猫の森には帰れない―――Sideキルア
やっぱり、似てるな……
無駄に広い敷地内の、1本の木の前でキルアは足を止めた。
2度と戻りたくなかった屋敷への、それは些細な抵抗なのかもしれなかった。
思い出すのは、ほんの数日前の、けれども懐かしい刻。
空は見事な晴天。穏やかなそよ風。
「いー天気だなぁ……」
キルアは呟き、上を見上げた。
青空が、葉々の緑を透かして目に映る。
彼は今、1本の木の上にいた。
ハンター試験も残すところ最終試験のみとなった今、受験者たちはとあるホテルに滞在している。
たいがいの者が疲れを癒すための猶予に、最年少の2人はじっとしてはいなかった。
ホテルを探索しまくった後、今はかくれんぼ中だ。
ゴンが鬼なわけだが、キルアが本気で隠れていては見つかろう筈が無い。
そこで隠れている立場のくせに声を出してみたりしているのだ。
そもそもこの木は、それほど隠れるのに適しているわけではない。
家にある木に似ていた。嫌いだらけのあの家で、数少ないお気に入りの1つ。
その安定した枝に腰掛け、よく昼寝をした。
今も、寝てしまいそうだ。あんまり良い天気だから。
キルアの意識が遠くなりかけた時、人の気配を感じた。
ゴンの気配では無かったことに舌打ちしながら誰が来たのか眺めていると、覚えのある金色が見えた。
あれは、ゴンの仲間の1人、えっと、クラピカだっけ。
ほとんど話したことも無く、今も特に声を掛ける気は無かった。
クラピカがそのまま通り過ぎるのをただ眺め――――――?
「あれ……?」
クラピカが木のほぼ真下に来たとき、何か違和感があった。
おもわずもれた声に、クラピカが顔を上げる。
あ、
知ってる、と思った。
既視感ってヤツ?
…いや、違うな。確かに覚えがある。
これは、たしか――――――
家の、あの木で。
猫を見掛けた。
弱肉強食のあの家に、不似合いな綺麗な猫だった。
薄い色の毛並みに茶色い瞳、血統書でもついてそうな上品な雰囲気を持っていて。
おもわず見入ってしまった。
もっと近くで見ようかと木から飛び降りると、その猫はもういなかった。
1瞬目を離しただけなのに、と幻でも見たような気になった。
……幻のようなものか。
どこから迷い込んだものか、あんなのがこの森で生き残れる筈が無い。
今日にでも獣の腹にいくのが関の山だ。
そう思って、すぐに忘れた。
次の日、同じ場所でその猫を見るまでは。
それから毎日、そいつは現れた。
何故か不思議そうな顔をしてオレを見上げる。
オレが木から降りると消えている。
目を離さないようにしていても、瞬きした1瞬でいなくなる。
オレはすぐに諦めた。
木の上にいる限りはそのままでいる。
そんなお見合いが何日も続いた。
なんで、思い出したのか。
多分クラピカが、あの猫に似てるからだ。
髪の色とか、目の色。
何と言ってもその雰囲気が。
不思議そうにオレを見上げるその表情も。
……あれ?
キルアは気付く。
なんでこの人、何も言わないんだろ?
オレは昔のこと思い出してたからだけど、コイツはなんで?
「どしたの?」
自分のことを棚に上げそう聞くと、クラピカははっとした様子をみせた。
「あ………キルアか……」
「他に何かに見える?」
「あ……いや、そうだな……。」
突然クラピカがクスクスと笑い出して、キルアは驚く。
笑った顔、はじめて見たかも。
いや、そもそも注目すらしてなかったけどさ。
「昔、村のはずれにこれに良く似た木があったのを思い出してな。」
楽しそうな昔語りも、はじめてだ。
「で、なにがおかしいの?」
「私は毎日そこを通っていたのだが、そこに1時期猫が住み着いてな。」
「……ねこ…」
「そう、青い目の、高貴な印象のする銀猫。まだ仔猫だと思うのだが、妙にえらそうに木の上に陣取っていたなと。」
………へぇ……。
「悪かったね、えらそうで。」
「いや、気に入ってた猫だから、思い出せてうれしいと思っただけだよ。」
目を合わせて、笑った。笑いあった。
過去を語りたがらないコイツと、過去を思い出したくないオレとの昔話。
そんな珍しい、悪くない刻だった――――――
この、木だ。
キルアは2度と戻りたくなかった家の、それでもお気に入りの木に久しぶりに登り、背を預けた。
目を瞑って、あの猫をいつから見なくなったのか、思い出そうとした。
わからない。思い出せない。
だから、きっと。
あの猫が来なくなったのではなく、オレが見なくなっただけなんだ。
だから、きっと。
キルアは閉じていた目を開く。
斜め下。
いつも猫がいた場所、あのときクラピカがいた場所。
そこには予想通り、寸分変わらぬあの猫がいた。
「……消えないで………」
木から降りれば、消えてしまう猫。
キルアは、ゆっくりと幹に手を掛けた。
「いなくならないで……」
もう少しで地上。
この手で抱けたことのない猫。
「頼むから……」
手を、伸ばす。
指に伝わる、柔らかな毛並み。
みゃあ。
「うん………」
その仄かな温かさに泣きたくなった。
本当に泣いてると気付いたのは、頬を舐められた時だ。
「うん……わかったよ……わかった。」
「迎えに来て、くれるよな……?」
ふと気が付くと、キルアはまだ木の上にいた。頬をこするも、涙の気配はない。
でも覚えている。手に残る温かさを。
ふわり、と地面に着地した。
屋敷へ、向かう。
歩き出したキルアの後ろから、
『みゃあ』
鳴き声に、1度だけ振り向いて、
「待ってるから。」
その瞳にはもう、迷いはなかった。
「私午後から病院で暇なの。だから昼休みまでに何か書いてv」
という友人の一言で書いたもの、を思い出しつつ外枠を付けた物。外枠(ゾルディック家の辺り)をつけた途端に暗くなった(笑)。要するに最初は試験中と過去話との2段構造だったのだ。何故3段にしたのか思い出せないけど、おかげでとても私らしい作品になった。
ちなみに↑の後、「私ク○ガは書けないよ!」「いいよキルクラで!」というやりとりが続いた。「いいよハンターで」、ではなく「キルクラで」と言ってくる辺りさすがは私をわかってらっしゃる。
タイトルは谷山浩子。後付けなため更々あってない。のでリベンジの意味でクラピカ編書いたのでよろしければどうぞ。