕は、そう言って一つの指輪を手に取った。

 先程彼女の目線の先にあったものは、成就ではなくこちらだろう。

 彼女は自身で言った通り願いだけ掛けて後は丸投げするような柄ではないし、何しろ彼女と彼はどちらかが素直になりさえすれば決まったようなものだ。

 『好きな人に好きと言える勇気が湧く』指輪を手に取りながら、微笑ましさに口元が綻んだ。

 

 

 彼女は僕と指輪を交互に見やり、

「じゃあ、いつも頑張ってくれてる副団長にはあたしから贈るわ!」

 そう言った。

「え。いえ涼宮さん、お気持ちは嬉しいのですが・・・・・・」

 贈られたら着けねばなるまい、しかしこのあからさまに女物ファンシーさはどれを贈られても困る。

「大丈夫よ。これなんかどうかしら」

 ブレスレットらしきものを手に取った彼女が、突然しゃがんだ。

「す、涼宮さん?」

「アンクレットよ、これなら目立たないでしょ?・・・・・・うん、やっぱり古泉くん足細いわね。余裕で回るわ」

 

 500円のアンクレットの効能は、『願い事が叶う』だった。

 ええと、これは・・・・・・。

「500円の方にしようかとも思ったんだけど、古泉くん星が好きだったわよね?」

 100円の、『流れ星が見られる』アンクレット。

 

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 毎日着けよう、学校が有る無し関わらず。

 

 

 

 

 

 

 そう心に決めてから一週間。

 本当にずっと(壊れそうだったので外した体育の時間以外)身につけている自分が少し愛しい。

 天体観測が趣味だったって、覚えていてくださったんですね涼宮さん。

 団員のことまで気に掛ける姿勢、大変ご立派です団長。本気で涙腺緩みかけました。

 おかげであの日は川落ちして頭が冷えるまで夢見心地でしたから。・・・・・・その後もかな。

 

 

 

「火気厳禁!俺の目の黒い内は強い光・大きな音・後に残る物はさせん!!」

「これも駄目あれも駄目!ヒラ団員の分際で何様のつもりよあんた!!」

 ああ、まだやってた。

 仲いいなあ。愛しい人達だ全く。

 

「あ、あの古泉くん?そろそろ止めた方が・・・・・・」

「閉鎖空間は発生してませんよ」

「それはわかってますけどぉ」

 小声で古泉くんここ一週間浮かれすぎですぅとか言われた気がするけど、自覚はあるので流させていただきます。

 それよりも今は、愛すべき方々を見ていたい。

 

 

「何よ!それじゃあ輝かしいSOS団が誰の目にも記憶にも残らないじゃない!!」

「俺が見届けるし覚えててやる!それで納得しておけ!!」

「・・・っ!」

 おお、鶴の一声。

 涼宮さんが10分の1くらいになった声で何か言ってるけど、決まったなこれは。

 

 

「拍手を贈りたいですね」

「贈ってもキョンくん何の事だかわかりませんませんよ、きっと」

「・・・・・・・・・(こくん)」

「自覚なしに決め台詞とは、凄いですね」

「それでこそキョンくんですね」

「・・・・・・・・・(こくん)」

「・・・・・・しかも、今のが決まったのは涼宮さんだけじゃないですよね」

「・・・・・・ですね」

「・・・・・・・・・そう」

 共犯関係、ここに極まれり。

 

 

 

 覚えていて欲しいのは、ここに居る皆に言える事。

 おそらく彼が思っているより、ずっと切実に。

 

 ああもう、全く持って素敵な人達なのだから。

 クスクスと、無意識に笑みが零れる。

 隣から、同じく朝比奈さんの笑い声。

 逆隣の長門さんも、きっと穏やかな目をしている確信がある。

 目線の先の二人は未だ口喧嘩と言う名のコミュニケーション。

 

「・・・・・・あなたが、好きです」

 守るべき世界。愛しい人達。好きな人。

 幸せ、だと思う。

 

 

 

「ふふっ」

「?どうしました朝比奈さん」

 彼女は先程から笑っていたけれど、少し趣が変わった気がする。

「いえ、やっと聞けたなぁって」

「え?」

 何の事だろうと首を捻ていると、

「把握した」

 今度は逆隣から声がした。

「何がです長門さん?」

「あなたの『咄嗟に口をつく想い』を」

「え・・・」

 固まる僕に、朝比奈さんの笑い声が強くなる。

 あ・・・・・・口に出てました、か。

 

「聞かなかった事にしていただきたいのですが・・・・・」

 赤らむ顔を抑えての懇願だったのだけど、

「いやです」

「拒否する」

「お二人とも・・・・・・」

 何だかんだでいい性格をしておられる。

 

「いいじゃあないですか。わたしたち、共犯じゃないですか」

「・・・・・・そうですね」

 がっくりとうなだれる僕に、朝比奈さんのクスクス笑いが圧し掛かる。

 

 

 と、

「どうしたんですか朝比奈さん、何か楽しそうですね」

 笑い声に誘われたか、彼がやって来た。

「ああ、キョンくん。ふふっ、禁則事項ですよ」

「そうですか・・・・・・。長門、何かあったか?」

「・・・・・・ない」

「そうか」

 僕に聞かないのはまあ、いつもの事かな。

「涼宮さんはどうされました?」

 そう僕から水を向けると、少し目を丸くした。

「珍しいな、見てなかったのか?ハルヒならどっからかメジャー出して至る所測りまくってるぞ」

「さようですか」

 さて、次は何が起こるのでしょうね。

 

「笑ってる場合か、ったく・・・・・。ああ、何か知ってんのか副団長?」

「いえ。何もお聞きしていません」

「本当かよ・・・・・・信用ならん。今回のこれだってお前の差し金だろ?」

「いいえ?何故ですか」

「だってお前、天体観測が趣味だったって言ってたろ」

「・・・・・・・・・」

 ったく、優等生っぽくて嫌味な趣味だよな、とか言われている気がするけれど、半分以上流れてしまった。

 覚えていて、くださいましたか。

 いけない、一週間どころか一ヶ月くらい呆けていそうだ。

 

「どうした?」

「いいえ。何でもありません」

 嬉しいので放っておいてください。もう飽和状態です。

「そうか?何か最近皆して・・・・・・」

「キョーン!!ちょっとあんた手伝いなさいよ!そっち持つの!!」

 彼は何か渋る様子だったが、涼宮さんの呼び声に応えて行った。

 

 

 

「ふふっ」

 本日何度目かの、朝比奈さんの微笑み。

「良かったですね、古泉くん」

「・・・・・・ええ」

 本当に。

「涼宮さんにも彼にも、お気に掛けていただけて幸せですよ」

 

「あなたの願いは、それ?」

 今日の長門さんは饒舌だと思う。

「そうですね・・・・・・いいえ。もう充分ですから」

 僕が超能力者なら、あの人達は魔法使いみたいだ。

 僕らを纏め、幸せにしてくれる。

 

 

 

 僕の役割は案山子でしかなくて、でも今はそれに不満はない。

 願う事があるとすれば、できるだけ長くここに居たくて、最後まで案山子らしくある為に、

「僕は、賢くありたいです」

 星に願うは、ただそれだけを。

 

 そっとアンクレットに触れると、視界の端で星が流れた気がした。

 贈り主を見やるが、それには気付かなかったのか僕の見間違いだったのか、そちらは見ずに星に劣らぬきらきらした瞳を団員一人一人に向けてきた。何か思いついたのだろうか。

 ご機嫌なのは良い事です。

 

 僕は今、幸せだ。

 例え何を言われても、きっと、ずっと。

 

 

 

 

 

「みんな!あたしに着いて来なさい!」