口元に笑みがうかんだ
それは向こうも同じ
自分が 興奮しているのがわかる
ゆっくりと 照準をあわせる
視線の先には いとしい人
ガレキの楽園
「…………………………で?」
一言。ひどく不機嫌そうな銀髪の人物が問う。
「それでも何も、状況通りだ」
問われた金髪の人物は小声で、しかし平然と返した。
牢のような部屋の中、暗い照明ではそのこめかみの青筋には気付かないだろう。
いや、見えてはいないだけで、気付いてはいるのだろうけど。
事の起こりは一本の電話から。
キルアの携帯に入った、手を貸して欲しい、との一言。
他の奴ならいざ知らず、相手はプライドが高くこちらを巻き込みたがらないあのクラピカ。
死と背中あわせの仕事をしている『仮にも』恋人からの頼みを断るなんてできやしない。
速攻出向いてしまったのが運のツキ。
ロクに説明もされずにどこぞの国のあまり治安の良くなさそうな所を引っ張り回された。
やたらと無意味にふらふらと。
そのうち人気のない所で何かの集団に取り囲まれて、クラピカに大人しく捕まれと耳打ちされて…。
2人して監獄みたいな部屋に押し込められた今に到る、と。
「だからっ!」
怒鳴ろうとしたら手で口を塞がれた。
そのまま目線で部屋の隅を示し、合わせろと伝える。
「本当に、こんな事になってしまって………」
悲壮感漂わせまくった声色だが、表情・動作等は全く作る気ないらしい。
つまりは盗聴器は仕掛けられているが、監視カメラの類はないと。
まー、その程度はわかってたけどね、とキルアは黙って先を促す。
下手に状況のわかっていない自分が口出しするのは得策ではない………というよりベタな芝居に付き合うのが面倒くさいというのが本音だけど。
数分間、台詞という形式で語られる『設定』を把握したころにシャワー室に連れ込まれた。
ボロい部屋のくせしてなんで備え付けなんだろ?
『最後かもしれないから』とか何とかやたらとクサイ台詞を吐きながら、2人して盗聴器がついてないかチェックする。
なるべく音の響きそうな場所にノズルを向けて水を出して、やっとひと心地。
「…………疲れた」
ため息をついてクラピカがぼやいた。
そりゃそーでしょうとも。
「大雑把には先程の奴らの説明でわかったろう」
「ホントおーざっぱにはね……」
曰く、殺し合いをしてもらう。最後の1人のみが帰してもらえる。
「……そんな映画なかった?」
「元は小説だろ。それに、これは1対1のトーナメント形式だ」
「どっちでもいーけどね。流行ってんのかなぁ?」
「深く考えるな」
「で、狙いは?あのワガママお嬢様に臓器でも頼まれた?」
「だったら病院にでも金積んだほうが早いと思うが」
「もっともだね、………休暇中?」
だとしたら私事で動いてる。つまりは、緋の目がある。
クラピカはその問いに頷いた。
だったらまあよし。出来るかぎり手を貸す事に抵抗は無い。
「誰が?」
「市長」
「あー、そりゃ大物だね」
増加するホームレス問題の解決と、上流階級の娯楽。
その二つを満たすのが、血のショーという訳だ。
街中のホームレスを適当に攫ってきては、殺し合わせて見世物にする。
「生き残った最後の1人には市長自ら言葉をかける」
「本物かなぁ」
「発案者は市長自身。とすれば会場には来るだろう」
だったら後は何とでもなる、か。
「しっかし残虐趣味と収集癖はちょっと違う気もするけどね」
「それも、よくある話だろう?」
ま、ね。
あんましそう一言で纏めないで欲しいんだけどね、アンタには。
「何か質問は?」
「ひとつ。攫われんのはホームレスだよな。何でオレ達も?」
「目についたんだろう。駄目ならもう少しみすぼらしい格好に着替えようかと思っていた」
「………なんつーアバウトな」
「そうでもない。どの区域で現れるかは解っていたし、私とお前ならきっとと思ったのだ」
と、妙に自信たっぷり。
「何でまた」
「モトが良い方が惨劇には見栄えがするからな」
そう言ってキレイに片目を瞑ってみせた。
…………………………………うわぁ……。
ヤバイわこの人。すっかり馴染んじゃってまあ。
完璧に自分の容姿の利用法理解しちゃってるよ。
何か今のうちに縁切っといた方がいいかもとか思えてきた。
……………………………それができれば苦労はないんだけど。
「戦闘は、死ぬまで…と言ってはいたが、客が飽きるので実は気絶等で明らかに勝負がついたらそこまでだ」
「それで生き残った奴は?」
「次回に回される。まあ、その間特に食事や治療も受けないだろうからあまり残らないだろうがな」
よく調べてありますねー、とちょっと感心。
「それじゃあその方法で途中退場して、建物探る?」
「いや、勝ち進め」
「何で?」
「死人が、そのぶんだけ減る」
まあ、ね。オレ達と当たった奴は全員気絶だけで済むんだろうけど。
焼け石に水だと思う。
被害者を出したくないなら、こんな大会さっさと潰せた。
だけどそれはしない。
目的のためには犠牲も厭わない。
それでも、その中ではなるべく助けようとする。
そんな矛盾というか、半端さというか。
そしてそれに自分で苦しんでる辺りが、惚れた要因の1つなんだろうなぁと思うから黙るけど。
「一般人として参加してもらう。念を使うなよ。動きも鈍く」
「それで勝ち進むわけ?」
「一般に腕の立つ者、程度に」
境界を見極めるのがつらそうだな、と思った。
「そーだ、アンタと当たった場合、どっちが勝つ?」
「…………状況次第、かな」
さっきまで即答だったのに、これには多少間があった。
「お互い一般人のふりというハンデで、どちらが勝つだろうな」
「……楽しんでない?」
「お前は?」
「少し、ね」
これまた見事にキルアは片目を瞑ってみせた。
大会初日
獲物を選択しろと通された部屋には、ありとあらゆる武器が揃っていた。
「アンタはどーすんの」
小声で問い掛ける。
「そうだな………これがいいかな」
同じく小声で、手にとったのは刀二本。
「あー、何か懐かしいね」
そう言えば初めて会った時には刀を所持してたっけ。
「とするとオレは爪?」
即刻却下された。
「一・般・人としてと言っただろう!」
……冗談だっての。
「まー、この辺りが妥当かな」
手にとったのは自動式の拳銃。
「使えるのか?」
「オレを誰だと思ってんの。暗殺一家は伊達じゃないよ?」
基本としては己の身体。
でも依頼にもいろいろな状況があるので大概の武器なら心得てる。
「それよか刀で銃に向かう気?」
一般人ならほとんどの奴が銃を選ぶことだろう。
「銃口を見れば軌道に刃を持ってくる位可能だから」
即刻却下した。
「それ一般人の域越えてるって絶対」
……冗談じゃあ、ないんだろうなぁ……。
「なら、私もこれにするよ」
言って、クラピカは同じタイプの銃を手にした。
「アンタこそ使えんの?」
「私を誰だと思ってる。五年間の放浪は伊達じゃない」
さよーで。
この口調からして、さっきのも冗談だったのかもしれない。
だんだん人が変わってきててなんかイヤ。
舞台は、円形の闘場だった。
観客席がぐるりと取り囲んでいる。
やはり銃器を選ぶ奴が多いのか、壁際には遮蔽物が並んでいる。
いや、たたの火薬類を使用された際にできた瓦礫かも。
この日の試合は1つだけだった。
部屋に戻ると、クラピカはもういた。
ドアが開いてもピクリともせず、ベットにつっぷしている。
「…………クラピカ?」
呼べばようやく身を起こす。
「なんかあった?」
「………別に」
不機嫌というより沈んでる。
理由は試合しかありえなく、負けたはずはないのだから……
「殺した?」
ビクリとクラピカが震えた。
髪が濡れている。もうシャワーを浴びたらしい。
血を、洗ったのかなと思ったのだ。
「………違う」
なら何か。
「気絶させようと傍に寄ったら…………相手が暴発させた。」
「……それは、なかなか……」
グロいことになったんだろう。御愁傷様。
「そっちの調子は?」
「無論、勝ったけど。……ムズカシイね、なかなか」
加減具合が。とは音にせず言う。
「どうにも何だね、慣れない戦闘は」
他の奴らは戦闘自体が慣れぬ事。
だけどこっちは手加減目一杯の戦闘が慣れてない。
ストレスが溜まるというか、半端に上がった戦闘意欲の捌け口がない。
「興奮冷めやらぬ?とは違うけどー」
言葉と同時にクラピカは肩を押された。
視界に薄汚い天井が一瞬映り、すぐにキルアで一杯になった。
「え……」
クラピカの方にも気分転換になるだろうし。
「駄目?これくらいの役得あってもいーだろ」
後ろの方は盗聴器を気にして小声で。
それで思い出したかクラピカの表情がひきしまる。
「今、か?」
こうして上から眺めていると、硬い表情にかえって征服欲が沸き起こる。
とりあえずは抑えて軽く口付けた。
「そ」
クラピカは少し逡巡した後、意外にもあっさりと了解の旨を告げた。
「響かない程度にな」
それは、明日の戦闘を言っているのか、盗聴器の事なのか。
前者は考慮するけれど後者は無理じゃないかなと思うけど、
「善処します」
「よし」
こう、聞かれてるだろう事がわかってても了承するようになったクラピカは少し嫌だなとも思うけど。
だからといって今更ひける余裕もなかった。
2日目
迎えにきた男達がニヤついてんのは、聞いてたんだろうなぁ……やっぱり。
今日は2試合あった。
やっぱり神経を使うという点で疲れる。
「オレ達は決勝まで当たんないんだな」
「当然だろう」
本日も、シャワールームにての打ち合わせ。
気を使わなくていいから楽。
「とゆーと?」
「つまり、お前が優勝候補なのだよ」
要するに、昨日の試合は様子見で、それを見て組み合わせが決定されたとのこと。
「………アンタ不戦勝じゃん。何でシードまで貰ってんの」
「お前と一緒に捕まったからだ。しかもただの知人程度の付き合いではない」
どうせなら『恋人同士の殺し合い』なんてドラマ性、決勝にもってきた方がウケがいい。
「だから多分、私の方は弱そうな奴らで構成されているのではないかな」
ずるいなぁ、とか思うよりも気になることひとつ。
「昨日あっさり承知したのは、あっちに対するアピールか?」
聞いてる奴らに、恋仲だと印象付けるため?
「それは…………言わぬが華だ」
ああそうですか!
なんだか本気で虚しくなってきた。
3日目
今日は1試合、準決勝戦のみ。
さっさと終わらせて戻ると、決勝相手は何かの作業中だった。
「何してんの」
「どうせお前と戦うならな。明日に向けての準備」
「ふーん…………」
気合入ってるね。
この日は、何の打ち合わせもなく眠った。
明日が本番だというのに、どうやら自分は計画がどうこうよりも試合自体を楽しみにしてるみたいだった。
そして、最終戦の幕が開く。