「今までの僕のままではいられないかもしれません」
「それこそ願ったりだ」
こっちから距離を詰めようとすると途端に逃げに入る古泉を、口説きに口説いてやっとこさ説き伏せた際、古泉が言ったのがそれだ。
古泉が以前もらした事によると、こいつは常に演技をしているらしい。ハルヒの望む優等生なキャラクターを。 時折見せる迂闊さや詰めの甘さ。それらこそコイツの本性だろうと睨んでいるのだが、だけどもほんの僅かに顔を覗かす程度の事でしかなくて、ハルヒの望む古泉一樹の影に紛れてしまう。 悪趣味なことかもしれないが、俺はそれを暴きたいと思っている。素の古泉が欲しい。 そう伝えたら、古泉は諦めまじりの苦笑で、でも少しだけ嬉しそうな声で、はい、と言ってくれた。
それから一月。 俺の前でどれだけ崩れるかと思っていたのだけど、まだまだ古泉は優等生キャラのままだ。 覚悟も期待もしていただけに肩透かし甚だしいが、これはまだ俺に心を許していないという事かもしれないので、長期戦の構えで毎日過ごしている。 でも、少しずつは進展もしている。笑顔が柔らかくなった。以前なら近付くだけだったのが、遠慮がちに触れてくるようになった。言動が、少しだけ子供っぽくなった。 今のは素の古泉だろうかと思える場面が増え、それは俺の胸を温かくする。
ただ、問題というか、気になる事がひとつ。 俺は、古泉が俺と付き合うようになれば、俺の前でだけ素の自分を晒してくれるのではないかと予想していた訳だが、上記の事柄は俺の前限定ではないのだ。 もちろん二人きりの時もそうなのだが、周りに人が居ても、古泉の変化は隠されていない。変わらず俺に笑いかけ、触れてくる。 少し、疑問だ。 別に俺はかまわないのだけど、古泉の立場としてはこの関係は隠すべきではないのだろうか。 特に、以前のこいつの口ぶりから言って、ハルヒに気付かれるのは避けるべき事態な気がするのだけど、そういう様子はない。 口説き落とす前、あなたを愛する事は僕にとっては咎なんです、とか言われた気がするのだが。 まぁ、ハルヒが俺に惚れているなどというのは世迷言だと気付いただけかもしれないが。 ああ、あれは本当に世迷言だったな。最近のハルヒはえらく機嫌がいい。 その方がありがたいからいいのだが、団員しかも男同士が異様に親密な雰囲気醸し出していても気にならないものなんだな。意外に世間と言うのも優しいもんだ。 なぁそうだろ、古泉?
大体そんなような意味のことをだらだらと振ると、古泉はきょとんとした顔で首を傾げた。 いや、可愛いんだけど。可愛いと思う自分に一抹の不安を覚えつつもやっぱり可愛いと思うんだけどな。付き合いだしてからどんどん退行していってないかお前。 そんな事を思っている間に、首を元の位置に戻した古泉は、んー、と小さく声を出しながら唇をなぞった。 なんだ?何を考え込む必要がある? 「ああ、そうでした」 言い忘れていました、とここ最近馴染みになった、歳相応をすっ飛ばして幼くさえ見える無邪気な笑みで言った。
「僕たち今、涼宮さん公認なんですよ」
………なんですと?
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