朝顔

 

 

 

「・・・・・・解せん」

 あたしのマウスクリックの音と男子二人の駒を置く音だけの部室に、響いたのはキョンのボソッとした声だった。

 

 まあ、きっとどうでもいい事だろうから一々聞かないけどね。

 あたしは忙しいの。

 いつもの不思議探しに加えて、今は映画に続く新しい構想が浮かんでいて、その参考になるような話を模索中ってわけ。キョンの世迷言なんかに耳を傾ける気はないわ。

 うーん、やっぱあたしオリジナルでいきたいんだけど、何でか最近気になる話もあるのよね。

 

 でも目はパソコン画面に向いても、耳はわざわざシャットアウトすることもないから、声は少しくらい聞こえてくるのよね。

 

 

「はぁ。その割にはあなたの方が優勢ですが」

「ルールの話じゃねぇよ。つかお前説明しながら劣勢ってどういう事だ」

「いやさすがお強い」

「お前が弱いんだっつの。・・・・・・なーんか、最近蔑ろにされてる気がすんだよな」

「あなたが、ですか?それはまた、どなたに」

「お前も含む、団員に」

「ええ?とんでもない、ありえません」

「いーや、俺だけ仲間外れにされてる。せめて理由教えろ」

「ですから、ありえないと申してます。この団は涼宮さんとあなたを中心に回っているのですよ?」

「そうですよぉ、キョンくん。キョンくんが仲間外れだなんて、そんなの絶対ないです」

「ああ、聞こえましたか朝比奈さん。いや、そう言ってくれるのは嬉しいんですがね・・・・・・」

「本当ですぅ!どうしてそんな風に思ったんですかぁ?」

「いえね、今日気付いたんですが最近ハルヒが持ち歩いてる指輪って、以前朝比奈さんが―――

「おっと指が滑りました!」

 

 がしゃん!

 聞き流していた耳に、あたしの名前が届いた気がしたから顔を上げると、古泉くんが盤上の駒をいくつか弾き飛ばした所だった。

 

「うわ、何してんだよ古泉!」

「いやぁ、ついうっかり。失礼致しました」

 いっつもソツの無い古泉くんだけど、こういう事もあるのね。そういえば以前もオセロを落としていたような覚えもあるし。・・・・・・あら?いつの記憶だったかしらこれ?

 

 あたしが霞がかった記憶に首を捻っていると、

「よもやと思うが劣勢だったからじゃないだろうな?」

「まさか。そんな事をしたところで、どうせ次の回であなたが勝つ事でしょうし」

「言ってて虚しくないかそれ。・・・・・・まぁいい。話を戻すが、あれと同じ指輪を先日長門も持っ―――

ああっ!キョンくん湯呑みが空じゃないですか!新しく買ったばかりのドクダミ入り健康野草茶とハーブティ朝比奈特製ブレンドとどちらがいいですかぁっ!?」

 みくるちゃんが急須抱えてキョンに詰め寄っていた。

 ・・・・・・そんなに新しい茶葉の感想が聞きたいのかしら?あたしも貰おうかな。

 

「さ、さっきと同じのをお願いします・・・・・・」

「あ、みくるちゃん。あたしもお願い」

「わかりましたぁ!」

 みくるちゃんが薬缶を火にかける。うんうん、気配りのできるいいメイドさんね。

 尚且つドジっ子な事もしてくれたら完璧だわ。

 

 

「盤面、こんなもんだったか?」

「概ねこのような感じだったかと。本当に申し訳ありません」

「気をつけろよ。・・・・・・で、さっきの話だが。朝比奈さんによれば何だか知らんが彼女らと同じもんをお前も持ってんだろ?」

「おっと再び失礼しましたっ!!」

 古泉くんがまた駒を弾き飛ばした。

「今声の方が先じゃなかったか!?何なんだお前!」

「す、すみません。今日は少々眩暈が・・・・・・」

「寝不足か?例のバイトか?」

 そう聞きながらキョンがあたしの顔をチラリと伺った。・・・・・・何よ。

 

「違うよな?あ、風邪じゃないのか、お前。ちょっと顔赤いぞ」

「い、いえ。お気になさらず・・・・・・」

「つったって、最近お前どう考えても変―――

「・・・・・・これ」

「へ?な、長門?」

 あら、有希ったらいつの間に席立ったのかしら。

 

「あー、この本が何だって?」

「読んで」

「栞は・・・・・・ないな。いや、俺には日本語以外無理・・・・・・つかこれ何語?」

「タガログ」

「悪い、無理だ。いや辞書貸されても無理だから!な!?」

 

 何かしら、今キョン以外の3人が連携したような気がするんだけど?

 よく分かんないけど、キョンってば空気読みなさいよね。何か言って欲しくない事があるみたいなのに。

 ・・・・・・あら?もしかして、あたしに隠し事されてる?

 ううん、まさかね。あたしの忠実なしもべ達に限って。

 こぉーんなに仲良しなのに。

 

 

 そうよ、こんなに仲良しなのに、どうして仲間外れにされてるなんて思うのかしらバカキョンは。

 それにしても、指輪って聞こえた気がしたのだけど、これの事かしら。

 あたしは鎖に通して首から提げていた、古泉くんから貰った指輪を引き寄せた。

 くるりと回せば、エメラルドを模したプラスチックの緑色がキラリと光る。

 安物ではあるけれど、それなりに綺麗と言えば綺麗なところもある。

 陽に透かしてみて、半周して蛍光灯に透かして、そのまま少しづつ下げていく。

 

 緑石に写り込む、仲良し4人。

 あたしのしもべ。あたしの団員。

 あたしの仲間。あたしの・・・・・・

 

 あたしの、大切なもの。

 

 エメラルドに彩られた、あたしの世界。

 エメラルドの中の皆。

 こうして、この中に閉じ込めてしまえればいいのに。

 誰にも見せないで、ずっとあたしだけのものに。

 

 一瞬だけそんな考えがよぎって、だけどもすぐに振り払う。

 そんな必要、ないから。

 閉じ込めたって、意味が無い。

 みんな、いてくれるから。

 

 あたしはここにいる。

 もう分かってる。

 ずっと欲しかったものは、ここに。

 

 あたしのエメラルドの国は、ここにある。

 

 

 

 

 

 

 

 よし、決めた。

 

「全員起立!集まりなさい!!」

 

 号令を掛ければ、みんな文句も言わずに集まってくる。

 あ、一人呼びつけないでお前が来いとかいってる奴がいるけど、無視よ無視。下っ端のくせに生意気なんだから。

 

「映画だけじゃなくて、今度は劇をやろうと思ってるの。

 演目は、さっきまで悩んでたんだけど今決めたわ。『オズの魔法使い』よ!文句はないわね!?」

「劇ぃ!?お前はまた、どうしてそう唐突に無茶な事を・・・」

「唐突じゃないわよ、文化祭までまだまだあるわ!今から準備しておけば観客を涙の海で溺れさせる事も可能よ!」

「オズの魔法使いって、泣かせるような話だったか・・・・・?」

「感動で泣かせるの!!いいでしょ!いいわよね!?」

「大変よろしいのではないかと」

「何でも賛同すんじゃねえイエスマン」

「・・・・・・・・・」

「何か言え長門!」

「あのぅ、オズの魔法使いって、どんなお話なんですか?」

「朝比奈さん・・・・・・」

「もうキョンは黙ってなさい! みくるちゃん、知らないの?えっとね・・・・・・」

 

 家ごと竜巻に巻き込まれた少女ドロシーは、オズの国へと飛ばされてしまう。

 元居た世界に帰る為、エメラルドの都にいるという大魔法使いオズを訪ねる事になる。

 願いを叶えてくれるというオズの元までの仲間は、一緒についてきた飼い犬のトト、

 勇気が欲しい臆病なライオン。

 心が欲しいブリキの樵。

 知恵が欲しい藁の案山子。

 彼らとともに、ついに辿り着いたオズは、しかし何の魔力も持っていなかった。

 しかしオズは言う。お前たちは既に欲しい物を持っているではないかと。

 ドロシーは旅の道中、ライオンの勇気に。樵の心に。案山子の知恵に。それぞれ助けられた。

 オズに帰り方を教わったドロシーは、満足した彼らに別れを告げ、元の世界へ帰る。

 

「と、こんな感じかしら」

「ふぇ〜、いいお話ですね」

 みくるちゃんは素直に感動している様子。

 知らなかったのは意外だったけど、ホント教える楽しみを教えてくれる子よね。

 

 

「さ、説明も終わった所で、役決め行くわよ!

 みんな、この籤を引きなさい。何役をするのか書いてあるから!」

「またその形式か!もう少し真面目に決めろ真面目に!イメージってもんがあるだろ!」

「うっさいわね、ドロシーだけは入ってないわよ。みくるちゃんに決定だもの。後の面子はさっさと引く!」

 そう言って箱を突きつけたのだけど、意外な所から挙手があった。

 

「なぁに、みくるちゃん?ま・さ・か・やりたくないなんて言わないわよねぇ?」

「ふぇ!?す、涼宮さん。舞台なら皆で出たいです。涼宮さんが主役をやるべきだと思います」

「え?でもみくるちゃんがこのSOSのマスコットでヒロインなのに」

「よろしいんじゃないでしょうか。団長自らが顔をはられる事も、SOS団を拡大する上で重要かと愚考します」

 古泉くんまでそう言った。

「そう?そういうものかしら」

「そぉですよ!わたし、5人みんなで出たいです!」

「え、俺もですか!?いや、カメラはなくともスポットライト係とか・・・・・・」

 5人、みんなで。

 みくるちゃんのその言葉は、あたしの中の何かを揺さぶった。

「そんなの準団員にやらせりゃいいわよ。そうね、じゃああたしがドロシーで・・・・・・後は皆この箱からくじ引いてね」

「ちょっ、ハルヒ!」

 キョンの声を聞き流して、今度こそ籤の箱を押し付けた。

 

 

「全員引いた?みくるちゃん何役?」

「えっと、ライオンさんです」

「ライオンー?どうなのかしら、それって・・・・・・」

 全然合ってるようには思えないけど。

「でもドロシー以外となると何役なら合ってるって言えないし。いいわ、やってみましょ。

 ライオンの着ぐるみとか、可愛いかもしれないしね」

「はいぃ、がんばります!」

 気合は充分。うん、なんとでもなりそう!

 

「じゃあ皆、それぞれの台詞を何でもいいから言ってみて」

 そう言うと、まずみくるちゃんが一歩前に出て息を吸い込んだ。

「わたしは勇気が欲しいです」

 みくるちゃんが台詞を言い終わると、次に有希が。

「私は・・・・・・心が欲しい」

 古泉くんが。

「僕は、賢くなりたいです」

 そして3人して息を吸い、

 

「「「願いを叶える為、共にオズのもとへ同行させてください」」」

 声を揃えて言い切った。

 

 あら・・・良い感じね。

 即席だというのに、みくるちゃんも舌噛まなかったし、3人とも心が篭っている感じがした。

 

「ってキョン!あんたも喋りなさいよ!」

「と言われても、犬なんだが」

「だったら吼えなさいよ・・・・・・ううん駄目ね、あの犬は忠犬だもの。あんたじゃ役者不足よ」

「犬役に役者不足言われた・・・! いや、やりたかったわけでは断じてないが、あんまりじゃないかそれは」

 ブツブツ言ってるキョンが微妙に影背負ってると、

 

「オズはいかがです?」

 古泉くんがフォローなのか提案を出した。

「俺が魔法使いって柄かよ。しかも詐欺師だろあれ」

「何の役にも立たなさっぷりがお似合いね」

「煩いハルヒ」

 大魔法使いは鶴屋さんあたりに頼もうかと思ってたのだけど、そうね。彼女に詐欺師をやらせるのもなんだわ。

 うん、キョンでいいわね。

 

「じゃ、始めるわよ!!」

「………やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいたい、何でまた劇なんだ?」

 帰り道。後になって、キョンが訊ねてきた。

「・・・・・・何となく、よ」

 あたしは適当に、空を見ながら流す。

 視線の先には、まだぼんやりとしか見えない白い月。

 

 

 この前の土曜日、みんなで星を見た。

 あたしはキョンと言い争いをしていて、キョンが俺が覚えててやるとか何とか、尊大にも程がある事を言った時、ちょうどスポットライトみたいな月明かりがあたし達を照らした。

 その時のキョンが、キョンのくせに!一瞬だけ、ほんっとーにちょっとだけ、・・・・・・カッコ良く、見えた。

 

 キョンのくせにカッコ良く見せるんだから、本当月明かりは偉大よね!

 とにかく、キョンでもライト次第でちょっとは見れるようになるんだから、SOS団の他の皆だったらどれだけ見栄えがするんだろう、って思ったわけよ。

 

 

 

 

 

 首から提げたあたしの指輪が、夕陽を受けてエメラルドの輝きを放つ。

 映画撮影みたいにフィルムに残るのもいいけど、こんなにキラキラした皆で同じ舞台に立つのもいい。

 

 

 あたしのエメラルドの国は、ここにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花写真でお題より アサガオ,あさがお(朝顔)
花言葉は「愛情」「平静」「愛情の絆」「結束」「短い愛」「明日もさわやかに」「はかない恋」「固い約束」「愛着」「仮装」

アサガオ(白)  「喜びあふれ」「固い絆」
アサガオ(紫) 「冷静」

後書き