Wind Climbing ]
「……………眠れない?」
クス、と笑みの気配。
「…………そっちこそ」
ゆっくりと視線が絡まった。
ワクワクしてる……んだと思った。
迎えに来てくれた奴がいる。
今度は家でじゃないから追手もないし。
友達と、一緒に生きれる。
すごく、嬉しい。楽しみ。
それで、眠れないってのもガキくさいとは思うけど………。
街に向かう寝台車の中じゃあ最上級の車両で、寝心地が悪い訳じゃあない。
割と高価なベットの上で、キルアは何度目かの寝返りを打った。
どうにも目が冴えている。
諦めて、体を起こす。
特に何をする訳でもなくそうしてみて、視線を感じた。
「ほら」
「サンキュ………」
自販機の前で温かい紙コップを受け取る。
このやりとりは前にもやった気がする
あの時はミルクだったっけ。
「ココアで良かったか」
「ん。それは?」
「コーヒー」
しかもブラックっぽいし。
「よけー眠れなくなるんじゃ?」
「それはそれで」
「あ、そ」
無理に横たわっているよりも、少しふらついて気分を変えよう。
そうとって付けたように言ったのはクラピカだけど、その前からふたりでなんとなく歩いてた。
理由なんか、後付けで、いい。
「いくら?」
「奢ってやる。君の自立祝いに」
「安くねー?」
「調子に乗るな」
薄暗い照明の下、目を合わせて軽く笑った。
「えー、もうちょっと色付けてよーお」
「じゃあ色」
バラバラっと手に落とされる小さな物達。
「飴?菓子持ってるとは意外。何色?」
「蜂蜜。結構便利だから。カロリー補給とか」
「ミルクに入れたり?」
「そう」
「でもココアには合わなさそう」
「そうか?」
ガタゴトと揺れる車両、不快な筈の振動も心地良い。
手の中のココアが温かい。
隣には苦手な筈の人。
「なんか、勿体無くてさ」
「眠るのが?」
「そ。落ち着かなくって」
「へぇ…………」
曖昧に頷くクラピカの表情はやっぱり読めない。
「そーいうアンタは?」
訊けば、ふむ、と顎に指当て考えるフリ。フリだろう、多分。
「じゃあ私もその辺で」
「じゃあって何だよ」
ズリーぞ。と軽く睨んでみる。
あくまで軽く。探りあいは不要。
さもなくばこのあやふやな空間は壊れるだろうから。
夢のように現実感の無い空気がとろりとゆらぐ。
月明りが差し込んで、少しだけ互いの表情を読み易くさせた。……無粋なことに。
月光は人を綺麗に映せる。
それでも、騙されてはいけない。儚い印象は虚像だ。
この人は映し出されるカタチよりも余程、強かだ。
「閉じた世界から抜け出すのは、容易な事ではないから」
ふわふわと
「新天地に行くには、どうしたって不安が伴うものだ」
地に足をつけていないような声は限りなく優しく。
ああ、そっか。
「不安だったからなんだ」
眠れなかったのは。
「逆風に飛び込むような感覚、良くも悪くも覚悟は必要だ」
偽りでしかありえない柔らかな声に、
「正しいかは知らないよ。でも立派な判断だと私は思う」
泣きたくなるくらいに。もしも泣き方を知っていたのなら。
「…………あんたは?」
「…………そうだな、純粋に私が選ぶ事ができたのなら。あるいは……」
あるいは、それでも仮定に意味などない。
「寝るのが勿体無いって、本音だったんだ?」
「ん……。ここに来る事で修行にもなった。だけどもやはり休息だったのだと思うから」
この先は休みなしだから、と言外に告げる。
「…………休めた?」
「ああ」
「楽しかった?」
「………………」
クラピカはしばらく黙った後、とても、とだけ言った。
『9月1日、ヨークシンシティで』
再会の約束、なんてもの初めてだ。
くすぐったいような、面映い感じ。
空港までお見送り、ってゆーのもいかにもって感じ?
「あのさ」
次の便が来るまでけっこうある。
ゴンとレオリオは土産屋とドリンク求めて自販機探し、という短い時間二人きり。
何にも言わないつもりだったんだけどね、さっきまで。
「区切りがついたって言ったよな?」
「ああ、それが?」
「…………あの二人にホームコードとか、教えた?」
「…………流れが妙だぞ」
ごもっとも。
だけど答えを返してこない辺りが多分予想を裏付けてる。
「ホントはハンター証受け取った時点でいい思い出になる筈だった?」
ゆっくりと、合わせた視線に色はない。
「まー、あれでお別れじゃあ夢見が悪いわな。
上手くいって、区切りがいいなら『いい思い出』として忘れても心が傷まない………縁が切り易い」
それでもクラピカは何も言わない。
「違う?もし違うってゆーなら…………」
言いかけたキルアの言葉を遮って、目の前に突き出された一枚のカード。
「………………………あれ?」
「私の、ホームコードだ」
僅かに口の端を上げて告げるクラピカ。
「あ、なんだ……オレの勘違いか」
「何か用があったらそこに」
「何?用が無きゃかけちゃいけないワケ?」
何となくバツが悪くて受け取りながら軽口を返す。
「用も無く話す程の仲はないだろう」
「うわ、ヒドっ。それ結構傷つくんですけど」
「必要ないよ、君には」
「………………何?」
「ゴンと行くなら、きっと。本当に、大した奴だから」
軽く笑ってみせるクラピカは、それでもひどく複雑な表情だと思った。
何だろう?強いて言うなら寂しさにも似た………
「………羨ましい?」
「……………まさか」
「今の間は何」
「立場的に、少なくとも肯定はできないからな」
「ふぅん?」
ある意味正直なお答えで。
「でも、オレは願ってたから」
ずっと、求め続けて手にした自由。
アンタは、『自由』ではあるのだから。
己が課した不自由を背負いながら羨むことはできない。
「…………判っているよ」
判ってる、だから
「代わりに、君に任すよ。せいぜい楽しく生きたまえ」
いっそ清々しく言う内容に、キルアは眉を寄せた。
「おや、投影で満足するような可愛げある性格とは知らなかったな」
「まさか」
あはは、と全然面白く無さそうに笑う。
「『いわゆる悪人』の純粋培養がどこまで更正できるか見てみたいだけだよ?」
今度はにっこりと、滅多に見せない笑顔でなかなか非道な台詞である。
「オレは実験台かよ」
「今の所。嫌なら越えてみせろ」
成長しなさい、と言われている。
それはいいけど………
「でも、今までを忘れたら駄目なんだろ」
「即、見限るな」
「難しいね」
と、明かりに右手を翳して。
凶器である手。
血の匂いが染み付いた利き手。
難しい、な。
「それでこそ、連れ出した甲斐があるというもの」
ぱし、と音をたててキルアの右手を掴む。
そのまま口元に引き寄せる。………っておい!
「ちょっ、クラ………」
目を閉じて手の甲に口付ける様に、思わず文句が止まる。
作り物めいた顔立ちと相まって、何か神聖な儀式を行っているような錯覚に陥る。
ああこの人、陽の光の下でもこんなにキレイな人だったんだ。
「変わりゆく君と、君の行く先に祝福を。友として」
手に感じていた柔らかさが額に移動した事で我に返った。
オレを自失させるとは恐るべし。人に見蕩れるなんて初めてだ。
「………オマジナイか何か?」
「そんな所かな」
「目立ってるけど」
「知人がいるわけでもなし」
オレはここ出身なんだけどね。別にいいけど。
「『友』なんだ」
「違ったか?」
パチリと瞬きひとつ、小首を傾げる動作はやたらとガキ臭い。
いくつだアンタ。いざ注目してみると謎な人物像である。
「試験中ゴンやヒソカくらいしか名を呼ばなかった君にやっっと覚えて貰えたようだから、認められたのかと勝手に思ったのだが」
やっと、の辺りに不自然な程のアクセントが付いてたのは嫌味か。
だって、呼んだことの無い名を声にするのは躊躇いがあるもんだよ?
「オトモダチなら頻繁に連絡とるものじゃ?」
「判断は任せる。………あ」
キルアの肩越しにゴン達の姿を認めたらしいクラピカが声を上げる。
振り向こうとして、一瞬考えキルアは先に立ち上がる事にした。
「え………」
ついでとばかりにクラピカの額に軽いキスをしながら。
後ろから来る二人には見えなかった筈。
「…………何のまじないだ?」
ひらひらと、手を振りつつ。
「んー、再会の約束破ったら不幸になる、とか」
「呪いに聞こえるのだが………」
「会えばいいんだよ、会えば」
会えさえすれば、なんとでも。
「覚えとけよ。オレが名前呼ぶのは本気で気になる奴だけだから」
「………肝に銘じておくよ」
「じゃ、二人とも元気で」
「そっちもな」
時間が来て、遠ざかる二人を見送り中に忘れ物に気付く。
「レオリオ、たんま!」
名前、合ってたかな。
「なんだよ」
「ホームコード訊いてなかった」
「「あ」」
ゴンとレオリオの声が重なった。
「オレ、クラピカのコード訊いてなかった」
「オレも。あー、もういないし」
「キルア何でクラピカ呼び止めなかったんだよ」
「え………お前ら聞いてないの?」
話が違う。
「しょうがないか、ポックルさんには渡してたよね?
いざとなったらポックルさんから聞こう?」
ちょっとややこしいらしい。
けど、連絡手段を残してはおいてたわけだ。
(用があったらそこに)
(用も無く話す程の仲はないだろう)
用も無く掛けてくる程の仲の人は邪魔ですか。
どーせその位で揺らぐようなやわな決意じゃないくせに。
それでもそれが恐くなる程度には大事なものがあるのなら、まあいい。
手の中のカードを握り直す。
(判断は任せる)
了解。ま、適当にね。
折角外に出たんだから、風を感じなければ面白くない。
逆境は付き物。
場所は違えど、似た者同士。
せいぜい立ち向かって、這い上がって。
お互い変化を見せ合おう。
次に会うのを楽しみにしてるからな、クラピカ?
長くなったなぁとしみじみ。6くらいで終わるつもりだったのに。ちなみに3,4,5,9,それから10前半、がイレギュラーでした。他のは軽く二年くらい前から決定済み。
今回。誘い受け序の口編(笑)ええ序の口ですとも。色気ないし。進み具合も、名を覚えてもらう→手を繋ぐ→唇以外の場所にキス、と段階を踏んでるつもりですし!次に接触があった時には口にキスか?なんかすっ飛ばしそうな予感が恐いけど。つーか今更な気もする。うん。
ええと、これでひと区切り。つってもこの二人で原作は追うのでまあ第一部完、と言った所でしょうか?タイトル曲からのイメージは消化しきったけれど題名考えるの苦手なので継続しようかと思っていますし。
私の中でキルクラはここから始まるものと思ってます。本来。ええ本来。だってそんな事言ってたら進みやしない。
タイトルは奥井亜紀2ndアルバムより『Wind Climbing―――風にあそばれて―――』
タイトルでピンとこなくとも、曲を知っている方は結構多い。とあるアニメのエンディングでした。あの作品にキルクラのイメージは全く無いけれど、「親に職業を押し付けられ身軽さを叩き込まれたヒーローととある民族の生き残りヒロイン」とかいう書き方すればあるいはキルクラっぽい!?(大笑)
はい、『魔法陣グルグル』です。ドキドキ伝説ではなく、古い方。
そのうちイメージソングページでも作ろうかと考え中。←予定ばっかり、口先人間
主に二番からイメージを貰いました。世間は風、でもってゴンも風だと思います。彼が全てを振り回してゆく(笑)
キルクラは、向かい合うのではなく、手を組むでもなく、ただ同じものに立ち向かっていくような関係、という感じで。
長い後書きだな………